表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
74/103

第70話 敗北からの再起


「……」


 朝日が眩しい。今日もいつもと同じように空に日が昇る。昨日の夜に拠点で目を覚ました時は曇っていたが、それが嘘のような快晴だ。


 あの瞬間、竜の爪で俺の命は確実に絶たれたと思っていた。しかし、夢の中でファフニールとの初対面を果たしたのちに目を覚ますと、いつのまにか拠点の家の庭で倒れていた。なぜ拠点に戻っているのか? とは思ったが、普通に考えるとファフニールのお陰だろうな。あの状況で活動できた竜はファフニールだけだったし、あの場に放置ってのはさすがにない。


「にしても、この状態には慣れないな……」


 縁側に腰かけながら日の光を浴び、自分が生きていることを実感しつつ、少し軽くなった自分の右腕を見つめる。そこにあるはずの見慣れた右手、もっと言えば右腕の肘より下がなくなっていた。皮膚に覆われておらず、さらには半ばからなくなっているせいで断面が剥き出しだろうから、骨や筋肉や血管などが見えてしまったらグロいだろうな。と思っていたが、いざ断面を見ようとした時には既に《硬化武鎧》によって覆われており、出血はなく、グロテスクなものを目に映すことはなかった。

 腕以外の他の負傷も、目覚めた直後の時はかなり酷く、全身ボロボロだった。爪で刺された腹部が一番重傷で、庭の一部が血だらけになっているほどだった。加えて再点火(オーバーヒート)の後遺症か、全身に火傷も負っていた。さらに全身の至るところがところどころ紫色に変色しており、その変色した部分を《邪眼》で見てみると、


『不浄の呪い:自らの命を代償に、解呪不能かつ短期間のうちに死に至る呪いをかける。同時に、かけられた人物が触れたものを意図せずして毒や呪い、弱体化をかける呪いもかかる』


 と表示された。なに俺死ぬの? とは思ったが体にこれといった異常はない。試しにニーズヘッグが山から取ってきたらしい林檎を手にとってみたが、なにも起こらない。躊躇しつつも、とりあえず他の竜に触れてもなにも起こらなかった。死ぬ死ぬ詐欺だろうか?


「……さてと、そろそろいつもの日課でもするか」


 負傷や気持ちの問題で重い腰を上げて屋内に入る。

 買って3ヶ月かそこらの服の装備は買い替え必須なほどに穴が空いており、今は拠点にいる時や、暇な時に街に出かける際の普段着を着ている。しかし、俺は重傷の身。ティフォンたちに手伝ってもらって巻いた包帯でぐるぐる巻きの状態であり、ちゃんと着ているのではなく、羽織っているだけだ。

 いつかは替えの冒険者用の装備を買いに行かなければならないのだが、外出しようと思えるほどの気力がない。だがこのままずるずると先延ばしになってしまうのはよくないのだが、右手云々の問題もあってどうしても先伸ばしにせざるを得ない。


 負傷のせいで、冒険者としても一般人としても今はまともに活動できる体ではないため、現在は家の中や山を以前と同じくらい、あるいはそれ以上に動けるようになるべく、少しずつ負担をかけての運動で体を慣らしていくというリハビリ中だ。果たしてこれが正しい手段なのかは分からないし、このリハビリがいつまで続くかは分からない。

 それに竜との戦いで重ねがけして発動した再点火(オーバーヒート)の反動が凄まじく、治療薬やスキルの恩恵があるというのに火傷の治りが遅いし、未だに熱っぽい。反動で発生した全てを放熱し切らなくてはこの不調がずっと続くのは必然。点火(オーバーヒート)の再使用なんてもってのほかだ。

 これでも冷水に浸かったり、冷たい食べ物や飲み物を摂って冷却を図っているのだが、放熱速度はかなり遅い。やはり重ねがけは無謀だったか。だがあの状況で使っていなかったら死んでいた可能性もあるので後悔はしていない。


 拠点の家の中の廊下を進み、ある一室に入ると見覚えのある竜がいた。アジ・ダハーカだ。負傷している様子はなく、部屋の隅でその巨体を丸めて蹲っていた。眠っているのか、こちらに気づく様子はない。

 俺が目を覚ました時には既に竜たちは復活しており、どういうことかをその時近くにいた(しかも今もなぜか半径1メートル以内から離れようとしない)ラドンに問いかけると、竜はHPをゼロにされると1日は出てこれない。ということが分かった。

 つまり、俺が起きた時には既に丸一日が経過していたということになる。今はそこからさらに1週間が経過している。ここまで後を引くタイプの負傷というものをしたことがなかった分、未来への不安が大きい。


「なにもそんな丁寧に保管しなくてもいいと思うんだがな……」


 俺は部屋に入り、足下に落ちている、ある物体を見てそうぼやいた。

 その部屋の真ん中にはニオンが横たわっていた。肉体をそのままに保存するなんらかの魔術が発動しているのか、その副次的な効果の冷気に包まれていた。

 保管しなくてもいいと思ったのは、ニオンの遺体の近くに無造作に置かれている、もとい落ちている俺の肘から下の右手だ。もう動かせないし、どうやってもくっつかないので庭の肥料にしようと、もとい供養(?)しようと埋めておいたのだが、アジ・ダハーカは他の竜に頼んで持ってこさせて、わざわざここで保管している。

 《硬化武鎧》で義手でも作ればいいと思っている俺からすれば、いらない気遣いで、捨てるなり埋めるなり晩飯にするなりすればいいと言ったのだが、生暖かい視線を向けるだけでまともに取り合わない。

 元は自分の体なのに扱いがとんでもなく雑なのは、自分でもそれはどうかと思って直そうとしたのだが、やはりただの生ゴミにしか見えない。元の世界だったら可燃ゴミに出そうとしていた可能性すらある。

 ……いかん、これでは燃香に草葉の陰から、


『やっぱり御三家の人間は腕の1本や足の2、3本がなくなっても失った自分の体になんの感慨も湧かない異常集団なんだわ!』


 と嘆かれかねない。いっそのこと、どんな形でもいいからまた2人に会いたいが、そんな未来、想像もつかない。


「……ただいま」


 ニオンは変わらず眠ったままだ。死んでいるのだから当然と言えば当然だが、俺の目には普通に眠っているようにしか見えない。竜たちの俺に対しての気遣いなのか、ニオンの体の失った右腕と胸から下は見えないように大きめの毛布で覆われていた。

 俺は2人のことをまだ完全には乗り越えられていない。だからあの日までの日常に、2人の姿に縋ってしまう。

 情けない。なんで俺だけが生きているんだ? と思うも、心のどこかに存在している酷く冷静な自分が、「理由は、自分は2人より弱く、そして2人に庇われたからだろう」と告げる。だが、俺はそういう事実としての意味合いの理由を求めているわけではないのだ。どうしても、知りたかったが、俺がその答えを持ち合わせているはずもなかった。






 拠点の一角で突如として、青く輝く強力な魔力の光が空に向かって放たれ、花火のように弾けた。それはまだ昼前の明るい時間帯の空を、閃光手榴弾のような目を焼く光でもって周囲を青く染め、俺はこの日何度目になるか分からないその光景をぼんやりと見つめていた。


「なかなかうまくいかないな……」


 水分を失った泥のようにボロボロと崩れていく黒い物体を眺めながら俺は溜め息混じりに呟く。

 《硬化武鎧》を使って失った右手の代わりになる義手として作ろうとしているのだが、これがなかなかうまくいかない。ここ1週間リハビリ以外の時間の大半を費やして製作に没頭し、挑戦し続けているがそれでも完成には程遠い。

 最初は手の形を作るどころか、失った腕の先に《硬化武鎧》でその基礎となる塊を形作ることすらできなかったのだから相当な進歩と言える。今は完成まであと一歩のところ、具体的に言えば生身の肉体と同じくらいの域にきてはいるが、まだ足りない。

 たとえ元の腕と同じ性能のものが作れても、元の肉体と全く同じものでない以上、その時より不便になったり、慣れるまでに時間がかかってしまうだろう。

スマホの機種変更をしたら変更前のものと同じように使えないのと同じだ。なので、慣れるまでの期間中性能面に困らないように元の肉体以上に扱いやすく、また戦闘に耐えられる頑丈なものの作製を目指している。

 今はワンランク上のものを目指しているが、最初は多少不便でもと、妥協するつもりだったのだ。しかし、義手製作の途中から試行錯誤を繰り返しているうちにそれが思ったようにいくのが楽しくなって妥協するのを先延ばしにしていた。

 無論、うまくいかないケースの方がほとんどなのだが、無数の失敗を乗り越えてほんのひと握りの成功を掴むことが俺に達成感をもたらしており、今は半ば趣味の域にまできている。


「まだ昼だし、今はこれくらいにしてあとは夜にするか。……さて、いただきます」


 さすがに利き手でない左手で食べるのは不便なので試作品段階の義手を《硬化武鎧》に覆われた断面から生やす。とりあえずその感触を確かめてみるが、いまひとつといったところ。妥協できるレベルだが、理想的な域ではない。

 俺は持ってきた手作り弁当を広げて、中に入れていた昼食を手にとって食べながら、今後の方針を練るのだった。






「ライ? 随分急だけどなにかあったのかい?」


「葉桜君、どこに行ったか知りませんか?」


「知らないけど、外で立ち話もあれだ。詳しい話は中でしよう」


 結理が試作品の義手のなんとも言えない使い心地に悩みながら昼食を摂っている頃、アイアスとシルドの屋敷に1人の来客があった。屋敷といっても2人が暮らすのに不自由がないくらいの規模で、豪華な一軒家と言った方が正しい。

 そこに現れたのは高沢来だ。ここ最近、結理が1人で冒険者活動をしてると小耳に挟んだ彼女は、つい先日まで神聖国レインボー以外でも大量発生していた『闇』のことを思い出して嫌な予感を覚えていた。3人は大聖堂地下でのアイリアル討伐のあと、なにかに巻き込まれたのではないか、と。


 方々に手を尽くした結界、街をフラフラと歩いていた結理をなんとか発見できた。高沢が結理を気にかけたのは、あの時、自分1人が先に帰ってしまったばかりに3人の身になにか起こったのではないかという罪悪感もあったが、同じ転移者でもある彼を気にかけていた。

 高沢は正面から堂々と、いつもと変わらぬ様子を演じながら結理に声をかけた。

 顔色が悪く、目も虚ろな結理の姿を見て、一瞬人違いかと思ったが、本人で間違いないと遅れて気づいた。彼女は結理のその陰鬱とした雰囲気の出所がなんなのか、その理由を慎重に探りながら会話を続けた。しかし、そんな高沢の慎重さも虚しく、彼女は的確に今の結理の地雷を踏み抜いてしまう。そして彼から発せられた「そんなものはない」というあまりにも冷たい声色の発言で全てを悟った。

 このままでは結理も彼のパーティメンバー同様帰らぬ人になってしまうと、そしてそれは自らにも責任があると感じた高沢は、その日に勇者会なるイベントを催して彼をこちらの世界に繋ぎ止めようと奮闘した。

 結果、その目論みは成功したが、あのあとから今日に至るまで会っていなかったせいでぶり返してきた不安を静めるために、なんとか結理に会って経過を見ようとしたが、当の彼の居場所が分からず、最終的に結理と親交があったというSランク冒険者のアイアスとシルドの元へ赴いた。

 元々顔見知りで、それなりに親しかったこともあってか、すぐに2人の家に入ることができた。逸る心を抑えてアイアスのあとに続いて家に入る。屋敷のリビングは普段は2人で使っているのか、2人の個性が入り混じったような内装になっていた。

 そこではシルドが古本片手に寛いでいた。こんな非常事態……になるかどうか分からない状況だが、彼女の緊張感のない様子に少しイラッとするが12、3才の子ども相手に大人気ないことはできないと心を静めて口を開いた。


「む、ライ。なにか用?」


「……葉桜君のことなんですけど」


「アテが外れた……」


「? なにがですか?」


「開口一番に他の男の話。アイアスの好きな人はライじゃない……」


「ああ……。まだ、なんですね、アイアスさん」


「気長に待っててほしいな。まだまだ時間はかかると思うから……」


「ですよね、いつかは祝わせてください」


 シルドの放った一言で高沢は全てを察した。2人を知る人たちからすればいろいろと公認の中なのだが、それにシルドだけが気づいていない。わざとではないのは分かっているのだが、彼女が鈍感過ぎるせいでアイアスが不憫に思える。そしてジャドルが哀れだ。


「なんの話? ライがユウリみたいなこと言ってる……ところでユウリがなに?」


「そうです! そのことでここに来たんですよ! 恋バナなんてしてる場合じゃありませんでした! 葉桜君が今どこにいるか知りませんか!」


「申し訳ないが、私はユウリの行動を逐一把握しているわけじゃないんだ。特にここ最近、ユウリがこの国に帰ってきてからはほとんど知らない。私も大量発生した『闇』という魔物のせいでいろいろ忙しかった」


「私も、ユウリがどこにいるか知らない」


 正確に言えば『闇』は魔物ではないのだが、彼らが知る由はない。


「じゃあ普段泊まってる宿とか、自宅とかは?」


「そういえば聞いたことがないな」


「うん、変。ユウリ、もうAランクになって結構稼いでるって聞いたのに。豪邸に住んでるのかと思ってた」


 結理は最初から拠点があったので、単純に家が必要なかったからこんなややこしい状況になっているのだが、これも彼らが知る由はない。


「心配ですね……」


「なにが? ユウリはもう十分強い。どこが心配?」


「まさか、ユウリの身になにかあったのか?」


「正確には葉桜君じゃなくてそのパーティメンバーのモエカさんとニオンさんなんだけど……」


「2人になにかあった、ということかな?」


「……2人は、亡くなりました。多分、『闇』が大量発生した原因のアイリアルのせいで」


 アイアスとシルドは絶句した。高沢の話を聞いた2人は、彼女に協力するかたちで結理を探し始めることになるのだが、探される側の結理が、これまた知る由はない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ