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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第68話 聖なる献身


 焼けた地面に気を取られた俺の不意を打ち、竜は大剣のように重く鋭い尾を振るった。それは炎の弾丸や針ほどではないがとても速く、現状の自分の身体能力では回避できないと理解するには十分過ぎるほどだった。


点火(オーバーヒート)ッ!」


 ゆえに、使用時の肉体的負担や長期戦に不利になるなどとデメリットを挙げて迷っている暇なんてなかった。即座に点火(オーバーヒート)の使用に踏み切り、尾の一撃を背を大きく逸らすことでスレスレで回避する。そのすれ違い様に点火(オーバーヒート)発動により一瞬で赤熱した《硬化武鎧》のブレードで竜の尾を切り裂く。しかし、見た目瀕死の重傷を負っている割に体の堅牢さは健在らしく、浅く切り傷を入れるに留まった。


「(あとたったの5分で、こいつに檻の維持を解除させるくらいには負傷させなきゃならないのかよっ!)」


 竜は体勢を崩した俺に追い打ちをかけるようにさらに複数の炎の弾丸を放つ。どこから、どのタイミングで、どこへ放つかが分かるこの距離なら打ち払うのも不可能なことではない。背を逸らした状態から後転して体勢を立て直すと、そこから被弾するまでのごく僅かな時間で狙いを定め、無数の炎の弾丸をブレードで正確に弾く。背後の木々や岩が爆ぜ、その熱が俺の頰を焼く。

 放っても弾かれてしまうのではキリがないと竜は判断したのか、砲撃が止まる。ふとブレードに視線を移すと、炎に触れた刀身部分が他の部分よりも目に見えて高音になったことに気づく。


「(っ! 火はマズいな! 熱くなり過ぎて点火(オーバーヒート)の制限時間がより一層短くなる。しかし、加熱しないと火力が出ない。ジレンマだな……いっそ自由自在に放熱とかできるようにならないだろうか……)」


 《熱暴走》もそのスキルの応用である点火(オーバーヒート)も出力、体の限界値を引き上げると段々と加熱していく。しかし、熱くなり過ぎると俺がその温度に耐えられなくなる。その限界の時間が5分だ。これは順当に温まっていった場合。外部から熱を加えられると出力が急上昇する代わりに制限時間も加速度的に短くなっていく。今回がそのケースで、《熱暴走》も点火(オーバーヒート)も火属性を多用する相手とは相性が悪い。

 しかし、今回もまたこの欠陥だらけの技を使わざるを得ない。


 竜は炎攻撃が効き目が薄いと判断したのか、今度は翼をはためかせて俺に接近し、その強靭な肉体を用いた肉弾戦に移る。

 実は点火(オーバーヒート)は字面とは裏腹に水属性に有利で火属性には不利なのだが、そんなことを相手が知る由もない。


「アジ・ダハーカ! ヒュドラ!」


 上空にアジ・ダハーカを、足下にヒュドラを呼び出し、ヒュドラには《毒の吐息》で、アジ・ダハーカには火炎月(クレセントブレイズ)を放たせて竜の接近に応戦させた。

 俺の体の限界値を引き上げている関係上、《竜変化(へんげ)》は点火(オーバーヒート)の影響を受ける。呼び出した2体の竜は体の一部に赤いラインが現れており、通常よりも火力も能力の効果も上昇している。


「なっ!?」


 猛毒のブレスで脚部を、火炎月(クレセントブレイズ)を頭部に受けてそれなりの負傷を負った竜は、上空のアジ・ダハーカを見据えるとそこへ向けて炎の弾丸を数発放った。しかし、アジ・ダハーカにそれを回避できるような機動力はなく、相殺するために無数の水圧(クリアプレッシャー)を放つも、その勢いと数に負けてアジ・ダハーカは被弾し、火だるまになって墜落していく。そのまま魔力の粒子となって消滅してしまった。


 《竜変化(へんげ)》は自身を竜に変身させる能力。呼び出している竜はあくまで分身なので死んではいないはずだが、再度呼び出そうとしても応じなくなっている。

 まさか、《竜変化(へんげ)》にこんな分かりやすい欠点があったとは……。呼び出した竜にもHPなどのステータスがあるのだろうか?

 今回の戦闘で、呼び出した竜が倒されたらいつ再度呼び出せるようになるか分からない以上多用は禁物、ということが分かったが、今は関係ない。明日があるかも分からないのだ。出し惜しみなんてしていられない。


「ティフォン!」


 最古参にしてアジ・ダハーカに並ぶ火力担当のティフォンを首元に呼び出す。竜は先程の攻撃にも怯まずに接近戦闘を続ける。俺に迫る爪や牙は、射線上の木々を気にも留めずに薙ぎ払い、鈍器のように振り下ろされる足は地面を容易く陥没させる。俺はそれらを紙一重のところで躱し続けながらヒュドラには引き続き毒攻撃をさせ、ティフォンには炎のブレスを撃たせる。


 竜は遠距離からの炎の弾丸や針での狙撃から近接戦闘に切り替えた途端に、それまでとは打って変わって動きが乱雑になっており、その翼を、爪を、牙を振おうとも俺には擦りもしない。それに俺を目にした時から攻撃の精度が目に見えて落ちている。ビショップとかいうチェスの駒みたいな名前の見たことも聞いたこともない人物と間違えて頭に血が昇り冷静さを欠いているのか、思考能力が下がっており、本来の力が出せていない状況だ。

 それに対して今の俺は点火(オーバーヒート)の使用で体の限界値が引き上げられ、他国の勇者と戦った時の経験でその時よりも点火(オーバーヒート)をうまく扱えるようになっている。これなら檻の解除に追い込めるかもしれない。

 しかし、その巨躯を活かした一撃一撃の殴打の威力は凄まじく、翼や爪、牙の抜き身の刃染みた鋭さと疾風のような速さがある。相手の攻撃は受けても耐えられないし、受け流せない。躱すしかないのだ。だが、とてもではないが延々と回避し続けられるようなものではない。


『この共和国の犬がぁぁぁ!』


 竜の体は非常に頑丈ではあるようだが、ティフォンとヒュドラの猛攻により、その負傷を次第次第に悪化させていき、その皮膚や鱗を爛れさせていく。毒が体を蝕み、頑強な肉体を腐食させ、デバフが竜の身体能力を阻害する。

 対面した時も瀕死の状態だったが、その時よりもさらにその負傷を酷いものにしていき、今は倒れてしまいそうなほどの負傷になっている。だが強烈な憤怒の念だけで、執念だけで立っているのか、その目に諦めの色は全くない。しかし、とうとう限界が訪れたのか、その巨躯が横に傾く。


「しまっ!?」


 それを好機と見てさらにティフォンとヒュドラの攻撃出力を上げ、竜の打倒を現実的なものにすることを目指す。

 勝てる、その思いに歓喜するが、油断してはいけないと気を引き締めようとしたその時、ふいに俺の元へ振り上げられた竜の翼が迫っていたことに気づいた。それはボロボロになってはいたが、俺を叩き潰すには十分な威力を伴っており、自分が挽肉になる光景を容易に想像できた。

 よろめいたのはただのブラフか、それとも体を傾けることで俺へ勢いよく攻撃を当てるための行動だったのか、あるいは別の理由なのかを考える時間はなかった。

 勝てると思って油断していた俺は、点火(オーバーヒート)を使用しているにも関わらず反応が遅れてしまい、アッパーカットのように振り上げられた翼を回避できずにその叩きつけで数メートルの高さに打ち上げられ、宙を2回3回と回転しながら大きく吹き飛ばされてしまう。

 視界で地面と空を空中で交互に覗くという中々体験できない光景を、翼に叩きつけられた衝撃で朦朧とした意識で眺める。一瞬か、数秒かは分からないがその状態が続き、急に浮遊感がなくなったと思えばいつのまにか地面に這いつくばっていた。

 意識がおぼつかない中、ふらつきながらも立ち上がり、顔を上げるとそこには竜は大口を開けてこちらに向けている光景が見えた。喉元から口にかけてのその赤い輝きはいつぞやのワームを彷彿とさせた。


「あ……」


 その瞬間、森の一角に凄まじい勢いを持った炎が天に向かって立ち上がった。辺りを太陽の照りつける昼間と見紛うほどの明るさと色で染め上げたそれは、周囲の木々を残らず焼き払った。






 永遠に続くかと思えるほどの熱量と存在感を有した火柱が収まると、辺り一体には隕石が落下したかのようなクレーターができており、山火事のあとのように焼け野原になっていた。

 そこに生物の気配はなく、誰が見ても生存者はいないと、そう答えるのは不自然なことではないと言えるほどの光景だった。事実、そこで動くものはなかったが、火柱が立つ前にはなかった物が新たに出現していた。


 それは蛇のようななにかの塊だった。何匹もの多種多様な蛇が、絡まり合って1つの塊を形作っているような模様の灰色の巨岩だった。中には竜のようなものも混じっていたが、生物として似たような系統の外見をしているものばかりだ。

 なにかを庇っているようにも見えるこの巨岩がこの場に突如として出現しなければ、竜をテーマにした彫刻のように見えただろう。しかし、これは無機物ではない。それはある瞬間を過ぎるとボロボロと崩れていき、なぜか魔力の粒子になり、消えていった。

 そこには蹲った1人の少年が取り残される。


「ゲホッ、ゲホッ……」


 危うく、黒焦げどころか灰の一粒も残さずに消滅するところだった。しかし、窮地に追い詰められた俺が咄嗟に逆転のアイデアが閃いたわけではない。

 あの時、俺は思考が止まり、なにもできずに炎に包まれた。しかし、俺は死んではいない。あの炎を耐え切るほどの耐久性能があるのならよかったのだが、残念ながらそんなものはない。

 死ななかったのはティフォンたちのお陰だ。炎が俺に届く前に既に現れているティフォン、ヒュドラ、倒されて呼び出せないアジ・ダハーカ、力は貸してくれるが俺の呼びかけに応答しないファフニールを除いた8体の竜たちが寄り集まり、お互いに絡まり合い、強引に俺をその中に放り込むと、その塊から一歩離れていたバジリスクが出現した竜たちを《石化の魔光》で石化、岩にして固めたのだ。


「お前ら……なんでこんなことをッ!」


 まだ溶岩のように赤熱している地面に拳を叩きつける。俺はそう言って彼らが魔力の粒子に還っていくのを見ているしかできなかった。不甲斐ないばかりに仲間は死んでいく。俺は守られてばかりだ。

 まだ足りない。もっと強くならなければならない。この竜を超えるくらいにはならなければならない。だが、それは遥か彼方だ。


「くそ……なんて情けないんだ……この期に及んで仲間におんぶに抱っこじゃ、あの他国の勇者と大して変わらないぞ……」


 幸いにも、炎をくらうことはなかったので僅かだがまだ点火(オーバーヒート)は生きている。竜たちはそれを見越してのこの守り方を選んだのだろう。献身的にも程がある。


「……まだ、だ」


 魔力の粒子が空に消えていくのを見届けると、今までに覚えたことのない強い感情が心の底から湧いてきた。

 まだ、俺は負けてない。……負けたくない。純粋に勝ち負けにこだわったのは、こんなことを思うのはこれが初めてかもしれない。


 燃え盛る炎の中からあの竜が現れた。向こうはさっきの火柱で負傷したのか、全身が焼け爛れていた。皮肉なことに、俺がちまちま与えてきた負傷よりも自分の攻撃による誤爆で受けたダメージの方が大きいようだ。


再点火(オーバーヒート)ォォォ!!」


 その声とともに全身に炎を纏い、《硬化武鎧》が溶解しながら白熱する。自らの能力の弊害で酷い火傷を負いながらも竜に飛びかかり、高音により溶けるのを通り越して半ば蒸発している右腕のブレードを振るう。その瞬間、ブレードは内包する魔力の凄まじい高まりに耐えられずに崩壊し、魔力の炎の、色鮮やかな虹色の斬撃が竜に向かって放たれた。それは狙いが雑だったこと、初めて使ったこともあって竜を縦に真っ二つにするはずが、大きく逸れて左翼を切断するに留まった。しかし、これまでとは比べ物にならないほどの成果だ。これをあと2、3回当てれば間違いなく勝てる。

 いつもとは比べられないほど体が軽い。まさか、点火(オーバーヒート)の重ねがけができるとは思ってはいなかったが、試してみるものだな。


「ぁ、なんだこれ……?」


 着地し、バックステップで竜から距離を取った途端に体が硬直した。しかし、体が動かないだけではなかった。見ると《硬化武鎧》が、雨風に晒されて風化し、さらに経年劣化により脆くなった鉄製品のように錆びつき、ボロボロと崩れていく。

 これは見覚えがある。練習で点火(オーバーヒート)を使った時によく訪れた現象。…… その反動だ。さらにその重ねがけである再点火(オーバーヒート)を使ったせいで既に限界を超えていたらしい。


「まだ! まだ俺は戦わなければならないのに……ッ!」


 反動の虚脱感と途方もない無力感に苛まれる。しかし、俺に後悔するような時間はなかった。竜の、大剣じみた鋭さと迫力のある爪が振われたからだ。咄嗟に右腕で、崩壊していく《硬化武鎧》の上からブレードを生やしてその攻撃を弾こうとするも、俺にそんな力が残っているはずもなく、それらは一瞬で砕かれ、右腕は切り裂かれてしまう。

 不思議なことに痛みはない。いや、感覚がないと言った方がいいか。本来なら激痛が走るはずだが、それすらないということはそれほどまでに危機的状況にあるということになのかもしれないが……。


 俺は自分の意識が途切れたことにも気づけない。気づくこともない。



竜の如き異様 完












(冗談)

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