第67話 試練、現る
「なんだったんだ、あの魔術師っぽい格好のヤツ……」
人工ダンジョン『魔女の工房』。かつて名工と謳われ、さらに土属性の使い手の魔術師でもあったルテによって建てられたのがこのダンジョンだ。
俺は未探索の隠しエリアの方には行ったことはあったが、本人が建造した正式な方には行ったことがなかったことを拠点の掃除中に思い出し、心機一転して『魔女の工房』にでも行こう! と考えて拠点を出た。
そこに着くと入り口で倒れていた少女が、急に壺を売りだしそうになったので丁重にお断りすると、今度は手を貸してくれないかと言った。倒れている人に手を差し伸べるくらいはいいか、と思って手を貸すために至近距離に踏み込んだその時に初めて俺の目に彼女の顔がはっきりと映った。
髪の毛は長く、混じり気のない輝くような銀色で、宝石のような紺碧の瞳、年齢は俺よりも低く14、5才といったところか。同年代の少女に比べて大人びた容姿をしているが、幼いことに変わりはなく、あと2、3年か経てば絶世の美少女になるに違いない。シルドのようなパターンでなければ。
そんな彼女は俺の手を握り、うつ伏せの状態から立ち上がった。その直後、少女は急に手に力を入れて俺の手を掴んだと思えば、突然身を震わせる。なにか問題でもあったのか、はたまた急に体調でも悪くなったのか、頬を朱に染めながらどこかへ走っていってしまった。
「なんだ? さては惚れられたか? ……ってそんなワケないよな。なんか興も削がれたし、今日はもう帰るか……って、ん? なんだこの文字、日本語か?」
【我が墓を荒らす者に災いあれ】【我が墓を荒らす者に災いあれ】【我が墓を荒らす者に災いあれ】【我が墓を荒らす者に災いあれ】【我が墓を荒らす者に災いあれ】【我が墓を荒らす者に災いあれ】【我が墓を荒らす者に災いあれ】【我が墓を荒らす者に災いあれ】【我が墓を荒らす者に災いあれ】【我が墓を荒らす者に災いあれ】
「いや、怖ッ! なんでこんなビッシリ書いてあるんだよ!? 新手の呪詛だろ!」
遠ざかっていく彼女を見送り、ふと視線を落とすとダンジョンの入り口、外壁、そのそこら中に呪詛めいた文言が彫られていることに気づく。風化しているのか、注意深く見ないと気づかないほど薄っすらとした文字だが、なにかしらの意図があって彫られたことは明確だった。
日本語で彫ってあるということは、もしかしなくてもルテは勇者、つまり転移者だろう。この文言はこの世界の人にではなく、同じ言語を解する勇者に対しての警告かもしれない。もし本当に入って欲しくないなら、この世界の文字を使えばいい。それをしないということは、この文字が分かる者にしか伝わらなくてもいい、ということだろう。
つまり、日本語が分かる俺はここに入るのはダメ、ということだ。
「墓、か……。埋葬されてるのはルテだろうけど、もしそうじゃなかった場合、誰が埋葬されてるんだろうな? ……もしかして、魔王レベルのとんでもない存在だったりしてな! ははははは!」
その言葉が当たらずとも遠からずなのを、結理本人が知る由はない。
俺は『魔女の工房』に行った帰りにギルドで魔物討伐の依頼を受けていた。それを同日の夜に達成すると、その場で魔物を解体し、その死骸から取り出した素材を拠点に放り込んでいた。(死骸はティフォンの炎で灰にした)
受けた依頼の内容はダークワームというAランクの魔物の討伐。ワームより上位の魔物ではあるが、それに比べてサイズは小さく、50センチ程度。取れる素材が希少で、その目的での討伐が度々行われるのだが、度々犠牲者が出るほど危険な魔物だ。
ダークワームは通常の魔物と比べて知能が高く、敵や獲物が現れてもすぐに戦闘を始めるのではなく、自分が勝てると確信できる場所に誘い込んでから追い詰めるようにして狩りを行うのだ。
だが、それだけで危険な魔物扱いされているわけではない。ダークワームは《隠匿》のスキルを有しており、それによる効果で気配を消すだけではなく、技術的にも気配を消すのがうまい。自身の特色を活かした隠密行動が強みになると分かっているからか、体色の保護色になる暗めの色の多い場所や暗い洞窟、夜間しか活動せず、さらには強力な酸や毒を多用し、しかもそれは敵から見えない位置から使われる。
そんな危険なダークワームだが、キャドン山で戦った8、9合目クラスの魔物や他国の勇者を相手に生還した俺からすれば恐れるほどの相手ではない。
この2週間でボロボロになった服装備が3、4ヶ所溶けるなどの被害を受けたが、別に大した相手ではなかったとも。うん。
「ん?」
解体と収集が終わり、拠点に戻ろうとしたその瞬間、夜の空を巨大ななにかが影をつくりながら俺の頭上を通過し、背後の方向へ向けて突風が吹くほどの勢いで飛び去って行った。
月明かりのある明るい夜だ。日中ほどではないが影がよく見える。先程の影はかなり大きく、確実に10メートル以上はあったように思える。
それまでは虫の鳴く音や他の魔物の生活音が時折響いていたが、巨大な影が通過した以後から、辺りは不気味なほど静かになった。風に揺れる木々の葉の音がやけに大きく聞こえる。
背後の森から感じる異様な雰囲気に最大限の警戒を行いながらも、小走りでその場を離れることに全力を尽くす。夜の森に、途端に静かになった以外の異変はない。だが、見られている。確実に何者かに観察されている。
今にして思えば、早歩きで逃亡するのではなく、ここで拠点にすぐに戻っていれば恐ろしい思いをすることはなかったのだが、その時はそれを考える余力を失っていた。
「!」
背後の森がほんの一瞬だが赤く瞬いた。身の危険を感じて振り返るも、そこから放たれた殺意のこもった赤い光はあまりにも速く、目視できなかった。しかし、自分に明確な敵意を向けてそれが放たれたことは分かっており、赤い光が自分に着弾するのが分かっていれば回避することはできる。
今までの、冒険者としての短い経験と勘に従って真横に跳び、赤い光の直撃を紙一重でなんとか躱す。それがなんなのか、何者によって放たれたのかを地面に着弾するまでのほんの一瞬で確認するのは俺には不可能だった。
赤い光をなんとか回避し、空中に描かれたその赤い軌跡を視線で追うと、その先にあったのは炎だった。どうやら敵はこの炎の塊を弾丸のように放ったようだ。しかし、炎は俺に躱されて地面に着弾し、そこを焦がしたあともその場に燃料でも染み込んでいるかのようで勢いが全く弱まらない。
残り火よりも敵の攻撃の方を警戒すべきと思い、炎が放たれた方向に向き直り、炎から注意が逸れた瞬間にそれは不自然に揺らめき、爆ぜた。
「ッ!!」
爆ぜた炎は辺りに弾け、そのうちの1つの火球が俺の脇腹に命中し、なにが起こったのかと困惑する俺を吹っ飛ばした。炎の弾丸が躱されることは最初から織り込み済みだったようで、本命は爆ぜた炎から飛び出る火球による多段攻撃だった。
咳き込みながら脇腹の焼けるような痛みに怯んでいると、さらに続けるようにして森の奥が一際明るく赤く瞬いた。己の勘を信じて素早くその場から大きく飛び退くと同時、自分がさっきまでいた場所、そしてそれと俺を囲むような位置どりの4ヶ所に炎が突き刺さった。
今度はさらに1度の発光で5発も放ってきた。俺を取り囲む4ヶ所、至近距離の1ヶ所から弾けた炎が飽和攻撃のように身を焼いてくる。幸いなことにどれも致命傷になるほどのダメージではないが軽いものでもない。服は焦げたり燃えたりしているが、纏っている《硬化武鎧》は焦げてはいるが燃えないらしく、かろうじて火だるまになっていない。だが、敵は俺が避けること、そのタイミングまでもを完璧に予測している。そして俺は放たれる攻撃から身を守れるほどの防御力がない。
「ッ! ……ぐッ……!」
直感に従って右手をすぐさま顔の前に翳すと、次の瞬間に起こった凄まじい衝撃で右手が腕ごと吹っ飛ばされ、《硬化武鎧》が砕け、俺は大きく仰け反った。右腕は千切れはしなかったものの、吹っ飛んだ際に捻ったのかうまく力が入らない。
あまりにも速すぎて俺の痛覚が反応できなかったのか、攻撃を受けてから痛みがくるまでにワンテンポほど遅れた。
「これがさっきの攻撃の正体か……」
炎の弾丸のように派手な発光がなかったこともあり、なにをされたのか分からなかった。だが、右手を顔の前に翳す直前の一瞬にほんの少しだけ森の奥が赤く光っていたように思える。そして今、その光は俺の足元にある。
それは針だった。さっきまで放たれていた、煌々と燃える炎の弾丸と比べてかなり地味だ。足元に落ちているそれが光っていなかったらその存在にも、どのように攻撃されたかもきっと気づかなかっただろう。「針」と言っても時計の長針くらいの長さはあり、俺の右手に弾かれたあとも薄くだが赤く発光している。
つまり、先程の攻撃は炎の針による狙撃ということだ。そして察知の難しいこの針は隠密性に特化した技だろう。眩く発光する炎の弾丸の後にほんの少ししか発光しないこの針を放てば、さっきまでの攻撃との明るさの差で発見がより困難になる寸法か。
しかし、マズい。このまま遠距離砲撃を受け続ければいずれ、というよりほぼ間違いなくあと2、3回で重傷を負い、回避も碌に行えなくなってしまう。
ここまで戦闘に意識を集中させる状況になってしまうと拠点へ転移することはできない。この攻撃がどこまで届くのか分からない以上、下手に後退することはできない。しかし、接近すれば勝てるかと言われると答えはノーだ。絶対無理。
後退して転移に意識を割ける場所まで逃げるか、接近してこれを打倒するか。……前者を選ぶべきだろう。後者を選べば、ほぼ間違いなくキャドン山で戦った他国の勇者の10倍は強い敵と戦うことになる。防戦できればいい方。瞬殺される可能性も多いにある。
しかし、敵は俺を逃がすつもりはないのか、次の行動に出た。
「なんだ……?」
俺の前方の、敵がいると思われる地点から無数の赤光の槍が空に向けて連続で放たれた。その槍は四方八方に飛んでいくと、それらは発射地点、つまり敵のいるであろう地点を中心に一定の間隔を空けて落下し始めた。
「ま、マズい!」
なにが起こったのかと、数千、数万の数え切れないほど大量の槍が地上に降り注いでいく光景を見て、俺は少し遅れて敵の狙いを理解した。すぐさま踵を返し、全速力で槍を追う。
敵の炎の砲撃など気にしていられなくなった。俺はその槍に追いつき、追い越すために残りのスタミナを考える余力を捨てて全力で疾走する。
敵もまた俺の行動の理由に気づいたらしく、その行動を阻止せんとばかりに放たれる追撃が道を阻む。それらは俺に直接当てようとするだけではなく、その進行方向へ炎の弾丸を放ち、木を爆散させて障害物を作り、少しでも時間をロスさせる目的のものもある。
さっき大量に放った槍を維持している影響か、先程よりも攻撃と攻撃の間に時間が空いているが、その間を埋めるように炎の針も放たれる。炎の弾丸に比べてその数が少ないことが幸いし、回避はできている。だが、うまく動かない右腕を庇いながらでは思うように速度がでない。
「クソッ! やられた!」
前後左右、あらゆる方向から同時に響いてきた地響きで間に合わなかったことを悟った。俺が槍の網目を抜けるよりも、さらにはその槍が地面に突き刺さるのが俺の視界に入るよりも前に敵の目的のものが完成してしまった。敵は俺を逃げられないようにするため、確実に狩るためにこの攻撃を放ち、檻を作っていたのだ。
「熱ッ!?」
やっとの思いで檻の端に辿り着くと、槍でできた檻は周囲を赤く照らしながら、接近するだけでこちらが溶けそうになるほどの熱量を放っていた。事実、近くの岩は溶けて、木々や魔物は燃えていた。槍の長さは20メートルはあり、10センチ間隔で地面に突き刺さっている。放っている熱量から考えて地下を通るのも、間を通っての脱出も不可能。それに槍を飛び越えての脱出も敵が許すはずがない。物は試しとブレードを投擲してはみたが、槍に触れた瞬間に一瞬で蒸発してしまい、破壊もできず、檻からは出られないことが分かってしまった。
「なんとかしてこの檻を解除させないと逃げられないな……」
檻から逃れるために後退し、結果、敵からかなり離れてしまった上に、その敵がかなりの精度でしかも遠距離に攻撃ができると分かり、こちらはもうあとがない。
「(直接戦っても勝ち目はない。なら接近して負傷させるなり体力を消耗させるなりして敵が檻を維持できないようになれば、ここから脱出して逃げられるようになる。それが俺の勝利だ)」
さらに踵を返して敵のいる場所を目指す。行きとは異なり、今度は炎の弾丸が飛んでくることはなかったので途中で全力疾走するのを止めて、歩いて敵の元まで向かうことにした。心臓の鼓動がうるさい。嫌な汗が滲むほどの緊張で拠点にも戻れない。ゆえに前進するしかない。
炎の弾丸を警戒し、慎重に歩みを進めるが、檻が見えなくなった地点にまで来た時、それ以上俺の方から接近する必要がなくなったことに気づいた。
突如として突風が吹き、地上に10メートル以上はある影が再びできる。ご丁寧にも敵の方からやってきたからだ。木々を薙ぎ倒し、地響きを起こしながら敵は俺の目の前に着地する。その衝撃と土煙から逃れるために俺は背後へと跳び、ある程度の距離を取って舞い上がったそれが晴れる時を待つ。土煙の濃さからして晴れるのにそれなりに時間がかかると思っていたが、敵が翼を羽ばたくと一瞬で掻き消え、その巨躯と正体が段々と見えてきた。
現れたのは竜だ。しかし、全身に酷い傷を負って血に塗れており、翼は焼け落ち、見るも無惨な姿になっていた。本来は風格ある立派な姿をしていたのだろう。だが、その面影は今はなく、その体から発せられている強烈な腐臭とともに土煙の中から現れた。
その竜の目は、見たこともないほど強烈な執念の感情が炎のように渦巻いていた。
『許さぬ……。許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ! 共和国の尖兵がァ! 我らの国を焼き滅ぼし、女子ども関係なく皆殺しとはッ! 今度こそ貴様らの喉笛を必ず食いちぎってくれるわァァァ!!』
「共和国? なんのことだ!」
『もう私には時間がない……ビショップ! 貴様1人だけでも道連れにしてくれるわッ!!』
「いや、人違い————」
『ほざけェェェ!!』
竜は怒りに任せて炎を吹いた。
狙いがめちゃくちゃだったお陰で躱すことは容易だった。だが、その息吹で射線上にあった地面や木々は一瞬にして蒸発し、地面は溶岩のように煮え滾って凄まじい熱気を放っている。
☆評価やブックマーク登録をしてくれると、とても嬉しいです!
誤字脱字や「ここちょっとおかしくないか?」と思う矛盾点を見つけたら指摘してくれるともっともっと嬉しいです!
(なお、評価や登録が増えるほど作者の魂が目覚めます)




