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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第66話 悪霊の目覚め


「今日も1人?」


「……まあ、そうだな」


 桃髪の聖人の試練を乗り越えた翌日、俺は気分転換に八百屋に行ってどんな野菜や果物を買おうか悩みながら選んでいた。個人的にはリンゴ、のような果物と、ほうれん草、みたいな野菜がお気に入りだ。どちらも異世界植物らしく名前が全然違った。

 野菜は今日は拠点にあるから、やはりここは買うなら果物をしよう、と決めたところでどこからともなく腹部に強烈な頭突きが飛んできた。冗談抜きで軽自動車にぶつかられたような衝撃が腹部を貫く。下手をするとキャドン山の頂上で戦った他国の勇者以上の重さのある攻撃だ。しかし、それを繰り出しながら現れたのはこの八百屋を営む夫婦の娘さんだ。敵襲ではない。


「ニオンとモエカはいないの?」


「2人は……今は、出かけてるんだ。そのうち帰ってくるからその時まで待っててくれ」


 一瞬本当のことを言おうかと思ったが、それを言葉にしてしまうと、もう事実として動かしようのないものになってしまうように思えてうまく口が動かなかった。その結果言えたのは当たり障りのないものだった。

 俺は昨日の桃髪の聖人との会話から、これからを考えられるようにはなった。だが、まだ完全には2人の死を受け入れられていない。


「そうなんだ。じゃあまた会った時にする!」


「なにをだ?」


「秘密!」


「秘密、か……」


「すみません。あの子、お2人に会うことが楽しみみたいで……」


 無邪気にそう言うと、彼女は困る俺を尻目に店の奥へ駆けていった。近くで野菜などの整理や陳列をしていた奥さんは、その様子を見て苦笑しながら彼女のその行動のわけを補足した。


「いや、気にしないでください。ところで娘さんが俺になにを聞こうとしてるのか知ってますか?」


「……お2人には話さないでくれますか?」


「? まあ、構いませんが……?」


「実はあの子、将来2人のどちらとユウリさんが結婚するのかを聞こうとしてるみたいなんです」


「けっ、結婚!!?」


「はい。ですから秘密にしてくださいね。きっとありのままの答えを聞きたいでしょうし」


「そ、そうですね。秘密にします」


 幼い子どもの悪意のない発言で凍りつく空気が容易に想像できる。これ、逆に誰が話せるんだよ……。それを言おうものなら確実に修羅場だよ、修羅場。場合によってはパーティ解散とかになるんじゃないか? 

 しかし、皮肉にも集結する者たち(ユニオン)が解散することは決してない。そうしていないにもかかわらず既にメンバーは俺1人。ようは実質的に解散状態だから解散できない。そして娘さんの言葉を聞ける人は俺以外にはもういないのだ。


 こうして無駄に冷や汗のでる結果になった買い物は無事(?)に終わった。






「体調は万全。さて、家の掃除でもするか!」


 八百屋で買ってきた果物をデザートに加えた昼食を食べ終えた俺は食器を片付けたのち、庭に出た。

 柔軟体操やランニング、いくつかのスキルを試してみた結果、疲労や負傷、《熱暴走》や点火(オーバーヒート)の反動は既に治っており、万全の体調にまで回復したことを確認できた。

 Sランク冒険者になること、それを目指すのは今は保留だ。なによりも実力をつけなければならない。しかし、今するべきことはこの2週間で散らかった家やその回りの掃除や整理だ。


 ティフォン、ラドン、バジリスクの3体の竜にも手伝ってもらい、ここ数日分の普段着や食器を洗って乾かし、拭き掃除掃き掃除をしてゴミを片付け、散らかった屋内を整えていく。


「……って、今さらだが、俺、元の世界に帰ろうとしてるんだよな? なんか段々本来の目的からズレていってるような気が……」


 掃除中のある時、ふと縁側に放置していた鈍く光る灰色の石、怪鳥石が目に入る。勝手に持ち出した割には桃髪の聖人は怪鳥石を置いてったが、一体あの石にどんな使い道があるんだ?

 しかしそれよりも、先の自分の言葉の中にあったある目的が気がかりだった。


「帰る、か……。仮に元の世界に帰ったとしても、俺に幸せに暮らす権利なんてあるんだろうか……?」


 しかし、仮に帰れたとしても失踪していた間なにをしていたか、なんて聞かれても答えられない。それに俺は元の世界では死んだことになっている可能性が高い。それか失踪したって扱いになってるのか? いや、確か失踪宣告が受理されて法的に死亡扱いになるのは7年後だったか。でもあれは身内が請求するものだったな。俺の身内といえば、遠い親戚以外いなかった。ならこの場合はどういう対応になるんだろうか?

 ニュース映像に映っていたあの崩落からすると、誰が見ても生存は絶望的だろう。非情な判断ではあるが早々に埋め立てられそうだ。


「遠いだろうな、いろいろと」


 庭から眼下に望むかたちで見えるはずの見慣れた街並みはそこになく、ただ青空がどこまでも広がっているだけだった。






「へへへ、見ろよ。このデカい箱、間違いなくお宝だぜ」


 人工ダンジョン『魔女の工房』最下層。

 そこに5人の冒険者がいた。最下層までの道のりは険しく、Sランク冒険者をして殺意しか感じないと言わしめるほど。通常ならばその道中で10人パーティなら3人は脱落するほど難易度の高い危険なダンジョンだ。大量の殺意マシマシな罠、他のダンジョンなら『最奥個体』と呼ばれるボス個体が中ボスのように湧き、同じ見た目の通路や部屋が続き、迷いやすい構造。

 しかし、このパーティは1人も脱落することなく最下層まで辿り着けた。それはその中に1人、『勇者』と呼ばれる者がいたからだ。彼は高沢や青葉のように召喚されて異世界転移を果たした高校生。彼のその実力はSランク冒険者に匹敵し、ゆくゆくはSSランクに近い実力を身につけるだろうと評判の勇者だ。

 そんな勇者を含む5人の冒険者が最下層の最奥に辿り着く。そこにあったのは目が眩むような金銀財宝ではなく、人1人なら余裕で入るほど巨大な金属の棺が台座に1つ安置されているだけだった。


「けど、側面になにか書いてないですか?」


「なにがだよ? どーせこのダンジョンを作ったヤツの自分を褒め称えるような寒ーい賛辞が書いてあるんだろ?」


 勇者の一言に、パーティメンバーの1人である男魔術師が棺の側面を覗き込みながら問うた。それには勇者は興味がないらしく、棺の縁に手をかける。彼は歴史的発見や棺の文化的価値よりも中身の財宝の方が気になるようだ。


「リーダーがそれをいいますか……この前、引っかけた女を一晩弄んだらすぐにポイ捨てしてたじゃないですか。勇者だからってあまり好き勝手やってると酷い目にあいますよ?」


「そうだそうだ! そのうち後ろから刺されるぞ」


「ケッ! モテないお前らが言うと僻みにしか聞こえねぇな!」


 魔術師は勇者の勇者らしからぬ行動を諌め、男剣士はそれに追従してからかうが、勇者は反省する素振りを見せない。悪いこととは思っていないのだ。

 彼は元々そういうことをする人物ではなかったのだが、異世界に来てからは主に悪い意味で自由になってしまった。法や自らを縛るモラルを投げ捨てて己の欲望のままに生きる、そんな人間に変わってしまった。あるいはそういう部分も転移前からあったのかもしれないが。


「あんたら、そんなこと言ってないでさっさと金目の物掻っ攫って帰るよ。あたしは暗くてジメジメしてるところは嫌いなんだ」


「……と、ところで側面には、その、なにが書いてあるんですか?」


 女剣士は最下層の探索が面倒なようで、棺の置かれている最奥部の入り口辺りの壁によりかかり、棺近くにいる3人を仕事をするよう急かす。その女剣士の影に隠れている少女魔術師はオドオドしながら男魔術師に問いかけた。


「えーっと、……これはなんでしょう? 古代文字ですかね?」


「ほー、古代文字? 勇者の俺にもよく見せろよ」


「なんだい、これは?」


「うう、全然読めませんね……」


「しかも一部が掠れて読めなくなってやがるな」


 最奥部の入り口近くにいた2人は古代文字に興味を惹かれたのか、棺のそばに近寄る。早速2人は古代文字に目を通すが、自分たちの知るどの言語とも全く異なるそれにお手上げのようだ。それは男の剣士と魔術師も同じだ。だが、


【警告する。◼️◼️◼️◼️の眠る棺に触れるべからず】


【棺の封印が解けし時、地上に大いなる厄災来たる】


【◼️◼️◼️◼️の目覚めし時世、異邦人は狂い、人々は死に絶えん】


「(これ、古代文字じゃなくて日本語じゃねぇか!? しっかし、なんだ? なんでこんなところに? つか、気味悪りぃな。特に3つ目の異邦人って俺たち勇者のことじゃねぇか? それが狂うとか不吉以外の何物でもねぇな……)」


 古代文字と推測された日本語が読める勇者1人だけにしかこの不吉さは分からなかった。1人、正体不明の不安を感じ始めた勇者だが、他の面々は好奇心が惹かれたのか、棺だけでなく、その回りの台座に彫られている文字も興味深げに眺め始めた。


「こっちのはこのダンジョンの入り口にたくさん刻まれてるものと同じ古代文字の羅列ですね」


【我が墓を荒らす者に災いあれ】


「こっちにもあるけど全然読めないね……」


【邪悪なる者よ、己が業を見よ】


【何人も世の隔てを越えるなかれ。さすれば治世の約束あらん】


「(どういうことだ? さっきの文言を要約するとここは転移してきた日本人が作ったダンジョンで、そんでそいつがなにかヤバいモノを封印した場所ってことにならないか? ならその封印を解く、棺を開けるのはヤバいことにならないか……?)」


【黒き闇、彼方より来たる。全ての(ひじり)、滅びし時、闇、世を覆わん】


【心悪しき者、最奥に至る時、棺の守り、崩れ去らん】


【亜竜の呼び声、邪悪なる竜の帰還を告げん】


「(ヤバい、ヤバ過ぎる。ここは本当にヤバい。理屈じゃない。俺の短い勇者人生で培えたかすらも分からない勘が全力でアラートを鳴らしてる!)」


「み、みんな今すぐここから————」


 ゴトッ。


「……ぁ」


 台座の縁に躓いた少女魔術師が棺の蓋に座り込むようにして寄りかかっていた。その瞬間、それは不気味な音を奏でた。勇者の思考は止まり、顔は青白くなるが、それに気づく者も、なぜそんな顔をするのかを理解できる者はこの中にいなかった。

 ほんの一瞬、チラッとだが見えてしまった。僅かに開いた棺の中からこちらを凝視する血走った目が、爛々と輝く狂気を宿した視線が。

 異変は既に起こっていた。


「へ? お、おい、大丈夫か? ……ひぃぃ!?」


 男剣士が顔面から床に倒れたのだ。抱き起こした彼は異様なほど軽く、その不自然さに気づき、うつ伏せの体を仰向けにするとその体が既に骨と皮だけになった彼の顔が見えた。

 干からびていた。死んでいることを疑う余地などなかった。まるで、砂漠に迷い込んだ旅人が干からびるまで彷徨ったあげく、誰にも発見されることなくそのまま何世紀もの間放置されたかのような無惨な有り様だった。


「おい! お前ら気をつけろ! 敵だ! 敵襲を、受けて……なんだ、これ、は」


 またしても人が倒れるにしては軽すぎる音がその場に2つ響いた。確認するまでもなかった。男魔術師も女剣士も平等に既に似たような姿に変わり果ててしまったのだ。しかし、少女魔術師だけは無事らしく、変わらずに棺の蓋寄りかかっている。


「よかった、お前は無事で————」


「やっと封印が解かれた……ようね。長かった。ああ、あの異邦人風情が、よくもまあ、私をここまで長く封印できたものね。早速復讐に行きたいところだけど……どうせ人間の寿命は短い。もう死んでるでしょうし、さてどうしましょうか」


「お、お前! 何者だ! 俺のパーティメンバーになにをしたんだ!」


 勇者は即座に剣を引き抜き、構える。

 そこにいたのは彼が冒険をともにしたかつてのパーティメンバーではなかった。銀髪で目の青く気立てのいい可憐な少女ではなく、この星の生物の理を逸脱した得体の知れないエイリアンのような存在。

 見た目は同じだが、中身は全くの別物になっていた。


「人に名を尋ねる時はまずは自分から名乗るべきじゃない? それともあなたの国では初対面の相手を質問責めにするのがマナーなのかしら? まあ、どうでもいいわ。さっさと消えて」


「は? なにを言っ」


 抵抗の余地など彼女が棺から出てきた時点で存在していなかった。また1人、干からびた死体が最奥部に増えた。勇者もまた、自身のパーティメンバーたちの仲間入りを果たす。


「これだけの生命力を補充しておけば、途中で枯渇する心配はないわね。さて、久しぶりの、この肉体の人物の知識から推定すると実に150年振りの外になる。さて、どんな世界になっているのかしら?」






「……どうしてこうなった」


「……なにをしてるんだ、お前は」


 さすがに命4つ分程度の生命力では私の活動に足りるものではなかったのか、『魔女の工房』から脱出した瞬間に生命力が枯渇した。暖かい日光を浴びながら、短い復活期間だったとここに至るまでの回想を始めようとした時、私を見下ろしている何者かの気配に気づいた。

 気配を消しているわけではなかった。単純に私が生命力不足のせいで注意力散漫になっていただけだ。警戒しながら見上げると、そこにいたのは多少竜の血が混ざっているが、人間の男だ。黒い髪に黒い目、夜の闇のように深いその色からは、黒髪の人間をほとんど見たことがないことも相まって神秘的なものを感じる。

 私に人間の容姿の美醜は分からないが、この体から仕入れた情報から察するにこの人間の容姿は爽やかさに加え、人の良さが全面に出ており、中々整っていると言える。

 総じて言った場合、騙されやすそうな印象を覚える人間、ということになるが。


「そこの凛々しいお方、お願いがあるのですが、聞いていただけませんか?」


「失礼しました」


「なんで、置いていくの!?」


「いや、初対面の相手に凛々しいとか胡散臭過ぎるだろ。さては詐欺だろ? 壺なら買わないぞ」


 本音で(カモにしようとして)言ったはずなのに……。猫を被った喋り方がダメだったのかもしれない。


「少し手を貸してくれませんか? うまく立てなくて……」


「手? 手なら……まあ、いいか。悪意は感じないし」


 私はこいつの持つ生命力の全てを奪い取ることにした。理由はない。悪意もない。ただ目の前にいたからだ。

 棺から出て最初に襲ったのがこの体の本来の持ち主である少女魔術師だったのは、私の位置に一番近かったから。生命力の全てを吸収し、中身外身ともに空っぽになった少女魔術師の体に霊体となっていた私を入れて今の状態になっている。

 奇跡的にも彼女の体と私は親和性が高かった。ゆえに150年前よりも遥かに強くなっている。その分、燃費も悪くなっており、そのことを加味していなかったせいでこうなっているのだが。


「っ!? ……あ、ありがとうございました」


「どうかしたか?」


「い、いえ、なんでもありません。ではこれで失礼します……」


 一瞬で枯死させるほどの勢いで生命力を吸い取り、目の前の男は干からびるを通り越して即座に風化して砂粒になる……はずだった。

 しかし、何食わぬ顔でそいつはそこにいた。手加減したわけでも吸い取れなかったわけでもない。困惑する私が彼から吸い取った生命力で体を満たした瞬間、全身を電気が駆け抜けたような感覚を覚えた。その突き抜けるようななにかに当てられた私は今まで覚えたことがない感情を胸に抱いた。


 キョトンとする人間の男を放置し、そそくさとその場を去った。


 『魔女の工房』から離れた、誰もいない日の光に満ちた明るい草原まで辿り着くと、そこで1人、今までなら考えもしなかった言葉を呟いた。


「……見ツケタ。私の運命の人」


 それはこの世のどんな呪詛にも勝る愛の言葉。



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