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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第64話 点火


「30個、か……」


 スキルの所得限界って初耳だ。あとでオーバーしないための対策を考えておかなければならない。それにステータス画面が縦に長くなってきたせいでいい加減見づらい。もしかするとこれはザッハークの使い時かもしれない。

 ザッハークは能力2つに対して使ったことがあるのは1つだけで、緻密な動作を可能とし、それを戦闘用に流用して4刀流発動のために使った《連携》のみ。もう1つの《融合邪竜》は使ったことがない。実戦で使ったことがないのではなく、本当に未使用なのだ。

 《融合邪竜》の効果は2つ以上の実体の有無を問わない対象の融合と分身。試しに使ってみようと思って発動させたところ、たった1回の使用でMPをアホみたいに消費し、しかも使用するための量が足りなかったせいか、能力の発動には至らずにただ魔力を限界以上に消費するだけで終わってしまった。結果、俺は丸1日寝込むことになった。

 しかし、今なら違う結果を出せる気がする。


「君、余所見とはいい度胸でふべっ!?」


「「「「「「「「コウキ様!!」」」」」」」」


「(めっちゃうるせぇ……)」


 他国の勇者は宣戦布告という名の殺害予告をしてきはしたが、ただポーズを決めるだけで特になにもしてこないので思考がだいぶ逸れていた。

 ちなみに無事に下山するまでが登山なので《硬化武鎧》は纏ったままだ。ブレードも見かけ上は引っ込めているが、解除はしていない。

 そんな風に俺が考え事をしている最中、他国の勇者がやけに緩慢な動きで接近し、拳を振り上げてきたので、反射的に割と本気で顔面を裏拳で殴り飛ばしていた。彼はそのまま近くの土魔術で建設中だった建物まで錐揉みながら勢いよく吹っ飛び、それに激突してバラバラに砕き、地面に仰向けに倒れ伏した。


「よくもコウキ様のご尊顔を! みんないくわよ!」


「「「パワーブース————きゃあああ!!」」」


「卑怯者! なんで攻撃してくるのよ!」


「逆になんで敵が待ってくれると思うんだよ……」


 他国の勇者はまだ意識があるらしく、さっきよりもさらに緩慢な動きだが起き上がろうとしているのを横目で確認すると、取り巻きたちに向き直る。彼女たちは呑気に彼にバフをかけようとしていたが、待ってやる義理はないので、俺は両腕にブレードを生やして取り巻き集団に突撃する。刃物を目にした彼女たちは分かりやすく恐怖し、碌な回避行動もできていなかった。

 まずは魔術を発動させようとしていた3人を重傷にならない程度に切り裂き、魔術の発動を妨害する。殺しはしない。する必要性を感じないし、その行為を肯定する気は毛頭ない。


「チャージ……。よくも僕の大切な彼女たちを傷つけたな! 後悔させてやる! オールブースト!」


「コウキ様! みんな、彼を支援するのよ! 速く!」


「「「「「「「「オールブースト!」」」」」」」」


 他国の勇者は自分に治療魔術(チャージ)を使って負傷を治し、さらに自分自身にバフをかけるとゾンビのように緩慢な挙動で立ち上がる。

 彼らが使ったのは補助効果を付与する魔術のようだ。名称から察するに、味方単体に全てのステータスに中程度の強化をもたらすのだろう。俺は使えないが、バフとか便利そうだな。


「お前のような男の風上にも開けないような奴は僕が必ず倒す!」


「傷つけられてマジギレするんだったら、戦力外の仲間なんて連れて来るな。仲間が死んだ時、責任を取るのは殺した敵じゃない。連れてきたお前だ」


「黙れえぇぇぇぇぇ!!」


「ッ!(速い!)」


 激昂した他国の勇者は、俺の言葉を掻き消すように思い切り叫ぶと憤怒の形相で間合いを詰め、拳を振るってきた。その速度は先程までの比ではなく、俺の眼前にテレポートで移動したのではないかと思ってしまうほどで、反射的にブレードの刀身で受け止めていなければ重傷は免れなかっただろう。

 拳は2、3センチほどブレードに食い込み、憤怒で歪んだ他国の勇者の表情が痛みでさらに歪む。俺はそこにカウンターを繰り出すも、命中する前に彼は即座に引き抜き、一度離脱、拳に治療を施すと再度突撃してきた。

 彼のステータスを盗み見るとレベルは100、HP、MPを除いた5つの数値はどれも500ほどだが、その横に(×2.7)と表示されている。永続ではないからか、その数字は点滅しているが、単純計算で導いても5つの項目全てが1500はあることになる。特典らしき特性は《拡大》と《眩惑》。後者はなぜかは分からないが嫌な空気感を感じる特性だ。


 技巧や技の練度は皆無だが、暴力的とも言える高ステータスから繰り出される拳や蹴りの威力は凄まじく、深手にならないよう防御するので精一杯だ。打撃を受け、破損し続ける《硬化武鎧》を直しながらも防戦は続く。


「オラオラァ! どうした! その程度か!」


 一撃一撃が必殺の威力が込められた拳を受け流し、いなし、拳の攻撃にブレードで牽制し、他国の勇者が避けきれないほどに接近してきたらカウンターを放ち、ちまちまとダメージを与えていく。しかし、受けるダメージはこちらの方が圧倒的に多い。今はポーションで騙し騙しやっているが、限界もある。ここで勝負に出るべきか。ダメなら即逃走だ。そもそもこいつと戦うメリットがない。


「フッ!」


「なぁっ!? なんてことをッ!!」


 一度仕切り直そうと、バックステップで距離を取るも、他国の勇者はすぐに距離を詰めに迫る。そう来るのを分かってはいたが構わず防御を捨て、両腕を大振りに振るう。するとその腕から彼に向かって一気に20個のブレードが発射された。鈍く輝く無数の黒い刃が彼に向かって飛翔する。

 今のバフのかかった彼なら余裕で躱せるだろう。だが、俺が狙ったのは勇者の後方で魔術で援護するわけでもなく、戦いに参加せずに呑気に彼の活躍を観覧していた取り巻きたちだ。宙を舞うブレードを躱せば彼女たちにその魔の手が迫る。ゆえに彼に躱すという選択肢はなかった。


「なっ!?」


 射線に割り込むようにして半数をその身に受け、残りの半数を拳で弾く。しかし、弾かれたブレードたちは空中でブーメランのように弧を描き、取り巻きたちの方へ殺到した。

 俺とて日々成長している。一度にたくさん投擲できるようになっただけではない。ホワイトウルフとの戦いのあと、遠距離への攻撃手段の乏しさを実感し、なにかないかと考えてはみたものの、結局いいアイデアは思いつかなかった。仕方なく、8合目にいる間は狙った場所に正確に当てられるように魔物との戦闘を兼ねて試行錯誤を重ねていた。

 その成果は上々。取り巻きたちの前には透明な壁のようなものが張られていたようだが、それがどうしたと言わんばかりにブレードたちはそれを食い破って狙い通りに取り巻きたちに命中し、彼女たちは次々と軽めの負傷を体に作っていく。

 注意が俺から取り巻きに逸れたお陰でなんとか距離を取ることができ、目的は達成できた。あとはさらに隙を作って、それをついて逃げるだけだ。


「貴様、それでも勇者か!」


「さっきも言ったように、傷つけられたくないなら足手纏いは連れてくるな。言っておくが、俺はお前と積極的にことを構えるつもりなんて最初からない。用事があるから俺はもう帰る」


 他国の勇者に多少の負傷はあれど、いずれも戦闘続行になんの問題もないレベル。取り巻きたちは、そのうち3人が結構な負傷を負っていたが、既に魔術で治療済みらしく目立った傷はない。それは他の取り巻きたちも同じで、戦闘が始まる前と大差ない。一方の俺は他国の勇者にボコボコに殴られているので軽傷とは言い難い。


「(仮にこの勇者が少しはマシな思考能力を有しているのなら、戦闘能力がマトモにない後方支援を積極的に狙って生かさず殺さずの負傷を負わせながら、それを防がせるために前衛に庇わせて消耗させてから倒そうとする非道な奴とこのまま戦うのが下策だと気づくはずなんだが……)」


「僕は勇者だ! お前のような外道と馴れ合うつもりはない!」


「「「「「「「「ハイワイドフィールド!!」」」」」」」」


「そうなるのか。そもそも馴れ合い云々なんて俺は一言も言ってないんだが?」


 だろうな。仲間を傷つけられてコケにされておめおめと逃げられるかという感情と、自分より弱い奴に負けるのは嫌だというプライドが邪魔して彼は素直に戦いをやめるという最良の選択肢を選べなくなっている。

 しかも、他国の勇者の仲間たちがこの山頂を覆うように広範囲かつ強力な結界(要はバリアー)を展開する。どうやら仲間の取り巻きも勇者と同じ意見らしく、俺が逃げるという選択肢を潰してくる。

 生き残るために勝ち負けなんて気にしていられないのが戦場のはずなんだが。……もっと速くに俺の方から逃げておくべきだったか。試しに結界にブレードを後ろ手で射出するが、2枚貫通したところで止まってしまう。マジで逃げられないようだ。


「死ねぇ! このクソ外道がァァァ!!」


「…… 点火(オーバーヒート)


 両腕に、脚部に、胴に胸当てのように纏う《硬化武鎧》が刀鍛冶が打っている最中の鋼のように赤熱していき、回りの空気がそこから漏れる熱で不自然なほどに揺めき始める。


 《加熱》と《熱暴走》を組み合わせて発動させる点火(オーバーヒート)は、バフが使えない俺が短期決戦用に編み出した強化手段だ。発動可能時間はおよそ5分。一度使うと放熱し切るまで再使用できないが、今の自身の体が耐えられる限界以上の力を発動中は常時発揮させられる。

 しかし、この点火(オーバーヒート)、残念ながらステータスを上昇させるような純粋なバフではない。強制的に自身の体に限界以上の出力を発揮させて半ば暴走状態にするというかなり無茶なもので、出せる出力は上がっても負担がそれに比例してどんどん大きくなっていくという、はっきり言って欠陥だらけの技だ。

 しかし、今はこれに頼らざるを得ない。


「……」


「ごばっ!?」


「「「「「「「「コウキ様!」」」」」」」」


 口を開けるのも億劫になるほどの倦怠感と全身に纏わりつく不快感の強い熱で倒れてしまいたくなる。

 しかし、それに見合う効果はあるらしく、他国の勇者の放つ必中にして一撃必殺の拳は空を切り、逆にそれまでカウンターしかまともに当てられず、しかも大したダメージを与えられなかった俺の拳の殴打とブレードの斬撃の二段攻撃は他国の勇者の腹部にクリーンヒットした。


「ぐるぁぁぁ!!」


「……」


 がむしゃらに殴打を繰り出す勇者だが、それを全て片手でいなし、思い出したかのように合間合間に正拳突きを見舞う。

 自分の体がギリ耐えられないくらいの出力を常に発揮させる都合上、自分の体が耐えられる出力の上限が高ければ高いほど点火(オーバーヒート)の効果は上がる。つまりどれだけ強くなってもこの不快感は変わらないのだ。今後もこの技と付き合っていくことになると考えると憂鬱だ。


「死ねよ! この鬼畜がぁぁぁ!!」


「……」


 他国の勇者は近くにあった拳大の石を俺に向かって投げつけてきた。4桁の筋力がもたらす投球は俺の顔面を捉えていた。しかし、俺はその勢いを殺さずに片手で掴み、左足を軸に身を捻り投げ返した。石は彼の左肩を粉砕すると同時に砕け散った。

 いくら1500ものステータスがあっても、それを扱う本人がただ自分のステータスの高さに胡座をかいているような奴がまともに使いこなせるわけがない。

 彼がやってきたレベリングとやらは、さぞ安全で無理のない計画的なものだったのだろう。正直羨ましい。しかし、羨ましいと思うこととそうなりたいと思うことは同じではない。俺は、あんなのにはなりたくはない。


 彼は片手しか動かせなくなりながらも拳を振るうことを止めない。技術も能力もない一般人の一般的な殴打。さっきまでは圧倒的なステータスで防戦一方だったが、肉体の限界性能が上がったこの状態なら余裕で見切れる。

 一方的とも言える殴打は続き、勇者がただのサンドバッグのようになり始めた頃、先程までは見てるだけだった取り巻きも、危機感を覚えたのか、途中から勇者へのバフや治療を始めたが、全ては遅きに失した。


「ご、が……」


「そんな、コウキ様が負けるなんて……そんな、嘘……」


 全身をボロボロにした勇者は、死んではいないがその場に倒れ込んだ。その姿を見て取り巻きの1人がなにかの間違いだと言い聞かせるように呟くが、事実が変わることなどない。


「あなただけは絶対許さない! 水圧(クリアプレッシャー)!」


 取り巻きの1人は意を決して立ち上がり、Cランクの水魔術を唱える。するとその周囲に、圧縮されて水滴のサイズになった水の球体が浮遊し始める。

 彼女の声と同時に、俺に向かってその無数の水滴が放たれる。しかし、俺の体に当たった水滴はその威力を発揮することなく、当たった瞬間にシュゥゥゥという音とともに水蒸気となって辺りを白く染めただけに留まった。


「き、消えた……」


 白い霧が晴れた時には、そこには誰もおらず、彼らが葉桜結理を発見することはついぞ叶わなかった。


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