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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第63話 山頂、試練の予感


 登山開始から4時間で無事……ではないにしろ、問題なく山頂に辿り着けた。

 通常の魔物討伐と比べて達成した時のその感慨も一入だが、俺の目的は登頂の達成感のためでも、山頂からの眺めを堪能することでもない。

 桃髪の聖人が提示した試練の内容はキャドン山に登り、山頂に巣を作る怪鳥の巣から怪鳥石を手に入れること。


 山頂が目前に迫る。俺はそこまでの道中、頂上からこちらを目視できるであろう位置には近寄らず、怪鳥に発見されるリスクを抑えるために物陰に隠れながら慎重に移動した。

 しかし、ここは登山者用の普通の山ではなく、当たり前のように大量の魔物が存在するダンジョンという魔境なのだ。いくら怪鳥から隠れて進んだとしても、他の魔物にバレてしまう。もっとも、仮にバレたとしても問題なく勝てるが。

 しかしだ。怪鳥との戦闘があとに控えているので、戦闘後の消耗も考えるとやはり避けたい。そのつもりではあるのだが、頂上近くとなるとそう都合よくはいかないだろう。

 8合目、9合目でAランクどころか、それを超える強さを持つ魔物に何度も遭遇し、うまく逃げられずにやむを得ず戦っているのだ。頂上付近となれば、ほぼ確実に戦うことになる……はずだったのだが、魔物との戦闘が起こることはおろか、発見されることもすることもなかった。

 うまく避けられたのではなく、単純にいなかったのだ。なぜだろう? と考えて辺りを見渡し、俺はこの辺り一帯が怪鳥の狩場だからだということに少し遅れて気づいた。

 怪鳥と呼ばれるくらいだ。雛であったとしても相当な大食らいだろう。子育て中は通常よりもさらに大量の食料を必要とするに違いない。そのために雛の餌としてこの近辺の魔物は狩り尽くされた。だから遭遇しなかったのだ。






 とうとう山頂にまで辿り着く。俺は怪鳥にギリギリまで見つからないために、近くの岩場から辺りの様子を窺った。仮に戦闘を行うにしても、戦うのならある程度は優位に立ったところから、戦わないにしてもすぐに撤退できる位置取りからスタートさせたいからだ。


 覗き込んで見えた山頂の様子はというと、かなり広く、運動場にできそうなくらいのスペースがあった。登山道とは打って変わって、整地されているかのように平たく、周囲は手すりのような形をした岩で囲まれていた。

 確かに理想的な子育て環境だ。頂上までの道のりが険しく滅多に人間が立ち入らず、雛の天敵になるような魔物は狩り尽くされ、雛が転倒しても大丈夫なように地面は整備されており、さらに手すりのお陰で山頂から落下することもない。これが都合よく自然にできるとは思えない。怪鳥がこの環境を作ったのだろう。どうやらかなりマメな性格をしているようだ。


「怪鳥は……いないな。留守か?」


 その巣らしきものは見つかったのだが、肝心の怪鳥はおろか、雛鳥すらいなかった。いや、いない方がいいだろう。Sランク冒険者でないと太刀打ちできないような存在と戦うのは誰だって避けたいはずだ。俺だって避けたい。戦闘狂でも狂戦士でもないのだ。

 しかし、それだと試練を乗り越えたことにはならないのではないかとは思ったが、桃髪の聖人が言った試練の内容は怪鳥石を取ってくることだ。怪鳥と戦うことではない。それにその試練の合否は俺の実力がニオンと燃香に追いついているか否かを計る目安でもあるのだ。ここで無謀な突貫をすることが2人に追いつくことに繋がるわけではない。

 もっとも、万全な状態であっても怪鳥と戦っても勝てる気はしないけどな。


 雛鳥を育てるために使われていたであろう巣は、太い木の枝や魔物の骨で組み上げられており、1メートル近い高さがある。これで育てられる雛鳥は、さらに言えば怪鳥はどれほどの大きさなのだろう? 想像もつかない。


「まあ、いいか。とりあえず怪鳥石を……これか」


 巣の底に鈍く輝く灰色の石がいくつか転がっていた。そのうち最も大きい、ラグビーボールくらいの怪鳥石を拾って拠点に入れておく。


「見てごらんよ、あれが怪鳥の巣だ」


「わあ! 広いですねー」


「こらこら、あまりはしゃぐものではないですよ」


「いいじゃないか、たまにははしゃいでも。君たちもそう思うだろ?」


「「「「「「はい! そう思います!!」」」」」」


 さて帰ろうか、と登山道に戻ろうとしたその時だ、やけに澄ました男性の声が山頂に響いたのは。


 今まさに帰ろうとしていた俺の進行方向上、そこにはモデルばりに容姿の整った高身長で筋肉質な男性がいた。それだけなら街中でそういった特徴の青年と出会した程度なので気にはならないのだが、その男性1人に対して8人の女性が、静電気で引き寄せられる埃のように纏わりつきながら集団で歩いている光景があれば誰でも気になるだろう。

 しかも、ここは大量の魔物が生息する山だというのに、全員がしっかりとした登山用の装備ではなく、これからデートにでもいくのかと問いたくなるオシャレな格好だった。なお、俺はいつもと同じ軽装だが、痛んでいてもこの服は魔物との戦闘にも耐えられる代物だ。なにせピクニックに来たわけではないのだからな。


 彼らはここが怪鳥の巣であることなど知ったことかと、山頂に足を踏み入れる。すると、その集団から1人の少女が飛び出て山頂を自由気ままに闊歩し出し、それを別の少女が諌める。すると男性がオーバーリアクション気味に取り巻きの女性たちに問いかけ、残りの6人は気味が悪いくらいのシンクロで全肯定した。


「(なんなんだ、こいつら……まさか、ハーレムってヤツか? 初めて見たな。しかも黒髪。こいつ、もしかしなくても勇者か? 俺の主観だが、異世界モノでよくあるとはいえ、転移してきてそれを積極的に実践してるヤツがいるとは。……この様子だと最初からそれを目的として行動してそうだな、主観だが。面倒臭そうだし、関わり合いになる前に帰るか)」


「中々いい眺めだね。ここに別荘を建てるのもいいかもしれないね」


「いいですね! 今すぐ建てましょうよ!」


「土属性の魔術は得意だからね。さあ、始めよう!」


 突然現れた彼らの底知れない不気味さに俺が困惑していると、それに気づいていないであろう、というか絶対気づいてない男性は、どう考えても他人の土地に無断で建物を建てようとしているらしく、魔術を発動させ始めた。とりあえず俺は見つかる前に逃げようとこっそり隅にまで移動し、手すりに足をかける。


「ああ、そこの君」


「……」


 なんか声をかけられたような気がしたが、気のせいだろう。今も俺の直感はこの場からすぐにでも退避すべきと告げている。ならばそれに従いこの場を去るべきだろう。


「おや、どこに行くんだい? 君に言ってるんだよ?」


「…………」


 片足は乗り越えたので、もう片足も手すりを越えるべく上げる。またどこからか声が聞こえた。関わるとものすごく面倒なことになる予感がするのでこの場を去ることを優先する。


「君だよ、君。今、手すりを越えようとしてる君だよ」


「……………………もしかして俺に言ってるのか?」


「おいおい、君以外に誰がいるっていうんだい?」


 ニオンならばこんな時、気配を消してやりすごせるだろうな。俺はまだその手の扱いがうまくないからできないが。

 ……出会ったのはつい最近のことだというのになぜか懐かしく感じる。そんな風に過去になってしまった日々のことを考えていると、ふと思ってしまう。

 もしもあの時、俺がニオンの仲間になるという話を断っていれば死なずに済んだのではないか、と。そうすれば他の良心的な人と仲間になっていたのなら幸せになれていたのかもしれない、とも。

 意味のない感傷だが、そんなもしもを考えると、どうしようもなく恐ろしくなってくる。今の俺は後悔することすら怖い。


 どうしようもない過去となってしまったあの光景に苛まれている俺に、地面に落ちた砂糖の粒に蟻が群がるような光景を見せつけながら、大袈裟に肩を竦めて見せる男性。……今の精神状態だと一々反応するのも疲れる。「こいつは1人でミュージカルでもやってるんだろうな」とでも考えないとやっていけない。


「さあな。俺はここに残る用事もないから帰ろうとしてるだけだ」


「そうか、君って照れ屋さんなんだね」


 は?


「仕方ないですよ。彼はあなたの幸福な姿を羨ましがっているんですから、突っかかっても流してあげましょうよ」


「なら仕方ないね」


「ところでなんの用だ? 俺はこれから帰るんだが」


 その男性の的外れな一言に二の句が継げない俺に取り巻きの1人がさらに的外れな、しかもなにに対してのフォローなのか分からない発言を投下する。

 この集団を無視して今すぐにでも下山したくなるが、その思いを抑え込み、なんとか堪える。さすがに失礼だろう、と話だけはすることにした。彼らと会話しなかったせいで、あとあとになって発生するかもしれない面倒事を避けるためでもある。


「ああ、そのことか。僕たちはこれから怪鳥を探すんだけどね、君も手伝ってくれよ」


「悪いが断る。俺にはどうしても外せない用事があるんだ」


「照れなくてもいいんだよ、なんなら冒険者についての手解きをしてあげようか?」


「そういうのは間に合ってるんだ。それに時間がない。失礼する」


 Cランク未満はお断りのキャドン山の山頂に辿り着いてる奴が冒険者の見習いなわけないだろ。というか、人の話を聞け。今さっきどうしても外せない用事があるって言ったはずなのに、どうしたら「照れなくていいんだよ」に繋がるんだよ。


「ちょっと! コウキがこんな丁寧お願いしてるのに断るわけ!? 信じらんない!」


「コウキ? 誰だソレ?」


 取り巻きの1人の小柄な少女が、沸点が低いのか感情を爆発させてヒステリックに叫んだ。……丁寧ではないだろ。

 断ればそうくることは予想はできていたが、端から断るつもりの俺がなにを言ったとしてもこの反応になるのは回避不能だったので取り繕いはしなかった。


「名乗っていなかったね。僕は柳鋼毅(こうき)。君の名前は?」


「……葉桜結理だ」


「へえ、君も勇者なんだね。出会ってしまったのなら仕方ない。ここで君は倒しておかないとね」


「なにを言ってるんだ、お前は? そもそもあんたはこの国の勇者じゃないだろ。なのになんでこの国にいる? 勇者は国外に出れないんじゃないのか?」


「君みたいな小さい国の勇者は考え方も小さいんだね。まあ、僕と君とじゃ立場もなにもかもが違うんだろうけど」


「小さいって、そもそも自分の不正を棚上げして倒すとかあり得ないだろ。領土侵犯の上に口封じのために殺害の間違いじゃないか?」


「違うよ。この世界で勇者は死なないんだ。死んだように見えても元の世界にちゃんと送り返される。知らないのかい?」


「……それ、誰が言ったんだ?」


 別に名乗らなくてもよかったのだが、名乗られたのだから名乗り返した。しかし、次に出たその男性改め他国の勇者の飛躍した謎の発言に耳を疑った。

 こんな奴に自分の命が容易く刈り取れると思われていることにカチンとくるがギリ抑える。沸点近くまで上がっていた熱が、次の相手の言葉で悪寒を覚えて体感温度が一気に冷えて冷静になり、俺はその発言にこの他国の勇者の正気を疑った。まさか、こいつそんなゲームみたいな理論で納得してるのか? しかも自分に非はないと言いたげだ。

 あなたのやってることは犯罪ですよ、と暗に告げても他国の勇者は問題にすらしない。しかも取り巻きたちは一斉に俺を親の仇でも見るような眼差しを向ける。


 国境越えに関して俺はそもそも勇者じゃないから問題ない(と思いたい)。だが、こいつは違う。「君も」と言ったのだ。完全に自分が勇者だと自白している。

 それに彼の口振りから察するに、ちゃんと自分が勇者だと自覚し、大きい国の勇者という立場にたった上で国境を越えている。これが問題でないはずがない。


「それは教えられないな。言えることがあるとすれば、彼にはいい狩場も教えてもらってレベリングが捗ったし、有用なスキルもたくさん手に入った。あまりに手に入り過ぎて30個の所有限界にまで達してしまったけど大したことではない。むしろ一流の勇者としては当然さ」


「なるほど、教えてもらった相手は男か」


「! 君はますます元の世界に帰ってもらわなくてはならなくなったね!」


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