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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第62話 キャドン山の洗礼


 ヘルハウンドに限った話ではないが、魔物は群れになると強力になる。単に数の話ではなく、その群れの中で序列を巡る争いが起こり、その優劣を決める戦いが結果的にお互いを高め合うようになる。それにより、群れに属する魔物は他の単独で動く魔物よりも強くなり、リーダー格ともなるとランクが1つ上になることが多い。

 だが、2人を失う前ならともかく、今の俺ならヘルハウンドの群れ全ての個体を同時に相手しても負ける気がしない。なんの問題も起こることなく、当然の結果として勝利を収めた。


 ヘルハウンドとの戦いを終えて登山を再開し、襲いかかってくる魔物を捌きながら1時間ほど登っていると既に7合目に入っていた。景色や植生がすぐに様変わりするようなことはなく、てっきり山頂付近まで変化がないのだと思っていたが、しばらくの間、登っているとその認識を改めることになった。

 進めば進むほど段々と荒地が多くなり、緑が少なくなっていく。あったとしても地を這うかのような低木ばかり。

 魔物の傾向も大きく変わり始め、それまでは小型から大型までバラバラだったが、7合目からは小型から中型までしか見かけなくなった。獲物の少ないここでは、あまり大きくなると体を維持するために必要なエネルギーが賄えなくなるからか、怪鳥に狙われやすくなるからかは分からないが、比較的小さい魔物が多く見られるようになった。


 それに6合目までとは打って変わって魔物は単独で現れるようになった。出現する魔物はそれまでは群れを率いていたリーダー格のようなものばかりで、しかもそれよりも圧倒的に強く無傷で戦えるような相手ではなくなってきた。

 絶対に尽きないだろう、と思えるほどの量のポーションなどの回復や治療に使う薬を拠点に用意してはいるが、あまり悠長に構えてはいられない。まだ7合目。百里を行く者は九十を半ばとす。つまりまだ半分も言っていない。ここから先が一番長いのだ。






「っ!」


 ただ横薙ぎに、細かい技術など必要ないとばかりブレードを振るう。その一振りで、前方から放たれ、俺に向かって殺到してきた複数の風の刃を纏めて断ち切った。今相対しているのはAランクの魔物であるホワイトウルフ。白く美しい毛並みは新雪を彷彿とさせる2メートルほどの全長の狼で、低く唸りながらこちらを睨んでいる。

 しかし、ホワイトウルフの本来の全長は1メートルほどだ。だが、この個体は通常の倍の巨躯を誇る。少し戦ってみて、戦い方こそほとんど変わらないことと、この個体がSランクに近い実力をもっていることが分かった。

 ホワイトウルフは獲物が遠距離にいる場合は風魔術を放ち、近距離では風の刃を纏わせた爪や牙での戦闘を行う技巧派の魔物。さらには高い再生能力を持ち、仮に手足が捥げたとしてもしばらく経つと元通りになる。つまり、一撃で致命傷になるダメージを負わせないと倒せないのだ。


 今は7合目を越えて8合目の地点におり、その中腹にいる。このホワイトウルフはここまで登ってきて戦った魔物の中でもダントツの1位を張れるほどの強敵。こいつを倒せないなら先には進むなと、まるでこの山が警告しているようだ。きっと9合目から先は、その先の頂上はさらに険しいに違いない。


「!」


 もう待てないと餌に飛びつく飼い犬のように、痺れを切らしたらしいホワイトウルフが爪や牙に刃物のように鋭い風を纏って突進してくる。その気迫に怯んで体が硬直しそうになるが、2人のために戦うと、もう繰り返さないと、決意を思い出して自らの敵に対して闘争心を燃やす。


 風を見に纏ったホワイトウルフの突進を少しだけ後退して躱し、その突進の勢いがなくなった瞬間に踏み込み、ブレードでその首を切り裂いた。

 その傷口からは血がどっ、と溢れ出て、荒地の地面が、白い毛並みが赤黒く汚れる。相当な痛みがあるはずだが、それを気にするよりもホワイトウルフは俺からの追撃を防ぐためにバックステップで距離を取った。事実、俺の二撃目は躱された。しかし、初撃を食らって致命傷なのは一目瞭然だ。しかし、その目は未だ爛々と輝いており、戦意が衰える様子は一向にない。


「こいつ……!」


 瀕死の重傷を負ってもなお、怯む様子が全くない上になぜか気迫が増しており、ホワイトウルフが一回り大きく見える。

 なにかあると思い、ステータスを見ると《プレッシャー》というスキルが追加されていた。この土壇場で新スキルって、こいつ、さては主人公か。


 白目を剥き、血を吐きながらもより一層強く威嚇する。さらには静電気でも発生したかのように全身の毛を逆立て、それは風に吹かれているかのようにゆらゆらと揺れ動き始める。

 いや、違う。実際に風が吹いているのだ。ホワイトウルフを中心にして風が荒々しく辺りを揺らしていた。だが妙なことに、風の強さが一定を超えた途端にホワイトウルフの体に透明な刃物にでも切られたように全身に次々と傷がつき、そこから血が滲み始める。


「……マジか」


 風に煽られて揺れた木から落ちた1枚の葉が、宙を舞い、吹き荒ぶ風に巻き込まれてホワイトウルフに引き寄せられ、その瞬間に細切れになった。

 なにが起こったのかと、ホワイトウルフの回りをよく見てみるとその体の回りの景色が僅かにだが歪んでいることに、ホワイトウルフの狙いに気づいた。

 つまりこいつは真空の刃を自分で纏って自滅上等の突進をする気なのだ。しかも、俺があの風の中に入るのは危険過ぎる。よって正面から受けてたつことはできない。


「クソッ!」


 考える間も与えないと、ホワイトウルフは血で汚れながらも狂風を纏い、ジェット噴射でもしたかのような勢いで飛びかかってきた。その狂風に地面が抉れ、低木が千切れ飛ぶ。

 近接戦に持ち込めず、しかも拠点に竜を置いて来ている今の俺にできることといえば、バックステップでひたすら後退しながらホワイトウルフ目掛けてブレードを投擲するしかなかった。






「あー、クソ。なんで竜置いてきたかなぁ……」


 ホワイトウルフは倒せた。だが、自分の戦い方の脆さが分かった。俺は《竜変化(へんげ)》が使えない状況下に陥ると、途端に遠距離への攻撃手段に乏しくなるのだ。

 今回はこちらの方が素早かったから、後退しながらのブレード投擲でなんとか乗り切ったが、近距離と遠距離を両方そつなくこなせないと、この先いずれどこかで確実に行き詰まる。


 そもそも、《竜変化(へんげ)》抜きでどこまでいけるかなんて、それ抜きで頂上に行けないと真の意味でSランク相当の実力が身につかないんじゃないか、とか考えないほうがよかった。ミルの寵愛によって発生した能力とはいえ、自分の力なんだぞ? 封印する理由が一体どこにあるというんだ……とそこまで考えてその理由を思い出した。

 この前、また夢の中でミルと会った時、『寵愛を与えはしたが、《竜変化(へんげ)》も《硬化》も結理に直接与えてはいない。それは結理自身が勝ち取った能力だ。……まあ、《竜変化(へんげ)》と《?化》に関しては我由来の力もあるが、《硬化》は結理の完全オリジナルだ。ゆえに気にすることなどないぞ。フハハハハ!』と宣っていた。


 ……うん、多分後半の発言が俺の癇に障ったな。

 自分の力だけでSランク冒険者になり、それを名乗れるようになりたい。そんな浅はかな考えが今の自分自身を苦しめている。


「ヤバッ!」


 前方約8メートルに魔物の気配を察知し、転がり込むようにして近くの低木に身を隠す。現在、9合目。しかもあと少しで山頂という地点だ。9合目まで来ると、この辺の魔物は高ランクの隠密能力を有しているらしく、10メートル程度の距離に入らないと俺の《察知》では感知できない。

 今感知したのはホワイトウルフの上位種であるクリームウルフ。名前の通りクリーム色の毛並みをしており、あらゆる点においてそれを上回っている。Sランクには届かないものの、その戦闘能力はAランクを超えており、本来はパーティで挑む相手だ。


 この山に来てからも強くなっているので、普段なら苦戦することなく正面突破できたが、いかんせんコンディションが悪い。

 俺は9合目のここに辿り着くまでに6体のAランクの魔物と戦った。問題なく倒せていたらよかったのだが、キラーアントのとんでもない攻撃力でかなりのダメージを受け、ランドビーには猛毒を食らい、ホラーゴーストに物理攻撃は効かず、《熱暴走》の炎を使って対処することになり、アイアンボアは硬すぎて攻撃が通らず、余計に体力と魔力を消耗し、ハザードプラントの消化液でブレード自体は溶けなかったが、切りづらくなり、ミラージュスライムには体力を吸われるなど、どの戦いも長期戦を強いられた。

 しかもほとんど立て続けに戦ったせいで、未だ負傷も疲労も完全には癒えていない。状態異常や負傷は、結構高性能なポーションを使ったので問題なく効果を発揮しているが、体の疲労はどうしようもない。


「とりあえずバレないようにこっそり……あ」


 無用な戦闘を避けてこの場をこっそり去るため、相手の出方を窺おうと低木の陰から顔を覗かせた瞬間に目が合った。既に気づかれていたのか、あるいはこの瞬間にバレたのかは分からない。だが、気づかれた以上、逃げきるのは難しい。

 魔物からすれば、この荒地で獲物を見つけられる機会はそう多くない。しかも相手の行動は格下のソレだ。この千載一遇のチャンスをものにしないわけにはいかないだろう。


「チッ! この疲れてるタイミングで戦うことになるのかよ!」


 クリームウルフは俺の叫びに構うことなく、真っ正面からとんでもない風圧を放ちながら突撃してきた。致命傷を負ったホワイトウルフが俺に一矢報いるために使った突進と同じか、あるいはそれ以上の威力の技だ。まさか通常の攻撃手段としてそれを使ってくるとは……。

 だが、2度も後退はしない。こちらも正面から受けてたつ。心を落ち着かせ、《心の眼》と《邪眼》を組み合わせて迫る暴風をよく観る。

 実のところ、この技の対策は初見で既に思いついていた。だが、その時は背後に気を配りながら後退しつつ回避することと、ブレードを投擲して当てることに集中していたせいで実行には移せなかった。そしてなにより焦っていた。仮にそんな精神状態で実行しても失敗するだけだ。


「……そこだ!」


 接近してくる風の刃はかなり強い力で俺の全身に無数の切り傷を作っていく。その衝撃に仰け反りそうになるがなんとか堪える。やはり近づくのはかなり危険な技なのだろう。だが引かない。


 クリームウルフの殺意がこもった眼光を受け流し、溢れ出るほどの魔力をブレードに込めつつ、間合いギリギリにまで引きつける。

 そしてクリームウルフが俺の間合いに一歩踏み込んだ瞬間、解き放たれた両腕のブレードの正確無比かつ目にも止まらぬ連撃でもって風はその流れを断たれ、暴風は呆気なく蹴散らされた。攻防一体の風を失い、剥き出しになったクリームウルフの首はあえなく両断され、宙を舞った。


 あの技は純粋に風を発生させているのではなく、周囲に発した自身の魔力を起点に周囲の空気の流れを操って暴風を起こす技だ。

 ならば対処は簡単。魔術に使用される前の純粋な魔力を、風の流れを操る魔力同士の間にそれを妨害するように設置し、流れを作る邪魔をすればいいのだ。


 さすがに2度も同じ手に手間取るようなことはしない。


「疲れた……」


 ……やっと頂上が見えてきた。


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