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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第57話 栄光への道


 深夜、街では人々が眠りにつき、泥棒や夜行性の魔物が活動をする時間帯。都会ならこんな時間でも出歩く人は一定数いるが、鬱蒼と木々が茂る深夜の森となると話は別だろう。

 本来なら草木が揺れる音しかしない森の中に突如として火花が散り、甲高い金属音が何度も響く。時折地面が砕ける音も鳴り、森の一角で激しい戦闘が起こっていることを想像するのは容易い。


 今、俺が相対しているのは般若のような顔に、岩から削り出したかのような2本の角、黒っぽい肌に逞しい肉体を持つ、オーガと呼ばれる人型の魔物だ。

 その中には亜人と呼ばれ、意思疎通のできる存在もいるが、今戦っているオーガの目に知性を示す輝きはなく、ただの獣であることは明白だった。

 相手の一撃必殺とも思えるほどの攻撃を躱し、両腕のブレードでカウンターを放ちながら攻勢に打って出る。だがこちらは劣勢。一撃一撃を避けるのは簡単だ。しかし、


「ッ!」


 なんの脈絡もなく死角である背後から、正面にいるはずのオーガの拳が放たれた。さらに続けて右側からも、上からも、左側からも、あらゆる方向から無数の拳が迫る。オーガの腕は2本だ。当然相対しているこの個体も2本。名前持ちでも、亜種でも、上位種でも、突然変異でもない。ただのオーガだ。

 そう。ただ、1つの群れの中の20体近いオーガに囲まれているだけの話だ。1体屠っても別のオーガから蹴りが放たれる。かなり大きな群れらしく、既に30体は殺しているはずなのに、一向に数が減っているような気がしない。

 満身創痍とまではいかないが、このままではジリ貧だ。しかし、竜4体が拠点にいるせいで《竜変化(へんげ)》は使えない。そもそも使う気もない。使えば余裕で勝てるだろう。しかし、それでは意味がないのだ。俺はもっと経験を積んで、もっともっと強くならねばならない。そうでなければ生き残った意味はないし、2人に顔向けできない。


 全身の傷から流れる血で服や周囲を地面を汚すも、オーガの群れの絶え間ない攻撃に治療を行う暇もない。

 以前に比べて勘というものが鈍った。あの日、《血書契約》とともに《血の婚姻》がステータスから消え、それと同じタイミングで《予見》と《真の眼》も消えた。それがなにを意味するのか、嫌でも理解できた。

 今までは、ここぞという場面でそのスキルに頼り切りだったが、これからはそれなしで戦うか、あるいは新しく得るしかない。殴り、躱し、切り刻み、鏖殺する。それをただただ愚直に繰り返す。勘を取り戻そうとただただ刃を振るい続ける。その行動だけが俺を一手ごとに強くさせていく実感がある。


 群れを見つけて、そこに飛び込んで戦闘が始まってからおよそ1時間が経った頃、オーガは全滅した。途中で数えるのを止めたが、折り重なる死体を見る限り、優に100体は超えている。


 ————大量発生したオーガの討伐完了。


 いつもと変わらず綺麗な月を見上げて、ふと拠点を出る前に桃髪の聖人に向かって言ったことを思い出した。






「……俺はお前の後継者にはならない」


「一応聞くけど、それはどうして?」


 桃髪の聖人に反論の余地がないとすら思えるほど図星をつかれて、俺はしばらく黙り込んでいた。だが、このままでは半ば強制的に後継者にされかねない。

 しかし、彼女は俺がなにか言えば「はい、分かりました」とあっさり引き下がってくれる、お淑やかなだけの聖人ではないだろう。それにきっと彼女には嘘やグレーゾーンをいくような発言は通用しない。だから偽らざる本音でないとその心には届かないと思った。俺は告白にも等しい緊張感の中で本音を伝えることになる。


「俺はお前みたいに、たった1人で世界の命運を背負えるような存在、『聖人』にはどうやってもなれない。誰にも理解されなくても、どんな誤解を受けても、恐れられても、たった1人でも、自分の意志を貫いて戦い続けられる聖人に……俺はそんな風に強くはなれない」


「……」


「ゼロリアルと戦って、そもそも俺は1人でなにかが為せるような人間じゃないってことに気づかされたんだ。思えば、仲間ができてからはずっと2人に頼ってばかりだった。命懸けの戦いになるリスクが低くなって、俺は大した存在じゃないってことを、俺よりも強いヤツはいくらでもいるってことを勝手に頭の片隅に追いやってたんだ。……自分が弱いって心の底からは理解してなかった。そのせいでこうなった。だから、もう2度と忘れない。同じ過ちは繰り返さない。俺は2人に相応しいくらいに強くなる」


 桃髪の聖人の問いに、自分自身に対しての決意表明でもある言葉でもって答える。彼女はそれを黙って聞いていたが、俺を後継者にするのをそう簡単には諦められないのか、断られたからなのかは分からないが若干不満げだ。


「……でもその仲間はもういないよ? それともこれから新しいパーティメンバーの勧誘にでも行くの?」


「そんなことはしない。俺が相応しくなりたいのは、ニオンと燃香の2人だけだ。他なんて必要ない」


「でも君では無理だよ。今の凡人の君ではね。私なら君を強くできる。天才にできる」


「別に凡人のままでいい。俺は俺のなりたい俺になる。聖人になんてならない」


「たとえ、そのせいでこの世界が滅んでも?」


「ああ。俺が望む未来に辿り着けるなら、世界を滅ぼしたっていい」


「酷く傲慢だね。魔王にでもなるつもり?」


「それでニオンと燃香が生き返るっていうなら」


「…………まあ、邪龍が選んだだけはあるよね。たとえ世界が滅んでも、自分の主義主張を曲げない頑固なところが特に似てる」


 意志のぶつけ合い、というよりもお互いがお互い、自分の気持ちを全く譲る気のない水掛け論になっているが、俺の気持ちと後継者にならないという、言いたいことは全て伝わったように思える。

 聖人は諦めたように一息つくと、過去を懐かしむかのような優しげな眼差しで俺を見つめる。邪龍のことでも思い出しているのだろうか……?

 彼女は俺がミルの関係者だと分かっているのか、俺のことを邪龍の後継者と、しかもミルに似てるとも言った。その眼差しは俺の姿にミルを見出しているようにも見える。ミルは桃髪の聖人と自分は敵対していると言っていたが、それは本当だろうか? ますます分からない。


「それはゾッとしないな。俺、いつかああなるのか……」


「それはないよ、今はまだ」


「……なんだ、その意味深な言い方? まるで、俺が将来そうなるみたいじゃないか」


「さあ、どうかな? 未来がどうなるかなんて誰にも分からないよ」


「……そうか。俺はもう一度出かけてくる。まだこなしてない依頼があるからな」


 まともに答える気のない彼女に背を向けて、縁側から庭に出る。


「あんまり無理しない方がいいよ、って言ってもどうせ聞かないよね?」


「自分でも無茶だと思うくらい高い目標ができたんだ。回り道してる余裕はない。多少の無理はしないといつまで経っても辿り着けないからな」


「それで死んだら元も子もないよ」


「死なない程度に頑張る」


「はぁ……。全く分かってない。でもユウリ君は私の言うことを聞く耳なんて持ってないだろうし、あとできることといったら、餞別代わりに試練を提示することくらいかな」


「試練?」


「君が2人に追いつけたかどうかを計る目安だよ。キャドン山の麓から頂上にまで1人で登り切って、『怪鳥石』を持ち帰ってくる。これが試練の内容。まあ、気長に挑みなよ。今の君じゃあ逆立ちしたって無理だから。あと、私の後継者になりたくなったらいつでも歓迎するよ」


 調べてみたところ、キャドン山の頂上には怪鳥が巣を作っており、近づいた者の命はないと言われている。怪鳥石の入手など、それこそSランク冒険者でもないと不可能と専らの評判だ。


 オーガ討伐を完了し、目的地が近いので拠点は使わず、そのまま徒歩で場所を移し、以前戦ったリザードマンという魔物の討伐に向かう。

 最近、リザードマンの上位種のレッドリザードが大量のリザードマンを率いる姿が度々目撃されており、被害が出る前の早急な討伐が求められている。

 リザードマン自体はDランクだが、上位種が統率する群れとなるとレッドリザードと同じBランクにまで上がる。単純に上位種が強いというのもあるが、レッドリザードが持つ《カリスマ》のスキルにより、集団が一個の生物のような連携を行うようになるからだ。


 森を疾走し、目撃証言があった場所の近辺を見て回る。レッドリザードとそいつが率いる群れは複数ヶ所で目撃されており、いずれもそれぞれの距離はそこまで離れていない。ボスである自分と、選りすぐりの部下でこの縄張りは自分のものだと他のリザードマンに誇示しながら動き回っているのだろう。


 リザードマンの群れを見つけると、先回りするようにしてすかさず突撃する。その群れを率いるようにレッドリザードが先頭を歩いている。まずは出鼻を挫くためにそいつから狙う。

 群れや縄張りの範囲内のリザードマンはカリスマの影響を間違いなく受けており、通常のリザードマンを倒しているうちにレッドリザードの方に逃げられ、大量の配下と合流して襲いかかってこられては、手がつけられない。なのでボスの方を速攻で殺す。

 しかし、相手は弱くない。殺すことはできるが、一撃で、となるとさすがに厳しい。ニオンならできるかもしれない……とそこまで考えて少し悲しくなる。

 だが、忘れたくない。忘れないために過去のものにしないために、俺が見て、真似たニオンの技で戦う。今の俺にできることなんてそれしかない。






「ユウリさん、最近無茶し過ぎじゃないですか?」


「そうですか? いつもと大して変わらないはずです」


 俺はもっと強くならなければならない。ならなくては、そうでなければ生き残った意味がない。2人のために生きる、2人の死を贖うために生きる。


「いや、1日に十数件も依頼を受けて、全て当日中に達成するを1週間も繰り返し続けてたら、過労死しますよ!」


「過労死?」


「世界で最初に転移してきたと言われている勇者が広めた言葉です。他にも、冒険者に過度の依頼達成を要求するギルドが『ブラックギルド』と呼ばれるのも、その勇者が広めたんです。ってそうじゃなくて!」


 耳馴染みのある言葉に、さして重要ではないことに向かって意識が逸れる。なにが問題なのだろう? 2人はあれだけ傷ついて苦しんで死んだというのに、俺が傷つかずに死ぬわけがない。2人が死ぬ原因を作った俺がそんなあっさり死ねるわけがない。


「俺って、Sランク昇格まであとどれくらいかかりますかね?」


「あと一歩ってところですね。最近Aランクになったばかりですけど、ユウリさんの成長は目まぐるしいですよね。この調子ならSランク冒険者待ったなし! って! そんなことでもなくて! 冗談抜きで死んじゃいますよ!? それに最近はニオンさんとモエカさんも見かけないし、なにかあったんですか?」


「………………なにもありません。では俺はこれで」


 戦う、強くなる、もっとやるべきことがある。

 あの瞬間はもっと速く刃が振えたはず、あの時はスキルに頼らなくても戦えたはず、あの戦闘ではもっと成長できたはず、あの時の動きは、あの時、あの時、あの時————






「……」


「どうかした?」


「ちょっと悩んでまして……」


「今のうちに唾つけるかどうかを?」


「ち・が・い・ま・す! ……集結する者たち(ユニオン)、最近大活躍ですよね?」


 結理がギルドを出て行く姿を見送りながら沈黙するギルド職員を見て、先輩職員はいつも明るい後輩らしくないことに気づき、先輩らしく悩み相談に乗ろうと声をかける。


「それはもう、今をときめく冒険者パーティの1つだもんね。ユウリ君は今はAランクで、Sランク昇格に王手をかけてるって評判だし、最速での昇格ではないけど、その依頼達成率は脅威の100パーセント。受けたら最後、どんな凶悪な魔物も、お尋ね者も逃げられない。死神みたいな活躍振りってギルド職員じゃ話題だよね。人気じゃ他のパーティには圧倒的に劣るけど、実力ならSランク冒険者にも匹敵する……っていう話だけど、それがなに?」


「そのパーティリーダーのユウリさんって知ってますよね?」


「知ってるよ。今、帰った子でしょ。それがなに?」


「本当なら彼らはパーティを組んでるはずなんだけど、最近は1人で依頼を受けてばかりで前より暗いし、来るたびボロボロだし、クマできてるし、目が死んでるし……」


 それを聞いて先輩職員は確かに、と思った。中々上等そうな装備は来るたびに痛みが激しくなっていき、そろそろ買い替え時、を既に通り越している。とても、ここ最近に買ったばかりのものには見えない。


「いろいろと事情があるんじゃない? 他のメンバーが里帰り中とか、実は引き抜きに遭ったとか、なにかしらで揉めて事実上解散とか。でも珍しいことじゃないでしょ? 冒険者の仲間意識って湖の水面にはった氷の膜みたいに脆いものだしね〜」


 だが、冒険者に限らず、どんな人も少なからず悩みや問題を抱えている。今回のケースのあの冒険者もそこまで深刻そうには見えない。


「確かにそうですけど……でも気になるのはそこじゃなくて……」


「そこじゃないって?」


「……死相が見えるんですよ」


「……ああ、あなたの《死相鑑定》のスキルの。でも冒険者って常に死と隣り合わせでしょ? 別に珍しくもないと思うけど……」


 そのスキルのことを事前に知っていた先輩職員は特に重く受け止めない。後輩職員は冒険者ではなくギルド職員ではあるが、彼女は先天的に《死相鑑定》のスキルを持っていた。別に冒険者でなくとも、人はスキルを持っているものだ。生まれつきスキルを持っている人も珍しくはない。特性となると話は違うが。

 彼女の持つ《死相鑑定》のその効果は文字通り死相を見れるというもの。しかし、死の運命が見えているわけではなく、どれほど死にやすい状態にあるのかが分かるのだ。数日後に奇跡的に完治をする末期ガン患者も、健康ではあるが高齢の人も、死にはしないが過労にある人、《死相鑑定》のスキルは、彼らのいずれも平等に死にそうだと判断するのだ。


「ユウリさんから見える死相って普通とは違って、ユウリさんが死にそうっていうより、死に付き纏われてるって感じなんです」


「死からストーキングって笑えないわね……」


「あの手の死相、実は今までに何回見たことがあるんです。大体は近しい人が亡くなって精神的にショックを受けてる人が纏ってまして……」


「じゃあ、もしかして……」


 そこまで聞いて気づかないほど先輩職員は鈍感ではない。同時に後輩が抱えている心労も察するに余りある。


「……多分、2人は……」


「そりゃ、まいっちゃうのも仕方ないか……」


 職員は心を痛めるが、皆、気づかないだけで、意識を向けないだけで、結理の見に起こったようなことは別段珍しいことではない。世の中は多くの悲劇で満ちている。渦中にある人はこの世で一番自分が不幸である、と信じて疑わないが、それ以上の悲劇なんて探せばいくらでもある。

 同じ悲劇はない。しかし、誰もが平等、なんてないものがないように同じ度合いの辛さ、苦しさもない。



先輩職員「それはもう、今をときめく(以下略)」

→説明ありがとう。


☆評価やブックマーク登録をしてくれると、とても嬉しいです!

誤字脱字や「ここちょっとおかしくないか?」と思う矛盾点を見つけたら指摘してくれるともっともっと嬉しいです!


(なお、評価や登録が増えるほど作者の必殺技時のタイムが9.8秒から段々短くなっていきます)

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