第56話 後継者
《硬化武鎧》を纏って木から飛び降り、両腕のブレードで2体のオークを切り裂きながらその群れに突撃する。オークたちは棍棒を振り上げて襲いかかってくるが、どの個体も弱過ぎる。たしかDランクだったか。
首を、腕を、足を切り落とし、流れるような滑らかな動きと吹き抜ける風のような速さで殲滅していく。オークたちは必死に抗い、武器を振るうが、《硬化武鎧》を見に纏っている俺に棍棒程度の武器、Dランク程度の腕力がもたらす攻撃が効くはずもない。半ば出来レースのような戦いは1分もかからずに終了し、オークたちは全滅した。
その後も自棄になりながら魔物の群れをひたすら襲い、拠点には帰らず同じことを3日間は続けていた。不思議と戦っている時は2人を失ったことを忘れられ、より数の多い、より強力な魔物との戦いに明け暮れた。4日目からは依頼を受けて討伐に向かい、その日から国内を転々と移動しながら討伐に勤しんだ。
拠点には転移する時だけ戻り、まともに帰らない日々が前半の3日間と合わせて1週間続き、1日に10件以上の依頼を受けてそれをただ遂行するだけの日々。2人を失ったあの時を思い出すのが怖かった。また繰り返すんじゃないか、そう思うと恐怖が襲ってくる。俺はなにも考えないために戦い続けるしかなかった。
その翌日は久しぶりに拠点に戻ってゆっくり休んだ。思っていたよりも疲労が溜まっていたのか、寝て目が覚めると丸1日も経っており、既に日は沈み、星空が覗く時間になっていた。
「って誰だよ!?」
「初めましてかな? 名乗るほどの者じゃない、っていうより私にはもう名前なんてないんだけど、それだと不便だから通り名みたいなものを名乗ろうかな。私は桃髪の聖人って呼ばれてる者です。よろしく」
布団で横になっていた俺の傍らには、いつのまにか桃色の髪の少女がいた。拠点に知らない人がいることにも驚いたが、それ以上に彼女の容姿に驚愕を隠せなかった。
極めて自然ではあるが、狙って作ったのでは? と勘繰ってしまうほど整った容姿。チャームポイントと思しき桃色の髪は肩に触れない程度の長さ、俗に言うボブで、繊細な体つき。星空のように青く綺麗な瞳から繰り出されるその儚げな微笑みは、星空が綺麗な天の川が似合うと直感した。
「桃髪の聖人!? ……なんだ、嘘か」
「嘘じゃないんだけど? 本物だけど?」
「なら証拠は? というか、そもそもここにどうやって入った?」
「じゃあそれを根拠にしようかな。私の力を持ってすれば容易いことだよ」
ガバッ! と慌てて半身を起こすが、すぐに思考は現実に引き戻される。そうあっさりと世界3大有名人に会えるはずもない(なお、ミルはノーカン)。ならこいつは誰だ? って話になる。
聖人を名乗る少女は得意げに胸を張るが、残念ながら張れるほどのサイズはなかった。そして唐突に、今起こっている不可解な現象全てに説明のつく、ある可能性にいきついた。
「なんだ、幻覚か。おやすみ」
「幻覚じゃないから! ……じゃあ、えいっ!」
「………………って! なななななにを!?」
「ほーら、暖かいでしょ? 幻覚じゃないって信じてもらえた?」
俺は再び布団に潜ろうとするが、彼女が片腕を掴み、それを阻止する。するとなにを考えたのか、ほんの少しの逡巡ののちにその手を優しく両手で包んで自身の胸の位置に持っていき、形の良い慎ましやかだが確かな膨らみのある胸に触れさせてくる。
そこからは生きていることの証左である体温と柔らかさが伝わってきた。ふと、冷たくなり、動かなくなったニオンのことを思い出して途端に物悲しくなる。
しかし、異性の体、しかも胸に触れていることへの動揺からその感情は一時的に心の奥に沈み、隠せない俺のその反応に彼女は悪戯っぽく笑う。
「そ、それは信じるが、もっと自分の体を大事にしろよ……」
「あはは、そんなこと言われたの初めてだよ」
どうやら、桃髪の少女は揶揄う相手が恥ずかしがったり、照れたり、動揺したりするのを見て楽しむタイプの人のようだ。こっちが鋼のメンタルを示せば、揶揄ってくることはなくなるはず。というわけで、落ち着け、俺。
俺は彼女の胸から手を引っ込め、せめてもの反撃とばかりに忠告するが、彼女は無理して作ったみたいななんともいえない笑顔で返した。その笑顔を見て若干気まずくなり、なにも言えなくなってしまい、2人揃って急に沈黙する。
「……桃髪の聖人、か……にわかには信じがたいが本当なのか?」
「もちろん、本当だよ。その証拠と言ってはなんだけど、ゼロリアルのことを教えようか?」
「っ!! 教えてくれ! 頼む!」
気まずくなった雰囲気を払拭するために、なるべく彼女と関係のある、気まずくなった原因とはあまり関係のない別の話題を振ることにした。しかし、返ってきた返事は考えてもみなかったことで、しかも今、俺がもっとも求めている情報だった。
桃髪の少女の問いは妖しく微笑みながらのものだったが、聞かないわけにはいかない。例えどんな思惑があったとしても。
「頼まれなくても嫌がっても教えるつもりだったよ。まず1つ目、ゼロリアルは私が倒した。けれど、アイリアルがこの世界からいなくなったわけじゃない。まだその影響は少なからず残ってる。2つ目にそのうちゼロリアルはまた現れる。これは回避できない。次は本腰を入れて来る。それにあなたが対処することは運命」
「運命ってのが引っかかるが、聞いてもどうせ答えないんだろ?」
「よく分かってるね。その通り、それ以外なら答えるよ」
「ならまずは、ゼロリアルは100年前よりも強くなってるのか? 燃香があんな風に負けるとは考えにくい。なにか裏があると俺は思うんだが?」
「その通り。ゼロリアル自体の強さは100年前と大差ない。でもそのままだと当然燃香には勝てない。だからゼロリアルは、この国にいたアイリアルや闇のほとんどを吸収して自分を強化したんだよ。神聖国レインボーにいるアイリアルのほとんどは、大聖堂近辺と空洞部分に配置されてたから手っ取り早く強化できたみたい。100年前は、国中に分散させてたせいで吸収での強化に失敗したから、ゼロリアルは今回はその時と同じことが起こっても対処できるように学んだんだね」
彼女は燃香を知っているようだった。もしかすると、燃香との戦いで弱ったゼロリアルを100年前に封印したのは桃髪の少女なのかもしれない。
ゼロリアルに詳しいことも加味すると、彼女が聖人だという話は信憑性が高くなる。コレジャナイ感は否めないが。
「ゼロリアルは倒したんだろ? ならなんで復活するんだ? あいつは不死なのか?」
「ゼロリアルは不死じゃないよ。今はこの世界にはいないけど、そのうち派遣されてくるんだ。ゼロリアルがなにか言ってなかった?」
「そういえば定時報告がどうとか言ってたな……」
「外来種、って言えば伝わるかな? アイリアルもその統率個体のゼロリアルも、元々はこの世界にはいない存在だったんだ。彼らはその世界の資源を奪うために送り込まれてくる侵略者なんだよ。けど私も全くの無策ってわけじゃない。君が見たことがあるのは祭壇と化してたけど、私が各地に設置してる石碑には魔物の抑制以外に、アイリアルを弱体化、消滅させる効果があるの。でもそれも完璧ってわけじゃなくて、闇みたいな相手には効果が薄くて完全に消滅させるのに時間がかかるの。だから彼らは厄介。ちなみに闇はアイリアルと比べてかなり弱いけど、本来の役割は戦闘じゃない。大多数は影に溶け込んでるけど、その一部は普段、人に取り憑いて監視や情報収集を担ってる。君も妙な視線を感じなかった?」
「確かに。俺とニオンと燃香と高沢で昼食を食べてる時にそんな視線を感じたな」
「……」
「……」
またしても、痛いくらいの沈黙が2人の間に訪れる。前回はともかく、今回はなぜこうなったのか全く分からない。俺から目を逸らし、彼女は星空を見上げており、なにを考えているのか分からない。
「……その、さっきも言ったように、自分のことをもっと大事に扱った方がいいぞ。例え、お前が今はその聖人であっても、そうじゃない時期くらいあっただろ?」
「どうかな。私は最初から私だったから。……じゃあ、建前はこれくらいにしておこうかな」
「建前? それってどういう————うぅ!?」
「ふむふむ、やっぱり君が邪龍の後継者か……うん、確かに申し分ないね」
「っ! なにが、だ?」
とりあえず思いついたことをそのまま言ってみるが、思い出したくない過去にでも触れてしまったのか、彼女は顔を曇らせてしまう。だが、桃髪の少女は意を決したように急に俺との距離を詰めて、そこからなぜか匂いを嗅ぐや否や、俺を邪龍の後継者と名指しする。まさか、こいつも匂いフェチか?
邪龍や後継者云々についても驚いたが、いきなりゼロ距離に近づかれたことにはさらに驚き、慌てて後退りする。
「そういえば君の名前、聞いてなかったね。名前はなんていうの?」
「……結理、葉桜結理だ」
「ふむふむユウリ君か。君、私の後継者にならない?」
「はぁ!?」
さっきまでとは打って変わって、彼女は朗らかな笑みを浮かべながら俺に問いを発する。その変化に若干戸惑いながら答えるが、次の問いは俺をさらに困惑させた。
「君には才能があるからね、もしよければ邪龍から私に乗り換えない? 今ならステキな特典をプレゼント」
「……才能って、なんだよ?」
「人殺しの才能。君ならきっと素晴らしい聖人になれるよ」
「っ! ……どういう意味だ?」
その眩しいくらいの微笑みのまま、さらっと空恐ろしいことと同時にとんでもない皮肉(というか自虐?)を言う桃髪の少女、いや、桃髪の聖人。
人殺しの才能、それを聞いた俺は今、確信した。
そんな才能が必要な人が『聖人』だなんてタチの悪い冗談だと一瞬思ったが、燃香はいくつもの争いを止め、時代を世界を桃髪の聖人は救ったと言った。しかし、そう簡単に世界を救うなんてことができるはずもない。おそらく彼女は少数の『人々』を切り捨て、多数という『世界』を救ったのだ。
その重大さ、残酷さを理解した上で実行できるであろう彼女のその有り様、その力は多くの命を救い、時代を、世界すら救う、それは間違いなく救世主だ。しかし、そんな苦難をたった1人で、なんてことない調子で背負えるような人間はまずいない。
なにかがおかしい、しかしなにがおかしいのか、そもそもおかしいのが他人には分からないという、奇跡的とすら思えるバランスで成り立っているのが『桃髪の聖人』なのだ。
きっとその活動が今と比べて明確に分かっていた当時の人々は、彼女を畏怖し、祟りをもたらす神に対してとすら思えるほど信仰を抱いていたに違いない。
「どういう意味なにも、そのままの意味だけど?」
「……断る。そういうのは他所をあたってくれ」
「今の弱い君じゃあ守りたいものも守れないよ?」
しかし、彼女は強い。何者にも屈しない強さがある。俺とは違って。誰に誤解されても、なんと思われても自分の思いを曲げないからこそ、彼女は聖人と称えられるのだ。
「っ! もう守りたいものなんかない! ほっといてくれ!」
「図星? それに、他人からもらった力で強くなれるはずないじゃん。端から君はなにも守れない運命にあったんだよ」
「……」
悔しいことに俺はなにも言い返せなかった。その言葉を否定できる材料なんてあるはずも、持っているはずない。
桃髪の聖人は項垂れる俺を退屈そうに眺めるだけだった。
邪竜と邪龍。分けて表現してますけど、ミルの外見が蛇のような姿の「龍」であることを知っている人は「邪龍」と呼び、知らない人は「邪竜」と呼ぶ。という裏設定があります。それを踏まえて読むと面白いかも。




