第51話 アイリアル、降臨
アイリアル三銃士との戦闘を終えたのち、ステンドグラスのある広間を出て、アイリアルの首魁を探しにそのままフロア内を見て回ることになった。
その間も散発的に闇やアイリアルが何度も現れた。見た目もステンドグラスの広間にいたアイリアル同様に鎧を身につけ武装し、黒い武器こそ持っていなかったが、祭壇地下で戦った時よりも格段に強かった。
しかし、黒い武器持ちのアイリアルほどではなかった。特に苦戦することはなく、問題なく倒して進んでいく。
武器そのものも常軌を逸した性能を持っていたが、どうやらその武器自体が使い手のアイリアルの身体能力を強化しているようだった。
「ここから上の階に行けるみたい、だな……」
大聖堂の1階部分を調べ回ったが、アイリアルの首魁と思しき個体は発見できなかった。おそらく、その個体はさらに上の階にいるのだろう。
その発見こそできなかったが、代わりに、大聖堂の構造自体はさほど変わっていないことが分かり、事前に用意していた地図に女神っぽい像がある広間の位置を照らし合わせることで上階に上がる手がかりを得た。
今、俺たちがいる一般市民や観光客に開放されているフロアは、巨大化こそしているが位置関係自体に大きな変化はなかったので、てっきり関係者以外立ち入り禁止の上階に上がるための階段の位置も変わってないと思っていた。だが、それがあったと思しき場所に辿り着いてみれば、そこにあるはずの階段は影も形もなかった。
当然と言えば当然だ。敵に見つけてほしくないものは隠す。それに封印から復活した自分の命、長い時間をかけて国を滅ぼすほどに成長し、さらに長い年月をかけて立てた計画の邪魔はされたくないだろう。
そんなアイリアルに多少は共感しながらも、最初こそ素直にいろいろな場所を正攻法で探し回っていたのだが、後半にもなると辺りを適当に破壊しながらの捜索になっていた。なお、見つけた階段は壁の中に隠されていた。
「やっと見つかったね……。もうくたくた……」
「まさか階段を探すのに1時間もかかるとは……。隠し方が巧妙でしたから仕方ないのかもしれませんが、時間をロスしすぎましたね。急ぎましょう。この国がアイリアルに呑まれる前に……」
「ああ、急ごう」
この先がアイリアルの巣窟と化しているかもしれないことを想像し、悪寒を覚えるが、頼もしいパーティメンバーの前だ。ここでビビっていては格好がつかないと、意を決して階段を登る。
「な、なんだこれ……」
「関係者以外立ち入り禁止の場所ってこうなってたんだね……」
2階に上がってきて、アイリアルの襲撃を受けなかったことに安堵しつつ、また1階と同じように上へと上がるために階段を探さないといけないのか、と少し憂鬱な気分になっていた。しかし、2人がしきりに上を見上げていたのを見て、自分もそれに倣って上を見上げると、少し遅れてその階の異様な風景に気づいた。
一言で言えば、空洞だった。
大聖堂の外観は魔王城と化して何階建てか数えるのが面倒なレベルの高層建築になってはいるが、整えられた高層ビルのように一定間隔で窓が並んではいた。
しかし、実際はハリボテというか、腐食して中身が空っぽになった街路樹のような有り様だった。もしそれを内側から見たのなら、こうなっているんだろうと思えるもので、いつ崩れてもおかしくないように見えた。
「いえ、多分これは手が加えられたあとでしょう。この構造は普通の人には使いづらいはずです」
「確かに、本来の私は飛べるから大して問題にならないけど、人間は飛べないもんね」
「そうだな。それに今は本来の大聖堂よりも巨大化してる。もしかしたら元の形が残ってるのは1階だけかもな」
体感的にはここまで来た、という気分なのだが、実際はここから、なのだ。アイリアルの首魁が最上階にいると仮定し、そこまでの高さを距離で考えると、その場所はかなり遠い。それにタイムリミットもある。残り時間をどれだけ少なく見積もってもあと1日もあるが、道中のことを考えればどれほど時間がかかるか分からない。
急がなければならないのは当然だが、焦るのはダメだ。今、俺はワームとの戦いの時以上の死の気配を間近に感じており、少しでも掛け違えれば即座に詰む、そんな予感がある。
思えば、ワームとの戦いがこの世界に来て最初にしてもっとも大きい転機だった。そのことがきっかけでニオンと出会え、ソウジたちとゴーレム討伐に行き、結果、燃香にも出会えた。そして今回のアイリアルとの戦い、これもまたそれに匹敵する大きい転機になると俺は確信している。それがどんな転機になるかは分からないが。
各自準備を整え、俺たちはそれぞれのタイミングで大聖堂の空洞を登り始める。とはいっても俺の場合は基本、ジャンプで上へ上へと上がっていくのだが。ここでロッククライミングしてる時間はない。
「よっ、と!」
「ちょっと楽しいね。こんな状況じゃなければなぁ……」
「ああ、それは結構言えてるな」
「2人とも……」
俺と燃香は頑丈そうな足場から足場に跳躍し、空洞になっている2階の頂上を次々と移動していく。ワイヤーアクションをしているかのような高さに跳び上がるわけだが、俺たちの場合、命綱はなしだ。なお、ニオンは空を飛んでいる。ちょっと羨ましい。
1回跳ぶだけで数メートルの高さにまで到達できる自分の身体能力を元の世界基準で考えてみると、人間辞めかけてることを実感する。仮に元の世界に戻っても普通の生活はできないな。
「な、なに!?」
「地震、ではないようですね」
「……ニオン、燃香。もしかしたら、もうほとんど時間がないかもしれない」
空洞を登り始めて結構な時間が経ち、中腹を越えて頂上が見え始めた頃、急に大聖堂が大きく揺れる。地震かと思ったが、原因はすぐに分かった。
「どういうこと? スピネルはタイムリミットを1日と数時間って言ってたし、あれからまだ2時間も経ってないけど?」
「あれを見てくれ」
「あれって……え? 嘘!?」
「まさかあれがアイリアルの本体……!?」
空洞の一部に巨大な穴が空いており、そこから外が見渡せるようになっていた。こんな状況、こんなアイリアルが蔓延る風景でなければ絶景だったはずだが、そこから見えたのは絶景でもアイリアルでもない。
脈動する巨大な白い細胞だった。
それは中央にピンクに近い赤色をした核のようなものがあり、既に数回分裂したのか、球状の細胞の中に数個の歪に潰れた形の白い球を無理矢理詰め込んだように内包しており、それがなく、空いている箇所は赤い溶液のようなもので満たされていた。
「だとしたら最上階にまで上がる意味はないよな? ここから仕掛けるか」
「でもタイムリミットまであと1日はあるよ? ギリギリまで援軍の到着を待った方がよくない?」
『その必要はない』
どこからか、何者かの声が聞こえた。分かることはそいつがとてつもない存在で、その声だけで周囲に圧力を加えることができる力を持つ者だということだけだ。
「「「!」」」
「今のって、まさかアイリアル?」
「あの球体、テレパシーが使えるのか……」
『あれは私ではない。いわばこの国の全てを残らず飲み干すための装置のようなもの。攻撃は無意味だ。触れたもの、全てを吸収するからな。私に力を与えたいというなら攻撃しても一向に構わない。だが、もし、私を倒したいと言うなら最上階に来い。待っているぞ』
球体からではなく、上から、もっと言えば最上階からその声は発信されているようだった。逃げも隠れもしない、来るなら倒す、その自信は絶対的強者の余裕というものだろう。自分が誰にも劣っていない。そんな言葉が伝わってくるような自信に満ちたセリフだ。
「やっぱり最上階まで行かなきゃダメなのか……」
「でも、あれが本体じゃないって鵜呑みにするの?」
「それもそうだな。とりあえず《邪眼》。……ふむ、どうやらあいつの言ってることは本当らしいぞ。俺の《邪眼》の閲覧結果に間違いはない」
ステータスはなく、武器や防具のような説明が並ぶ。確かに敵からの攻撃を吸収するようだ。この球は最終的に国1つを覆うほどの大きさに薄く広がり、直接覆い被さることでそこにある全てを吸収するらしい。
「……」
「ニオン、どうしたんだ?」
「……いえ、これは本当に私たちがすべきことなのか、と思っただけです。元より私たちの引き受けた役割は援軍が来るまで防戦して時間稼ぐこと。直接戦わずに済むのなら別の方法を模索してもいいのでは? と思って少し迷ってまして……」
「確かにそれもそうだな。結局のところ、どう戦うのが最善なのか……」
「……」
俺と燃香は上の足場に飛び乗り、最上階を目指すが、ニオンは球体を見つめたまま、空中に静止している。俺の問いにニオンは俯き、目を逸らしながらも答えた。その疑問に曖昧に答えたせいか、ニオンの表情は晴れない。
「結理君、ニオン! アイリアルがたくさん降りてきたよ!」
「マジかよ! どうやら向こうは逃がす気なんてないみたいだなッ!」
「……」
考える暇も与えないということなのか、見え始めた最上階からアイリアルが雨霰と大量に降り立って来た。黒い武器を持っている個体は見受けられない。どのアイリアルも鎧と短剣のみを装備し、こちらに突貫してくる。
すかさずブレードをブーメランのように射出し、弧を描く軌道で同時に3体のアイリアルの首を落とす。
ニオンは沈黙したままだ。
「ニオン!」
「……ぁ、ユウリ?」
「行くぞ!」
「は、はい!」
俺と燃香は上へ登りながら飛び道具や魔術で迫るアイリアルに応戦するが、空中で棒立ち状態のニオンに狙いを定めたのか、より多くのアイリアルが向かっていく。
しかし、それにニオンは気づいていない。夥しい数のアイリアルに殺気を向けられているというのに、どこか遠くをぼんやりと見つめているだけだ。
その状態に言い知れない危機感と不安感を覚えつつも、今解決できることではないと判断し、名前を呼び、ただ叱咤する。それでも鼓舞することはできたと思うが、この戦いが終わったら……いや、やめておこう。どう考えてと死亡フラグだ。ヤだなー、頭の中で考えただけで自動的に立つ死亡フラグなんて。
最上階を目指す。ただそれだけのことが今はこんなにも難しい。無限に湧いて出て来るアイリアルにブレードを投擲し、ティフォンは炎の矢を岩を砕く勢いで放ち続ける。燃香は光弾を機関銃のように撃っている。
あれは確かCランク光属性の魔術だ。通常はバレーボールくらいのサイズだが、今はビーズくらいにまで小さくなったものを放っている。Cランクでも燃香が使い、あれくらいに圧縮すればBランクを超える火力になるようだ。
ニオンは風神剣をレイピアに纏わせて直接切り裂いたり、暴風を放ってアイリアルたちを蹴散らしていた。今のニオンに先ほどまでの迷いは感じられない。考えてる余裕がないだけかもしれないが、迷いが足を引っ張るよりはいい。
最上階は未だ遠い。
「この国も、ソロソロ終わりかナ?」
魔王城と化している大聖堂が間近に見える、半壊した教会の上で、イビリスは巨大な白い球体を見つめていた。
その声に、言葉に字面以上の意味も感慨もない。ただ、これから現実になるであろう事実を言葉にしているだけだ。そもそも彼はこの国がこうなった元凶であり、国1つを滅ぼすことに感慨が湧くような性格をしていればこんなことはしない。
「まァ、手に入れる物は手に入れたシ、サッサと退散するかナ。……ところでナニか用かイ、聖人サマ?」
「去るのであれば追いません」
イビリスの背後に1人の人間が立っていた。
目を見張るほど整った容姿、トレードマークである桃色の髪は肩に触れない程度の長さで整えられ、夜空を映しているかのような青い瞳、すらっとした長身で体つきは繊細。子供から大人に至る過渡期の年齢にしか見えないその人物は優に100年の時を生きる、正しく生ける伝説なのだ。
「100年振りに表舞台に姿を表してナニを言うかと思えバ、僕を逃してくれるト。随分甘いコトを言うんだネ。君はコノ国で信仰されてる神様的な存在なのニ、ソノ国が滅んでいくのをタダタダ見ているダケなのかナ?」
「目下最大の問題は大聖堂頂上に君臨するアイリアルの本体。あなたではない」
「まァ、戦わないなラそれに越したコトはないネ。じゃあこれにて失礼するヨ」
イビリスは桃髪の聖人に一礼すると霞のように消え失せた。聖人はそれを気にすることはなく、大聖堂を見つめた。
「あなたに言われた通り、ユウリ・ハザクラたちを3人だけで大聖堂に行くよう周囲の環境含めて誘導しました。……しかし、これでよかったのですか?」
「ええ。これでお膳立ては整いました。あとは芽吹き、花を咲かせるのを待つだけ」
背後に現れたスピネルの問いに問題ないと答え、さらにこう呟いた。
「とうとう始まりますね。戦乱の時代が」
桃髪の聖人はなにを思ったのか、神聖国レインボーの惨状の只中で薄く微笑んだ。
特性《不浄の炎》 この特性を持つ者と相対する者は、火属性に対しての耐性、融点、防御能力が下がる。ただし、火属性が無効の相手に効果はない。
ランクがEXであれば、唯一無二と言えるほどの弱点にまで耐性を下げられる。




