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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第47話 非日常という日常


「ここが東大陸、デラリーム連邦……」


 アーク共和国を船で発ち、北大陸の港から直線的に大洋を渡り、1週間ほどで東大陸に到着した。アーク共和国は現在他大陸の国家と戦争をしているわけではないので、人や物の往来は比較的自由にできる。

 荷物を運び出すために忙しなく動き回る船員を尻目に、私は船から港に降り立った。潮風が吹き抜け、ウミニャンコと呼ばれるEランクの無害な魔生物が辺りを飛び回っている。大方、漁師たちが獲ってきた魚のおこぼれにあずかろうという算段なのだろう。

 ニャーニャー言っている……。


 荷物はチェックメイトシリーズの人員に支給される魔術機械に全て詰め込んでいるので、見た目は手ぶらだ。その魔術機械も小型のウエストバッグのような外見なので嵩張らない。

 アーク共和国の城内にいた時は常在戦場の心構えで常に武装していたが、今は偵察任務なのだ。目立ってはいけない。なので私の格好は非常に簡素な旅人のような出立ちだ。

 私がこの任務を与えられたのは、おそらく他のチェックメイトシリーズのメンバーとは異なり、自国の中枢に位置する高官ですら知らないマイナーな存在だからだろう。なにせ今日至るまで表舞台どころか裏にも立ってないのだ。

 なので張り切りたいと思っている。


「ルーク様、お気をつけて」


「はい」


 付き人として船旅をサポートしてきた女性の見送りに答え、その場を後にする。私はこの港から中立国ポップを目指さなければならない。

 デラリーム連邦とアーク共和国の間にイザコザはなくてもこの国は同じ大陸の国家の複数と争う軍事国家。セキュリティは厳しい。それにデラリーム連邦から中立国ポップへの入国も厳しいものになるだろう。まずは入国審査での手荷物検査をクリアしなければ。






 デラリーム連邦、その名の通り連邦国家である。農産物の栽培が特色ブルバレー、水産資源の豊かなクランド、巨大なダンジョンを複数擁するバタルデ、『温泉』なるものや、それによる観光が盛んなレンジ、鉱山を多数抱えるヨグル、工業を一手に引き受けるレーデン、謎と財宝が眠る未開拓地の多いゾートの7つの州で構成された国家で、およそ国を機能させるのに必要な要素が全て揃っていると言える国だ。


 それぞれの州の政治は選出された代表者によって行われるが、国単位の、となると1人では行えず、代表者7人による議論で国家の舵取りは決定される。

 しかし、そこにこの国全てとも言える権力がたった7人に集中していることを知っていれば、我が物にしようとする者が現れるのは必然と言っていい。州同士の利権絡みの内紛は絶えず、代表者の買収やその恣意的な選出などの不正は横行し、腐り切ってると言っても差し支えない。

 どこの国家も似たようなことになっているのは仕方のないことなのかもしれない。


 けれど入国審査は真面目に行われる。世の中、何もかもが腐っているわけではないのだ。ルークはそんなことをぼんやりと考え……てはいないが、無事に入国審査をパスする。

 港で行われる入国審査を通過し、一番最初に入った州はデラリーム連邦の北西部にあり、地理的にアーク共和国に最も近いところにあるクランド。ここでは水産資源も豊富だが、他の州と比べて頭一つ抜けて他大陸の国々との貿易が盛んだ。

 一応、北東部にあるレンジにも年中使える貿易港はある。が、そこは暴食の魔王領と地続き。彼ら『暴食』は7体の魔王の中でも特に他種族に対して友好的ではあるが、それでも魔王。彼らとの戦いを避けようとするのは道理だ。かつての代表者たちはレンジでの貿易の占有を条件に不戦協定を引き出した。それ以来、クランドを中心に貿易が行われるようになった。


「言い渡されたのは中立国ポップの偵察。そのためにまずは国境を目指す」


「(そして深化心臓(クリムゾンハート)を探し出して確保し、アーク共和国に帰還する)」


 ルークは中立国ポップを目指して歩き始めた。彼女はなぜそこに偵察に行くのか、なぜ深化心臓(クリムゾンハート)を取り返せという司令が下ったのか、その理由を知らないし、考えてないし考える気もない。ものすごく久しぶりに外に出てウキウキしていると言い換えてもいい。






 地方都市ランド、俺たちが冒険者としての活動拠点でよく使う街。俺が長らく『あの街』と呼んできた街で、今まで何度もその名前がなんなのかをスルーしてきた街だ。

 ちなみにアイスランドみたいに繋がっているのではなく、地方都市、ランドなのだ。くっついてはいない。


「1ヶ月ぶり、ですね」


「そうだな……出発した時には、まさかこんな長旅になるとは考えもしなかったな」


 行きに比べて帰りはかなり時間がかかった。まるで何者かの力が働いているかのように思えるほどで、気のせいで済ませるのは楽観的過ぎる。襲って来たのが『影の部隊』だったことから察するに、なぜ、という疑問が残るがおそらく評議会議長の仕業だろう。心当たりが多過ぎて困る。


「ところで結理君、私たちはどこへ向かってるの?」


「八百屋」


「「八百屋?」」


 2人とも、まさか八百屋に行くとは思いもしなかったのだろう。揃って頭に疑問符を浮かべている光景がありありと見てとれる。


「そうだ。俺が今、冒険者として活動して、2人に会えたのもその八百屋のお陰と言っても過言じゃない。そんな俺の人生の先輩に今から会いに行く」


「結理君の人生の先輩……ゴクリ」


「あの八百屋ですか? 見たところ普通の八百屋ですが……」


 普通だよ。というか2人はなにを想像してるんだ? まさか、寵愛やら加護やら特性やらを売っている非合法な店だと思ってるのか?


「あ、お兄ちゃーん!」


「お、久しぶり! 元気だったか?」


「「お兄ちゃん!?」」


「あら、こんにちは。随分と久しぶりですね」


 俺が来ることをいち早く察知した娘さんが、店頭からダッシュでこちらに向かって突っ込んで来て、俺の腹部に容赦の欠片もない強烈な頭突きが叩き込まれる。俺は打撃に耐えて、それに続くように店の奥から遅れて来る夫婦を待つ。


「ご無沙汰してます。店長いますか?」


「ふん、レインボーじゃ闇だかなんだかよく分からん魔物で溢れてんのに、よく五体満足で帰って来れたな。ところで頼んだ物はどこだ?」


「頼んだ物?」


「なにか頼まれてたの?」


「ああ、これをな」


「……中々の品質だ。どこで見つけてきた?」


 相変わらず無愛想なオッサンだが、俺が拠点から植木鉢に植えられた苗木を取り出すと、目の色を変え、それをしげしげと観察し、その出所を問う。


「秘密です」


「チッ。使えねおごっ!?」


「せっかく採ってきてもらっておいてその言い草はなに? ありがとうございますでしょうがッ!」


「あ、ありがとうございます……」


 その出所について俺が口をつぐむとオッサンは悪態を吐くが、それが言い終わる前に奥さんに鳩尾をどつかれる。また鳩尾に打撃をくらいたくないから、と嫌々言わされた感が声色から伝わってくるお礼だが、後半尻すぼみになりながらもどうにか言い切った。オッサンは若干項垂れながら店の奥に戻っていく。


『見事なまでに尻に敷かれてるな……』


『さっき渡してた苗木ってなに? 珍しいの?』


『ん? あれか。あれはウイスの木と言って縁起物なんだ。品質のいい物はそれこそ豪邸が建てられるほどのな』


『ご、ごごごごご豪邸!? なんであげちゃったの!? 私たちの家建てられたのに!』


 豪邸が建つ、という言葉に過剰反応しまくる燃香。《心話》を用いての会話なので内容はバレないが、表情に出まくっている。いや、普通そんなお値段の物を他人にあげたらそんな反応になるか……。

 数年に渡るサバイバル経験の影響なのか、燃香は安心できる家や拠点に並々ならぬこだわりがある。この旅の間も宿泊先を厳選したりしていた。


『いや、普段お世話になってるからそのお礼なんだ。そもそものあの苗木の元々の品質は下の中だ。家は建たない』


『ですが、中々の品質だと言ってませんでしたか?』


『そうそう! どういうこと!?』


『渡した苗木、実はニーズヘッグの能力で品質を向上させた物なんだ。だからあまり懐は痛まない』


『だったら、養殖だとしても売ったら高いんじゃないの? ニーズヘッグをうまく使えば豪邸だって建てられるのに……』


『それなんだが、ウイスの木の売買は厳しく取り締まられてるんだ。神聖国レインボーと中立国ポップの国境付近にごく僅かにしか自生してない貴重な物で、俺が今回やったことは本来は密輸入ってことになるんだ。だから売るとしてもそれ専用のルートを確保しないとダメだ』


『世の中甘くありませんね。しかし、密輸入ですか。ユウリは犯罪に手を染めてしまった……というわけではないですよね?』


『もちろんだ。森に落ちてたウイスの木の枝を拾って来て、拠点でニーズヘッグの能力でそれを苗木に変えて、成長させたんだ。もちろん密輸入はしてない』


『そっか、ならセーフだね!』


『当然だ。犯罪はなかった!』


『いや、やっぱり普通に犯罪ですよね。それにしても全く2人は……』


 しかし、枝だけ採ってくるのは悪い気はしたので、枯れていたり、成長不良になっているウイスの木を手当たり次第にニーズヘッグで復活させたり健康にしたりした。罪悪感を覚えるくらいなら採ってくるな、って話だが、やらない善よりやる偽善とはよく言ったものだ。

 《心話》はニオンの呆れ声で幕を閉じ、彼らとの取り留めもない雑談が始まる。それも客が来たことがきっかけで終わり、俺たちはそこを去った。

 そして、帰って来たその日は、なぜか1日中燃香のいい物件探しに付き合わされるのだった。


 久しぶりに日常と呼べるものが戻ってくる。そう思ってしまった自分に苦笑する。異世界で暮らすなんて、日常とは言い難いにも関わらずだ。

 合間の時間を縫って割と真剣に元の世界に帰る方法を探してはいるが、手がかりは時空の石くらいしか見つからず、それ以外の手段はなに1つとして見つかっていない。

 Sランク冒険者になるために、本来かけるべき時間と労力の方向性が逆になっているが、生活の安定や強くなることでの行動範囲の拡大に重点を置いているのは致し方ないと思っている。






 適度に依頼を受けつつ、適度に休み、適度に自主練、ニオンや燃香との模擬戦(命懸け)に励む。地方都市ランドに帰って来てからのこの1週間に起こったことを表すのならば、その1文で事足りる。

 別に元の世界に帰る新しい手がかり探しをサボっているわけではない。既に新しいアニメが始まっているという事実に諦めの境地に辿り着いているわけでもない。

 当分は地道な活動に専念することになった。という結論が出たのが今日。無事に帰ってきたことを報告するべく高沢に会いに行こうと3人で評議会に向かったのだが、それを予知していたかのようにそこへ向かう道中にある人物がいた。

 ボロいローブで全身を隠し、大通りのド真ん中に2メートル近い体躯のそいつは立っていた。周囲から奇異の視線を注がれても全く動じないその姿に、さらに周囲の注目を集めていた。

 ローブの隙間や隠せない足の部分からは、甲冑でも着込んでいるのか、全身に銀色の装備が纏っているようだった。顔はよく見えないが、俺たちが近づいて来ることに気づいてソワソワしだしたその様子を見て、やたら目立つそいつが誰なのかはなんとなく想像できた。

 俺たちはそいつの前に立ち止まると、他の2人も思っているであろうことを俺が代弁した。


「……スピネル、お前なにしてんだよ?」



スキル《予見》 周囲から得る情報を元に、未来がどうなるのかを感覚的に知る能力。俗に言う勘。ランクが高いほど高性能になる。


スキル《真の眼》 《心の眼》の上位スキル。勘ではなく、戦闘経験から培われるもの。自分の取り得る戦術、選択肢を無意識下で処理、最善の一手を即座に導き出す技能。下位スキルでは不可能な完全な死角への対処も可能となる。ランクが高いほど高性能。


☆評価やブックマーク登録をしてくれると、とても嬉しいです!

誤字脱字や「ここちょっとおかしくないか?」と思う矛盾点を見つけたら指摘してくれるともっともっと嬉しいです!


(なお、評価や登録が増えるほど作者がプレーンシュガーを注文します)

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