第5話 洞窟内の襲撃者
「おめでとうございます! ユウリさん、今回の依頼達成であなたの階級はDランクに昇格になりました!」
受け付け職員はそう高らかに宣言し、EランクからDランクへと更新された冒険者証を手渡す。もっと静かにやれ、と言いたいところだが既に遅い。ギルドでだべっている奴らの、こちらを見る瞳がチラ見からガン見に移行している。
「なんかガン見されてるんですが……」
「あんなの気にしないでください。昼間からぐだぐだしてる連中、ユウリさんならすぐに追い越していけますし、冒険者は完全、とまではいきませんが実力主義です。こんな時間帯から酒をあおってるような木っ端、放っておきましょう」
「そこまで言わなくても……」
職員は自分が新規登録した冒険者のランクが短期間で上がったことに鼻が高いようだ。
……にしても言い過ぎだ。止めて差し上げろ。
俺は異世界に来ておよそ一週間でランクを1つ上げた。目立たず地道に、という目標を立てた矢先にそれを崩壊させてしまった自分自身の計画性のなさに軽く自己嫌悪に陥るが、早く元の世界に帰って新刊を読みたくなって焦っているのだろう。そもそも本来の目的は元の世界に帰ることなのだ。成長は早いに越したことはない。
『時空の石』がどこにあるか分からない以上、帰還は遥か彼方だろう。そのためにはもっと強くなり、様々な場所へ向かい、いろいろなことを体験すること。それをしていればきっといつかは帰れる。
あまり悠長なことを言ってはいられないが。
「じゃ、じゃあ俺はこれで失礼します!」
熱い視線を送ってくるギャラリーには目もくれずにその場から小走りで立ち去る。
今日の俺の目的はこことは別にある。
「はぁ、はぁ、はぁ。もーダメだ。動けん……」
ってか最近疲れてばっかだな、俺。
職員のお墨付きをもらった俺はEランクダンジョンの『初心者の洞窟』に入る許可を得た。なので早速近くのダンジョンに来ている。
近くと言っても、その場所は往復だけでまる2日はかかる距離にある。車がないこのファンタジー世界では、徒歩や馬車が主な移動手段だ。
ここで冒険者の階級と依頼のランク、パーティのランク、魔物のランク、ダンジョンのランクについてギルドの職員と八百屋の奥さんから聞いたことを振り返っておこう。
なんたって俺は忘れやすい。この前馬車に轢かれたことも、スライムの大群に襲われたことにも懲りずに、さらに危険な場所へ赴いてるくらいだし。
冒険者の階級は全部で7段階。その力量も込みで表すなら、
E(新人)
D(半人前)
C(一人前)
B(ベテラン、ここで大多数が頭打ちになる)
A(一流、努力の賜物)
S(天才、人間辞めてる)
SS(英雄、次元が違う)
となっている。
Sランク冒険者は一国に数人はいるらしいが、SSランクとなると1人いるかいないかというレベルらしい。
次に依頼のランク、これは冒険者のランクと同じく7つ。基本的に同じランクの依頼までしか受けられない。
パーティも同様に7つ。組めば自分よりも上のランクの依頼を受けられないこともないが、実力にかなり差があってお互いの可能なことが理解が及んでいなかったり、連携が取れていないと危険なので、相互の信頼と協力が必須だ。練度が高いと、そのパーティのランクは、そこに所属する冒険者の平均ランクよりも1つ高く評価されることも。
魔物のランクも7段階。実力は同じ冒険者の階級と大差ない。とはいえ、Eランクも十分な殺傷能力を持っているし、中には突然変異や亜種、上位種もいるので注意が必要。
ちなみにスライムは最低評価のEではなくDランク。理由は知らない。
最後にダンジョンのランク。これは6段階。だが、依頼や魔物のランクとは少し違う。
例えばダンジョンのランクがCだとしよう。そこに入るには自分のランクがその一つ上のBランクでなければ入れない。つまり今、Dランクである俺はやっとEランクのダンジョンに入れるようになったのだ。かつてはそうではなかったらしいが、冒険者になったばかりの新人がダンジョンから帰らなくなる事態が相次いだため、ルールが今の形に改正されたという過去がある。
なお、今現在発見されているダンジョンはSランクまでしかなく、数も極端に少ない。しかも海の中や秘境の奥、果ては空の上だったり等々、そこに行くのが困難なものがほとんどだ。
そしてお気づきだろうか? 自分の階級の一つ下のランクのダンジョンまでしか入れないということはつまり、SSランクのダンジョンが仮に出現しても誰も入れないのだ。まあ、人間が設定した基準だ。Sまでしかないだけかもしれないが……。
そもそも、ダンジョンなんてものがなぜ存在しているのか、どこからともなく無限に魔物が、素材や装備が勝手に湧いてくるのか、いつからあったのかそれがどういう仕組みで成り立っているのか、分かっていることは少ない。
「今日はここで止めて、一旦、我が家に帰って休んでから進むか。奴らが来るのもどれだけ速く見積もってもあと1日は猶予があるからな」
そういうわけで、素材だけ集めてからダンジョンの外に出て一度拠点である我が家に戻る。ダンジョンに現れる下級の魔物は素材を残してすぐに消えてしまうのがほとんどなので、解体作業がないのは喜ばしいことだ。しかし、なぜダンジョン内の魔物だけ素材を残して消滅するんだ?
まあ、それはおいといてあとはゆっくり休んで、翌日に備えるだけだ。さて、相手と比較した俺の実力はいかほどのものなのか。楽しみだな。
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葉桜結理 人間 男性 18才
LV.21
HP 113/113
MP 40/40
筋力 39
耐久 58
魔力 60
魔防 18
俊敏 124
スキル 献身:C+
武技:D
察知:E
適性 水:E+
土:D
特性 ・???の寵愛:EX
硬化:C
?化:C
邪眼:E
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奴らが来る前のラストスパートでレベルを18から3ほど上げて21にした。これである程度の相手なら対抗できるはずだ。……それでも魔防が貧弱過ぎるが。
それにレベルが20を越えたタイミングで新しい特性が増えた。その名も《邪眼》。いかにも、って感じの名前だが、デバフを付与するような類いの特性ではなく、相手や武具などのステータスを見ることができる特性だ。
「やっぱ、こういうのがないといろいろと安心できないな」
Eランクでは格下のステータスしか見れないが、逆に言えば、見れなかった時点で相手が格上だと判断できるので結構便利な特性だ。
「っ! 来たか」
洞窟内に進入する新手の気配を《察知》で感じて、事前に用意しておいた岩陰に即座に隠れる。この場所は入り口から奥へ向かう人からは死角になっているが、こちらからは彼らの警戒しながら奥へ進もうとする姿がバッチリ見えているし、万が一の時のための脱出の手段も用意してある。
「魔物との戦闘の痕跡がある。あいつ、もう着いてるみたいですね」
「ケッ! 全く気に入らねーぜ。どこの貴族のボンボンか知らねぇけどよ!」
「本当っすね! いい気になりやがってっすよ!」
「たかだかDランクになったからって偉そうにしやがってよォ!」
「俺らのこと舐めてるんですよ! アイツは!」
めっちゃボロクソに言うじゃないか。さすがに傷つくぞ。
ここ数日、つまり俺が冒険者として登録した日から彼らはずっと俺のことをつけていたが、誰につけられていたのかは分からなかった。だが、やり口があからさま過ぎたのでさすがに気づいた。全く気づかないフリするもの大変なんだが……。
そんな彼らはこちらに全く気づかずに奥へと歩いていった。背後がガラ空きで、今なら全滅させられそうだったが、ここは泳がすことにした。もしかしたら隠した力を持っているかもしれなかったからだ。
彼らの見た目は全員ガラの悪そうなお兄さん方で、ギルドで見かけた屈強そうな筋肉集団かと思ったが、そこまで筋肉モリモリではないところから、俺が直接見た集団ってわけじゃないようだ。
「(5人か。レベルは喋った順で5、7、6、5、4。……弱ェ。この程度ならスライム一体を相手する方が強そうだし、手応えがあるだろうな。早く帰って晩飯にすっか)」
モチベが下がった。レベル的に言って全員Eランクなのは間違いない。パーティならDランクって線もあるが、どちらにしても数の暴力によるリンチしかできそうもない。
「ま、ちょちょいっと済ませたら帰るか」
そんな軽い気持ちでの追跡を始めたのだが、俺はこの選択を後悔することになる。
「……へえ、案外強いじゃないか」
入り口で彼らを発見してから1時間後。彼らはダンジョンの結構深いところまで来ていた。だが、『初心者の洞窟』と呼ばれるだけあってか、さっきから大した魔物に遭遇していない。
スライムのようなDランクの魔物に出会った時は彼らはどうするのかと思ったが、上手く連携をとって魔物を翻弄しつつ、堅実にダメージを与える戦闘を行い勝利していた。
自分よりレベルが低いと侮っていたが、事前の情報もなしに不意打ちを仕掛けていたらどうなっていたか分からな————。
「ぎゃあぁぁ!!」
「(なんだ? 今の……)」
そんな中、突如として悲鳴が洞窟に響き渡った。考え事をしていたため、その声がするまでその存在に気づかなかったが、肉を断つその音ははっきりと聞こえた。
俺が見た時には、彼らはなにか巨大な影に対して武器を構えて臨戦態勢をとっていた。だが既に1人、その魔物の餌食になり、その巨大な影のそばに倒れていた。
見上げるほどの巨体、蛇のように長く、巨木のような太さの体、爬虫類を思わせる鱗に覆われた表皮、コブラのような特徴的なえりを広げ、前半身をたてて威嚇をする魔物。
……ワームだ。
俺からするとただただデカいコブラだが、このファンタジー世界においてデカいだけとか、そんな虚仮威しは存在しないだろう。
「な、なんなんだよ! 聞いてねぇぜ、こんな奴がなんで、ぎぃ!?」
1人は背後を見せた瞬間にその強靭な尾で体を砕かれ、上半身と下半身が泣き別れになる。
「に、逃げろ! Cランクの魔物なんて太刀打ちできるわけなギュルゥ!?」
「(し、Cランク!? こんなところで!?)」
いくらダンジョンの奥に来ているといってもここは初心者用のEランクダンジョンだ。Cランクの魔物なんて初心者が相手しようものなら速攻で殺される、そんな魔物が出現するなんてありえない。もしそれがいるとしたら、未発見の通路や隠し部屋があるに違いない。
さっきまで連携をとり、堅実に勝利を収めていた彼らだが、3人が容易く屠られたことで彼らの戦いは既に終わっていた。
その姿に、俺は奥底に封じ込めたはずの恐怖心があっさり心の底から湧き上がり、ワームを恐れ、慄いていた。
「(あ、足が竦んで動けない……。それになんて情けないんだ、彼らを弱いと決めつけておいて、自分は強くなったつもりで後ろから高みの見物なんて……! しかも、彼らが命を奪われているのにもかかわらず、ああ、あの目が自分の方を向いていなくてよかったなんて、そんなことを考えてしまうなんて……ッ!」
「————」
そうしている間にもワームは残り2人を追い詰め始める。1人は何事か呟き始めて、もう1人は彼を庇うように前に立つ。
「(けど、恐ろしい。俺はあのワームが恐ろしいんだ。今までは自覚してこなかったが、これが戦うってことなんだ……)」
「火炎!」
2人は目配せして、1人が急に脇に逸れ、その瞬間、背後に立っていたもう1人が唱える。
さっき呟いていたのは、魔法を発動させる詠唱と呼ばれるものだったのだろう。この世界に来て初めて目にした魔法。
彼が正面に向かってかざした両手から放たれた炎の束は、ワームに殺到し、その身を焼く。当の2人は勝利を確信しているようだが、こちらからは、炎に巻かれてもダメージを受けるどころか慌てる様子もなく悠然と2人を見つめているワームのシルエットがはっきり見えている。
案の定というべきか、突如として炎の中から現れた尾は洞窟の壁を破壊しながら2人の上半身を瞬く間に吹き飛ばした。
ワームは、その場に立ち尽くす腰から上がなくなった2人を一瞥すると、用が済んだとばかりに彼らだったものに背を向け、その巨体を蛇のようにくねらせながら奥へと戻っていく。
その姿を様子を、息を殺して俺は窺っていた。自分の住処を荒らす邪魔者を残らず始末したとワームは判断したのか、まだ俺がいることに気づかずにその場を去ろうとしている。
それを好機と見た俺は今にも笑い出しそうな膝を叱咤し、ワームに見つからないように岩影に身を隠しながら逃げる。
目の前に現れた被食者と捕食者の関係を体現するかのような巨大な存在に、戦うことなく、抗うことなく、ただただ敗走のために歩みを進める。
「(もし俺が外から見ているだけの外野だったら、今の自分を情けないヤツだと罵倒するところだが、あんなのに真正面から立ち向かっても勝てる気がしない。ワームが気づいてない内に少しでも距離を取るんだ。……悔しいが今の俺にできることなんてそれしかない)」
慎重に慎重を重ねた結果、かなりの時間をかけてしまったが、幸いにもワームに発見されることなく最後に見た時にワームのいた位置から遠ざかり、全体的な距離からすれば僅かだが出入り口に近づけた。
その刺すような気配が消えたことに安堵し、振り返って洞窟の奥を見ても、もうそこにワームの姿はない。
「ふう……ここまで来ればもう安心だ……」
再び安堵し、生還できるという喜びとともに洞窟の出入り口がある方を向いて歩きだそうと振り返る。が、
「……ぁ」
振り返って初めて気づいた。僅か2、3メートルの距離にワームの巨体があることに今の今まで気づいていなかったことに。
奴は、気配を消して俺に気づかれないように出入り口側に回り込むことでこちらの退路を断ち、狩りの準備を済ませていたのだ。しかも俺が出入り口へ逃げようとする無様な及び腰を奇襲をしかけることなくじっくりと観察していた。格下なのが分かっているのだろう。
退路はない。それにここで逃げても、たとえ今回はうまく逃げ切れても、恐らく次はない。もし次に今と同じような状況に出会したなら確実に死ぬ。そんな確信がある。
なら、どうする? 逃げるのは恥ずかしいことではないはずだ。だが、こんな異常な生物が大量に跋扈する世界で逃げ続けることは不可能に近い。
「ッ!」
これから、捕食者として生物の圧倒的に上位に存在するこの敵と戦うことになるという恐怖からくる気遅れで1歩後退りした瞬間、ワームの尾が予備動作なしで飛来する。すんでのところで回避には成功するが、格上の相手が本気で殺しに来ているのだ。もう逃げられない。
決断の余裕なんてなかった。もう、戦うしかない。