第44話 スピネルVSコープス魔術師
「だとしても、テメェら、なんでゴーストと仲良くしてんだよ! ありえねぇだろ!」
スピネルがコープス魔術師と1対1で戦うと宣言すると、ふと我に帰ったようにガタイの(以下略)がそう叫んだ。
コープス魔術師はウンザリした様子で杖を下げる。話が長くなると思ったのだろう。最後まで聞く気があるのは律儀というか、なんというか……。
それはともかくとして俺からするとその意見は今さらだな。『集結する者たち』って3人揃ってまともじゃないからゴーストだからなに? って感じなのだ。彼らには伝わらないだろうが。
もっとも、一般的な価値観からすれば魔物の言うことなんて、信用できるできないの次元ではないのだ。敵だから、自分たちを害する存在だから、無条件でその言葉を跳ね除ける。それが当たり前。
人の言葉を理解する魔物は総じて高い知性を持っている。それに人の意思にも近いもの、同じものを魔物が持ち、同等に高い知性を持っているなら、より人を害しやすくなる。だから通常の魔物よりも危険な存在として余計に強く認識され、排除されてしまうのだろう。彼らにとって、意思があろうとなかろうと魔物が魔物であることに変わりはないのだから。
「それよりそっちの魔術師、話を聞いてたら分かるように、この東大陸を侵略しようとしてる嫉妬の魔王の配下だぞ? 距離を取らなくていいのか?」
「そんなのそこのスピリットゴーストだって同じじゃねぇか! それにそいつが一方的に言ってることだろ? 信用できるか!」
「(さっきコープス魔術師がキレてた時に自分が嫉妬の眷族だって自白してたよな……?)」
ガタ(以下略)の彼だけにとっては至極真っ当な主張(他の人にとっては屁理屈)に、他の2人の冒険者たちは困惑したようにお互いの顔を見合わせている。
彼らが人間の魔術師と思っていたコープス魔術師とスピネルの会話の雲行きが怪しくなり始めたことで、自分たちはどうすればこの場から生還できるのか、東大陸に、中立国ポップから迫る危機から自分の命が助かるのかをこっそり話し合っているのだろう。
一方のコープス魔術師は目を細めて俺を見つめ、すぐにスピネルに視線を戻した。
「……かもな。けど、俺はスピネルの言葉を信頼する」
「……ありがとうございます。ところであなたたちはどうやって結界を抜けたのですか? あれは私が呪術で作ったものなのですが。やはりあなたですか?」
「呪術で作ったぁ? あんなのEランク程度の魔術で作られてるってこの魔術師が言ってたぜ。コツさえ分かれば誰でも解けるとも言ってたな」
俺の『信頼する』という発言にスピネルは驚いたのか、意外だと言うような声色で礼を言った。俺の発言に少し調子が狂ったようだが、そこは経験のなせる技なのか、すぐに平静になり、スピネルはコープス魔術師に問いを発していた。……そのはずなのだが、なぜか(以下略)が割り込むようにして先に答えた。
「魔術? いや、あれは魔術じゃどうにもできなかったんだが……」
「きっと彼らは魔術の造詣に深くない。だからあの結界が魔術なのか呪術なのか、よく分からないんだと思う」
「なるほどな。だからあの魔術師の言うことを鵜呑みにしてるのか」
思わず口から零れた俺の疑問に、元々近いところにいた燃香は、そこから半歩ほど詰めて、密着しそうな距離にさらに近づいた。そして彼女は相対する冒険者たちに気づかれない音量で耳打ちする。
「ふむ、やはり呪術使いであるあなたの力ですか。あっさり突破されたのは少しショックですが、相当高位のコープスのようですね」
「まさか、あんた本当にコープスなのか? あのゴーストの言う通り?」
……こいつ、さっきのコープス魔術師の『我らが王を云々』とか『より広い版図を云々』って言ってたの全部聞き流してたのか? そんな自分に都合の良いことしか聞こえない難聴になるほど、俺に敵愾心を抱いていたなんて……。
「……スピネル、嫉妬の魔王の配下は見つけられたわけだし、炙り出す目的は達した。けど、まだ結界残しておく理由があるんだよな? じゃなきゃとっくに解除してるはずだし」
「はい、大いにあります。もし、ここで解除した場合、町に他の嫉妬の配下が大量に送り込まれる可能性がありますから、ここでこのコープスを殺し、今、この国、延いては東大陸に迫っている危機を全て排除しなくては解除はできません。もちろん、高位の呪術使いでなら解除は可能ですが、あの結界でも時間稼ぎくらいはできるはずです。これでも私は高位のゴーストですから」
「なるほどな。けどなんで1対1なんだ? 特殊な条件があるとかか?」
「いえ、単純にやってみたかっただけです」
「そ、そうか……」
「そういうわけです。構えてください、嫉妬の魔王の配下。かつての私をあの方が救ってくれたように、今度は私があなたの魂に安らぎを与えましょう」
「ほざけ! 破弾!」
地面を容易く踏み砕いてコープス魔術師はスピネルに突貫する。スピネルに向けて突き出した杖の先端部からは、呪術で作ったと思しき黒い弾が放たれた。それは磁石に吸い寄せられる砂鉄のようにスピネルの体に引き寄せられ、直撃する————はずだった。
「なっ!? ……がはっ!?」
弾はスピネルに当たる寸前で、あろうことかUターンして術者本人であるコープス魔術師の胸部を貫通した。彼はそのダメージのせいか、その場で立ち止まり、棒立ちになっている。
「ふむ。私の《軽減》に対抗できない辺りどうやら、あなたは結界の作成と破壊を得意としている工作員のようですね。純粋な戦闘要員ではない後方支援といったところでしょうか? 光撃の槍」
「あぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
今度はスピネルが呪術ではなく光属性の魔術をコープス魔術師に放ち、その体を浄化すると同時に今さっき弾が通った胸部をさらに崩壊させていく。鉄を溶接した時に出る閃光を束にしたようなその槍は、ゴーストやコープスなどの存在には紛れもなく脅威だ。いくら彼が高位のコープスといえど、スピネルも同じように高位の光魔術の使い手だったせいか、相手が悪かったようだ。
数秒と経たないうちにコープスは灰になって消滅した。しかもスピネルは、追い打ちをかけるように火属性Dランク魔術である火球を灰と化したコープス魔術師に放り投げた。その火はみるみるうちに灰を焼き尽くし、あとにはなにも残らなかった。
「……なんで燃やしてるんだ?」
「私がこの祭壇を守る任務についたのが100年ほど前でして、その頃は嘘か実か、灰にしても死なない吸血鬼が各地に出没するという噂をよく耳にしたものですから、念のため、この手の輩を相手にする際は焼却するようにしているのですよ」
「へ、へー。そんな噂があったんだー」
「(さすがはモエカ。正しく伝説)」
「う、噂は噂だろー。そんな吸血鬼いるわけないじゃないかー」
「そうですよね。私は少々、心配症なところがありましてね」
そんな俺たちのやり取りについていけていない冒険者3人は終始ポカンとしていた。
スピネルがコープス魔術師を一方的に嬲ったあと、彼(?)と一緒に、町の周囲に潜んでいた嫉妬の魔王の配下を一掃した。その後、結界から離れた場所まで移動し、近くの街にあるギルドまで拠点で転移して、嫉妬の配下が侵略に現れたことと、海沿いの地域にまだいるであろう無数の残党の討伐を要請しておいた。国の一大事だ。きっと対応は速いはず。
粗方の問題は解決しているように見えるが、未だにそれらは山積している。なぜなら、
「どうする? あの3人のうちの2人は了承してくれたが、あのガタイのいい中年冒険者はオーケーしてくれなかったぞ」
コープス魔術師を瞬殺したあと、スピリットゴースト、改めスピネルの存在を秘密にしてくれないかとあの冒険者3人に頼んだ。そのうちの2人は自己防衛的な意味合いが強いだろうが了承してくれた。ガタイのいいヤツは妙な功名心やら敵愾心やらにでも駆られているのか、協力してくれなかった。
きっと彼は焦っている。長年冒険者をやってる自分よりも、ここ最近冒険者になったばかりの年下の小僧が自分を遥かに上回る力を持っていれば、心中穏やかではいられないのだろう。
彼と比べるなら、俺は恵まれている。それに自分より強い存在を見慣れているかいないかという点も関係あるかも知れない。
アイアスにシルド、ソウジとそのパーティメンバー、ニオン、燃香。彼らは強いし尊敬できる。スピネルはまだ人となりを知らないからなんとも言えないが、きっとそのうちに入るだろう。あのガタイの(以下略)はそんな存在がいなかったのかもしれない。
「いっそのこと洗脳でもしますか」
「不自然過ぎるからダメ、とは言えないんだよなぁ。最悪の事態を考えるならそれも視野に入れなきゃならないよな」
「ところでこんな物を見つけたのですが、これは要らない物でしょうか?」
スピネルは俺とニオンにとっては見慣れた鉄屑を縁側の上に置いた。現在、俺たち集結する者たちのパーティメンバー3人とスピネルは拠点で休憩していた。スピネル関連の今後のことについて4人で話し合っているところでもある。
「なにそれ?」
「燃香は知らないよな。それは『魔女の工房』の隠しエリアで遭遇したパスュの作ったゴーレムの残骸だ。諸事情あってそれは放置されてるんだ。使い道がなくてな」
評議会、アイアスを始めとするSランク冒険者らに、のちにキメラゴーレムと名づけられたゴーレムの撃破とパスュについての報告の際、このキメラゴーレムの中から出てきたキメラマシン(ゴーレムというよりも、機械じみた見た目だったのでそう俺たちは呼んでいる)のことはニオンの助言の下、キメラマシンとの戦闘とその存在は報告はしなかった。
その経緯としては、あの街に帰る道中、キメラゴーレムはAランク評価は堅いだろうとシルドが言っていたことが発端だ。
つまり、キメラゴーレムはCランクパーティが、しかもたった2人だけで、勝てるような相手ではない。その時の俺たちでは持っていた手札がよかったから勝てたに過ぎないのだと、俺たちの力を知っているアイアスとシルドには言い訳はできる。
だが、キメラゴーレムを倒したらそれがキャストオフして、キメラマシンになり、パワーアップしたそれを俺たちが苦戦しながらもさらに倒した。なんて正直に全て言った暁にはいろいろと面倒なことに巻き込まれるのは確実と言っていい。事実、怪しい格好の怪しい人たちに尾行されたり調べられたりした。
それにSランク冒険者は信頼性の確保のための身辺調査が入る、という噂をニオンが街中で聞いた。あくまで噂に過ぎないが、可能性がないわけではない。それは避けたいということでキメラマシンの存在は黙すことになった。ただでさえワケアリのパーティなのだ。正体が露見とか勘弁して欲しい。
功績を挙げてこのまま順当かつ高速でランクを上げていくつもりはない。元の世界に帰るという意味ではSランクになる必要はあるが、現状は厳しいと言わざるを得ないだろう。
なにせ、今の中立国ポップ、というか議長に俺たちが受け入れてもらえないと見てほぼ間違いないからだ。というか将来的に邪魔になるという理由でまた暗殺すらあり得る。疑われてはいてもバレていないはずだが伝説の吸血鬼がパーティにいて、しかもそれを隠秘してるわけだし。
「これ、貰っても構いませんか?」
「貰ってどうするんだ?」
スピネルは半透明の骨の手で、おずおずと鉄屑を指差してそう言った。
「これに憑依します。ゴーストの姿のままでは悪目立ちますから、せめて実体を得ることができれば多少はマシになると思うのですが……」
「別に構わないがボロボロだぞ? 別の物にした方がいいんじゃないか?」
「構いません。見たところこれはかなり高性能な代物のようです。憑依の際に私が体を動かしやすいように改造しますので、多少の破損は問題になりません」
「そうか? ならいいんだが……」
それを聞くとスピネルは嬉しそうな表情(?)をして一礼する。その直後、彼(?)は淡い赤色に薄く輝くと、鉄屑に溶け込むようにしてその中に入った。すると今まで鉄屑だったキメラマシンの残骸たちが宙に浮く。欠損している部分はそのままにして展示されている化石と似た雰囲気がある、そんな過去の遺物は再度淡い赤色に輝くと、欠けている箇所を溶けた金属が埋めるようにして次々と再生していく。数秒もするとキメラマシンの残骸は遭遇したあの日と同じ、銀色に輝く元の姿に戻った。
「……すごいな。元通りだ」
「しかも、キメラマシン自体の性能も向上しているようですね」
ニオンの目には俺には見えないなにかが見えているのだろう。見た目が全く同じなので俺には判別できないが、スピネルは動かしやすいように改造すると言っていた。パスュ製作のキメラマシンとの共通点はもう外見だけなのかもしれない。
「ところでスピネルはゴーストなのになんで光属性の魔術が使えるんだ?」
「あ! それ私も気になってた!」
「元から使えただけですよ。ですが普通のゴーストだった頃は自滅してしまうだけだったので使えませんでしたが、あの方の指南のお陰で使えるようになったのです」
あの方とは、町に祭壇を設置した『ある人物』のことだろう。
「結局のところ、それって誰なんだ?」
「名前は知りません。ですが、あの方は後世の歴史では『桃髪の聖人』と呼ばれていました」
スキル《サバイバル》 読んで字の如くサバイバル術をどれだけ修得しているかを指し示す。
EXともなればどんな劣悪な環境も生きていけるし、生還できる。




