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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第42話 祭壇の守護ツムリ


「ヒュドラは……やっぱりダメだな。前よりも強くなってるし、すぐに毒を解除したとしてもこの辺り一帯を汚染しそうだ。アジ・ダハーカも魔術が効かないんじゃな……」


「やはりダメでしょうか?」


 ニオンは不安げに結界を見つめる。その頭脳はこの結界をいかに攻略するかを思案しているようでもあった。俺がダメだった場合も視野に入れて、別の手段も考えておかなければならないと感じているからだろう。

 確かにこれをどうにかしないと今、町で起こっている問題の解決のスタート地点にすら立てない。それどころか、この町を出て冒険者としての拠点として使っているあの街にも戻れないのだ。

 一応、『拠点』を使うことはできる。しかし、この結界の影響のせいか転移距離や結界に近いか遠いかに関わらず転移場所が大きくズレてしまうことが感覚的に理解できた。つまり拠点を使っての結界外への転移は実質的に封じられたと言っていい。それに仮にデメリットを無視して転移したとしても御者や護衛の騎士に不審がられる。わざわざトラブルの火種を方々に放つようなことはしたくない。


「いいや、方法はある。それに新しい竜の力の試し時だ。バジリスク!」


 バジリスク。その名を呼ぶと、正面に光の粒子が集まり、1メートルほどの青みがかった蛇が現れた。頭にはシンプルだが見事な意匠の金色の王冠を被り、目にあたるはずの部分には無数の穴が等間隔で空いたプレートをマスカレイドマスクのように身につけたものがあり、双眸は確認できない。翼や足、体長の長さなどはないが、ともかく見た目は大蛇だ。体は他の竜のように立派な体躯をしている。


 シュルシュルと蛇っぽく舌を鳴らすバジリスク。プレートに空いた穴からは紫色の光が漏れている。

 やや邪悪な感じがあることは否めないが、いきなり俺の手を離れて☆大暴走☆みたいなことにはならない。ちゃんと意思疎通は取れている。

 彼(?)いわく、『(かしら)の歩みを妨げたケジメ、つけさせに行きましょうぜ』とのこと。……自分でも思うが本当に大丈夫だろうか? 不安になってしまうぞ。


「この竜でどうするのですか?」


「ああ、こうするんだ、《汚染の道行》」


 バジリスクのプレートから漏れる紫色の光が一層強くなったと思った時、くるりと振り返り、結界の元へゆっくりとにじり寄り始める。その歩みは王者に相応しい風格を備えていた。


 バジリスクが結界に近づく。するとその瞬間、結界がその大蛇の歩みを避けるように一部が溶けていき、そこに到達する頃にはバジリスクを中心として半径2メートルほどの穴が空いていた。


「ユウリ、これは……?」


「バジリスクの《汚染の道行》はこいつの通る場所、その近くに元からあったり、付与されているような力ある現象を『破壊』する能力を持ってる。けど、結界が破壊されたとなるとこれを仕掛けた奴も気づくはずだ。急ぐぞ」


 よく考えるとティフォンの《無情の果実》に匹敵するほど強力な能力だ。しかしこちらはMPをアホほど消費するわけではない。だが、《汚染の道行》はバジリスクの周囲半径2メートルにしか効果を及ぼさず、バジリスク自体俊敏さ、敏捷さには程遠い機動力皆無な竜なのでコンマ1秒が重要な戦闘では気軽に使えない。


「うん! 行こう!」


 張り切っている燃香の声に俺とニオンは頷くと、3人で結界に空いた穴に飛び込んで行った。その先は木々や草が鬱蒼と生い茂る森だった。結界の端とはつまり町の端なので、その外に出るということは必然的に町の外に出る、人の手の届かない場所に行くということになる。それは字面以上に危険なことである。

 この異世界には魔物という元の世界の常識の埒外に存在するような生物がわんさかいるのだ。一度(ひとたび)人間の住む生活圏から出ればそこは弱肉強食の世界。並みの人間では生きて帰れはしない。

 並みの人間なら、の話だが。


「シッ!」


 森に入るや否や襲いかかって来た猪形の魔物はDランクのワイルドボア。その日本語訳は猪という雑なネーミングの魔物が突進して来るが、俺はひらりとその身を少しズラすだけで回避、腕に生やしたブレードですれ違いざまに切り裂き、左右に真っ二つにする。

 俺がそこを通り過ぎ、一歩遅れてその身から鮮血が噴き出る。しかし、その頃には通り過ぎていたので血を諸に浴びることはなかった。

 森は結界内の町と同様に暗く、静寂が支配していた。それは魔物も同様で、奴らは皆一様に気配を消すスキルを持っているのか、目視するまで気づけないものが多く、《予見》や《真の眼》がなかったらヤバかった。


 なお、バジリスクは結界の外に出た時点で解除した。再度呼び出す時にまた魔力を消費するのは結構痛い出費だが、いかんせん機動力が無さすぎる。どう足掻いても俺たちの速度については行けないからだ。

 それに結構重いので担いでいくわけにもいかない。


 ニオンには森に入った時点で、その高い俊敏を活かして先行してもらっている。今は俺と燃香で森を駆けているところだ。俺はこの先で万が一戦闘があってもそれに差し障らないように調整しながら走っており、燃香にはそれに合わせてもらっている。


『ユウリ、先に出発した冒険者4名を見つけました。彼らはどうやら結界を突破できたみたいです。今は結界の起点と思われる祭壇を破壊しようとしています』


『分かった。道案内、頼む』


『分かりました』


 ちょうどよくニオンから《心話》で連絡が来る。その声から焦りや緊張は感じられず、自然体だ。

 《心話》での道案内は口頭での案内ではなく、頭に直接、道筋や距離などの情報が送り込まれてくるのだ。分かりやすく言うとカーナビ。その情報からは今ニオンが気配を消し、木の上からなにかの祭壇と思しき建造物を破壊しようと躍起になっている冒険者4人を眺めている様子も見えた。


「聞いたな、燃香」


「うん、速くニオンのとこまで行こ!」


「おう」






 結理と燃香が山を爆走している頃。4人組の冒険者たち、その中でもガタイのいい中年冒険者は、背後の木の上から沈着な様子で監視するニオンとは対極的に絶賛焦っていた。


「(なんでだ! なんでうまくいかない!)」


 偉そうな小僧を無視して結界を抜けた。これはいい。小僧の困惑した顔を見てスカッとしたし、手柄を横取りされては堪らない。Aランクパーティだかなんだか知らないが、ここで名を揚げてCランクからBランクに上がる足がかりにするのは()()()冒険者である自分たちだけだからだ。あんな金に物を言わせて偉ぶってるような連中などではない。


 ……と彼は考えていた。


 最も、結理の本当の反応は『だろうな、作戦は変わらないけど』というものだった。実際、彼らが町に残ってもニーズヘッグとティフォンは置いて行った。彼らのことなど端からアテにしていないのだ。

 それは傲慢とも言えるが、人命が関わるような状況で最善手を即座に選びとるための彼流の苦肉の策なのだ。慈悲はない。

 ニーズヘッグとティフォンに自分へどれだけの負担をかけても構わないから、町人全員を死守してくれと誰にも悟られずに密かに頼んでいるのは、ニオンと燃香に知られたら単純に照れ臭いというのもあるが、自分には助けられる力があるのにそれを使わないのはどうなんだろうという考えもある。

 それを人の良さというか、偉そうというかは人によるだろう。祭壇の破壊を試みる彼らは後者だと答えるに違いないが。


「クソッ! なんで壊れない!?」


「あの結界と違って脆くないんじゃないスか?」


「だよな。あの(うっす)い膜、あんたの魔術で粉々だったもんな!」


「それほどのことではありませんよ。あれは普通の魔術、それもEランク程度の魔術でできたもの。仕組みさえ分かっていれば魔力を持つ者なら誰にでも解除可能ですよ」


 自慢の大剣で何度も切りつけているのに祭壇は傷1つつかない。それがさらに男の焦りと苛立ちを加速させていた。そんな様子を見た冒険者の仲間は、全く傷つかない祭壇に逆にプライドを傷つけられている男を気にせず雑談を始める。

 賞賛を受け、機嫌のよくなった魔術師は結界について講釈を垂れる。その様子を見た男はさらに苛立ち、魔術師に八つ当たりする。


「おい、ペラペラくっちゃべってないでこの祭壇をブッ壊せよ! お前にならできんだろ!」


「もちろんですよ。詠唱をしますので辺りを警戒してください」


「ケッ! 警戒しとけばいいんだろ!」


「……カッコ悪いっスね」


「……カッコ悪ぃな」


 男の苛立ちのこもった暴言に近い要求に、魔術師は余裕の表情を崩さない。しかし、それはさらに男を苛立たせるものだった。残り2人の冒険者は遠巻きにそれを見つめるだけだったが、居心地が悪いことに変わりはない。


「————」


「「「……」」」


 魔術師の詠唱が始まり、他の冒険者3人は周囲の警戒を始める。すらすらと淀みなく詠唱は進み、やがてそれは完成した。


雷撃(エレキブラスト)


 詠唱の終了と同時に紡がれたその単語によって、魔術師の頭上に高圧の電気の塊が生まれる。その輝きは、今が夜だということを嘲笑うかのように、周囲を首都シビルの高級街のように明るくさせていた。

 その塊は音を置き去りにして祭壇に向け、一層輝きを強くして放たれた。祭壇がバラバラに砕け散る光景を思い描いて魔術師の口元が思わず緩む。3人の冒険者たちは宙に浮かぶ電気の塊に気をとられており、それが見えたのはたった()()だ。


「そーら、行って来ーい!」


 そんな気の抜けた声がどこからか聞こえた。その方向へ冒険者4人の視線が一斉に向く。しかし、この森の中、雷撃(エレキブラスト)の轟音が鳴り響き、電気の輝きが瞬く中でそれができたのは、そのなにかがちょうど雷撃(エレキブラスト)の射線上に落ちて来て影になったからだ。しかもそれが激突する瞬間の。だからこそ視線を移せたのだ。

 そして彼らはあり得ないものを見た。


 強大な威力を持っているはずの雷撃(エレキブラスト)が、そのなにかにまるでブラックホールにでも飲み込まれたかのように消えたからだ。


「ぶっつけ本番の割にうまくいったな。偉いぞ、ル・カルコル」


 そう言って祭壇の裏の木々の中から1人の少年が現れた。葉桜結理である。傍らのカタツムリは誇らしげにピョンと跳ねた。

 そして今さっき投げ飛ばされていたのは50センチほどのカタツムリだ。無論、ただデカくなっただけではない。見た目はマスコットのようにかなりデフォルメされており、リアルのカタツムリと比べるとコレジャナイ感が出る。

 当然、結理が戦場にカタツムリなど持って来るはずもない。このル・カルコルと呼ばれたカタツムリは『竜』なのだ。


「見つけました。あなたが『招かれざる客』のようですね」


 木々の中から結理と同様に現れ、彼の両側にニオンと燃香が立ち止まった。そしてそこに()()目が現れる。

 その4人目の姿は、天井についたシミみたいな顔、赤い靄を纏い、体はシーツを被ったようなシルエットをしていてその半透明な体から骨の腕が伸びていた。その4人目は当然のことのように宙に浮いており、足はない。正しく幽霊と呼ぶに相応しい出立ちだ。


「あなたにはこの東大陸から去ってもらいます。嫉妬の眷族よ」


 それもそのはず、その4人目とは、最近、この町を騒がせているスピリットゴーストその人(?)だ。



スキル《過熱》 自身の筋力、俊敏、魔力を一時的に上昇させ続ける。ただし、使用中は注意力が落ち、HPが少しずつ削れていく。ランクが高いほど上昇量が大きくなる。なお、ほぼ無意識で発動し、意識的に発動させることや任意で解除するのが難しい。(燃香は自身が接近戦を行うと、無意識のうちにこのスキルを発動させてしまうことを分かっているので、基本的に接近戦はしない)

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