第41話 スピリットガーデン
「まだ夜か……」
いろいろと疲れたこともあってかいつもより早くにベッドに入り、そこからすぐに眠ることができたのが昨日の夜のことだ。異世界製の時計は数字こそ違ったが、勇者が仕組みを伝えたのか俺の世界の時計となぜかほとんど同じ物で、今は深夜2時を指している。紛うことなき真夜中だ。
「(よし、二度寝しよう)」
「……4時、か。おやすみ」
次は起きたあと、深夜の二度寝をした時から2時間後に目を覚ました。今日はよく目が覚める。
死生観という意味で、元の世界よりも間違いなく殺伐とした異世界で暮らし始めて今日で大体5ヶ月が経った。それなりにハードな経験をしてきたせいか、眠っている時でも殺気を向けられたり、普段はあるはずのない気配を感じたりすると目が覚めるようになっていた。
しかし、今回はそうではなかった。特段、異変らしい異変は感じなかったので、仰向けの状態から首だけを動かして時計を見る。短針は俺にとっては、未だ朝とは言い難い時間である午前4時を指していた。時計を見た際に視界に入った近くの窓の外は暗く、深夜と言っても過言ではないほどだった。なのでそのままの姿勢で再度目を瞑り、意識は闇に溶けていった。
「なんか、今日はいつもより、よく眠れた気がするな……。もしかしなくても寝坊か? 時間は………………0時!? まさか丸一日寝てたのか!?」
三度、目を覚まして、体力の回復をいつもより深く実感しながらベッドから上半身を起こし、時計にふと視線を移動させると短針は0時を指し示していた。
針が確実にその時刻を示していることを認識し、その情報を噛み砕いて脳に行き渡らせる。確実に今が0時だと気づくと思考が停止し、そこから復帰するのに数秒の時間を要した。
寝過ごしたのかと思ったが、朝食の時間に遅れればニオンが起こしに来るはずだし、そこからさらに寝過ごしてもその日は町を発つ日なわけだから強制的に馬車に担ぎ込まれるはず。だというのに……。
置いてかれた、という可能性はない。もし何者かの襲撃があり、2人が眠っている俺を起こせず、しかも連れて逃げられないほどのことが起こったのなら置いてかれることはあり得るが、それ以外ではあり得ない。
そんな結論が疑う余地なく確信を持って思えるのだから、俺が2人をいかに信頼しているかが分かる。気恥ずかしいから本人たちには面と向かっては言い難いな。
「ユウリ、起きていますか!?」
と、2人の頼もしいパーティメンバーのことを考えて赤面していると、その信頼する仲間の1人であるニオンが、ドアを切羽詰まった様子で開けて入ってきた。いつもはクールな表情を浮かべているはずだが、今は見慣れない慌てた表情になっていた。
「起きてるが、なにかあったんだな?」
「ええ。詳しい話は酒場でしましょう。そこに起きている人が集まっています」
「分かった。準備するからそこで待っててくれ」
どうやらこれは、俺が盛大に1日寝過ごした結果起こった時差ボケみたいなものではなく、魔術や魔物が絡む正真正銘の異常事態なのだと察した。
「(にしてもこの状況でベッドから起こしてるのが上半身だけで、しかもパジャマって、緊張感無さすぎるのを通り越して恥ずかしいんだが……)」
「燃香、待たせた」
「結理君は大丈夫だったんだね」
「ああ、ニオンから大体の事情は聞いてる。……今ここに集まってるのは俺たちを除いて全員で9人。そのうち、冒険者じゃない一般市民は5人。冒険者4人と俺たち3人でこの問題の対処にあたるしかない……で、あってるよな?」
「うん、大体あってる。問題ない」
俺がいた部屋からこの酒場までの通路を移動する間にニオンは、今起こっていること、これまでに分かっていることを丁寧に教えてくれた。
今日、ニオンはいつも通り朝6時に目を覚ました。しかし、時計は6時ではなく0時を指し、秒針が0秒と1秒を行ったり来たりしていることを見て、何事かと時計を調べた。それがなんらかの理由で故障していることを確認すると他の部屋の時計、引いては別の建物の物まで見て回った。そして、確認した全ての時計が故障していることが分かったらしい。
なにか、ただならない雰囲気を感じ取り、町を見て回ることにしたニオンは、気配を消して町の中を探ったが、原因を見つけることはできなかった。なので次は索敵範囲を広げようと町の外に出ようとしたが、結界と思しきものに阻まれ、外へ出ることはできなかったという。
その後、この不可思議な状況にどのような対策を取るかを悩みながら一度宿に引き返すと、早くもこの状況に気づいたらしく、装備を整えて今から出発しようとしていた燃香に出会した。
わけを話して今度は2人で一緒に結界らしきものを調べるために出かけた。その結果、この結界は内部にいる人の魂に直接訴えかけて昏睡させる、というものだと判明した。らしい。時計の誤作動もこの結界のせいとのこと。
しかもニオンの索敵によれば、町の中にこの状況を作り出した犯人はいないらしい。要は外に出なければ事態を収束させることはできないのだ。
「俺たちはAランクパーティの集結する者たちです。この異常事態の原因は俺たちで調べて来ます。他の方たちは町の守りを固めてください」
俺は冒険者証を酒場にいる人全員に見えるように提示して告げた。
この町は狭いし人口は少ない小規模の町だが、全人口が両手両足で足りるような限界集落ではない。なので今、かなり高い割合でこの町に住む人々は、なんらかの手段で眠ったままだ。
彼らを放置して全員で突撃するのは気が引ける。なので少数精鋭の3人で元凶の排除に向かおう、としたのだが、
「あぁ? どこの貴族のボンボンか知らんが、女2人侍らせてヘラヘラしてる奴の言うことなんざ聞けるかよ!」
「(まあ、こんな見た目のパーティじゃあ、そうなるのかもな)」
予想していた通りだが、酒場にいるガタイのいい中年冒険者から野次が飛んできた。
そりゃ、見ず知らずの年若くて質のいい装備を身につけた高位冒険者が、側から見ると可愛い女の子2人とパーティ組んでたら、嫉妬で突っかかりたくなるのは仕方のないことのかもしれない。
いろいろと見当違いだが、見ただけで相手の力量が測れる人はそうはいないのだから、余所者の冒険者には風当たりが強くなるのは致し方ない。他の町民や冒険者からの視線も心なしか冷ややかなものが多い。本当に大丈夫なのか、と。
おそらく、この場にいる4人の冒険者はこの町に根ざした住民からの信頼の厚いパーティなのだろう。今日までいろいろな問題を解決してきた実績があるから、見ただけでは実力の分からない一見すると弱そうな冒険者よりも彼らの方が信頼できる、そういう心情なのかもしれない。
だが、それが問題に挙がらないほど問題のある発言をガタイのいい中年冒険者がしていた。そう、女の子2人と言ったのだ。
「おい! 聞いてるのか!?」
「……へ? ああ、2人、な。うん、そう見える、か……」
「大丈夫です、ユウリ。気にしてません」
「けど、どう考えても気にしてる顔だぞ?」
『嗚呼、やっぱりね』と言わんばかりの生気のない表情をするニオン。気にしてないとは言ってるが、さっきまでと表情は変わらない。どう考えても気にしている。
「訂正したらしたで面倒なことになりそうですし……」
「そうか、世知辛いな……」
「テメェらはなにをゴチャゴチャ言ってんだよ! この町は俺たちの町だ。外野は引っ込んでな。まぁ、守るのは任せてやるよ。行くぞテメェら!」
俺とニオンが雑談(他の人からはそう見える)をしているのが余計にガタイのいい(以外略)を苛立たせたのか、この町にいる他3人の冒険者を連れてさっさと外へ出て行ってしまった。それをな半ば当然と言いたげな表情で見送る町民。
「……ユウリ、どうします?」
無論、なにをするかなんて彼らの返答云々なんて聞くまでもなく決まっていた。一応意思確認みたいなものだ。そもそも最初から全てを話す気なんかなかった。信用できると言えるほどの情報がないし。
この事態は予想できたし、まあ、この最悪の3歩手前みたいな展開も想定の範囲内だ。一番悪い展開は俺たちが犯人扱いされて火炙りというもの。これに比べたらなんだって最上に近い。
「当然、町の外の元凶を叩く。でも結界を越えられないとどうしようもないんだよな? 2人でも無理だったのか?」
「あれは魔術っていうより、呪術って言った方が正しいかな。私たちの誰も呪術は使えないし、魔力で干渉しようにも結界自体が高度過ぎて入り込む余地がないの」
「呪術って……いや、それはあとにした方がいいな。とにかく結界を見に行こう。まだ俺の力を試してないだろ?」
「そうですね。早くしましょう」
「うん、なんとなく時間がないような気がしてならないよね。急ごう」
ニオンと燃香は我が意を得たりと頷いて、3人で宿兼酒場の玄関へ向かう。が、町民の1人が俺を引き止める。
「ま、待ってください。あなたたちは町を守るよう言われましたよね? なら残ってもらわないと困るのですが……」
「あー……そっか。けどなぁ……。あいつらだけでなんとかなる気が全くしないんだよな。代わりと言っちゃアレだが、2、3体置いていくしかないな。戦力ダウンになるが」
そりゃ、そうか。役割分担でいうなら、彼らの言う通り俺たちが残って、万が一の時のための町の防衛に当たらなくてはならない。仮にこちらになにも起こらないとしても、町民を安心させるという観点では必要だろう。
「「「「「2、3体?」」」」」
なんのことだと首を傾げる町民たち。これが2人なら自分1人だけで行くのだと解釈する。体、という言い方を人に使うのを彼らは違和感を覚えるだろうが、彼らが疑問符を浮かべたのは「3」の部分だ。どう考えても人数が合わない。そう、普通なら。
「ニーズヘッグ! ティフォン!」
宿兼酒場を出て、町の中心部の広場に俺たち3人と町人5人は来ていた。彼らは俺によって呼び出された2体の竜に驚愕し、特にニーズヘッグに対しては腰を抜かす人も出た。なんたって2、3メートル先に今に人々を食い殺そうとしているような臨戦体勢の竜が現れたのだ。ビビるのも頷ける。
ティフォンの方はというと、1人1人に対して愛想よくお辞儀をしており、これには彼らも目を白黒させていた。
「……あんまり怯えさせないでやってくれ。というか、お前らには俺たちが戻って来るまでこの町の防衛に当たってもらいたい。だから火力があって小回りの利くお前らを選んだんだ。じゃ、あとヨロシク」
「お、お待ちください!」
宿兼酒場で俺を引き止めた町民の1人が慌てた様子で再度俺を引き止める。
「むう、これ以上、ここに竜を置いてくと俺の戦力が下がるから追加は無理だぞ? 第一、他に建物を破壊しないで戦える竜はいないんだよなぁ……。ヒュドラは事後処理が面倒くさいし、アジ・ダハーカは精密動作苦手だし……」
「そうではなく! あなたは何者なのですか? 素人の私から見てもこの竜は間違いなく強い、しかもそれを完全に操るあなたは一体……」
「命令は聞いてくれるが操ってるわけじゃない。こいつらは俺の仲間だ。言うことを唯々諾々と聞いてくれるだけの操り人形じゃないぞ?」
うんうん、と頷くニーズヘッグとティフォン。ティフォンは仲間だと言われて誇らしげだ。ニーズヘッグは辺りを警戒したままだが、少し尻尾を揺らしている。嬉しいようだ。
「……そういうわけで行ってくる。吉報を待っててくれ」
俺たちは足早に広場を去った。後ろには「任せろ」と言いたげなニーズヘッグとティフォンを二重の意味で心配そうな目で見つめる町民が映った。その心配は竜に襲われないか、本当にこの結界を解いてくれるのか、だろう。
俺たちは数秒と経たずに町の端まで辿り着いた。常人なら数分かかるが、今の俺は人外の領域に片足を踏み入れた辺りだ。この程度のこと、雑作もない。
早速結界に直接触れて魔力で干渉してみる。この牢獄から脱出するために、早くあの街に行くために、引いては、故郷に帰るために。
特性《超加速》 使用するとしばらくの間、俊敏を段々と上昇させる。上限は2倍。一度使うと1時間程度のクールタイムが必要。ランクが上がると持続時間が長くなる。
特性《超高速》 自身の俊敏を1分間の間、2倍に引き上げる特性。一度使うとこちらも1時間程度のクールタイムが必要。ランクが上がるに連れて維持できる秒数、その状態への適応能力が上がる。
Q.Sランク冒険者がガタイのいい(以外略)に今回のように絡まれたらどうする?
・アイアス&シルド A.アイアスは真剣に宥め始めるが、シルドが魔術ぶっ放して黙らせる。
・ジャドル A.ゼロ距離でメンチを切って黙らせる。
・キリヤ A.わからせる。(拳で)
・ゴッゾ A.そもそもゴツくてデカいので舐められない。
・ラトラ A.タイマン勝負をふっかける。
・シャウ A.無視。




