第39話 後ろ暗い意思
刺客を一刀の下に切り捨ててから数分後、俺たちと燃香は馬車の後方で合流していた。かなりの深傷を負った俺とは違い、ニオンも燃香も無傷での帰還だ。
燃香が戦っていた側を見ると襲撃前とは地形が変わっており、地面は不自然に隆起、陥没していて、木々や緑は炭化するなど、様子が様変わりしていた。
しかし、倒れている刺客は全員原形を留めていて、戦闘があったことを知らない人が彼らの遺体を見たのなら、派手な炎や竜巻の魔術によって命を落としたようには見えないだろう。
「かなり巧妙に偽装されてるけど、この遣り口や戦い方、体術は『影の部隊』から差し向けられた暗殺者のもので間違いない」
「となると主犯は議長ですか」
「でも物的証拠はないんだよね。失敗することも念頭に入れてるのか、議長に繋がりそうなものはなかった。うまくいけば評議員を2、3人失脚させることはできるかもしれないけど、議長自体にダメージを負わせることは難しいかな」
「やはり直接暗殺するしかないのでしょうか?」
「そしたら私たちが不利になるじゃん」
「それは分かっていますが……」
「……」
「ユウリ、大丈夫ですか?」
「なにが?」
先の戦闘で得た『戦果』を無言で見下ろしていると、ニオンが心配そうに俺を見つめて問いかけてくる。
ニオンは別に負傷を気にしているわけではないだろう。傷なら燃香に治療してもらって既に治っているわけだし、竜の力を使わなかったのならいざ知らず、割と全開で使っていたのだから人数という意味での戦力差は覆っている。魔術を使えないというハンデはアジ・ダハーカが解消してくれるし、純粋な近接戦闘能力なら夜刀神が補ってくれる。
ニオンが心配している理由は別にあり、俺もなにを心配されているのか薄々勘づいている。だが敢えて気づかないフリをしている。自分の口からは言いたくないのだ。
「いえ、その……ユウリは人を殺すのは初めてですよね?」
「そうだな。元の世界でも、こっちの世界に来てからも今まではなかった。今日が初めてだ」
「……大丈夫なのですか?」
「全く問題ない。……っていうところが問題だな。まさか、人殺しをしても全然心が揺れないとは考えてもみなかったし、殺すことになんの躊躇いも感じれなかった」
「……」
ニオンは沈痛そうな面持ちで俺から視線を逸らした。燃香は表情を変えておらず、俺がショックを受けていないことに特に疑問を覚えていないようだった。
俺は、およそ人が侵してはならない禁断の領域に踏み込んだというのに、それに対してなんの感慨も抱けない自分と、今まで実感することのなかった、気づけなかった自分の非情さに嫌気が差していた。
しかし、殺人に相当する行為を俺は神聖国レインボーで既に一度経験している。色彩騎士団の時は死なないように加減していたが、アイリアルの時は違った。あの時は、紛れもなく意思を持った生物を殺すことを是として行動していた。
今回と前回、一体なにが違うのだろう? 本質は変わらないはずなのに、実際に殺人を強く意識する今回のような出来事がなければ、もしかしたら永遠に気づかなかったかもしれない。
俺はそんな嫌な推測を振り払うようにして別のことに意識を傾ける。
……それにしても刺客とは穏やかじゃない。
誰かから恨みを買った記憶は……あるな。議長絡みのことはよく分からないが、色彩騎士団と一戦交えて、突如として現れたアイリアルの末端である闇に彼らが食われるのを黙って見ていたわけだし、恨まれていてもおかしくない。ちょっと理不尽過ぎる気がしないでもないが、なににせよ逆恨みという線ならこれからもこういうことは普通に起こり得る。
人間一体どこで誰から恨みを買ってるかなんて分からないものだ。縁もゆかりもない人から恨まれ、行ったことも聞いたこともない国からの刺客が送り込まれてる可能性もある。
こうもすぐに手荒な手段に出るのはここが異世界だからか、それとも俺がそういう連中の目に留まりやすくなっているからか。……なににしても世知辛いな。
「……モエカ、今のユウリの状態のことをなにか知っているのですか?」
「うん。知ってる」
「なら教えてくれないか? 俺も自分のことなのに自分がよく分からないんだ」
ニオンは、俺から視線を逸らした先で『なにかあった?』と今、俺たちが疑問に思っていることを気にするどころか全く問題視していない燃香が目に映り、なにか知っていると気づいたのか、彼女に問いかけた。
「いいよ。前にも話したと思うけど、御三家は神殺し、不死殺し、異能者殺し、異常者殺しで悪名、じゃなくて普通に有名な戦好きで、他人の血見たさに戦う狂人外道集団なの」
「お、おう……」
「そういえばそんなことも言ってましたね……」
改めて聞くと本当にヤベー集団だ。そんなのが日本に……。そこら辺のテロリストと比較にならないほどの戦闘能力と危険な思想を持っているようだ。
というか、俺がその一員だったんだっけ。だとしたら結構ディスられてるよな。
「それで結理君はその分家の1人。葉桜は御三家そのものっていうより分家、血縁上は親戚にあたるかな。……ところで結理君の親戚に花野って苗字の人いなかった?」
「そういえばいたな。……まさかそいつも?」
「うん。花野も御三家の分家」
「分家、分家って言ってるが、なんの分家なんだ?」
「本家は私が日本にいた時は弥生だったよ」
「だった、とは?」
俺とニオンの怒涛の質問ラッシュに、燃香は次々と的確に答えていく。まだ夜は明けないし、刺客が新たに現れる様子もない。それに護衛の騎士や御者も寝ている。しばらくは足止めを食らった状態になるだろう。
「うん。私がこの世界に逃げる直前になっていろいろトラブルがあって、なんでも名前が変わったとか変わらなかったとか?」
「つまりハッキリしないのか」
「うん。……でも結理君が今感じてる違和感なら説明できるよ」
「! 頼む、教えてくれ」
燃香は俺のその心情を汲んだのかやや遠慮がちに、俺の疑問に応えられると呟いた。その声にハッとして、俺は食い入るように見つめて頼み、それに彼女は頷くと、違和感の出所がなんなのかを説明し始めた。
「御三家は基本的には、吸血鬼を狩ることを専門とする一族。彼らはきっと今も私と結理君のいた故郷の世界に存在していて、吸血鬼をたくさん殺してる。けど、いくら相手が吸血鬼だっていっても彼らは、見た目も、心も、人間と同じなの。そんな彼らを御三家の人間は本家分家関係なく、しかも全員がそんな存在の殺害をなんの躊躇いもなく実行できるのはおかしいでしょ?」
「確かに……」
御三家に生まれたとしても、現実的には『そういったこと』に不向きな人の方が圧倒的に多いだろう。しかし、常人なら忌避するそれを俺は簡単に実行でき、かつなんの感慨も抱かない。これが偶然だというなら俺は間違いなく異常者だろう。だが、
「御三家に生まれた者は全員、殺しを躊躇しないし、それについて悩まない。いろんな噂はあるけどなぜそんな性質を生まれ持っているのか、その理由は誰にも分からない。彼ら自身も、もちろん私みたいな吸血鬼にも分からないの」
「そう、なのか……」
燃香が御三家を狂人集団だと揶揄する理由が分かった。彼らは揃いも揃って先天的な異常者なのだ。かなりショックな事実だが、同時に安心した。ほんの少し諦観が混じった安心だが、俺だけが異常なのではないと、生まれた時から決まっていたことなのだと思うと少しだけ楽になれた。しかし、その安心はなんの解決にもならないと同時に思った。
「……どうだ?」
「暗殺は失敗し、派遣した隊員は全滅しました。彼らの戦力を少し侮っていたようです。まさか、あれほどの竜を召喚するとは……」
「魔物を使って通りを塞ぎ、選りすぐりの隊員を派遣したのというのに失敗か……。つまりヤツは、葉桜結理は勇者ということか。転移時に《召喚》の特性を獲得し、しかも複数の竜を使役できるほどの実力になっている。ということか。敵に回れば厄介だな」
ある建物の一室、そこに無闇矢鱈に華美な装いの男が1人だけでその部屋にいた。彼は中立国ポップの評議会の議長としての立場を利用し、それを完全に私物化していた。この中立国ポップを実質的に動かしているのは評議会ではなく、彼1人だと言える。
「それに残りの2人も強力な力を持っています。我々『影の部隊』の誰も追い縋れないスピードのレイピアの使い手に、全ての属性に適性を持つ多彩な魔術の使い手。あのパーティに属する3人はいずれも我が国が保有する勇者に近い実力を有しています」
「一体、どこからそんな逸材を見つけてきたのか、それに彼らを敵にするには惜しい。しかし……」
「彼らが力をつける前に、我が国の勇者と拮抗する実力のない今のうちに消しておくのが得策でしょう」
声の主は議長の言わんとしていることを先回りするようにして進言した。その内容は議長への忖度の結果出たものであることは否めないが、声の主も同意見であるため、心にもないことを言っているわけではない。
「そうだ。ノイザの《占星》によれば、ユウリ・ハザクラ、ニオン、モエカの3人はいずれ私の敵となる。奴の《占星》に偽りがないことは確認済み。あの3人の元に選りすぐりの精鋭を送り込んだはずだった。それにあの場にはサキラもいたはずだったな? 影の部隊現隊長?」
議長は声の主に対し、言外のうちに返答次第では隊長の任を解くと、圧をかけながらそのわけを問うた。
「申し訳ありません。報告を受けた私の独断でサキラには撤退させました。彼によるとユウリ・ハザクラの召喚した3つ首の黒竜の初撃で、送り込んだ刺客のおよそ半数が戦闘不能に陥ったとのこと。そのまま作戦を続行すれば戦果は挙げられてもサキラを失う可能性がありましたので……」
「ふむ、なら仕方あるまい。サキラはノイザとは違って有能で将来有望だ。間違っても戦死させるな。切り捨てるなら……分かっているな?」
「心得ております」
議長が念押しし、それに声の主は応えてそう言い残すとそれきり声は聞こえなくなった。
「……私が、私が奴に劣っているだとッ!? そんなはずはない! 私には《占星》がある、人並み外れた殺しの技術も、スキルも特性も、スペックもなにもかも全てが奴を上回っている! だというのにっ……」
同じ建物の別室、影の部隊に所属する1人の暗殺者が、壁を万力を込めて押すかのようにして両手を当てていた。爪が拳に食い込み、血が滲むほどに強く握り締めていた。それほどまでに彼らの会話がもたらした自分の評価が悔しかったのだろう。
あろうことか彼女、その暗殺者であるノイザは上司の会話を盗み聞きしていた。しかも気配の消し方は既に影の部隊の隊長を上回っており、気づかれることはなかった。それが彼女にとって幸運なのか不幸なのかは誰にも分からない。
「なぜお前はいつも私の先へ行く? 私が、私の方がっ……」
私はサキラを思い浮かべた。次期影の部隊隊長として、私と奴は表面上は平等に扱われている。表面上は、なのだ。
同じ手柄を立てれば評価されるのは常にサキラだけ。場合によっては私がサキラの数倍の価値がある仕事をしても奴の方が評価されることはこれまでも何回かあった。
今回に至っては、自分のことを切り捨ててでもサキラを生存させろ、だ。もはや次の隊長が誰か、決定的にすら思える発言をしていた。
「そうだ。あいつがいなくなれば、あいつさえいなければ、私は認められるはずなのだ。私はサキラの代わりなんかじゃない……」
照明のついていない部屋の中に、淀んだ暗い輝きを持つ双眸が見開かれる。
「そうだ、《占星》とあの3人をうまく利用できれば、サキラを抹殺できる。そうすれば次の隊長は私だ。もう誰も私を無視するような真似はさせない……!」
彼女はそう言い終わると早速サキラを陥れるための作戦を練り始める。自分がより上へと行き、追い越すのではなく、相手を自分よりも低い位置に落とそうとするノイザの謀略が、彼女の上司の思惑とは全く違うところで始まりつつあるのだった。
スキル《隠匿》気配を消す。その腕前に補正がつく。
ランクの高さはどれだけ上手く消せるか、長時間維持できるかを表す。Aランクを超えるほどの実力に達すると自分以外の人や物にも使用できる。




