第37話 邪龍のお告げ
「うん、生い立ちは分かった……ような気がする。じゃあなんでこの世界から見た異世界、つまり俺の故郷に来てたんだ? 観光か?」
「うむ、よくぞ聞いてくれた。あの日のこと、我は忘れておらんぞ! 今まで長き時を生きてきた我が他人の温もりなぞ感じたことがなかったからな! うーむ、あれは良かった!」
おそらく、翼を怪我した白い謎生物(邪龍)を家に運んだ時のことを言っているのだろう。しかし、話が進まないな。
「あのー、俺の住む世界に来た理由を聞いたはずなんだが……?」
「ハッ!? ついつい。……当時、我はこの世界でちょーーーーっとしたトラブルを起こしたことで世界中から目の敵にされていたのだ。そのせいで毎日刺客が送り込まれてくる始末。まあ、我の所業が原因であるがゆえに仕方のないことではあったが、さすがに1日中送り込まれてくる豆みたいに小さいのを殲滅するというのは単純作業であるせいか、精神的に結構疲れるのだ。ゆえに我はほとぼりが冷めるまで別の世界で隠居することにした。その地に選んだのが結理の住む地球よ」
そういえば、御伽噺では邪龍がその後どうなったのかは分からなかった。こいつ由来の伝説はいくつか載っていたが邪龍自体の結末は不明だった。まさか、別の世界に夜逃げしていたとは誰も思い浮かばないな。
「その、『ちょーーーーっとしたトラブル』ってのはなんだ? お前のスケールからして人間の常識を超えたなにかをやらかしたんだろ?」
「む! 失敬な! ただ魔法の試し打ちをしただけなのだぞ。そのせいで世界中から重宝される素材が採れる鉱山とその近くの国を跡形もなく消し飛ばしただけだ。……あれは少々やり過ぎた。しかし! 後悔も反省もしていない!」
「いや、反省はしろよ」
国を火の海にして、『ハーッハッハッハ!』と高笑いをする邪龍の姿が一瞬で、かつリアルに想像できた。
「だってあんなに脆いとは思わなかったんだもん。『我、なんかやっちゃいました?』と最初は思っていたが回りが騒ぎ始めてやらかしたのだと気づいたのだ。……謝らないがな!」
こいつにとって鉱山を消し飛ばしたことは、砂場にできた山を崩した程度の感覚なのだろう。しかし、反省も後悔も謝罪もなしとは……。一々、態度がデカい。
そりゃ、生まれたばかりの赤子に善悪の判別しろ、という方が無理か……。さすがにそのトラブルがあった頃から長生きしたのか、一応善悪の区別はつくようになったらしい。反省はしないようだが。
「お前、魔法って言ってたよな? もしかして使えるのか?」
「お前お前って……。その呼び方、我は少し寂しい」
「寂しいって、お前な……」
「……」
その俺の発言を聞くや否や、体の一部を動かしてとぐろを巻くようにして顔の部分をその巨体に隠してしまう。
邪龍のその行動でも俺の眼前にある頭とその近辺しか動いておらず、半ば風景と化している邪龍の体を見て改めてその巨大さを思い知らせれる。
「おーい」
「……」
一転して、さっきまでの元気のよさからは想像できないほど静かになる邪龍。ちょっと前までは空に浮かぶ黒い筋にしか見えない体の一部も、少しだが常に動いているのを目視できていたのだが、今は微動だにしない。
「ちょっと、あのー?」
「……」
聞こえていないわけではないだろう。返事をしない理由があるのは分かっているのだが、まさかそんな理由であの邪龍が拗ねるとは思えず、再び呼びかける。
「邪龍さん?」
「……」
しかし、無言。
「なんで黙ってるんですか?」
「…………名前」
「名前?」
邪龍はさっきまでの声の音量からは想像もつかないほど小さい、か細く消え入りそうな声で応えた。
「我はとても寂しい。やっと会えたというのに呼び方が『お前』ではとても侘しい」
「つまりもっとマシな呼び方がいいってことか?」
「……(こくこく)」
巨体に顔を隠して隠れたまま器用に頷く邪龍。
「代名詞じゃダメか? 邪龍とか?」
「ダメだ。結理は仲良くなりたい相手を『お前』とか『彼』、『彼女』や『君』、『姫』と呼ぶのか?」
「確かにそうは呼ばないな……。つまり名前がいいってことだよな? でも邪龍に名前ってないよな?」
「うむ。ゆえに我に名前をプリーズ」
「うええ!?」
邪龍相手に名前をつけるということ、名前がなくてそれほどの戦闘能力を有していることに驚くも、ここで決めておかないと話が進まない。
相手が相手だけに気が乗らなかったが仕方ない。そんなわけでしばし、熟考。あまり凝った名前でもよくない気がしたのでシンプルに、かつ雑じゃない感じで。
「そうだな……。ミルでどうだ?」
「我に名づけるにしては少し可愛い過ぎるのではないか?」
「そもそも、ミルっていうのは、あの白いマスコットみたいな状態の時につけようと思ってた名前なんだ。なんでか、つけられるような気はしなかったから最後まで名前で呼べなかったが」
念願の名前を提案されて興味を惹かれたのか、さっきまではとぐろ状態で顔を隠していたが、今はそれを解いてこちらにやたらと迫力のある顔を見せている。
なお、白いからシロじゃないのは、マスコット状態の邪龍は完全な白ってよりは乳白色だったからミルになった。シロよりはマシだが単純過ぎか。
「我に名をつけるには、それに足る資格を持った者でなければできないのだ。ゆえに当時はできなかったのであろう。今は違うがな」
「そんな事情があったのか……。で? ミルじゃダメか?」
「フッ、少々威厳と迫力が足りぬが結理から貰うのだ。異論などあるはずもない。ありがたく頂戴するとしよう!」
その瞬間、邪龍改めミルが眩く輝き始める。この現象はニオンに名前をつけた時に経験済みだ。……ということはこいつも人間みたいな見た目になるのだろうか? という俺の期待を尻目に発光は割とすぐに止み、さっきと様子の変わらないミルが姿を現す。
「……変化ナシ……か?」
「……フッ、これが変化ナシに見えるようならまだ結理は半人前よ。今さっき確認したところ、我のステータスは名前を得る前の数値の倍にまで上昇したのだ。それにいくつかスキルと特性を得た」
「マジか、ヤバいな。さすがは邪龍」
「ハハハハハ! 当たり前のこと! しかし、さすがは結理よ!」
「なにが?」
「我はお前の中にいるのだ。名を得たことでさらに強くなった我を、その身に留めておくことができようとは……我が見込んだ通り只者ではないな?」
つまり、俺は一歩間違えたら爆散するところだったってことか? いや、まさかな。邪龍とはいえ、事前確認もなしに爆散する危険を冒させるようなことを俺にさせるはずもないよなー?
「御三家がどうとか燃香が言ってたが、なにか関係ありそうか?」
「十中八九関係あるな。仮に、そこら辺の一般人に我の寵愛を与えたとしても、使いこなすどころかその力に適応できずに爆発四散しているところだ。その点、結理はさすがよ!」
やっぱ爆散してしまう可能性があったのか、この邪龍……!
「ところで名を貰った礼として結理にはさらなる力を与えようと思っているのだが……なにを望む?」
邪龍ミルがうっかり俺を爆散させるようなことをしていたことが発覚して数分が経過。その間俺は、ミルが俺の元を去ってから今に至るまでを話した。その時、以前夢に出てきて『アイアスに会いに行け』という旨のお告げをしたのがミルだということもここで発覚した。
「なにって……。例えばどんな感じだ?」
「うむ、例えば、勇者しか得られない特典や、特定の種族しか持ち得ない能力。本来なら遺失した武器の複製などなど。今の我にできることならなんでもしてやろう」
「勇者? 俺は転移して来たから勇者じゃないのか?」
「違うぞ。基本的に転移する側の世界の者の使う召喚術式の力が加わったことで、別の世界に渡った者が勇者と呼ばれるのだ。そしてその勇者だけが特典を得るのだ。メジャーなところで言えば《言語理解》や属性適性付与といったところか」
そういえば高沢と初めて出会った時、勇者の定義とはなんぞや? と密かに思っていた。まさかそんな条件があったとは……。
「その口ぶりから察するに俺は違うってことか? もしかしなくてもミルは俺がこの世界に来た理由を知ってるよな?」
「な……」
「な?」
急にフリーズし、口籠るミル。そんなに言いにくいことでもあるのだろうか? しかし、俺のそんな勘繰りは次の瞬間に消え失せることになる。
「結理から貰った名前を呼んで貰えた……! 我、感激……ッ! この感動をなにで表現すれば……そうだ! これからは自分のことを我ではなくミルと言おう! それがいい!」
威厳と貫禄台無しな発言をする邪龍。ミルと名付けたのが原因でこうなった……と思いたい。元からこんな構ってちゃんな性格ではないと信じたい。
というか、そんなぶりっ子みたいな一人称ヤメろ。名付けた側のこっちが恥ずかしい。
「お、おう……。じゃなくて魔法は? あと《言語理解》ってのは? 俺、持ってないんだが?」
「《言語理解》か。結理は勇者ではないから持っていないのは仕方ないのだ。なにせミルが結理の内側からこの世界に転移させたのだからな」
「は?」
普通の会話の何気ないワンシーンに、いきなり空から爆弾を投下されて住んでる家が一瞬で爆発四散したような気分を味わった。今、ミルは一体なにを言ったのだろうか?
「む? 聞こえなかったか。ではもう一度言うぞ? ミルがてん————」
「いや、聞こえてるわ! ミルが俺をこの世界に転移させたって、内側からってどういうことだ!?」
「いや、文字通りの意味よ。あとミルの魔法は尽きることのない魔力とどんな魔法、魔術でも即時発動できること、見聞きした魔術をたとえ他者のオリジナル魔術であってもコピーする。といったところだ」
「そうか、それはすごいな。……じゃなくてッ! 俺をこの世界に転移させたのはミルだって聞こえた気がするんだが、それはマジか? 冗談じゃなくてか?」
「いや、ミル、冗談なんて言わんよ? それに結理をこの世界に転移させたのは事実。なぜなら結理はこの世界に必要な人物だからだ」
「……は? え? ど、どういうことだ?」
超重要事実の発覚に加えてミルのさらなる謎発言で混乱は増すばかり。しかし、一方の暴露した側である邪龍はというと……。
「ふむ、ちなみに結理に《言語理解》がなくてもこの世界の人間と会話ができるのは我の与えた寵愛が理由だ。会話ができんと不便であるからな。例えるなら頭に通訳アプリをインストールしたようなものだな」
「アプリって俺はパソコンか。って、いや、どういうことなんだ? なんで俺なんだ? 他に相応しい人なら幾らでもいるだろ?」
「勇者の特典は《言語理解》、複数の属性適性の付与、特別な特性、あとは物体の収納能力だな、あとは————」
「……ミル」
意外なところで勇者の特典が明かされる。そういえば高沢がそれらに関わることを言っていたような気がする。って勇者は特典があるから強いんだな。謎が解けた。しかし、今重要なのはそんなことではない。
脅すかのようにいつもより低い声を出して今さっき名づけた邪龍の名を呼ぶ。
「分かった。答えよう。だが、それはこの世界の未来に関わることだ。あまり多くを語るわけにはいかん。しかし、これだけは確実に言える。結理よ、お前は望むと望まざるとに関わらず、世界の趨勢を巡る争いに巻き込まれていく」
「……まあ、なんで俺をこの世界に呼んだのか、今は聞かないでおく」
聞いても答えないだろうから仕方ないというのもあるが、ミルにも言えない事情があるのだろうと今はそれで納得することにした。
「うむ、さすがは結理。器がデカいな! ハハハハハハハ!」
「褒めてくれるのはありがたいが、なにをくれるんだ?」
「む、忘れるところであった。で? なにを望む?」
「俺が決めていいのか。……なんかすごいものを、と言いたいところだが、なしってことで。そういう力には頼らずにできる限り自分で解決できるようになりたい」
「ほう。中々殊勝な心がけではないか」
「……まあ、願望に近いけどな」
高沢の使っていたアイテムボックスにする、という手もあった。拠点に置きっぱなしだと、いずれ荷物で飽和しかねない。それを解決するために採用しようかと思ったが、いかんせんあまりにも突飛過ぎる。
それこそ、邪龍が世界の趨勢を巡る争いとやらに自分が関わるために、わざわざこの世界に俺を呼んで、寵愛を与えて駒にして利用しようとしているのでは? と勘繰ってしまう。なにせ邪龍。フレンドリーなのは事実だが、腹の中がどうなってるかは分からない。
「それでよいのか? 現実世界にミルを召喚できるようにするとかではなくてよいのか?」
「それはミルが欲しい能力だろ。第一、それってできるのか? っていうか、さっき聞いた内側から転移させたってのはどういうことなんだよ?」
「チッ、覚えていたか……。まあ、ミルの実体化はできないこともないが、結理の力を借りんとさすがに厳しい。あと内側からというのは、あの満月の日に結理と別れてからその日の深夜に家にUターンして結理の体の中に入ったからミルはここにいる」
「ならなんで出てこれなくなったんだ?」
「……うむ、入ったのはよかったが、ピッタリ過ぎて出れなくなったのだ。ハハハハハ!」
「笑うところか。……じゃあ、ミルを現実世界に、って願いにするか?」
「いや、そんな気遣いは不要よ! ミルは悪名高き『滅ぼしの邪竜』! 結理が心の底から望むようにまで待つとしよう! ハハハハハハハ!」
そんなミルの高笑いと同時に空間が揺らぎ始める。っていうか、自分で悪名高きとか言っちゃうのか。
「む、そろそろ、ミルが結理の夢に干渉できるのも限界か。……最後に重大なことを言っておこう」
「重大なこと……」
「高野燃香と同じ建物、その近辺での自慰は止めておいた方が身のためだぞ」
「じっ!? ……なんで、と聞いていいか?」
「結理の世界の吸血鬼は生き物から血を吸うと副次的に同時にいくらかの生命エネルギーを吸い取る。ある意味で、生命エネルギーの塊とも言えるモノを彼女の近くで大量に放出すれば、御三家の特殊な血脈の生命エネルギーだ。例え鎮静化状態の彼女であっても食欲に抗えずに襲ってくるであろう」
「さりげなく命の危機!?」
「そういうわけよ。次からは気をつけるのだぞ。あと子作りは計画的にな!」
「要らん心配すな!!」
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