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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第33話 地下と帰還


 アジ・ダハーカが繰り出した3つの炎渦(フレイムホワール)は進行方向上の床を砕きながら、同時にアイリアルに直撃した。それは背後の壁をも溶解させながら砕き、その衝撃により舞い散った粉塵が敵の生死の確認を妨げ、辺りがその煙に覆われる。


「っ!」


「……ほう、防ぐか」


 煙の中で、松明の明かりを反射した光が、僅かにだが瞬いたのが見えた。

 それがなんなのかを察知したり、認識してからの回避や防御ではきっと間に合わなかっただろう。だがその時の俺はそうするのではなく、《予見》による感覚で捉え、硬化させた腕でもってそれを防いだ。


 それはほんの一瞬の出来事だった。土煙の中から剣が現れ、硬化した腕でなんとか防御できたと思ったら、その剣は鎧の役割を果たしているはずの鱗を火花を散らしながら容易に削っていき、斬撃はその下の皮膚を露出させるまで止まらなかった。先の斬撃はまるでチェーンソーのような刃がついているようだった。

 《予見》でもってその攻撃自体は防げたが、それでもアイリアルの持つその剣が腕に少しだけ食い込んでしまっていて、血が滲む。


 選んだスキルを《予見》にしておいてよかった。もしこれがなかったら、斬撃に気づけずに真っ二つになっていただろう。しかし、レベルというか実力の差だから仕方ないのかもしれないが、以前よりも防御力はかなり上がっているはずだなのに、こうもあっさり貫かれると自信なくすぞ。


「不意打ち対策は基本だ。第一、お前も本気じゃないだろ?」


「当然だ。貴様ら如きに本気など出す必要もない。しかし時間をかけるのも面倒だ。ゆえに次で終わらせる」


 アイリアルは俺の硬化させた腕に若干食い込んでいる剣を引き抜いて、背後の壁際にまで下がる。


告示単眼閃(ダークリアライズ)!」


 直後、アイリアルのその単眼から黒光の奔流が放たれ、辺りはそれに埋め尽くされるが、直前に呼び出して盾にしたラドンで俺たちへのその攻撃は完全に防ぎきられていた。


「これは、かなりヤバかったな……」


「……葉桜君、助けてくれたのは嬉しいけどさ。この体勢、どうにかならない?」


「あ、悪い」


 ニオンと燃香には《心話》で俺の意図することは伝えられたが、高沢はそうもいかなかったのでアイリアルの攻撃がこちらに届く前に彼女の腰を抱えて、呼び出したラドンの後ろへ退避することになった。なので今、高沢は俺の脇に抱えられている。

 この状態だと精神的にも戦闘態勢で言っても不利なのでラドンの影になる場所に彼女を降ろす。


「またしても防ぐか。ならば確実に倒すためにこの剣で3枚に下ろしてくれるわッ!」


 ラドンを引っ込め、アジ・ダハーカの3頭が代わる代わる小さい光の矢の形をした魔術である光明(アロー)を放ち、それで高速で接近して来るアイリアルを牽制する。

 その間に両腕両足に《硬化武鎧》を纏わせ、腕からは『魔女の工房』で遭遇したあのロボットを参考にしたブレードを生やし、さらにその根元の部分を両肩に呼び出したザッハークに咥えさせて腕から切り離す。するとその直後には、さっきまで根元だった部分はいつの間にか剣の柄のように変化しており、ザッハークはそれを咥え直すことでアイリアルに向かって構える。

 そしてさらにもう一度ブレードを腕から生やすことで、ザッハークが咥えた2つに、俺が今腕に生やした分を合わせて4刀流になる。


「む!」


 またしても自分の攻撃を防がれたことにアイリアルは驚嘆するも、さらに一瞬で気を引き締めて剣を構え直し、瞬く間に数度の斬撃で追撃をしてくる。しかし、ザッハークの能力の1つである《連携》によって寸分の狂いもなく完璧なタイミングで繰り出される4刀流の絶技により、それらはいとも簡単に全て防がれてしまった。

 それに、さっき硬化させた腕を切り裂いたからといって調子に乗られては困る。

 《硬化武鎧》は、《硬化鎧》に俺自身が編み出したブレードというまともな攻撃手段を加えたことで変化した特性だ。ロボットとの戦いでやたら切れ味のいい刃物との打ち合いになると途端に不利になるのを実感し、必要に迫られて考案した。


 なお、ブレードの部分はただ鱗を鋭く、切れ味や強度を上げたのではない。仮にそれが削られたり、ヒビが入るようなことがあっても、その瞬間には刀身にあたる部分の鱗の細胞を下から絶え間なく生産し続けることで、決して刃毀せず折れない武装とすることに成功した。

 それに加えて、本来ならそのまま鱗を生産し続けるとブレードが無秩序に大きくなったり、変形してしまうのだが、鱗は俺の体から離れると消滅することを利用し、そのサイズが一定の基準を越えると体の一部でなくなると定義して体から離れさせ、消滅を促すことで同じ大きさと形、強度を保っている。

 また、消滅させた鱗は魔力に戻して回収することで消費MPの削減にも貢献している。ただ、それをブレード以外でやろうとすると、対象の面積が大きくなってしまい、集中力と体力が保たないのでどうやってもブレードだけで精一杯なのだ。


炎渦(フレイムホワール)!」


山脈剣山(ランドカリバー)


 アイリアルの剣が俺のブレードに阻まれ、その動きが一瞬止まったところに、燃香はすかさず火属性魔術を叩き込む。経験や適性の差なのか、同じ魔術を使っているはずなのに火力と規模が段違いだ。

 アイリアルは燃香の炎渦(フレイムホワール)をまともに受け、確かにダメージはあるはずだというのにそれを気にする素振りはなく、炎で身を焼かれている状態でも俺を切り裂こうと再度剣を振り下ろす。

 その間、自分への注意が行き届かなくなったことを直感したニオンはアイリアルに高速で接近し、自らのレイピアに攻撃魔術を付与して切り込む。


「ぬうっ!?」


 アイリアルはそれらの攻撃を薙ぎ払うべく剣を振おうとしたが、既に体の自由を奪われていた。アイリアルの足元から成長しきった大量の樹木が生えており、それが絡みついて動きを阻害していたのだ。アイリアルはニオンの斬撃をまともに受けてしまい、胸に深い傷をつくる。


「そのまま食らえ、ニーズヘッグ」


 戦闘の余波で割れたり焦げたりしてはいるが、未だに白く綺麗な床から、黒い泥から這い出るようにして現れたのはニーズヘッグと呼ばれた竜だ。既にこの部屋の地下にはアジ・ダハーカ以外にこの竜を念のために呼び出しておいたのだ。

 それは、前足が翼と一体化した俗に言うワイバーンのような竜で、全身にかなりの年月を生きたであろう古めかしい樹木を巻きつけていた。

 ニーズヘッグは飛びかかるとその爪で植物で雁字搦めになっているアイリアルを切り裂いた。しかもその爪は樹木を傷つけることなくすり抜け、アイリアルのみを切り裂いた。


 ニーズヘッグは植物を操り、生成する能力である《創生大樹》という能力を持っている。それに加えて植物の性質を持っていたり、またそれが纏わりついている相手への攻撃の威力が上昇、有り体に言えば『植物』という要素を持つ相手をそれが弱点にできるという力に加えて植物を枯らす、《枯死》の能力の2つの力を持っている。


「こ、このダメージは!?」


「光一閃!」


 動きが制限されている上にニーズヘッグの攻撃で深傷を負ったアイリアルに、高沢は反撃も立て直す機会を与えまいと畳みかけて切り上げるようにして薄く輝く白色の斬撃を加えた。


 それをまともに食らったアイリアルは後方に吹き飛び、さっき炎渦(フレイムホワール)で溶かしたり壊したりした壁に激突して、さらに崩していく。


「……やったか!」


「だーっ! なぜそれを言うーーッ!」


 アイリアルが壁に叩きつけられたことで舞い散った煙のせいで、その生死が確認できなくなって緊張が解けない中、高沢は思い出したようなタイミングで本当に要らんことを言う。


「ふっ、倒せてないって思ったからだよ」


「ドヤ顔で言うな!」


「でも結理君。アイリアル、本当に倒せてるみたいだけど……」


「マジでか。……本当だ。マジだ」


 煙が晴れたそこには壁にもたれかかり、がっくりと項垂れ、瞳の赤い光が消えて沈黙するアイリアルがいるだけだ。


「えぇ? 嘘ぉ!?」


「なんでお前が一番驚くんだよ!」


「だって、こういうシーンのお約束だからね。1回は言っておかないと」


「キメ顔で言うことか」


 肩を竦めて得意げに高沢は言うが、もしこれでノーダメージで、しかも第2形態とかになってパワーアップしていたらシャレにならなかった。仮に倍の性能になっていたとしても戦力の差は埋められないので余裕で圧殺できるだろうが、面倒なことに変わりはない。


「でも大したことなかったのはなぜなのでしょうね? この建物にはレベル100後半のなにかがいるはず。それはアイリアルではなかった、ということでしょうか?」


「だがステータスを見る限り、こいつがそれで間違いないはずだぞ。レベル154はあるし」


 いつにも増して慎重なニオンは不安げに呟く。

 確かにその通りだ。アイリアルを倒したから分かるようになったのか、さっきまで無数の「???」で表示されていたステータスは大半が理解できるようになっていた。しかし……。


「レベルの割には弱かったよね?」


 その点についてはそう言った燃香だけでなく、この場の戦った全員が感じている疑問だ。もっとも、それは言うまでもない事実だが、彼女はそんなことの賛同を得たいわけではなく、自分でない他者の意見が聞きたいから聞いたのだろう。


「多分、レベルが高くてもそこまでステータスに優れないから弱かったんだろう。他にあるとしたら復活したてだからとかだな」


 レベルの割にはかなりステータスが低かった。それは今の俺と比べるといい勝負なほどだ。養分が足りなかったせいで本来の性能を十分に発揮できなかったのかもしれない。


「とりあえずここを調べ終わったら地上に戻るか」


「そうだね。まずはアイリアルからかな」


 そう言うと、皆んなで息巻いて調査を始めたが、大した怪我もなく無事にアイリアルを倒せたことと、ここが大聖堂の地下だということ、ここは大聖堂が建てられるよりも前からあったのが分かったくらいで、そこで調査の進展は頭打ちになってしまった。






「……暇だ」


「それっていいことじゃないかな? 思ってたより弱かったけどアイリアルは倒せたんだし、帰ることになるのは当然だよね。……この遅い馬車で」


「そりゃ、拠点の移動と比べたら遅いよな……」


 評議会議長の依頼は、アイリアル復活によって発生した闇のせいで起こっていたことだと結論付け、その報告書を持って高沢は一足先に帰国してもらった。一方の俺たちはアイリアルと大聖堂地下で戦ったあの日から数日の間、観光をしつつ、闇の情報を探っていた。

 結論から言えば、神聖国レインボーを襲う脅威はなくなった。その日から闇が活動しているという話は全く聞こえてこなかったからだ。


 なお、アイリアルの死体(?)は色彩騎士団に任せておいた。彼らはアイリアルが既に復活していたことを知ると上を下への大混乱で、対応に大慌てだった。闇が出現しているのは分かっていたらしいが、まさかアイリアルまでもが復活しているとは思っていなかったらしい。

 そんなわけで、その後の事情の説明やらなんやらで帰るのが遅れて今に至る。


「それもそうですけど、アイリアルが国1つを滅ぼすような災厄の割に呆気なかったのは確かですよね。燃香の活動していた時代もあのレベルでしたか?」


「ううん。あの程度じゃなかったよ。大体あの数倍は強いはず。やっぱり復活したてだからかな? うーん、分かんないなぁ……」


「す、数倍。ヤバいな……」


「まあ、半減してない私なら余裕で倒せるけどね!」


 強がりでも自信過剰でもなく本当なのだろう。怖っ、伝説の吸血鬼、超怖っ。


「……ポップはまだ先みたいだな。あんまり気を張ってても意味ないし、休める時に休んだ方がいいか」


「それもそうですね」


 馬車での帰路は思っていたよりもだいぶ時間がかかるようで、到着はまだ先になるらしく、俺たちは馬車の中から流れていく景色を眺めながらポップへの帰還を待つのだった。


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