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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第32話 地下、その最深部へ


「それで? 結局どうするんだよ?」


「今、ものすごく真剣に考えてるからなにも言わないでくれないかな!」


「わ、悪い……」


 帰れない&アイリアルが万全の状態で待ち構えているという事実発覚から数分後。高沢はその間ずっと頭を抱えてしゃがんでいる。

 ニオンは手持ち無沙汰になったのか、拠点から本を取り出して読んでいる。俺はあれからさらに拠点の扱いに慣れ、今では俺が許可した人ならその人の私物や許可した物の出し入れができるようになっている。

 燃香はというと、暗い場所であることと少し前までたくさん眠っていたことが理由なのか、いつにも増して元気そうだ。


「……暇だ」


 高沢の醸し出すピリピリとした緊張感のある空気による沈黙に耐えられなくなった俺は、大聖堂の祭壇の地下であるこの空間を観察していることにした。

 ここは地下だが、洞窟や遺跡のような劣化したり風化したような質感のものではなく、ちゃんとした石材で隙間なく敷き詰められ、整えられた石造りでできていた。

 カットされた石の1つ1つが鏡のように美しい表面を持っていたが、それは主張し過ぎない程度のもので、ともするとそれらの床や壁に詰められた石は光を反射すると顔が映り込みそうだが、実際は輪郭がぼんやりと映るだけだ。

 しかもそれらはここ最近作られたばかりの新品に見え、ここが松明のオレンジ色の光が照らす地下ではなく、日の光が差し込むような立地にあるのなら神殿のように見えるだろう。


「……」


「彼女、なにを悩んでいるのですか?」


 しゃがんでいる高沢を見たニオンは、一旦読書を止めて彼女のその様子を不思議そうに眺めながら俺に問いかけた。

 魔物の世界は生きるか死ぬかの殺伐とした世界なのだ。覚悟のなさや迷いが即、死に繋がることは知性のある魔物には常識だからこそ出た問いだろう。


「高沢は別に悩んでるわけじゃないんだろうな。多分、奥へ向かうことは決めてはいるが、その決心がつかないんだろう。要は決めるのを決めかねてるんだ」


「ふーん、人間ってよく分かんないことで悩むんだね。生きてるならなんだって死ぬ時は死ぬ。だから悩んでも無駄な時は無駄だから、とりあえず現状を打破するために戦うとは考えられないの?」


 ニオンはただそれを聞くだけだったが、燃香は俺の推測した高沢の考えを理解することはできても腑に落ちないのか、彼女は俺に向かって責め立てるように呟いた。俺にそんなこと言われても困るんだが……。

 というか、さすがにその考えは達観し過ぎてないか? 世界中探しても同じように考えられる人はそう見つからないだろう。


「その達観した考えに同意するかどうかはさておくが、今の高沢にはムリだろ」


「なぜですか?」


「そりゃ、今の今まで命の危機を感じたこともそれに出会したこともないからだろうな。勇者がなにをするのかは知らないが、大方、偉い人からの指示で動いてるんだろう。それに派遣されるにしても、自主的に赴くにしても、その勇者の実力から考えて生存できる可能性の低い場所に行くことを禁じられてるのかもな。勇者は貴重なわけだし」


 まあ、自分で考えた行動を取った結果、命令違反になったり、より事態を悪化させたり、命を失う事態になる可能性もあるからなにがいいとは言えないのだが。


「確かにそうかもね。でも私たちは勇者じゃないから国の保護はないし、危険に飛び込むこともやむを得ない。それに、境遇は違うけど、皆んな1人で生きて来た。だから迷わずに最適解を導けるのね!」


「いや、2人と俺は生きてる年数とか経験が違うから同じように考えるのは違くないか?」


 っていうか、俺がぼっちなのは確定なのか!? というか、2人の1人で生きてきたのと、俺の1人で生きてきたはニュアンス的にだいぶ違うように聞こえるんだが!


「そんなことない。結理君もいつか私みたいになれる!」


「そ、そうか……?『そういえば、燃香は俺が『魔女の工房』から棺ごと連れ出した時に、うっかりシルドが日光を浴びさせたせいで灰になったよな? あの状態からでも復活できるのか?』」


 会った頃から燃香には聞きたいことや気になることがあって、機会があれば聞こうと思っていたのだが、中々それが訪れず、ずっと待っているばかりだった。

 しかし、それではダメだと、先の高沢の考えへの自分の言及に気づかされた。しかも今はちょうどよく高沢が葛藤中で特にすることもないので、その機会を自分で作り、燃香に《心話》で問いかけることにした。


『できるけど向こうの吸血鬼でも普通は無理だよ? 私の場合は《不死鳥再生》があったから復活できたんだけど』


『でも、それがあればなにがあっても絶対安全……ってわけじゃないよな?』


『うん。あれは日光を浴びて灰になっても死なないようになる特性なだけで、不死身になるわけじゃないし、耐久力が上がるわけじゃないんだけどね。まあ、それでも一塊になった灰が100グラムもあれば何度でも復活できるの。私みたいに高ランクじゃないとデメリットが多くなったり、必要な灰の量が増えたりするけど』


 灰の量が若干減ったように見えた時は、シルドが灰をこっそり持ち帰ろうとしていたから彼女のせいだと思っていたが、本当に減っていたとは……。気のせいじゃなかったのか。

 もし、あの時のシルドの行動がなければ気づいていたかもしれないが、だからといってなにかができたわけじゃないからあれでよかったのだろう。もしかしたら燃香と敵対していた可能性もあったのだから。

 しかし、疑問に感じているのはそれだけではない。


『実質的には弱点がないな……。でも拠点にはどうやって入ったんだ?』


 そこが一番の問題だ。ニオンの時のこともあるが、そう簡単に侵入されては他人には入れない安全圏だという優位性や意義が失われて拠点の意味をなさなくなってしまう。

 ニオンはスキルや特性全開の物理的な方法で侵入したが、燃香の場合はどうなのだろう? もしそれがスキルなどによるものならば、敵に拠点が攻め込まれてしまうような事態になる前にその対策を講じる必要がある。


『それは灰の状態で結理君の衣服に紛れて侵入したんだよ。でも灰になったからっていって眠りから覚められるわけじゃないから、それはほとんど無意識の行動だったの。けどその時、服についてた結理君の血に触れたお陰で復活できた。そこからは夜な夜な結理君の血を吸って体力の回復に努めてたんだよ』


『眠りから覚めたのは分かったが、なんであの場所で眠ってたんだ? あの場所が隠れ家だったとか?』


『当時の勇者との戦いで弱ったところにつけいられてあの場所に封印されてたの。……もちろん、その勇者は私が封印される前に再起不能にしたけどね! 彼らは私の《不死鳥再生》の特性を知らなかったから、何度戦って重傷を負わせても太陽の光を浴びて灰になっても、次に出会う時は何事もなかったみたいに復活してくる私を見て、完全な不死身だと思ったから封印っていう手段を取ったんだと思う』


『……つまり、俺は伝説になってしまうほどの凶悪な吸血鬼を目覚めさせてしまったわけか』


 最悪の場合、国家転覆で投獄されそうなやつだ。より一層バレるわけにはいかなくなってきたと、俺は顔を青くして燃香を見つめる。


『ヒドいよ! 私はそんな凶悪な吸血鬼じゃない! ただ、いろいろな人の血をたくさん吸っただけで、誰も殺してないの!』


『1人として殺してなくて伝説とは……。どれだけ大量の人の生き血を啜ってたんだよ』


『……複数の国のたくさんの人間の生き血を浴びるように飲みました』


『そりゃ、伝説になるよな……』


「決めた! 私は勇者として、この国の人のためにアイリアルと戦いに行く!」


 《心話》での会話の最中、唐突にアイリアルと戦うことを決意した高沢が立ち上がって所信表明をする。なぜかは分からないが、急に勇者としての自覚でも芽生えたようだ。あるいはこの機会に、自分の実力が及ばないかもしれない相手と戦う経験を得ようとしているのかもしれない。


「そうか。じゃあ、アイリアルでも倒しに行くか」


「え? 葉桜君の決心速くない?」


 なら早速、とアイリアルが待ち構えているであろう祭壇地下の奥へ向かうべく歩き出すが、高沢が意外そうな反応をするので思わず立ち止まる。

 私は決心するのに結構時間かかったのに、と言いたげだ。

 俺は高沢と違ってこの世界で勇者するのが目的ではない。元の世界へ帰ること(というか新刊)が目的なのだ。こんなところでわけの分からんまっくろくろすけと(たわ)れてるわけにはいかない。っていうか、こいつは元の世界に未練とかないのか? まあ、彼女と俺はこの世界に来た方法も留まる理由も違うんだったな。


「そうか? そんなに速くないよな?」


「普通ですね」


「そうそう。来は遅いくらいだよ」


「そ、そうなのかな……」


 俺のその反応にもしかしたらそうかもと思い始めている様子の高沢に、さらにそこにニオンと燃香による追撃で、彼女は本当は自分が間違ってるのかもしれないと弱気になっているようだった。こいつ大丈夫か? その内、誰かに言いくるめられて悪事に加担させられそうだぞ。






 数分も経たずに祭壇地下の最深部に辿り着いたが、

その間、魔物や闇が襲って来るようなことはなく、怖いくらい順調に進めた。アイリアルの粋な計らいということだろう。

 当然のことだが、出発の段階で装備は身につけており、臨戦態勢でここまで来た。

 俺はアイリアルが待ち構えているであろう最深部を閉ざす、繊細な装飾がなされている白い重厚な扉を開けるべく手を伸ばす。が、


「ちょっと、ちょっと! 敵が待ち構えてるのになんで平然と入ろうとするのかな!?」


「いや、だってさっさと済ませたいだろ?」


 高沢は慌てた様子で俺の腕を掴んで引き止める。彼女からすれば、無警戒で最深部に突入しようとしているように見えているのだ。

 実際はニオンも燃香も俺も、ちゃんと警戒しているからこその行動だ。万が一、アイリアルが不意打ちをしてきたとしても耐えられるように準備は怠っていない。


「でもさ、隠れて敵の様子を窺ったり、どんな力を持っているのか調べたりするのは冒険者として普通だよね?」


「なんでそんなしち面倒くさいことをするんだよ。俺には気配を消せるような能力も技術もない。つまりもうバレてる。だからここでコソコソしてる意味は、ない!」


「暴論!」


 どーん! と扉を蹴破って最深部に入る。アイリアルがこの部屋に封印されてるわけでもないようなので、わざわざ丁寧に開ける理由はない。なので遠慮なんて必要ない。高沢がメチャクチャ驚いているが知った話ではない。

 不意打ちされることはなかった。その必要はないと言いたげな黒い影が『闇』を伴わずその部屋に1人(1体?)だけで待ち構えていた。


 人型で全身闇色で身長は2メートルほどあるが、決して大柄というわけではなかった。全身は影でできているように暗く、足は先端になるほどコンパスの針のように細くなっている。頭部には影でできたような材質の剣状の飾りをあしらった王冠を被り、顔には半月型で銀色の枠のようなものが取り付けられていて、そこには赤い機械的な光を放つ単眼があった。

 黒いコートを着ているが羽織っているだけなのか、ボタンを留めておらず全開になっていて、手にはなんの意匠もない町で量産されていそうな剣を持っていた。


「貴様らは人間か?」


「まあ、そんなところだ」


「そんなところじゃなくて葉桜君も普通に人間だよ。君がアイリアルであってるかな?」


 高沢は表面上は余裕を崩さずにアイリアルに問いかける。そいつは若干宙に浮いていて、こちらは見上げる姿勢だ。


「ほう、私の名を知っているとは貴様らは何者……。お、お前は!」


「? えっ、なに?」


 アイリアルとの会話の最中、そいつは暇そうにしている燃香に気づくとアイリアルはさっきまでの余裕ありげな態度が崩れ、剣の先端を彼女に向ける。その声と態度からはかなり動揺していること、そしてその理由がなんなのかも俺たち(高沢除く)には明らかだ。


「知っているぞ! お前は伝————」


光撃の槍(セイクリッドバーン)


 伝説の吸血鬼。とアイリアルは言おうとしていたようだが、高沢にそれを知られるわけにはいかない。

 こっそり俺の背後に呼び出していたアジ・ダハーカの3頭が放った3つの球体の光が発射直後に衝突し、無数の光の槍となったそれがアイリアルに殺到する。


「ちょっ、いきなり攻撃!? 話してるのに!?」


 口封じのためです。

 アジ・ダハーカで魔術をバンバン打ち込んで倒せなくても、その攻撃でアイリアルの口を封じられたり、発生する音で聞こえなくすればなんの問題ないのだ。

 なお、アジ・ダハーカの能力は俺の持つ適性に応じた魔術が使用できる、言うまでもなくとても便利な能力の《魔術の極意》と3頭でそれぞれ別の魔術が発動できる《三頭自在》の2つだ。


「こいつは間違なく人類の敵だ。話なんて倒してからの尋問だけで十分だ」


「いや、人類の敵はそ————」


虹の砲弾(エレメントフラッシュ)


 アイリアルの「人類の敵はそいつだろ」というツッコミで燃香を指差すのもさせない。って、お前も同じようなものだろ。

 アジ・ダハーカの周囲に浮かべた火、水、土、風、雷のそれぞれの属性を帯びた魔力の球を砲弾のように撃ち放つ。闇に最初に出会った時に使ったのもこの魔術だ。


「ええーっ!? 私にはなにか言いかけてるように見えるけど……?」


「高沢、相手は人類の敵。だからこっちがなにをしてもそれは正義の行いだ」


「な、なにその危ない思想!? 怖いんだけど!」


「もちろんさっきまでのは冗談だ。先手必勝ってのを実践してるだけで、これといって深い意味はないぞ」


 高沢は俺の行動に困惑しているが、ニオンと燃香はなんとなく察しているようだから特に問題はない。そもそも、俺の適性では火属性以外の魔術では大した威力はでないのだ。


「そ、そうかな……?」


「貴様! 高————」


炎渦(フレイムホワール)


 高野燃香、と言うこともさせない。竜の頭の1つから放たれた横倒しの炎の竜巻がアイリアルを飲み込み、部屋の奥の壁をも溶解させる。


「……絶対なにか言おうとしてるね。アイリアル」


「気のせいだよ。あんな真っ黒が人語を解するわけないじゃん。気のせい、気のせい」


 燃香もアイリアルがなにを言おうとしているのかを察したらしく、すかさず俺のフォローに入る。


「ぐぬぬ……! お前、そいつが何者か理解して行動をともにしているのか!?」


「……だったらなんだよ」


 今のところ魔術攻撃では最大火力の炎渦(フレイムホワール)や、相性的に威力高そうな光撃の槍(セイクリッドバーン)を浴びてるのにアイリアルのHPはさほど減っていない。やはりレベル100後半はあなどれないな。

 アイリアルは何度も()ぎられたことに腹を立てているのか、それとも純粋に疑問に思っているのかは分からないが、声のトーンとボリュームがさっきまでよりも大きくなっている。


「人間とソレは決して相容れん。分かって近くにいるとは、正気の沙汰とは思えんな」


「え? モエカさんって人間じゃないの?」


「まさか! 人間に決まってるだろ。比喩だ、比喩」


 高沢がアイリアルの発言によって要らんことを知らないように慌てて誤魔化すが、それを楽しむようにアイリアルはさらに告げようとする。


「ふん、言う気がないなら私が教えてやろう。そいつは伝————」


炎渦(フレイムホワール)×3」


「なんで()ぎるの!?」


 そんなこと言われてもな……。ほら、アジ・ダハーカだって困ってしまうだろ。


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