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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第30話 大聖堂へ


「ぐッ!?」


 洪水のような勢いで放たれた無数の影の槍は、その攻撃から仲間の身を守る盾にすべく前方で待ち構えていたラドンを、いとも容易く貫き串刺しにしていた。しかし、ラドンにダメージはない。しかも、その影を吸収してより大きくなっており、それにより影の槍は半ばから断ち切られてしまう。


「ユウリ、これは一体なんなのでしょうね?」


「さっきも言ったように分からん。はっきり言えることがあるなら、すくなくともこの影は白ローブの仲間じゃないってことだけだ」


「2人とも、本当にこれがなんなのか知らないの?」


 突如として現れた謎の存在に困惑する俺とニオンに対して燃香は、信じられない、いや逆になんで知らないの? と言うような疑念の表情を浮かべていた。


「知りません」


「俺たちはいろいろと世間知らずなんだ。ニオンはこの前までカントリ林にこもりきりだったし、そもそも俺はこの世界の住人じゃないし、来てから半年も経ってない」


 影は縦に長いものに黒い布をその物体の輪郭がでないように被せたような見た目をしており、大きさは俺たちを取り囲んでいるどの個体も1メートル程度だ。

 その影は俺たちの様子を窺っているのか、その目なのかどうか分からない赤い光でこちらを凝視するだけだ。断ち切られた影は治らないようで、体(?)の内部に引っ込めていた。


「まあ、だよね。彼ら? は私が活動してた頃、つまり100年前にこの国に頻繁に出現してた。魔物に似てるけど別のなにかだって当時から言われてた。名前は確か、アイリアル」


「アイリアル……」


「(アレがモエカの宿敵、ですか。そしてユウリの反応から察するにまだ伝えてないんですね……)」


「まあ、あれは末端の末端だからアイリアルじゃなくて『闇』って言った方が正しいかな」


 その言葉に共鳴するかのように、俺たちの前方にいたアイリアルたちは影を手足のように自在に操り、こちらに向かってゆっくりと伸ばし始める。後方にいる奴らは傍観するだけだ。


「……闇、か。ところでこいつらは、一体なにをしてるんだ?」


「死体を吸収して養分にしてるの。この国に来てから変だってずっと思ってたけど、やっぱりアイリアルは復活してた。だから皆んな夜を恐れてる」


 その伸ばされた影は俺たちを襲うのではなく、近くにあった白ローブたちの死体を掴み、自分たちの元へずるずると赤い線を地面に描きながら引きずり込んでいく。


「恐れてるってどういうことだ? 奴らは夜になると活性化でもして人を襲ったりするのか?」


「うん。100年前は特に酷かった。でもこの様子だと本体は復活してないみたい。もし復活してたらこんな風にちまちまと死体から養分を得ようとはしないよ」


「……完全に復活してた場合は?」


「そりゃ、がーっ! って街中の人をさっきの影の槍が波みたいな規模と数で襲うの。追っ手からサバイバルしてた時に、一夜にして1つの街が洗い流されるようにして壊滅したって小耳に挟んだ」


「えげつないな……」


 燃香は肉食獣のようなジェスチャーでその様子を伝える。その光景は正しく捕食だったに違いない。


「彼ら、私たちには見向きもしないみたいですが、どういうことでしょうか?」


 影の槍での初撃以降、闇は自分の元に死体を引きずり込んで影の中に吸収するのに執心で、こちらへはなにもしてこない。俺たちは臨戦態勢をとっているのに、それが却って不気味に映った。


「まだ本体がほとんど力を取り戻してないみたい。だから末端が養分を積極的に摂ってるんだよ。彼らは戦っても私たちを簡単には倒せないこと、得る養分より戦って失う養分の方が多くなることが分かってる。だから、既に死んでるから簡単に吸収できる白ローブの方を選んで吸収してるんだと思うの」


「ここからダッシュで逃げても追って来ると思うか?」


「「絶対追って来る」」


「だよな……。こうなったら飛んで逃げるか」


 ニオンと燃香が当然でしょ、と言わんばかりに返してきたのでその気迫に少し気圧されてしまい、神妙な気分になって2人の注告を受け止める。

 ヒュドラとラドンは引っ込めた。出していてもなにも消費しないが、退避の際にスペースをとるので仕方なくだ。

 それらを引っ込めたその瞬間、夜空から火、水、土、風、雷の魔術の光が周囲を照らしながら俺たちを取り囲む闇たちに殺到する。それを受けた影は若干怯んでいた。火以外の適性のランクは、低いせいで残念ながら見かけほどの威力はでていない。


 しかし、空から飛来したのはそれだけではない。光の発生源である上空から1匹の巨大な竜が降りて来たのだ。

 巨大な両翼を広げて滞空しながら俺の真上で停止した竜は、3つの頭を持ち、尾は蛇のように長く、腕がない代わりに翼は全身を包み込めそうなほど巨大になっており、両足は人を簡単に踏み潰せそうなものだった。


 影たちが怯んでいる間にその竜の背中に飛び上がって3人で乗り込み、巨大な翼をはためかせた竜によってその場を離脱する。

 怯みから復活した影たちが、大勢の群衆が頭上に掲げられた一握りの宝石を得ようと手を伸ばすように、無数の影が飛翔しようとする竜に迫る。


「アジ・ダハーカ、放て! 光撃の槍(セイクリッドバーン)!」


 竜の3頭からそれぞれ光の球体が放たれ、それらが互いに衝突することで弾け、無数の光の槍となって地上の影たちに降り注ぐ。影は欠片も残さず消し飛び、残ったのは白ローブの死体から出た血のみ。


 俺たちを背中に乗せたアジ・ダハーカは悠々と翼をはためかせてその場を飛び去って行った。翌日のその場所はなぜかまるで何事もなかったかのように整備されていたという。






「そろそろですね」


「ああ、もうちょっとで公園だ。こいつが着陸しても騒ぎにならないくらい広いから問題ないだろ」


「結理君のその能力って《召喚》じゃないんだね」


「ああ。特性の説明じゃ《召喚》じゃなくて俺が変身したり、魔力を使ってその分身を作ったりしてるらしいんだ。まあ、見た感じは《召喚》に見えるのは仕方ないな」


 竜の背中から見る神聖国レインボーの夜景は闇一色だった。明かりはちらほらと見えるがどこも宿泊施設や観光客が訪れるような場所ばかりのようで、街灯はあっても、地元の人の住んだり、訪れるような場所に明かりはない。

 人影は見当たらなかったが、しかし、それ以外の影は見受けられた。目を凝らして見てみると木や建物の影が僅かだが蠢いていたり、街中の人気のない場所に影が複数いたりした。確かに夜に動き回るのは得策ではないな。


 そこからしばらく雑談したのち、市街地の端に位置する公園に人気がないのを入念に確認してからアジ・ダハーカを着陸させ、全員が降りたところで引っ込めた。

 街灯の明かりは公園の木々や地面を所々照らしていて、日中はさぞ大勢の人が集まって暖かい団欒が繰り広げられているだろうことを想像させるが、今はその大半を闇に包まれ、見通しが利かないし、あの影のせいで不気味さが増していた。


「ここら辺にアイリアルはいないみたいだな」


「みたいね。でも油断しない方がいいかも。ほらそこに」


「む、酷いことになってんな……」


 燃香が指差した先の芝生は暗かったが、そこに赤黒い血が散乱しているのは見てとれた。遺体はなかったが、周囲にはなにかが飛び散ったあとと、なにかを引きずったような赤い線がいくつも伸びていた。

 おそらく数人が集まっていたところを襲われたのだろう。地元の人ならこんな時間に出歩かないはずだから、犠牲になったのは観光客だろう。


「今夜、宿に戻るのは止めておいた方がいいですね。白ローブの彼らが見張っている可能性が高いですし、なによりここから拠点に戻った方が速いし安全ですから」


「そうだな。影がオマケで入って来ないように注意して戻るか」


「結理君。私、お腹空いた……」


「ああ。拠点に戻ったら夕食にするか」


 夕食と聞いた燃香のその屈託のない笑顔に、ニオンの顔は思わずといった調子で綻ぶ。燃香のパーティの加入の仕方でなんだかんだあったが、2人の仲が良く、『集結する者たち(ユニオン)』の面々の関係は円満なのだ。

 そんな微笑ましい光景を見て、とりあえず細かいことは翌日に回しておこうと思った。今日はこれ以上危険なことに足を踏み入れたくはない。それにどちらにしろ日の光のない夜の間は外に出るのは危険だろう。






「……というわけだ。分かったか?」


「え? ちょっと話の展開が急過ぎて全然分からなかったけど、どういうこと?」


 翌日、街の飲食店で昼食をとっている俺たちの元へ、なぜかタイミングよく高沢が訪れ、友人だといってなぜか同じテーブルにつく。いろいろと疑問は尽きなかったが、彼女が現れたのが本当にちょうどよかったので、昨日起こったことのあらましと影に関する推測を伝えた。


「つまり、大昔にこの国を襲ったアイリアルっていう魔物に似た別のなにかが復活し、再度この国を闇に包もうとしてるってことだ」


 俺は高沢に昨日の夜の出来事や燃香から聞いた情報を交えて懇切丁寧に臨場感溢れる説明をしたが、それに対する彼女はなぜか、俺が話している間ずっとキョトンとしていたので、仕方なく縮めて説明する。


「要約してくれてありがとう。最初からそう言ってくれればよかったと思わない?」


「いや、そこまで難しいことは言ってないが……。せいぜい抽象的な表現をしたくらいだろ?」


「説明は要点を纏めて簡潔に。これは基本だよ、葉桜君」


 高沢は得意げに言いながらハンバーガーのような料理にかぶりついた。その内、初歩的なことだよ。とか言い出しそうな雰囲気だ。


「なんの基本かは分からんが、とにかくこの国どころか隣国もヤバいってことが伝わったか?」


「うん、伝わった。でもどうする? 倒すとしても、その本体を探さないとダメだよね?」


「それについては問題ありません。大聖堂の地下、そこに本体はいるはず。それにユウリによればレベル100後半の個体がいるとのこと。けれど、日中であればアイリアルは街に現れませんから被害は最小限に抑えられるはずです」


 すかさずニオンが補足説明をし、敵戦力の情報やアイリアルの弱点などを伝える有能ぶりを披露するが、一方の燃香は昼食を既に食べ終えて手持ち無沙汰になったせいか、テーブルに突っ伏して熟睡している。吸血鬼が昼間を克服するのはまだ先のようだ。


「よし、なら今すぐ行こうか。あ、今すぐっていうのは昼食を食べてからって意味だよ?」


「分かってるから頬張りながら話すな。飛び散る」


「ごくり。うん。今、食べ終えた。食べ終わって準備ができたら大聖堂の前に集合しようか。それでいい?」


「構わないが、夕暮れギリギリまで時間をかけて準備をするみたいなのは止めてくれよ? まだ日が高い今がチャンスなんだからな」


「もちろん、そんなことはしないよ。じゃあ、ここの支払いは私が持つからゆっくりして行ってね」


「別に自分たちで払えるから必要ないぞ。それにゆっくりはできないだろ」


 彼女は俺が断ろうとするのを最後まで聞かずに店の入り口へ向かい、会計を済ませている。そこから俺が止める間もなく彼女は手を振って店をあとにする。


「人の話を聞けよ……」


 俺の心からの言葉は当の本人には届かず、空気中に霧散する。


「嵐のようでしたね」


「そうだな。だが……」


「ええ。さすがにこの場に長居はできないようですね」


 来が去って平和になったのは間違いないが、それまでは視界の端に映すような居心地の悪い、じっとりとした視線を周囲から感じていた。

 しかし、彼女がいなくなったあと、それが打って変わって周囲の人から奇異なものでも見るような視線が注がれ、昼食どころではなくなっていた。

 その変化に違和感を感じたが、不自然にならない程度には素早く食べ終わらせ、まるで何事もなかったかのように堂々とした様子で店を出る。


 その後、一旦拠点に戻って燃香が眠気から復活するのを待ったり、アイリアルとの戦いのための準備を整えてから大聖堂に向かった。


 なお、大聖堂に先についたのは俺たちだった。


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