第29話 闇
1週間の調査の結果、非常に報告しにくいことが明らかになった。しかしだ、議長にははっきり言おう! 怪しいところも、不穏なところも、1ミリもなかった! と。
調査があらかた終了した日の夜、俺たち3人が宿泊している部屋になんの前触れもアポもなく高沢がいきなり訪れた。この1週間、彼女とほとんど会わなくて実に平和な時を過ごしていたが、調査が終わったことをどうやってか知ってここに来たのだ。そんなわけで仕方なく来を含めての4人で調査の報告について話し合っている。
「これ、意地でも怪しいところ見つけないと帰れないみたいな展開って、お目付け役からするとあり得ると思うか?」
「別にいいんじゃないかな? 顰めっ面されると思うけど」
「なら別にいいかもしれないな。ニオンと燃香はなにか見つけたか?」
そこら辺を明らかにするために高沢に聞いておくが、顰めっ面で済むなら別にこのまま帰ってもいいか。しかし、一応やれることはやっておいた方がいいだろうということで、ニオンと燃香に調査の進捗について聞いてから考えることにした。
この1週間の間はずっと3人で行動していたわけではない。なにせ範囲は国中だ。当然広く、分担しなければありえないほどの時間がかかる。基本的に別行動をして、《心話》でお互いの状況を確認しながらの捜索を行った。
だが……。
「むしろ中立国ポップの方がいろいろな意味で怪しいですね。『勇者保有数は表向きには3人ですが、実際は4人いるようなものですから』」
「おかしいなぁ、結構前はあんなに怪しいと思ってたのに今は全然。あり得ないくらい巧妙に隠してる可能性はあるかも」
3人揃って手がかりゼロだった。だがそれにより、この1週間、あえて避けてきたとある場所になにかある線が濃厚になっていた。
ニオンは一部を《心話》に置き換えての報告だ。俺は勇者じゃないぞ。そしてなりたくないぞ。
「あと調べてないのは、やっぱ、教会とかだな。明日はしばらくそこら辺をあたるか」
「そうですね。3人で行きましょう」
「え!? なんで!?」
それまで俺たち3人の話を神妙な様子で聞いていた高沢が、急に声を荒げて反論してくる。なにかおかしなところでもあっただろうか?
「そりゃ、来が勇者だからだよ。この1週間だってバレないように会ってたんだから」
「燃香の言う通り、当然だな。お前は遠くから見てるか、別行動な」
「なにこの扱い、私、ショックなんだけど……」
この期間、会う(というか主に高沢が一方的に会いに来ていただけだが)機会は少なかったが、こちらを監視するような誰かに見られてないか、辺りに不審な気配はないか、などかなり神経を使った。
初日のアレは不幸な事故だ。あのあとから今までの彼女に会う際は不審な人には誰にも見られてないので、初日のことは知り合いに偶然出会した程度のこと、は無理でも証拠不十分で不起訴くらいで済むと思いたい。
「はいはい、じゃあおやすみー」
「……おやすみなさい。私、勇者なのにこんな扱い初めてなんだけど……。けど、確かに仕方ないね。じゃあ私は大人しく観光でもしてるよ」
今まで彼女が転移してきた勇者としてどれだけ大事にされてきたかは分からない。同郷出身者としては、この世界での「勇者」、すなわち転移者というものを初めてアイアスとシルドから聞かされた時は、別の世界に来て命懸けの境遇にいる彼らは大変そうだと思ったが、彼らに勇者云々の詳しいことを聞いてからは、なるべく関わり合いになりたくない疫病神のような存在に変化している。
翌日、とりあえず最初は一番大きい教会に行くことにした。訪れたのはこの国の教会の総本山とも言えるレインボー大聖堂。入ろうとすると入場料という名の寄付をさせられた。俺の宗教に対する好感度が1下がった。
しかし、内装はそれに反比例するかのように荘厳で繊細な作りをしていた。特に印象的だったのが、なぜか教会にはよくあるステンドグラスで、それは大聖堂の中心位置にあった。見上げるほど巨大なサイズでそこから外からの日光が差している。
そこに描かれていたのは『桃髪の聖人』と呼ばれている人物が虹色の剣とハートをあしらった杖を持ち、世界を覆おうとする闇を祓うという構図のものだった。
『ニオン、燃香、なにか怪しいところはないか?』
この国の不穏な点をこっそり調査中なのを知られるといろいろとマズいので、この国に入る前からそのことに関しての話題は、《心話》を使ってのやり取りをして、回りの人に気づかれないようにしている。今はステンドグラスに見入っているフリをしながらの《心話》だ。
『少し待ってください。まだ探しているところです』
『ふふん! 私はもう見つけた! あのステンドグラスの奥になにかあるの。きっとあの奥に隠し部屋があって、そこがこの国の不穏な理由に違いないと思う!』
あの奥って外だと思うが?
『私はなにも感じませんが、きっとモエカなら気づけるなにかがある、ということでしょう。おっと、私も調べ終わりました。どうやら、あの巨大なステンドグラスの真下にある祭壇の地下に通路があるようです』
『そうか。俺には両者ともサッパリだが、《邪眼》を使ったら、この建物のどこかにレベル100後半の奴がいることが分かった。ただ気配が希薄だから正確な場所は分からなかったが……』
やはりこの大聖堂が当たりなのか。そしてこの建物の怪しいところは3ヶ所ということになる。
ステンドグラスに《邪眼》や、その力の一端の透視を使ってみたが、妙なところはなかった。普通に綺麗なステンドグラスだ。やはり燃香にしか分からないなにかがあるのだ。
地下に関しては、言われた場所を透視で見てみるとその通路を俺にも発見できた。
『それは本当ですか? もしそうだとしたら相手の強さのほどはSランクは堅いですね……』
『ああ、間違いない。《邪眼》のランクは前よりも上がってるから、俺と相手にどれだけレベル差、ステータス差があってもレベルだけは分かるようになってる』
『ステータスは種族にもよるけど、レベル100は相当なものだよ。強さは多分私以上だと思う。今度、来に確かめてもらおうよ。そうすればなにか分かるかも』
『そうだな。もしそれでそいつと戦うことになったら戦力にもなる。勇者だって言われるくらいだ。間違いなく俺よりも強いだろうな』
当然だが、怪しまれないように来とは別行動でここに集合することになる。
『とりあえず、この建物の他の場所も見て回ろう。このまますぐに帰ると怪しまれるだろうし、実際に見ないと分からないこともあるかもしれない』
『そうですね。私は気になるところとかはないのでユウリについて行きます』
『私も。こんな野蛮な国に気になるところとかないから結理君についてく』
「……よし、とりあえずいろいろ見て回るか」
《心話》を解除し、ステンドグラスや像を見たり、神官を観察しているフリをしている2人に話しかける。それに彼女たちは頷き、しばし調査を忘れて観光に繰り出すことになった。
さすがこの国で最大の規模の大聖堂なだけあってか、全部の場所を回りきるのには時間がかかった。時刻は既に夕暮れ時だ。
太陽の反対側の空は既に暗くなり始めており、夜の闇はすぐそこまで迫っていた。もう皆んな家に帰ったのか、俺たちの歩く道はその広さの割に人通りは少なかった。
宿までの道すがらに街や景色を見たが、人目につかないような場所も綺麗に整えられているし、自然もありのままの形で街の中に残っていたりしていたので、本来は長閑でいい場所なのだろう。
だが、不穏だという触れ込みなしにこの街に、この国になにかしらの違和感を感じていた。昼頃はギルドのあるあの街や他の街と同様に賑わっていたのだが、この神聖国レインボーの人々は、夕暮れ時になると地元の人たちはそそくさと屋内に引っ込んでしまい、朝は日が高くなるまで家から出ようとしない。早朝の屋外は、無人の街と化しているのだ。
俺たちが宿に近づくほど、周囲に人気はあまりなくなっていき、不気味なほどに静まり返り始めた。
「気づいてるよな」
「ええ。ここでやり合うつもりなのか、人払いなら済ませてあるみたいですね」
「襲撃にしてはあからさま過ぎだよね? 気味悪い……」
どうやら、今日のこの辺りの静けさは人為的なものだったようだ。それにしても《察知》を持ってない2人がなんで持ってる俺よりも速く気づくんだろうな?
「……なんのようだ?」
「貴様らこそ何者だ。この国でコソコソ嗅ぎ回っているのは誰の差し金だ」
そこにいたのは明らかに質の良さそうな白いローブを見に纏った5人のあからさまに怪しい人たちだった。フードを目深に被り、体をすっぽりと覆うローブによって容姿に関する情報は全く得られない。
彼らは俺が誰もいない場所に問いかけた瞬間、数メートルの距離を取り、テレポートでも使ったかのように現れた。
「言ったら俺になにかメリットがあるのか?」
「そうだな。命だけは勘弁してやろう」
『ニオン、燃香。なんとかなりそうか?』
俺たちを見くびっているであろうその態度に俺の方針は決まった。アイアスやシルドのような真の強者なら、相手が誰であれこんな油断や侮りはしないだろう。それにこいつらの言うことを大人しく聞くのはちょっと癪だ。
とりあえず《邪眼》でステータスを確認。すると彼らは全員がAランク冒険者ほどの強さがあった。特にリーダー格と思しき男の特性の《毒色》というものに目が留まった。新しい竜の力を試すには持ってこいの相手のようだ。
『私は問題ありませんよ。でもユウリは大丈夫ですか?』
『そうよ、結理君はこの中で1番弱いんだから気をつけないとダメだよ!』
『皆まで言うな、俺のメンタルが持たん。……つまりこのままこいつらと戦っても、問題なく勝てそうってことか?』
『ええ、1対1なら確実にですが』
『私は2人相手でも問題なく絶殺できるよ!』
とすると、俺が相手をするのは2人か?
いや、ニオンは燃香に比べて慎重派だ。8割方できることであっても、確実でない場合は断言を避けるケースが多々ある。とは言ってもニオンなら2人相手に戦うこともできそうだ。
『殺しちゃダメだ。面倒は避けたい』
『善処します』
『できるだけ努力するね!』
『……頼むぞ』
まずは《邪眼》で見た相手のステータスの情報を2人に要約して伝えたのち、作戦も伝える。
「ならお前たちを倒した方がメリットがありそうだな。ラドン! ヒュドラ!」
俺の声に応じて足下の影から、ヒュドラが相変わらず凶暴そうな唸り声を上げながら這い出す。
ラドンと呼ばれた竜は光の粒子が集まり、俺の後方に金色に光り輝く林檎の形を取って現れた。その直後、それを守るように100匹の蛇が、林檎を中心に木の枝のように絡まって現れて林檎は覆い隠され宙に浮く。
《竜変化》のランクがCを越えたことにより、その副次効果でまだ得ていない適性をEランクだが得ることができた。そのお陰で使用できる竜の数もだいぶ増えた。
ラドンはその内の1体で、能力はおよそ戦闘には向かないが、その真価は支援能力にある。
ヒュドラは上を向き、その口から毒の霧を吐き、毒の雨を降らす。辺りは一瞬で薄い紫色に包まれた。
「な、なんだ!? これは!?」
「い、息が……」
「ぐあぁ!?」
視界は悪くなり、お互い誰がどこにいるか分からない。しかも周囲は、濃度はともかく毒塗れだ。さすがに死にはしない程度の毒性だが、まともに戦うことはできなくなる。しかし、ラドンの《楽園》の効果により、俺、ニオン、燃香にとてつもなく高い状態異常耐性を付与しているのでその影響はない。白ローブの1人は風魔術を使って吹き飛ばそうとしているようだが、それよりも強い魔術を使える竜を秘密裏に呼び出しているのでこの霧と雨から脱する術はない。
その白ローブからすると、わけも分からず自分の魔術が不発しているようにしか思えないだろう。俺の風属性の適性は低いが、呼び出した竜はその属性と親和性があるので周囲の風を操るくらいはできるようだ。
あんな堂々と《竜変化》を、しかも名前まで丁寧に言って使ったのは、呼び出したのが2体だけと錯覚させるため。
「くそ、俺はともかく、この毒の霧と雨の中では他のは持たないか! ……なんだ急に霧が……?」
「……ユウリ、アレは一体?」
「……分からん。とりあえずラドンを盾にして防ぐ」
「大丈夫、よね?」
急に霧が消え、雨が止む。俺が解除したわけではない。俺の前方、リーダーを残して倒れている白ローブたちの後方に『なにか』がいた。
その姿にニオンも燃香も、もちろん俺も脅威を感じていた。
「な」
リーダー格の白ローブが何気なく振り返ったその瞬間、彼は背後からやってきた実体を持った影に刺し貫かれた。
それは既に俺たち3人を取り囲むようにして数体がその場にいた。黒い影、赤い光を放つ目のような空洞、人間ではない『なにか』がそこにはいた。




