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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第28.5話 転移者たち


 その日の朝、俺は宿泊している部屋のドアを叩く音で目が覚めた。調査が始まって早4日。今日は少し休んでから遠くを探りにいくという予定を俺とニオンと燃香の3人で前日に計画した。なのでその時間の1時間前まで俺は寝て休んでいるつもりだった。日頃から規則正しい生活を心がけるニオンが早起きしているのは間違いないし、この4日、その起床につられて起きる燃香はそのニオンに付き合って朝の街を観光しているだろう。

 なお、俺は1人部屋に泊まり、残りの2人は同室だ。ニオンは女性扱いも男性扱いもされたくないのか、3人揃って同じ部屋に泊まろうと言っていたが、燃香が却下した。理由は……まあ、聞かなくても分かる。そんなわけで3人での問答の結果、上記のような部屋割りになった。ニオンは若干不満そうだったがこの結果は是非もない。


「……」


 ドアを叩く音が再度響いた。どうやら幻聴ではなかったようだ。

 この世界に来てからというもの、俺の体内時計は異常とも思えるレベルで正確だ。そしてその時計はまだ約束の時間じゃないと告げている。つまりこれは2人ではない。仮にそうだったとしてもなにか緊急事態が起きているのだとしたら《心話》で呼びかけてくるはず。あと名乗らないのも不審だ。つまりこれは2人じゃない。


「……」


 謎の来訪者は無言でドアを叩き続ける。人間は往々にして「謎」というものに興味を示す。しかし、これほどまでに心惹かれない謎はこの世に2つとないだろう。


「……」


 段々と軋む音が目立ち始めるドアの無視を敢行する。あくまでその来訪者は俺が部屋を出て来るまでドアを叩き続ける気なのか、再度眠らないように睡眠妨害のつもりなのか、多分両方だろう。それを続けるということはもしかしたら俺がこの部屋にいる確証でもあるのかもしれない。

 段々と叩くペースが速くなる。もはや殴打と言っていいレベルにさすがにドアが心配になり、観念してベッドから起き上がった。脈絡なくいろいろなことを考えて謎の来訪者から思考を逸らすのも限界か。


「……はいはいはい、出ますよ。出ればいいんだろ。着替えるから少し待っててくれないか」


 ドアの外にいる来訪者に呼びかけると途端に殴打が止まる。このまま二度寝しようかと思ったが、どうせ時間経過で再度叩き始めるに違いないと気づき、諦めて冒険者用の装備に着替え始めるのだった。






「葉桜君、ちょっと私の予定に付き合ってくれないかな。まさか私が来るまで2人と約束の時間まで寝てるなんてそんな不摂生なことする年じゃないはず……だよね?」


「そのまさかだ。せっかく久しぶりによく眠れると思ったのにな……」


 ドアの前にいたのは悪戯っぽく微笑む高沢。確認するまでもなく分かっていたことだが、できれば確認したくなかった。というか、なぜ俺たちの予定を知ってる?


 最近、というかこっちの世界に来る前に比べて眠りが浅いし、睡眠時間も短くなっているような気がする。あくまでここ最近の傾向に過ぎないが、この世界にあるなにかしらが俺の体に影響を与えているからだろう。

 まあ、今まで以上に疲れはとれるし、眠りが浅いのに熟睡できるという矛盾した現象か起こっているが、これといった支障も問題も起こっていない。


「ってことはここ最近は連日楽しみだった? この色男ー」


「なわけあるかよ。2人とはそんな関係じゃない。冗談言うだけだったら二度寝するが……」


「冗談冗談! って、あ、こら! そこ真に受けてドア閉めようとしない! ……いや、冗談なのは事実だけどさ、でも私の予定に付き合うのは葉桜君にとってもメリットのあることなんだよ?」


 俺がよく眠れていない理由を茶化す言葉にうんざりして雑な対応をしていると、なにをどう解釈したのか、より笑みを深くする。なにかを誤解しているとしか思えない。

 しかも冗談だと判明したので、すげなくドアを閉じようとすると、高沢はすかさず足を挟み込んでそれを防ぐ。「最初からそうすることは分かっていたよ」と言わんばかりのドヤ顔が若干ウザい。靴のつま先を押し出して部屋から閉め出そうとしても、向こうの方が『筋力』が上なせいか中々うまくいかないし、高沢はさらにドヤるしでますますめんどくさい。


「メリット?」


「おっと、ようやく人の話を聞く気になった? いいね、メリットという言葉に食いつく貪欲なところ、嫌いじゃないよ」


「それ、褒めてるのか?」


「褒めてるよ。向上心はあった方がいい。この世界では元の世界以上に重要だよ。なにせここには社会保障とかはないし、私たちみたいなこの世界に詳しくない余所者は強くないと、なにかに秀でてないと生きていけないからね。……じゃあ行こうか」


 彼女のメリットという言葉に、ドアを閉じようとしていた俺の手と押し出そうとしていた足が止まったことをめざとく察知したのか、高沢はドアをさっと開け、俺を奥に押し込んで部屋に踏み込んでくる。嫌いじゃないと言い、俺の問いに褒めてると答える彼女は手を差し伸べる。


「……そうだな。二度寝するよりかは健康的だしな」


 真面目で、しかも愛想最悪な俺とも仲良くしようとしてくれる高沢の気遣いを無碍にするのも悪いし、断るための問答も面倒くさいしで結局、流されるままに出かけることになった。






「あっ! これオシャレじゃないかな? どう?」


「おぉ、似合ってるし様になってるな。……というか、予定って買い物のことだったのか」


 そう言って振り返った高沢は、つば広帽子を被って深窓の令嬢っぽく儚げな笑みを作る。その姿はなんか悔しいが似合っているのでここは素直に賛辞を送っておく。

 宿を出て彼女に連れられて訪れたのは商店街で、しかも高級志向強めな店が建ち並ぶ、転移前も後も普段なら絶対行かないであろう魔境(俺からはそう見える)だった。


「なに? ダメだった?」


「いや、俺にメリット云々ってどういうことなのか分からなくてな」


「葉桜君はオシャレとかしないの?」


「よく分からないし、しない。この世界で冒険者用の装備以外の服にかける余裕がないって言った方が正しいけどな」


 少し嫌味っぽい言い方になってしまったが、俺にとっては未知の領域とも言えるファッションセンス、というものを磨くことに割けるような時間や精神的な余力はないと言っていい。


「折角なんだから楽しまないと損だよ?」


「……高沢は、帰りたいとは思わないのか?」


「どうだろう? 召喚されたばかりの頃は、いきなり全然知らない世界に勝手に連れてこられたことに対しての恐怖や戸惑いはあったし、帰りたいって思ってたのも間違いないよ。けど、1ヶ月くらい経った時から国からの依頼って形式で勇者として仕事をすることになったんだ。魔物を討伐したり、犯罪者を捕らえたり。それで人を助けるとさ、彼ら、すごく嬉しそうな顔をするんだよね。依頼をこなして感謝されていくうちに、これも悪くないかな、って思い始めてさ。転移してから4ヶ月も経って、最近は自分でも帰りたいのかそうじゃないのかよく分からなくなってきたんだ」


「そういうものなのか?」


「分かんない。ただ私が元の世界に帰りたくないだけなのかもしれないけどね」


「そう、なのか……」


 店や客たちが醸し出す楽しげな雰囲気に水を差すように俺が発した問いに、高沢は少し困った顔になるも真面目に答えてくれた。だがその答えに、どこか自嘲的に話す彼女の表情を見ても気の利いたことをさっと言えない自分に、高沢に無神経に帰還のことを問うてしまったことに罪悪感を覚える。


「葉桜君は元の世界に帰りたいって思ってる?」


「ああ。新刊と最終回のためだからな」


「シンカン? ……あぁ、新刊か。確かに重要だね」


 表情から察するに高沢は俺の帰る理由にあまり共感してないようだ。だが俺としては非常に重要なことであり、誰になんと言われようと最大の心の拠り所であることに違いはない。


「高沢には元の世界の未練とかないのか?」


「未練、か……。あんまり思いつかないかな。両親とはあまり仲良くなかったし、友達は結構いたけど親友って言える人も恋人とか好きな人もいなかった。……ああ、あと続きが気になるようなコンテンツも、ね。けど仮に気になったとしても帰る方法がなぁ……」


「知らないのか? 時空の石とかそれ以外にもいろいろありそうだが?」


「時空の石を使えば帰れるってことは知ってるけど、それ以外で帰る方法を聞いたことはないね。ちなみに、勇者がその石を使って帰ったって記録はないらしいんだよ」


「記録がない?」


「そう。ないんだよ。別の世界から来た人が訪れた世界でまともに生きていけるわけないって、容易に想像できるはずなのにだよ? 変だと思っていろいろとツテを頼りに調べてみたんだけどさ、どこの国のどの時代の勇者も元の世界に帰ったって話は1つも見つからなかった。ちょっと調べれば勇者のほとんどは戦死し、若くしてその生涯を終える。天寿を全うできるのはほんのひと握りだってことは常識だって分かるのにだよ?」


「確かにそうだよな。……なら逆じゃないか? 折角呼び出した勇者に帰られたら困るわけだから、そもそも帰りたいって思わない人だけが呼ばれる、とは考えられないか?」


「なるほど、葉桜君冴えてるね。それ言えてるよ」


 どういう方法で、どういう基準で別の世界から人を呼び出してるのかは分からないが、元の世界に強く帰りたいと思い、そうするために行動するような人は呼ばれない。呼び出す側が損を少なくする努力をしているならその可能性は非常に高い。なにせその方が効率的だからだ。

 しかし、その理屈だと本格的に俺は勇者じゃなくなる。まあ、さっきの高沢の話を聞けば誰だって勇者じゃない方がいいに決まってると答えるだろう。当然俺もだ。ならなぜ俺はこの世界に来たのだろう?


「……というか、帰ろうとしてないのは高沢もだろ」


「まあ、それもそうだけどさ」


「……」


「……」


 なんか気まずい。

 さっきの発言は遠回しに「お前も他の勇者と同じように元の世界の現実から逃げてるよな?」って言ってるようなものだ。高沢の表情も若干暗い。


「そ、そもそも時空の石ってなんなんだろうね? 故郷に帰れる、そんな私たちにとってお(あつら)え向きな物が存在してるなんて、なんか怪しいというか胡散臭くないかな?」


「この世界の物品や現象を勇者中心に捉えるのはよくないが、確かに、そういう考え方もできるよな」


「……」


「……」


 かなり気まずい。

 時空の石の存在をメタ的に捉えるという意味では、結構面白いことに彼女は気づいたと言えるだろう。けれど、その理屈は理由がない物事というのもこの世に多く存在していることを念頭に入れていない。それに、いかんせんさっきの俺の発言の精神的破壊力がすごすぎて言った側も言われた側も立ち直れていない。

 このままだと高沢と会う度に世知辛い感じになってしまう。どうにかせねば……。


「……その、ところでさ、モエカさんとはなにかあるの? この4日見てたけど、時々ものすごく気まずそうだけど?」


「それが……」


 空気を変える絶好の機会が高沢からもたらされたわけなのだが、思わず口籠もってしまう。大層な理由があるわけないのだ。ただかなり言いにくいというだけで……。






「聞きにくい、ですか……」


「うん。どうしてもね」


「モエカが成さねばならないことを、ですよね? しかしそれを聞きにくいのはユウリのはず、しかもなぜ急にそんなことを?」


「この国に来てから、当時のことをより鮮明に思い出せるようになってるの。それに結理君は気づいてるらしくて何度か聞こうとしてくれてるんだけどさ、どうしても空気が重くて……」


 その話題が出たのはニオンと燃香が観光客の多い飲食店で朝食を摂っていた時、奇しくも結理が気まずい理由を言ったタイミングと同じものだった。


「それは仕方ないでしょう、『私には、まだやらないといけないことがあるの。それまでは、死ねない……』と、涙を流して震えて言えば只事ではないと誰だって察しますよ。だから聞きにくいんでしょうね」


「うっ、それくらい自分でも分かってるよ。やらなければならないことってなに? って私に聞きにくい理由くらいは。でもあの気まずさをどうすればいいのか分からないくてさ」


「なら練習するのはどうですか? ちょうど私も知りたいですし」


「そうだね。よしっ! じゃなくて、コホン……家族を取り返すためなんだ。私がやらなきゃいけないことは、全部私のせいで始まったことで、つまり、えっと……そう、私が眷属にした子をこの国のどこかにいるアイリアルから取り返すことなの」


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