第27話 評議会と影の部隊
「どうだ?」
ある屋敷の一室、その部屋に置かれている高級感満載のインテリアから、この屋敷の所有者がどれほどの財を蓄えているかのほどが窺える。
彼、評議会議長は豪奢なソファに腰掛け、自分以外誰もいない部屋の片隅に問いを投げかける。
「1ヶ月間監視を行い、彼らの過去の経歴を調べました。その結果、彼らがデラリーム連邦と通じている可能性は低いと判断致しました。しかし……」
「しかし、なんだ?」
「彼らが信用に足る人物たちとは思えません。ユウリ・ハザクラは4ヶ月前に急に中立国ポップのある街に現れました。ニオンは1ヶ月ほど前。こちらも同じで、まるでなにもないところから現れたような情報のなさで……」
なにもないはずの場所から男性の声が響く。彼は評議会直属の組織、『影の部隊』の一員で隊長だ。その存在は非公式。国民にその情報は伏せられ、Sランク冒険者ですらその実態を掴めていない。
彼らの仕事の内容は、密偵や訳ありの要人の護衛、暗殺など、国として表立ってできないようなことだ。
いずれも任務も殺し合いを必須の生業としており、彼らの個々の戦力は冒険者の階級で換算するならいずれもAランクほどで、かなりの実力者で構成されている。
「敵か、味方か、見極める必要があるな。アイアスとシルドの2人に彼らを次の評議会に連れて来させるのだ」
「承知しました。議長、他に耳に入れておくべき事柄が……」
「なんだ?」
「この監視期間の間に彼らのパーティメンバーが1人増えました」
その声が告げた情報はとても重要なものだった。しかし、正体不明のパーティの人数がさらに増えるのは議長としても悪い意味で想定の範囲内で、ただ手間が増えてしまうだけ。重要ではあるがこれといって問題にならないと彼は判断した。
「……名前は?」
仕事が増えるという事実に少し憂鬱になる議長だが、声に対しての問いにそんな感情は噯にも出さない。
「モエカ、という女性です」
「伝説の吸血鬼と同じ名か。その女についてなにか分かっていることは?」
「なにも分かりませんでした。こちらも……」
「なにもないところから現れたような、か……。監視は終了だ。これ以上は止めておくべきだろう。気づかれでもしたらこちらが不利だ」
「そのように」
「さて。どのような人間なのか、試させてもらうとしよう」
部屋から気配が消える。
部屋に1人残された議長は誰ともなしに呟いた。その言葉がどんな意味を持つのか、それを知るのは彼しかいない。
「ここが評議会か……」
国会議事堂みたいなものを想像していたが、ギルドとそう変わらない役所みたいな外観だった。見た目の高級さはそこそこだが、出入りしている人は肥え太っている人が多かった。
相当、懐が暖まる職業なのだろう。
俺とニオンと燃香は、アイアスとシルドに連れられて評議会に来ていた。服装は正装ではなく冒険者してる時の装備だ。燃香が冒険者になるのに合わせて折角なので俺とニオンの装備も一新することにした。なにせギルド職員にマッハラビット狩りを何回かさせられて懐が暖かいのだ。
俺の装備は紺色の上下に、所々に同系色同素材の生地でテーピングのように要所要所を補強をされてある服だ。上下とも動きやすいことに変わりはないが、上はそこに鎧などの装備を身につけることが前提になっているせいか、下に比べて生地が薄い。俺の場合はそこに黒い上着を着用している。どちらもシンプルで洗練されたデザインで、軽量で丈夫。《邪眼》に拠れば装備が内包する魔力により耐久、魔防、俊敏に上昇補正がつき、負傷を抑える効果もつくとのこと。
ニオンは格好としてはあまり変化がなく、胸当てや籠手は銀色で服の部分は青緑色の装いだが、既存の装備よりも性能がいい物に一新されている。それらの装備はともかく、そこにさらに性能のいいレイピアとなると当初の予算を大幅にオーバーしてしまうが、戦闘の際に折れてしまっては意味がないのでそこは金に糸目をつけないことにした。
そして最後に燃香。徒手で戦うのか武器は買わなかったが、武器屋によっていろいろな武器をしげしげと見ていた。買いたい物があり過ぎて困るのかと聞いたら、今後の参考にと言っていた。なんの参考にするのだろう?
彼女が選んだ装備は俺とは違い、機動力のみを重視した物だった。とはいっても体にぴったり張り付くような物ではなく少しゆとりのある普段使いもできそうなカジュアルなもので、配色は薄紫を主体としているようだった。
ちなみにスカートではない。本人いわく、『そんな戦闘において防御力皆無な物は着ない』とのこと。その服には彼女の好みのサバイバル向きな効果の回復促進効果がついていた。
冒険者登録のあと、燃香にどんなことができるのか教えてもらった際、家の割れた窓ガラスと砕けた窓枠を彼女は魔術で直してみせた。魔術がとても便利なものだということを改めて実感し、ちょっと羨ましくなった。
他にも帰る方法についても聞いたが、元の世界からこっちに行く方法は知っているが、帰る方法は知らないとのこと。元々帰る予定なんてなかったから教わってないらしい。
そんなことを教えられる人物は一体何者なのだろう?
燃香が俺たちのパーティ、『集結する者たち』に加入してから2週間が経っていた。その間に3人揃ってBランク冒険者になり、パーティのランクはAになっていた。
そんなある日、受けるのに丁度よさそうな依頼がないか見にギルドを訪れた時、アイアスたちと久しぶりに出会った。彼らは依頼云々で訪れたわけではなく、俺たちに会いに来たと言っていた。そして彼らに連れられてその日の内にここ、評議会に来ている。
「ところでなぜ私たちはここに呼ばれたのですか?」
「私にも分からない。評議会から、君たち3人の召喚状が私たちの元へ届いた。おそらく議長は私とシルドに連れて来させるつもりだったのだろう」
「なにがしたいのかサッパリだな。高ランクパーティなら『集結する者たち』以外にもたくさんいるだろうし、わざわざ俺たちを呼ぶ理由なんてないよな」
我ながら白々しいことを言ってるな。異世界人に音速で戦うセミ、果ては伝説の吸血鬼がいるパーティなんて他にない。だが、もしそれが理由だとしたら普通にヤバい。3人の内2人が討伐対象になりかねないからだ。3人中3人の可能性もあるが。
「とりあえず、行ってみれば分かる。私も初めてここに来た時は緊張した」
「では行こうか」
俺たち3人はアイアスとシルドの先導の下、評議会に入ったのだった。
「どうだ?」
「魔術機械に不審な反応はありません。彼らは間違いなく人間です」
評議会の隠し部屋にて、黒いローブを見に纏った数人の男女が、モニターをそこに映る3人の男女をじっくり観察していた。
ここにあるモニターが流すのはただの映像ではない。このモニター型魔術機械は1台だけで豪邸1軒が建つ値段がするほど高価格かつ高性能な物だ。その効果はまるでその場にいるように周囲の情報を感じ取れる映像。それを利用して彼らは離れた場所で気配を感じ取られることなく対象の情報をスキルで得ていく。
「あらら? 私の勘、ハズレちゃったよ。3人とも黒だと思ったんだけどなー」
「ノイザ、仕事をしろ。今の我々の任務は彼らの正体に関する情報を少しでも得ることにある」
「サキラ冷たーい。次の『影の部隊』隊長候補だからっていって、あんまり張り切ってトチらないようにねー」
サキラと呼ばれた壮年の男性は、不真面目そうな態度の妙齢の女性であるノイザの戯けた反応に気にすることなく、モニターに映る3人を見つめる。
彼はその中で3人の先頭を歩く少年が気になった。あのパーティの中で彼が間違いなく1番弱いだろうとは分かってはいたが、彼の直感は最も注意を怠ってはいけない存在だと警告していた。
「ッ!!?」
彼がどんな人間なのかを暴こうとスキルや特性を使おうとした。しかし、次の瞬間には、まるで時間が止まったかのような錯覚に陥った。否、実際に止まっている。サキラは回りを見渡すとその瞬間だけを切り取ったかのように静止している影の部隊の面々が目に映った。さらに振り向くとユウリの映るモニターから竜の顎のようなものが現れ、その咆哮とともに抵抗もできずに食われる幻覚を見た。
それの感触はあまりにも現実的で、自身の体に傷がないことを確認するまで、自分が生きていることにサキラは気づかなかった。
「どうしました?」
「……な、なんでもない、引き続き観察を続けろ」
「承知しました」
「(なんだ、今の圧力は? およそただの人間が持ちうる力ではない。今までで初めての感覚だ。まさか直接会っていない者に恐怖を感じるとは……)」
「そうか、有用な情報は得られなかったか」
「はい。しかし、サキラが体調を崩しました。彼はユウリ・ハザクラからなにかを感じ取ったようです」
「なにか、か。それがなんなのかあとで報告させろ」
「承知しました」
「……もしや、彼がもう1人の勇者なのかもしれないな」
短い会話ののち、再び部屋は1人になる。議長はそう1人呟くと来客を迎える用の笑顔を作る。
「評議会へようこそ。本日はおいでくださりありがとうございます。私はここで議長を務めさせております。どうぞよろしくお願いします」
「初めまして、ユウリ・ハザクラと申します。か……彼女がニオン、彼女が燃香です。以後お見知り置きを」
議長はビジネススマイルを浮かべながら自己紹介(?)をしてきた。名乗らないのか。とは思ったが、そうできない理由でもあるのかもしれない。
「ところで議長、なぜ彼らはこの評議会に召喚されたのでしょうか?」
「それは彼らに受けてもらいたい依頼があるからだ」
「と、おっしゃいますと?」
「隣国、最近不穏な動きを見せる神聖国レインボーに行ってその原因の調査に行ってもらいたいと思っている」
アイアスはそんな議長と俺の間に割って入るように問いかける。そのお陰でこの堅苦しい話が速く終わりそうで良かったのだが、議長の口から告げられた依頼の内容は普通とは言い難いものだった。
「本当に構わないのかい?」
「拒否権なさそうだったしな。それに一回旅に行くのもいいかなと思ってた頃だ。依頼で街の近くの森や山、村や町に行くことはあっても別の国に行く機会はほとんどなかったからな」
評議会が終わり、俺たちはアイアスとシルドが街に持っている屋敷のリビングで談笑していた。そんな中、急にアイアスが心配そうにそう問いかけてくる。
「アイアス、心配し過ぎ。ユウリたちを信じて」
「心配してくれるアイアスに1つ聞いていいか?」
「なにかな?」
「その神聖国レインボーってどんな国だ?」
神聖国という名前からして宗教が関係あるような気はしているが、それ以上のことは分からない。これからその国に行くのだ。なのでそこをはっきりさせておきたいと思った。
ってか国家の名前がレインボーって、ふざけてます?
なお、ニオンと燃香、シルドはスイーツ談義に花を咲かせている。ニオンは蜂蜜、燃香はケーキ、シルドはアイアス手製のクッキーについて熱く語っていた。
アイアスは料理までできるのか、そういえばこの前彼はシルドのことを私生活ダメな人と言っていた。アイアスは彼女とは対極的になんでもできる人なのかと俺は思っているが、きっと彼も万能ではない。彼女が好きの一心で身につけたのだろう。
そしてなるほど、花婿修行か。シルドを射止めるためにもっと頑張れ、アイアス。
「レインボーは簡単に言えば宗教国家だ。なにを信仰しているのかは不明だが、そこは教皇を頂点に据え、いくつもの派閥が存在し、謀略を巡らすおよそ神聖から最も離れた国だというのが世間一般の認識だ」
「めちゃくちゃ酷評されてんな。でも政治なんてどこの腐り具合も大して変わらないだろ?」
俺のそのだいぶ穿った考えにアイアスは苦笑しながら、この国、中立国ポップのことを語った。
「世間一般の評判はダメだとしても、政治家としては議長も教皇も有能なのだよ? だが、ユウリ、議長は特に気をつけた方がいい。今や評議会は彼の傀儡だ。開く評議会に他の議員はいても彼らの意見に決定権はない。彼がこの国の実質的なトップなのはそういうことだ。噂では彼直属の親衛隊のような集団がいるらしいが、私たちでもその実態は掴めない」
「親衛隊って、マフィアかよ……」
「私と初めて会った時と比べれば、君は遥かに強くなった。とはいえ、まだまだだ。もっと強くならないと守りたいものも守れない」
「そうだな……」
アイアスはニオンと燃香を見ながらそう言った。正直言うとニオンも燃香も誰かに守られるようなタチではないが、1人1人の力ではできることが限られてくる。そんな時のために俺がもっと強くなれ、とアイアスは言っているようだった。
「サキラ、なにを見た?」
「急に回りが止まり、私が竜の顎に食われる光景を見ました。初めは幻覚かと思いましたが、あれは間違いなく現実に起こったことだと私は考えています」
「止まった?」
「はい」
結理たちが去った評議会、そのとある一室、議長はサキラの報告を受けていた。
「時間干渉か、厄介な力を持っているようだな」
「いえ、私にはあれはあの少年本人が使っているようには思えません」
「どういうことだ?」
「どう表現していいのか……あれは警告か、あるいはただの気紛れか、どちらにせよ私たちに対して絶対的優位にある存在からの接触————」
「もうよい、下がれ」
「承知しました」
議長は鬱陶しそうに手を振ってサキラを部屋から追い出す。部屋から気配が消え、議長は彼1人になると溜め息を零す。
「(……あまり考えたくはないが、ユウリ・ハザクラ、ヤツは魔物の王のお気に入りなのかもしれん。そう考えればあの女2人にも護衛という説明がつく。奴らは気づいていた。王の、中立国ポップの調査であるのなら彼らは早めに消しておくべきだろう。まだ深化心臓を知られるわけにはいかない。いずれそれを奪おうと現れ、戦うことになる王への対策としてアレの完成を急ぐべきか。やれやれ、忙しくなるな……)」
結理の格好はアーチャーが外套を身につけてない時(+長袖)を想像すると分かりやすいかもです。




