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竜の如き異様  作者: 葉月
序章 異世界
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第3話 今後に向けて


 子どもを助けた際、その母親と思しき女性から『ステータス』なるものがこの世界にあると聞いて、早速それを開いてみた。

 彼女は、詳しいことはステータスを見れば分かると丸投げしていたので、いろいろ調べてみるとゲームの説明書みたいなものが、ステータスに上から重なるようにして表示された。


『レベル』 今までに得てきた経験の総量をおおよその目安にしたもの。上限はなく、また、下がることもない。

『HP』 身体の生命維持が可能な限界の値。負傷したり、病気や毒といった状態異常、過度の運動で減り、0になったら死ぬ。

『MP』 その人が保有し、使用できる魔力の総量の値。

『筋力』 発揮できる肉体的な能力の値。

『耐久』 物理的な攻撃、負傷への耐性の値。

『魔力』 魔力を使った際に発揮できる出力の値。

『魔防』 魔力的な攻撃、負傷への耐性の値。

『俊敏』 身体をどれだけ速く動かせるか、どれだけ速く反応できるかの値。

 ※老化や病気、重大な負傷などの要因により、ステータスにマイナス補正がかかる場合がある。

『スキル』 習得した技能の練度や、得た特殊能力の強度を表している。入手条件を満たせさえすれば、どんな人でも獲得できる。

『特性』 スキルとは異なり、人を選ばない普遍的なものではなく、効果及び入手条件が特異な能力。


 ……改めてステータスを見てみても貧弱過ぎる。レベル1はこんなものだろうと諦めはつくが、それにしても0ってありうるのか?

 『HP』のことも気になる。説明文を見るに0になったら死ぬのはやはり間違いないようだ。しかし、そんな死へのカウントダウンが見えていたら人々は明確にそれを感じて恐怖するはず。奥さんはステータスを見れば詳しいことは分かると言っていた。つまりHPを知っているのだ。それにこの世界のほぼ全ての人がそれを知ってるようなことを言っていた。だが道行く人々にHP残量に恐怖しているような様子はなかった。なにがどうなってるのか……。だがそれも今は置いておく。考えても仕方ないからだ。


「さて、こっからどうするか……」


 まずは生活の基盤をどうするか、だ。宿は我が家は既にあるから問題ないとして、衣食住の残り、あとは衣と食。

 衣に関して言えば、今のままでも問題はない。だが背中部分がズタボロなのを除いても、いかんせん目立つ。あとでもっともっとブナンでこの国でも浮かない服装に着替えるか。

 農業初心者見習いの俺では今から野菜を作っても種を全て使い潰すだけだろう。

 ならば外(異世界)に出て働くか。でも戸籍もその国の常識もない俺が働いては「無礼者! 切り捨て御免!」って災難に遭う可能性があるので不安だが。


 と、ここまで考えて日本に住み、現代社会のもたらす恩恵を受け、危険から隔離されて安全な日々を享受していたことを強く実感した。この世の誰もが安心して安全に暮らしたいと願っているはず。無論俺もそうだ。だが、それはこの世界の環境がきっと許してくれないだろう。

 これからどうなるか分からないという不安と、そんな未知への、異世界という外の世界へ覚悟を決めて足を踏み出すのはいろいろな意味で躊躇われたが、新刊のために一歩を踏み出すことにした。






「……やっぱ、馬車の時の親子に聞くのが手っ取り早いな。……すみませーん」


「だーっ! うるさいわ!」


「あのー、用があって来たんでうごぉ!?」


 翌日、そんなわけで八百屋の前に転移する。店頭に人の気配がしなかったので奥に向かって呼びかける。するとすぐに返事があり、粗暴そうな雰囲気のあるオッサンが出て来た。子供はそのオッサンのあとに続いて走ってきたせいで発見が遅れて、その硬い頭による腹部への追突をもろに受けてしまう。一瞬腹に風穴が空いたのかと思ってしまうほどの威力だ。よく注意しておかないと次はないかもしれない。


「あ、お兄ちゃんだ! ママーっ、お兄ちゃんが来たよー」


「「お兄ちゃん!?」」


 なんかオッサンとハモった。


「あの時はありがとうございます。娘がお世話になりました」


 聞くに、彼らは家族らしい。まあ、だろうな。という感想しか湧いてこないが、この奥さんとあのオッサンから、今俺に抱きついている娘が生まれるのが謎でしかない。

 もしかしたらあのオッサンには隠された美形遺伝子があるのかもしれない。


「あの、今日はどういったわけでこちらに?」


 奥さんは俺から離れた子供も抱き抱えると小首を傾げて問いかける。

 そうだ、本題を忘れるところところだった。


「できればの話なんですけど、しばらくここで雇ってもらえませんか?」


 「しばらく」と言ったのは、あくまでこの世界を知るためにここで働き、最終的に元の世界に帰ろうとしているのだ。この世界で八百屋に就職して野菜を売ろうとしているわけではない。その方が安全だろうが、新刊は諦めざるを得なくなる。うん、無理だな。


「娘の命の恩人ですし、それくらい構いませんよ。実はちょうど人手が足りないと思っていたところだったんです」


 そしてこの日から俺の異世界の八百屋でのバイト人生が始まった……と思ったのだが、働き始めた翌日に意図せずしてとても重要な情報を手に入れた。

 それは数人の男たちが店頭のある野菜の中からなにを買うかを選びながら雑談をしていた時のことだ。俺は奥さんに前日に習ったように雑用をしていたが、彼らの会話に聞き耳をたてていた。もしかしたら、こういったところから有用な情報を得られるかもしれないと思っていたからだ。


「そういえばこの前、どこかの冒険者パーティが『時空の石』ってかなり珍しい宝石を見つけたって聞いたな。あれどんな効果なんだろうな?」


「時空っていうくらいだからすごいのは間違いないぜ。あー、欲しいなぁ……」


「けどそれってかなりランクの高いダンジョンにあったって話だよね? 俺たちみたいな冒険者には無理だと思うけど」


「『時空の石』ですか。あれは大した代物ではありませんよ」


「どういうことだ? なにか知ってるのか?」


「『時空の石』の効果は使った人を故郷へ転移させるというものです。1回しか使えませんし、なにより相当な魔力がないと起動できません」


「故郷って里帰りくらいしか使い道しかないだろ……」


「1回だけじゃ往復もできないもんね」


 役に立たないとボヤきながら彼らは去っていったが、その『時空の石』という石についての会話は俺にとって重大な意味を持つものだった。バイトが休憩時間に入ったのを見計らって奥さんに『冒険者』なる存在に聞くことにした。


「……この国に冒険者っていう職業ってあったりするんですね」


「ええ、ありますよ。どこの国も魔物の脅威はあるのでそれを討伐したり、一般人が立ち入るには危険な場所やダンジョンと呼ばれている洞窟でしか採取できない物を代わりに取りに行く、それが冒険者の仕事ですけど、でもなぜそんな当たり前のことを?」


「へ? あー、そのー、い、一応確認です!」


「そう、ですか……?」


「ところでその冒険者になれたり、仕事を斡旋してくれる施設の場所とかその建物の外観って分かりますか?」


 冒険者という職業はこの世界では当たり前に存在しているものだったらしく、それがあるかと尋ねる俺を奥さんは珍妙なもの(実際そうだが)でも見るような眼差しで見つめる。


「分かりますけど、なぜそんなことを?」


「……俺、実はここからかなり遠い場所から訳あってここに来たんです。今は故郷に帰ろうとはしているんですけど、場所も手段も分からなくて……。でも、さっきの冒険者たちが話していた『時空の石』なら帰れると思ったんです。だからそれを取りに行けるであろう、冒険者という職業について知りたくて……」


「……そうだったんですか。私に教えられることは少ないですけど……」


 俺の説明に納得したのか、彼女は数分の時間をかけて地図を書き、外観の説明と思しき文章を書き込んでくれた。しかし俺には地図はともかく、その説明の文章が全く読めない。異世界言語ってヤツか。しかし話したりはできるのな。不思議だ。


 この世界での生活も問題だが、一番の問題は帰るための手段が分からないことだった。しかし、彼らの話がそれを解決した。もしかしたらそのダンジョンとやらを探せば見つかるかもしれない。

 実際に異世界で暮らし、命懸けの体験をするのは気が引けるしかなり不安だが、全ては新刊のためだ。






 八百屋でのバイトが終わったその日の夕暮れ、俺は地図を頼りに冒険者に仕事を斡旋しているという建物に来ていた。外観はかなり立派だ。材質は違えど元の世界における役所や裁判所といった、公的機関のような雰囲気のある建物だ。


「さてと、ここがその建物、多分ギルドっていうんだろうな」


 道中のも、ここの看板も異世界言語のせいか全く読めない。そういうスキルとかあったら便利なんだがな……。

 内装は壁や柱の装飾、調度品一つとっても洗練されていて費用がかかっていそうだった。

 今の俺ではイスに座るのすら怖い。


「すみません、冒険者の新規登録をしたいのですが」


 ギルド(?)での新規登録のやり方を出発する前に八百屋の奥さんにしっかり習ってきた。彼女は結婚して寿退社するまでギルド(?)の職員をしていたらしく、その辺りを完璧に教えられる人だった。少ないとは言っていたが、謙遜だったようだ。

 しかし、受け付けの職員は怪訝そうな眼差しを向ける。


「ギルドでは16才以下の方を登録することはできません。失礼ですがおいくつですか?」


 やっぱギルドだったか。


「18才です」


「……確認させていただきますのでこちらへ」


 そこまで疑わなくても……。俺は童顔ではない。

 奥さんいわく、この国のギルドでの新規登録の際の年齢確認は自己申告制じゃなくて、それ用の機械を使って判断する。なので明らかに16才よりも年齢が上でも、一応規則だから調べなくてはならないそうだ。


 機械、といっても電気で動く現代のそれではなく、魔力で動き、内部に組み込まれた魔術を発動させる魔術機械と呼ばれる道具だ。機械、と称される名前とは異なり、ほとんどの物は機械らしくない水晶質じみた見た目らしく、今、俺が触れて年齢確認をしている魔術機械は青い水晶質でできたタブレット端末のような形状をしていて、手を当てる部分を示す手形が描かれている。どことなく変形しそうな雰囲気のある魔術機械だ。


「はい。問題ありません。ユウリ・ハザクラさん、男性、18才。これで登録致しますね」


 おお、年齢だけでなく名前、性別まで分かるのか! 便利だなー。


 だが名前が呼ばれると同時に、軽食スペースでだべっている冒険者らしき屈強そうな(意訳:アホそうな)連中の視線が、依頼の掲示板を見ていた人が、いつの間にかその場にいる人のほとんどの視線が集まっていた。それらは好意的なものではなく、どちらかというと品定めするような獣の視線がほとんどだ。


「あのー……、これは一体?」


「あー……。ファミリーネームがある人は大体が貴族ですからね。だからイイところのボンボンが道楽で冒険者になりにきたと思われてるんでしょうね」


 なるほど。まあ、貴族じゃないんだけどな。


「ハハハ(乾いた笑み)。そういうものですか?」


「そういうものです。ですから気をつけてくださいね。貴族じゃなくてもファミリーネームがある人はそこそこいますが、相対的に見てファミリーネームを持つ人は貴族が多いんですよ。だから貴族だと勘違いされて、そういった方が襲われて見ぐるみ剥がされることが度々あるんです」


 うへー、世知辛い。

 初日でこうも目をつけられては、命を狙われる危険性がある。力をつけるまでは目立つ行動はできるだけ慎むべきだろう。地道にコツコツ。しばらくはこれで行こう。


「申し訳ありません。少し遅くなりました。こちらが冒険者証です。登録したてですので階級は最低位のEランクとなります」


 少し雑談していたせいか、作業が遅れたようだ。それは大して気にはならないが、俺としては周りの視線の方が気になる。


 手渡された冒険者証は名刺のような形とサイズをしていた。左上に大きく、階級であるE(なぜか読める)が、その横には名前、性別、年齢が順に表示されていた。その下部と裏面はまるで、新品のノートのような空欄が目立つ。


「この空欄ってなんですか?」


「それはですね、表面には二つ名や通り名、裏面には功績がそれぞれ表示されます。とはいっても、多くの方は階級を上げてもそれがつく前に冒険者を辞めるか、亡くなりますから今は気にしないほうがいいかもしれません。気にする方の多くは理想と現実のギャップに悩んでしまう方がほとんどですから」


「そ、そうなんですか」


 ……世知辛い。


「ではユウリさん。くれぐれも注意してくださいね」


「はい」


 受け付けから依頼の掲示板へ向かう。そこにはさまざまな依頼があった。魔物と思しき絵が書かれているもの。大量の数字? が並んだ報酬の高さが前面に出ているらしきもの。しかしいずれも冒険者のランクと同じ字が印字されていた。

 自分のランクと同じかそれ以下の依頼しか受けられないのだろう。だがそれ以上の問題が一つあった。


「(全く読めん)」


「君、なにか困り事かな?」


「さっき冒険者になったばっかりで、こういうのってなにから受ければいいのか分からなくて少し困ってるんです」


 話しかけてきたのは、清流を彷彿とさせるような水色の髪の、目鼻立ちの整った好青年然とした男性だった。

 全身が白で統一されたシンプルな服装をしているが、そこには製作者の意匠が窺い知れる格調の高い、機能性も気品もある仕上がりの服になっている。……ように見える気がする。


「ふむ、これなんかどうかな? 危険の少ない初心者でも達成できる依頼だよ」


「ちなみに内容は?」


「内容かい? ええと、薬草の採取。取ってきた分買い取るそうだ」


 難易度は俺のランクと同じEランク。大丈夫そうだな。馬車に轢かれても大丈夫(?)な俺の耐久なら多少のトラブルもなんとかできるだろう。

 薬草採取なんてRPGみたいな依頼がギルドにあるのは、有用な薬草などの作物は基本的にはその手の専門家によって栽培されているが、それができないものや自生の方が圧倒的に育ちや効果がいい種類があるから、とのこと。なんでも養殖にすればいいって問題でもないらしい。


「じゃあ、これにします。ありがとうございます。ところで名前を聞いてもいいですか?」


「構わないよ。私はアイアス。君は……。いや、さっき受け付けで話しているところを聞いてしまったから名乗らなくても構わないよ」


「そうですか? ならいいですけど……では」


「ああ、また会おう」


 アイアス、他の筋肉たちと違ってとても爽やかだ。にしてもあいつからは底知れないなにかを感じる。……というのはさすがに考え過ぎか。






「さっきの誰?」


「彼かい? 彼はユウリ・ハザクラというらしい」


 結理が依頼を受け、早速達成すべくギルドを立ち去るとアイアスの元に一人の細身で小柄な少女が現れる。彼女は夜闇に紛れたら発見困難になりそうなローブを纏っており、顔はよく見えない。


「貴族?」


「いや、私の印象では彼は貴族ではないよ。それにファミリーネームがあるからといって貴族と考えるのは浅慮だ」


「む、アイアスがそう言うなら私は信じる。それより先を越されないように早く依頼を取ろう」


「私たちが受ける難易度の依頼を受けられる冒険者は今はこの街にはいない。だからゆっくりしていても問題はない」


「そう? じゃあ、これはどう?」


「グリンズ山地付近に出現した亜竜200匹の群れの駆除。もっとマシなものを……と言いたいところだが、他の依頼を見たがこれが一番楽そうだ。仕方ないからこれにしよう」


「やった」


 理由は不明だが、彼女は常に同じパーティの人間が卒倒するような難易度の依頼を受けたがる。

 そのせいで、彼女は冒険者の中でも頭一つ抜けた存在であるにもかかわらず、誰からも勧誘がこない。誰だって命は惜しいだろう。

 ゆえにそのパーティは少女とアイアスの2人だけだった。


「ありがとう、アイアス」


「構わないさ。それよりも早く済ませて夕食にしよう」


 今は日が傾き始めた頃。どうやら彼らはあと2、3時間かそこらで依頼を完了しようとしているようだった。だがこの場には、それを無謀だと笑うものはいない。なぜなら彼らは冒険者証の裏を功績で真っ黒に染めるほどの手練れだからだ。


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