第26.5話 異世界の◯◯事情
「……とりあえず適当な依頼でも受けるか」
困ったちゃんという評価に動揺するもすぐに気を取り直してドヤ顔で冒険者証を見せつける燃香を尻目に依頼の掲示板へ視線を移す。それを見た彼女は俺の視線を遮るように前に立ち、若干ジト目で冒険者証を眼前に突きつけてくる。
「どう? これで私も立派な冒険者だよ?」
「立派かどうかはさておくとしても、冒険者って本質的には命懸けのアルバイトだろ? そんなに誇ることなのか?」
「アルバイト、ねぇ……。ここに来て分かったんだけどさ。昔はこんなたくさん『冒険者』って呼ばれてる人はいなかったんだよね。今は魔物や吸血鬼みたいな、人に害をなす存在の討伐は国からギルドに委託されてそこに登録してる冒険者なる人がやってるって受け付けの人が言ってたけど、当時はほとんどが国主導で行われてた。各地の人々の要請に応じて被害地域に騎士が派遣され、魔物などを鎮圧する。その仕事ぶりから騎士は人々を守る名誉ある職だって言われてた。……まあ、いろいろと事実だよね。吸血鬼が害悪ってところも、それを殺して市民を守る騎士という職が名誉なのも。私も民衆に混じってその活躍やら賛辞の言葉を聞いてたからね……」
「燃香……」
昔と今の冒険者の違いや、燃香にそんな過去が……と思うのと同時に、なぜ彼女が冒険者に憧れるのか分からなくなった。燃香にとって今の冒険者は、過去、彼女が相対してきた騎士と同じような存在のはず。だというのに冒険者になりたいとは一体どういうことなのか……?
「あ、ごめん、話が逸れたね。当時の冒険者は騎士の中でもごく一部の特に優れた人だけがなれる言わばエリートだったんだよ。並みの騎士じゃ束になっても相手にならない強力な魔物と戦い、詳しく調査されてない遺跡やダンジョンの探索や、凶悪な犯罪者の逮捕あるいは処断っていった命懸けの職務に就いてた。一国に数人しかいない超一流の存在。……昔と今じゃ言葉の意味や使われ方が違うのってよくあることだし、今はそれほど立派じゃないのは分かってるけどさ、でも冒険者になれた時、なんとなくテンション上がったんだよね。市民を守る正義の味方になったみたいで」
「……そうか」
「と! いうわけでっ! 今日はゆっくりしたいなぁ。なんかいいところとかない? 美味しいご飯を出す店とかに行こうよ」
自分の過去を振り返って他人に語って聞かせたことで気恥ずかしくなったのか、若干頰を染めながら顔を逸らす。それを俺とニオンに気取られるのを避けようとしたのか、話題を逸らし、いつもより明るい調子で外食に誘う。
まだ出会って2日と経っていないが、彼女はこの殺伐とした世界を暴力オンリーで生きてきた中ではかなりまともな部類に入る性格だと俺は思っている。……まあ、まだ燃香のことをよく知らないのだが。けれど、この世界に元の世界以上の殺伐さと彼女に吸血鬼としての本能がなければ、どこかで人助けをしながら平穏に暮らしていたに違いないと確信できる、そんな雰囲気のある女性だ。
そんな彼女だからこそ当時活動していた頃は、きっと本当は誰かを守る存在になりたかったのだろう。けれど、当時は犯した所業のせいもあって善の側に立つことや誰かのために戦うことは許されず、ただ吸血鬼として、人類の敵として排斥される立場にならざるを得なかった。けれど今は一転して、吸血のために大量の人々を傷つける必要はなくなった。そして他者を守れる存在に、冒険者になる機会も得られた。その動機に過去の罪滅ぼしの意味もあれど、前向きなものであることに違いはない。
「……まあ、そうだな。それもいいかもしれない」
悲しい過去を引き合いに出されたせいか、燃香を労りたいと思った辺り、彼女に流されてるような気がしないでもない。いや実際流されてるが。だからそんな呆れた表情で見つめないでくれ、ニオン。
朝食は拠点で済ませたが、そんなわけで今日の昼食は外食だ。燃香の要望があったからそうなったのだが、俺がこの世界の食というものに興味があったからでもある。
この世界に来てからいろいろと元の世界ではありえないようなものにたくさん遭遇してきたわけだが、俺はこの世界の文明レベルや文化、食などの生活するにあたってどうしても切り離せないそれらの要素についつほとんど知らない。なにせ生活するだけなら拠点で全て事足りてしまうからだ。そのためこれまで、日常生活を送りながらこの世界に馴染み、知識を得るという、何気ないながらも重要な行為を意図せずしてスルーしていた。だが、これからは進んでそれらを行わなければならない。その第一歩として外食に行くのだ。……いや、いくらなんでも重く考え過ぎだな。せっかくなのだから今は深く考えずに楽しむべきか。じゃないと出かける意味ないしな。
「(さて、どんな料理があるのか、見た感じヤバそうなモノがでないことを祈るしかないな……)」
見るからにファンタジーしてる食材は八百屋では見なかったが別の場所でならお目にかかれるかもしれない。そもそもここは別の世界なのだ。物珍しい感はなかったが、当然と言えば当然だが元の世界では見たことのない物しかなかった。〜に見た目が似てる、〜っぽい匂いや〜みたいな味がする、というような物は結構あったがせいぜい、「海外の見たこともないような珍しい食材」を見たくらいの感想しか出てこない。
燃香は事前に行く店を決めておいてくれたらしく、迷うことなく街の一角にあるとある店に辿り着いた。そこは雑多ながらも温かみのある、大衆向けと思しき飲食店だった。彼女はほんの少し前に復活したばかりなのだから、創業100年超でもない限りそこが燃香馴染みの店なわけがないのだ。一体どういう理由でこの店をチョイスしたのか見当もつかない。
「……一応言っておくけど、ギルドの職員からおすすめの店を聞いただけだからね? とんでもない老舗ってわけじゃないよ?」
「そ、そうだよな。ハハハ」
読まれてた。
「これは……」
「ね! 美味しいでしょ? やっぱり私の目に狂いはなかったわね!」
「うん、確かに美味しいが……」
早速その店に入り、カウンターの席につく。先に座った燃香につられてその左側の席に俺たちは座った。位置順としては燃香が右で俺が真ん中でニオンが左だ。
俺が店内を見ているうちに燃香は料理を注文したらしく、雑談しているうちにいつのまにか運ばれてきた料理を食べ、確信した。美味しかった、それは間違いない。しかし、俺と2人では懐く感想が多分全然違う。
「……いや、さっきギルド職員のおすすめされたって言ってたよな? 燃香の目が云々ってのは関係ないような……」
「でも最終的にこの店をチョイスしたのは私なんだから、私の目が確かだったとも言えると思うな!」
「まあ、そうかもな……」
「ユウリ、どうかしましたか? やけにしおらしいですが……?」
「そうか? ……いやそうだな。こんな光景見ればしおらしくもなるか」
「「?」」
やはり気づいていない。知らない、ということだろう。よくよく考えれば言葉が通じているのも外来語混じりの、しかも日本でしか使われないような表現がここで通じている時点で気づくべきだったのだ。
「いや、ニオンはともかく燃香は分かるだろ。料理とかなにか気づかないか?」
「なにが?」
「その料理、元の世界で見覚えないか?」
「………………あ。オムライスに似てる!!」
「だろ。そして俺が食べてるのは」
「チャーハン!」
「?? 2人とも、それはなんですか?」
「俺たちの故郷の料理の名前だ。さすがに名前は別だが、よくよく聞くと似た名前なんだ」
「ですが、別の世界の料理がどうしてあるので————勇者、ですか……」
ニオンが察した通り、つまりはそういうことだ。この世界は俺や燃香の故郷の世界から多大な影響を現在進行形で受けており、勇者の存在を介して様々なものがもたらされているに違いない。きっとそれは言語表現や料理だけに留まらない。この調子だとギルドや『冒険者』という仕組みが誕生したのも勇者の影響だろう。
「だろうな。勇者がこの世界にもたらしたものがいいことなのか悪いことなのかはこの世界の歴史を知らない俺にはよく分からない。けど、こうして故郷の料理とほぼ同じものが食べられるのは、少なくとも俺にとってその点ではプラスになってるな」
「元々高いクオリティでまとまってるものが大量に入って来たら、この世界に元々あった文化とかはどうなるんですか? 人間なんて楽な方に流れる生き物、この世界にあったものはどんどん廃れていってしまうのでは?」
「うーん、かもなぁ……」
「とんだ外来種、ということになりますね」
ニオンは燃香が注文したラーメンを啜りながらバッサリ言い切った。手厳しいことを言ってはいるが、ラーメンを気に入ったようで口元が綻んでいる。
「(外来種って、それ俺も該当するんじゃないか?)」
「ぷふっ! それは言えてるかもね。でも時間が経てば、いつかは古いものを見つめ直すようになるよ。自分たちの文化だもん。そうあっさりと捨てたりはしないはずじゃない?」
「……それもそうですね。いずれにせよ私たちのような外野が口出しできる問題ではない、ということでしょう」
「そーだね。あ、ニオンちょっと交換しよ! それ美味しそう!」
「いいですよ。はい、あーん」
「うん! 美味しい!」
側から見ると喧嘩しているように見えない会話だったが、本人たちからすると意見はぶつかっていても考え方が衝突しているわけではないのだろう。
「(ん? あれは……)」
何気なく調理中のキッチンを見ると、そこにいる人は設置されている水道やガスコンロのような物を苦もなく使っていた。しかしよく見ると、それらは俺の知る元の世界のそれと似てはいたが別物で、蛇口は捻るところが、ガスコンロは火の出るところが水晶のような物でできており、それぞれ水色と赤色だった。
あれは魔術機械か? そういえばギルドにあった年齢を測定する魔術機械も似たような水晶質の物質でできていた。あれは青かったが、もしかしたら用途別に色が違うのかもしれない。
……というかこの世界の文明レベル相当高くないか? いや、言語と食が輸入されてるんだからテクノロジーが入ってきていて当然といえば当然か。ああなってるのは、きっと詳しい仕組みを理解している人がいなかったから、科学技術をこの世界の魔術という法則や既存の技術や資源で代用したのだろう。ガワが似てるのは転移者が持ち込んだ科学技術の名残だな。
今まで排泄や拠点の洗濯物やらなんやらは全部川でやってたが、この調子だとトイレとかあるよな? うわ、早く知りたかった、そういうの。
拠点の中がどういう仕組みで循環してるのかは分からないが、滝から出た水が川を流れ、そのまま一周して滝に戻っているわけではないのは既に実験済み。でなければ川を使うことはできない。下流に流した泥や汚れが滝から落ちてくることになるからな。
「そういえばなんで冒険者になろうとする人がいるんだろうね?」
「そりゃ……なんでだろうな?」
「それは冒険者による英雄譚や一攫千金、サクセスストーリーが巷に溢れているからですよ。作り話も多いですが」
「へー! そうなんだ!」
「なんでニオンがそんなことを? ここ最近までずっとカントリ林にいたんだよな?」
「……親友からよく教えられていましたから」
ニオンは若干寂しそうにそう答えた。その横顔は俺には他人には絶対に触れられない在りし日を思い浮かべているように見え、それ以上を聞くことはできなかった。




