第26話 第2の仲間
雲1つない青空の下、燃香は庭に佇んで空を見上げながら木漏れ日を浴びていた。
俺が御三家(?)の人間だと発覚し、燃香に異変が起こった翌日の早朝。俺はふと目が覚めてしまい、時計を見ると朝食までかなり時間があったので、なんの気なしに庭に出ていた。そこに燃香が日光浴をしながらぼんやりしていたので、思わず平静を失って大声を上げるところだった。
「なあ」
「ひゃっ!? ……な、なに?」
割と近くまで接近していたというのにこちらに気づく素振りが全くないので、実は気づいてる上でスルーしているのかと思って話しかけたら、その声が掻き消される音量の声でもってものすごく驚かれた。
「吸血鬼って日の光に当たると灰になるんじゃなかったか?」
「確かにそうだね。よく分かんないけど、御三家の血で吸血鬼の性質が弱まったから日光が大丈夫になったのかもね。あと必要な血の量と頻度も減ってるみたい」
「確かにそれなら昔話のハッピーエンドと符合するな。あと『眷属化』ってなんだよ?」
俺は久しぶりにステータスを細かく見て、種族部分に謎の表記があることに気づいた。
普段なら説明を見たのち、なんのとこかサッパリで終わらせるところだったが、目の前に吸血鬼がいるのだ。思い当たるとしたら原因は彼女しかいない、そう思って問いかけた。
「それ? 吸血鬼に血を吸われた人間がその吸血鬼の支配下に置かれる現象のことだよ。眷属にした吸血鬼の力が強大なほど、支配力が強まるの。私の場合は、相手が操られてることに気づかれないくらいの支配力があるんだけど、結理君のことは操れないみたい」
「俺、いつのまにお前の眷属になったんだよ……」
「お前じゃなくて、燃香。名前で呼んでね」
「燃香、説明頼む」
彼女が不満そうに口を尖らすと、燃香を苗字で呼んだはずなのに、口が勝手に動いていつのまにか名前で呼んでいた。俺の意思に関わらず、呼び方を勝手に変えられたような気がしたが……?
「うーん、多分私が何度も血を吸ってたからかな? でも私の方も種族になんかが追加されてたよ」
「なにが追加されてたんだ?」
「それはね……」
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高野燃香 吸血鬼(鎮静化) 女性 21才
LV.91
HP 298/1321(半減)
MP 2/851(半減)
筋力 803(半減)
耐久 722(半減)
魔力 707(半減)
魔防 698(半減)
俊敏 800(半減)
スキル 吸血:B
高速機動:B
流体操作:A+
術技:A+
剣技:S+
過熱:B
鋼の心身:B+
予見:A+
隠匿:C
サバイバル:EX
戦線離脱:C
真の眼:A
適性 火:EX
水:A
土:A
風:A
雷:A
無:A+
特性 ・不死鳥再生:A
・不浄の炎:EX
・超再生:A
・装甲破壊:EX
・血の婚姻:B
闘魂:A
心話:EX
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彼女がなぜか《心話》を用いて俺にステータスを見せてくる。その代わりに、というか割と一方的に俺のステータスも覗き見る燃香。俺、本当に操られてないよな?
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葉桜結理 人間(眷属化) 男性 18才
LV.51
HP 99/513 +100
MP 132/132 +100
筋力 169 +100
耐久 276 +100
魔力 231 +100
魔防 103 +100
俊敏 427 +100
スキル 血の献身:C
武技:C++
察知:B+
吸収:B
闘魂:A
適性 火:B
水:C
土:C
風:E
雷:E
無:E
特性 ・???の寵愛:EX
硬化武鎧:C
竜変化:C+
邪眼:B++
・血書契約:A
心話:EX
・血の婚姻:B
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「追加されてたって、『鎮静化』のことか?」
燃香と俺のステータスやスキルで気になることは山ほどあるが、今はそれを最優先だ。
「そう。見てみたら吸血鬼の性質を抑えて、判別困難にする代わりにステータスが半減するって効果だったの」
一方の、俺に追加された『眷属化』はその吸血鬼の支配下に置かれる代わりに、その吸血鬼の格に応じてステータス、というか身体能力が半ば強制的に強化されるというものだった。
問題なのは、燃香がどれくらいすごいのかサッパリ分からないことだ。
「半減されてる状態でこの数値ってヤバくないか?」
「だって伝説だもん。強いのは当然です」
だよな。それにしても聞きたいことが多過ぎて困る。
それに燃香の伝説っぽい側面を見てないせいか、普通の女の子にしか見えないのでどうしても「意外!」みたいな反応になってしまう。
「……そ、そうか。けどなんか、若くないか?」
「眠ってる間、年を取ってなかったからかも」
「いや、そういう意味じゃなくてだな。伝説って言われてるくらいだから、100年くらいこの世界に君臨してたってわけじゃないのか?」
「私はこの世界で活動してたのって大体9年だよ。だからじゃない?」
「たった9年間だけで伝説だと……!?」
吸血鬼なわけだからてっきり100才を余裕で越えてるのかと思ったが、たった9年とは。つまり大体12才でこの世界に逃げ延びてからずっとってことか? ヤバいな。
燃香は俺が年齢の話をした時、少しムッとした顔をしていた。しかし、伝説という単語が出た時は気分を良くしたのか、得意げになって過去を振り返り始める。
他人のこと言えないが、チョロいな、こいつ。
「それにその間、ずっと野宿しながら戦いに明け暮れてたから、正直この世界のことはよく分かんないんだよねー」
「……なにを知ってるのか聞いていいか?」
「えーっとね、私の出身の世界とは違う世界ってこと、なんか私が討伐対象になってること、魔術って言う故郷の世界にはない法則が存在していること、ステータスっていうよく分からないものがあること……くらいかな?」
「……燃香、お前9年間もなにしてたんだよ」
「この世界に逃げて、手頃な街に入ったら吸血鬼だって即バレしてそこからずっと戦闘」
彼女は指を折りながらこの世界について知ってることを誇らしげに数えて、突っ込まれたらさらに誇らしげに答える。っていうか、なぜそんなに誇らしげ?
「他になにか聞きたいことはある? 私がなんでも答えてあげる!」
「なら《血の婚姻》について詳しく教えてくれないか? なんで燃香が《心話》と《闘魂》を持ってるのかの説明も」
彼女のスキル云々は置いておくとして、自分のスキルで気になったのといえば《血の献身》と《血の婚姻》。なんか、俺のスキル群が段々と血生臭い感じになってきている気がする。
《血の献身》は《献身》の上位スキル。他人に自分の身を削って無償の愛を捧ぐことにより《献身》が進化して得られるスキルらしい。効果は《献身》の効果の強化に加えて自分のHP、MPの自動回復効果が追加されたものだ。
……血をガンガン吸われてるだけで得られるスキルとは一体。
「それは、その……。《血の婚姻》っていうのはね、昨日話した昔話に関係してて、血を交わした者同士が持つ特性なの。効果は2つあって、1つはその相手のスキル2つを同じランクで自分のスキルとして使える。……死が2人を別つまで」
昨日に引き続きまたしても、視線を泳がせながらしどろもどろになる。これは内容の予想がつくな。というか、1つ目がやたらロマンチックだな。
「だからか……ん? もう1つは?」
「それは、その……」
デジャヴか? 今、さっきと全く同じ文言が彼女の口から出た気がするんだが……。
「もう1つはその、ざっくり言うと不倫防止。血を交わした相手としか、その……交われないの」
「!?? ま、交わ……っ!? つ、つまり、それって……」
「そういうことでしゅ……」
燃香は顔を真っ赤にして両手で表情を隠す。隠してはいるが、全然隠せてない。しかも噛んでるし。
「……だから《心話》と《闘魂》を持ってるのか。なら俺も燃香のスキルを使えるようになるってことか?」
「そ、そう! 一緒にサバイバルを極めよう!」
「じゃあ、《真の眼》と《予見》で」
そう意思表示をすると、《血の婚姻》の下の欄に《真の瞳:A》、《予見:A+》が追加された。それを聞くや否や燃香は俺に掴みかかって肩を前後に揺らす。
「なんでよーーーーっ!?」
「いや、内容を見る限りこれしかないと思ったからなんだが……」
やたら《サバイバル》を推しまくる燃香。生き残りをかけた戦いをしてきたせいか、燃香のスキル群の後半はどんな戦場からも生き残ることに重点を置いた構成になっていた。
《闘魂》の効果は残りHPが1割の時、耐久と魔防がAランクだと2倍になるスキルだ。ロボットとの戦闘がこうしてスキルとして活きている。
そう考えると彼女が《闘魂》を選んだ理由も分かる。
そんなわけで昨日よりもだいぶ気まずくなったのだった。
「え、えーっと新規登録ですか?」
「そうなの! 私、最近結理君と知り合ってパーティに入れてもらえることになったんだけどね! それでね————」
「ユウリ、1つ聞いていいですか?」
「なにをだ?」
受け付けで職員に顔を近づけながら、新規登録に必要なさそうな熱烈な自己アピールを始める燃香。それを側から見守る俺とニオン。
折角、パーティに入ることになってもらったのだから、早い方がいいだろうと、朝イチで人気のないギルドに来ている。この時間帯からここに来ているのは職員か、よほど仕事熱心な冒険者くらいだ。
「彼女の名前です。冒険者になるのは賛成ですよ? でも、登録する時の名前はどうする気ですか?」
「あ」
ニオンの懸念はすぐに理解できた。もしここで機械によって本名がバレようものなら即討伐だ。
今ならまだ間に合う、そう思って彼女を引き留めようとするが、既に機械での計測に入っていた。
「それではこちらで登録の手続きを……」
「これ? どこかで見たことあると思ってたけど、これを使えばいいの?」
「「あ……」」
「はい。モエカさんですね。……あの伝説の吸血鬼と同じ名前なんですね」
「私の故郷だとその話、そんなに有名じゃないから私と同じ名前の子、結構いるよ?」
「そ、そうなんですか……」
職員の名前に関しての訝しむ視線に途端に慌てだす……と思ったが、そんなことはなく、むしろ自然に応対する燃香。普段からこうなら……とは思うも、話題のベクトルが違うから仕方ないのかもしれない。
『あ、危なかったな。吸血鬼だってバレるかと思ったぞ……』
『ユウリから聞かされた御三家の血による『鎮静化』のお陰ですよね。まさか、ステータスにまで有効だったなんて……』
受け付けの職員とは至近距離にいるので、《心話》での会話だ。
「2人ともーっ! どう? 私も冒険者になった感想は?」
「つつがなく終わって良かった」
「トラブルを起こさなくて良かったです」
「え? 私ってそんなに困ったちゃん?」
「「そうだよ!」」
「ええーっ!?」
Eランクの冒険者証をドヤ顔で見せつけてくるが、俺たちの感想は完全に一致していた。




