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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第25話 鎮めるもの


 山の麓から家に帰って来た俺たちは、込み入った話はあとにしてとりあえず燃香に家の中を案内することにした。

 俺とニオンでその案内をしている内に燃香は気に入った部屋を見つけたらしく、ここに住むことを一方的かつ勝手に決めた。ちなみにその内装は畳が一面に敷かれ、障子で仕切られた座敷だ。故郷の屋敷を思い出すかららしい。

 彼女は吸血鬼で、それが知られたら討伐待ったなしの存在だから人目につかない場所に住むのは確かにいい判断だろう。燃香はそれを長いことやってるはずだから、それと分かっての行動のはずだ。気に入った物件を見つけたからではないと信じたい。


「なるほど、病名は貧血だったのか」


 さらにこのパーティのメンバーになるにあたって、燃香に拠点として使っているこの山と家のことについて説明した。まだ案内してない他の場所や諸々のことをニオンに任せて、その間に俺は生前親が使っていたらしい本だらけの書斎に移動してそこにある本棚から、関係ありそうな本を何冊か取り出して片っ端から調べていた。そこにある本にジャンルなどの傾向はなく、さらに本棚に収まらないものはテーブルや床にまで山のように積まれていた。


 調べた結果、俺の最近の不調の原因と正体を最終的に、吸血鬼に血を吸われていたことによる貧血だと結論付けた。前代未聞だな、うん。


「ユウリ、ここにいたのですね。少しいいですか?」


「構わないが、なにかあったのか?」


「今後の方針について話合おうと思ったのですが、どうですか?」


「そうだな、確かに必要だ。早速行くか」


 書斎に音もなく入って来るニオン。その無音っぷりにはこの数日でなれたが、最初の内はよく肝を冷やしたものだ。主に独り言を言っている時に。

 あれって、他人に聞かれるとなぜかは分からないがすごく恥ずかしくなるな。






「まずは自己紹介から始めようか」


「なら、まずは私から。私の名前は高野燃香。あの、改めてよろしくお願いします」


 とりあえず、今後の方針や情報交換、お互いのことを知るための自己紹介をすることになり、リビングに3人で集まって座布団に座っている。

 燃香は遠慮がちに落ち着かない様子で挨拶する。急に自己紹介となったから緊張しているのかもしれない。


「私の名前はニオン。よろしくお願いしますね」


「ニオンだけ? 名字はないの?」


「私は魔生物ですので最初は名前がありませんでした。けれど、ここで会った時にユウリに名付けてもらったのですよ」


 ニオンの自己紹介を聞くと、燃香は小首を傾げて問う。

 そういえば、俺の元いた世界で考えたら名字がないのは不自然だが、この世界では名字がないことがそこまで不自然な世間ではないな。しかし、彼女はこの世界で伝説になるほどの吸血鬼だ。この世界の常識を知らないってあり得るのか? というか、彼女がどちらの世界の日本出身なのか知らないので、常識云々について言及できない。


「魔生物? 魔物じゃなくて?」


「まあ、魔生物と魔物は魔力を扱える生物として一緒くたにしても一般的には大して問題はありません。本質的にはほとんど違いがありませんから。意思ある魔生物の大半は気にしますが……まあ、私はそうでもないですね。私が私であることに変わりはないので。両者に大きな違いがあるとすれば、魔物には頂点たる王がいて、魔生物にはそれがない。それくらいでしょうか」


「そうなんだぁ……。けど魔生物? だったなんて、全然気づかなかった! ちなみになんの魔生物?」


「魔昆虫のセミ種です」


「セミ!? 全然見えない……」


 それに関しては激しく同意だ。本人からすると大して違いはないらしいが……。


「じゃあ、最後は俺か。俺の名前は葉桜結理。いや、ユウリ・ハザクラか。よろしく」


「へー。ハザクラユウリって言うんだ。ふんふん。……ハザクラ、……葉桜?」


「うん?」


 頷きながら俺の名字を脳内で反芻しているようだが、なんか繰り返す内にカタカナから漢字に変換されたような気がしたが、気のせいか?


「葉桜って、ままままままさか、御三家の分家の!? まさかこんなところまで追って来るなんて!」


「なんだよ、その御三家って? ほのおタイプと、くさタイプと、みずタイプか?」


「そんなんじゃないって! どどどどどどうしよう? 御三家と言えば、神殺し、不死殺し、異能者殺し、異常者殺しの戦好きの狂人集団。こ、殺される……!」


 なにその世紀末ヒャッハー集団。そんなのどこの世界にいるんだよ。ってか吸血鬼に怖がられるとかどんな集団だろう? 一度でいいから見てみたい。多分モヒカンだな。

 だが、そんなことより、彼女はさっき聞き逃せないことを言っていた。


「こんなところで、って言ってたよな? まるで絶対遭遇しない場所で出会ってしまった、みたいな言い方だが?」


「当然でしょ! 世界を跨いでまで追って来るなんて、やっぱりあなたたち御三家は他人の血見たさに戦う外道集団だって今確信した!」


 他人の血見たさって、吸血鬼に言われてもな。

 しかもさっきから言い方が化け物扱いっぽいし、燃香の怯え方が尋常じゃない。俺の故郷の世界にそんなヤバい奴らがいたなんて……。世の中俺の知らないことばかりだな。


「俺が異世界から来たのが分かるのか?」


「私もあなたと同じ世界から来たんだから当然でしょ!」


「そうか、同じ世界か……。そ、そそそそそ! その方法について詳しく!」


 さっきから怯えたりキレたり燃香は忙しいな。とかぼんやり考えながら聞いていたので、反応するタイミングが少し遅れた。

 それが分かれば帰れる! そのことに気づいた俺はにわかに色めき立つ。


「絶対イヤ! どうせ私と同じ吸血鬼を殲滅するために仲間を送り込もうとしてるんでしょ! だったらイヤ! 死んだ方がマシ! いや、死ぬのはイヤだけど……」


「ところで御三家ってなんですか?」


 さっきから蚊帳の外だったニオンが、燃香の話を聞く中で俺も疑問を覚えていたことに問いを発する。

 それは俺も聞きたいところだ。今分かることと言えば、それに大名とモンスターが関係してないことだけだ。


「いや、俺も知らん。多分同じ名字だから勘違いしてるんだろうな」


「してない! この匂い、間違いない! これは御三家の匂い!」


 お前も匂いフェチか。


「ちなみにどんな匂いだよ」


「血と暴力の匂い!」


「いや、だからどんな匂いだよ!」


「でも確か、御三家の血は美味しいって聞いたことある……。それで分かるはず!」


「どんな判別方法だよ。っておい、止めろ。噛みつこうとするんじゃな痛ーーーーッ!!」


 燃香はじりじりと女豹の様に距離を詰めてくる。俺は後退りして彼女の牙から逃げようとするが、燃香の方が圧倒的に速かった。なすすべなく彼女に捕らえられて腕にガブゥッ! と噛みつかれる。今の噛みつき音、あとで絶対歯形が残るヤツだ。


「お、美味しい! まるで、私の好きな食べ物、好みの味付けを完璧にマスターしたプロの料理人が作る至高の一品がこの一滴で味わえるようなこの豊潤な味わい! 間違いなくあなたは御三家の一員……」


 目をキラキラに輝かせてその味を食レポする燃香だが、確信を得た彼女が俺を御三家だと名指ししようとしたところ、なぜか話す速度が急激に遅くなったのち、その途中でフリーズする。


「? おい、どうした……?」


「なんか、体が熱い……! あッ!」


 燃香は急にその場で倒れて蹲る。脂汗を浮かべてなにかの苦しみに耐えているようだが、俺にはなにが起こっているのかサッパリ分からない。

 ちょっと前まで俺の血をゴクゴク吸ってたのにこの変化は一体? というか今までも吸ってたのに味に気づかなかったのだろうか? いや、味を感じ取るほどの余裕がなかったから分からなかったのかもしれない。


 しかし、あれだけ苦しんでいたのにしばらくするとその症状は治まったのか、ぐったりして呼吸は荒いながらも苦しみに耐えているような様子はない。

 だが奇妙なことに彼女の混じり気のない綺麗な金髪は、その色が段々とくすんでいき、最終的に茶髪へと変化する。


「大丈夫か? ってこれは一体……?」


 その場に倒れた息の荒い彼女を抱え上げると、燃香の目はどこを見ているのか焦点が定まらなく虚ろで、その瞳も赤から茶色になって、縦に長い瞳孔も円形になっていた。

 一言で言えば普通の人間と区別がつかないようになったのだ。これは一体……?


「今は燃香を安静にさせるのが第一です。その辺りの追及はあとにして、彼女の部屋に運んだ方がいいですね。あとちょうどいいのでそのまま行きましょう」


 俺が抱き抱える具合の悪そうな燃香を見て、ニオンは心配そうに見つめながら立ち上がる。


「マジか? ニオンが運ぶんじゃなくて?」


「? なんでですか? どう考えても二度手間ですよね?」


「そ、そうだな」


 ニオンは戸を開けて、俺を燃香を彼女の部屋に連れて行くよう促す。俺が気兼ねなく運べるように先導してドアを開けたりしてくれるようだ。

 だが、そんな曇りなき眼で俺を見ながらその問いを投げかけるのは止めてくれ。






「大丈夫か? 急に倒れたが、なにかあったのか?」


 彼女の部屋の布団に寝かせてから僅か1時間で完全復活する燃香。これが吸血鬼か! と感心するが、今重要なのは彼女の体になぜそんな変化が起こったかだ。

 今、燃香は布団から上半身を起こして俺と会話している。


「……やっぱり結理君は御三家で間違いない。彼らは皆、あなたみたいに吸血鬼の性質を弱める血を持ってるの」


「だったら根絶やしにされてるんじゃないか?」


「そ、その血の使い方は、ちょっと特殊で……。その、誰でも誰とでもできる、ってわけじゃないの……」


 それを聞くとなぜか燃香は急に顔を赤くし、しどろもどろになる。一方の俺は、これってどういう反応なんだろう? と困惑するしかない。


「それってどういう意味なんだ?」


「そ、それは……その……。うぅ……」


 問いかけるとさらに顔を赤くし、目を泳がせまくる。そんなに言いにくいことなのかもしれない。加えてなんか嫌な予感がする。

 しかしだ。俺はなにか彼女を困らせるようなことを聞いたのか?


「言いにくい話題なら、なにかの例え話をするのはどうですか?」


「な、なるほど! ニオンちゃん頭いい!」


「に、ニオンちゃん、ですか……?」


 ちゃん付けされたことが余程ショックだったのか、魂が抜けたような状態で硬直するニオン。


「そんなわけで例え話で、っていうか昔話で話すことにする」


「実話か?」


「うん、実話。私たちの世界の吸血鬼に伝わる実話だから心して聞いてね。……その昔、私たち吸血鬼と御三家の人間が戦っていたの。……多分今もそれは続いてるだろうけど、今重要なのはそこじゃなくて。そんな中、ある1人の吸血鬼と御三家の人間が恋に落ちた。でも彼らは戦い、殺し合う定め。人目を避けて僅かな時間だけ会い、愛を育む日々。そんな時間が続いたある日、このままの関係にしておくわけにはいかないと思った2人は遂に駆け落ちすることにしたの。でも1人は吸血鬼で、1人は御三家の人間。普通に逃げたんじゃすぐにバレるって考えた2人は、ある方法を思いついた。御三家の人間の血を特殊な方法で吸血鬼の体内に取り入れることで、その性質を押さえ込んだの。そして彼らは誰にもお互いの素性を知られることなく幸せに暮しました。……っていう話なんだけど……」


「おー、紛うことなきハッピーエンドだな。ん? 実話? 性質を押さえ込む? え? つまり、それって……?」


 話し終える辺りで再び顔を赤くして俯く燃香。

 その話を聞いて得た情報に、燃香の反応の理由を加えて、自分でその内容を噛み砕いて消化すると1つの結論に到達する。


「つまり、その実話を元に考えるなら、御三家の血で吸血鬼の力を押さえ込んだユウリの行動は、遠回しなプロポーズってことになると思いますよ」


「マジか!? 俺、知らぬ間にプロポーズしてたのか!!」


「————ッ!!」


 それをニオンが先んじて躊躇いもなく真顔で言ってしまうわけだが、燃香のその反応を見ると、俺から言い出さなくてよかったと心から思った。

 燃香は、恥ずかしがっているわけを他人の口から言語化されてしまったことで、今度は湯気を頭から立ち上らせるはど顔を赤くし、顔を両手で覆う。しかし、話はそこで終わらない。


「た、正しくはその次の段階なんだけど……」


「な、なん、だと……ッ!?」


「ではあとは若い2人に任せて私は先に寝ますね。……おやすみなさい」


「「このタイミングで!?」」


 次の段階がなんなのかを耳聡く察知したニオンは立ち上がり、その速さを活かして俺も燃香も気づかない内に部屋の外に出ていた。しかも笑顔でそんなことを言い残して有無を言わせずに障子を閉める。


「「……(き、気まずい……)」」


「あ、そういえば特殊な方法ってなんだよ? 俺は知らないんだが……」


「知らないでこんなことに!? それはね……」


「それは?」


「————」


 彼女の、耳打ち自体に途中で照れて止まったりするこそばゆい吐息のそれを要約するとつまりこうだ。

 吸血鬼の性質を押さえ込む方法に必要な条件は、双方が合意していること、お互いを受け入れる意思があることの2点が必須らしい。俺にはなんかすごくオブラートな表現をしているのか、本当にこんなにふわふわした条件なのかは分からない。


「俺、そんな条件呑んでないんだが?」


「え? でもこうして私の吸血鬼の力が押さえ込まれてるじゃん」


「まあ、確かにそうだが……そもそもお互いを受け入れる意思ってなんだよ?」


「さあ? 詳しいことは私もよく知らないけど、相手を信頼するとか?」


「いや、会ったばかりのよく知らないヤツを信頼なんてしていいのか?」


「人間関係の第一歩は相手を信じることだよ。無条件に誰でも、ってわけにはいかないけど、相手を信頼する、その相手が自分に信頼を返す、そうすればきっといい友人に出会えるはずだって私は思ってる」


 燃香はそう言って微笑んだ。とても悪評まみれの伝説の吸血鬼の言うことには聞こえない。けれど、これが彼女の素の表情なのだろう。


「そういうものか?」


「そういうものだよ」


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