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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第24話 不調の正体


 熱い、喉が渇く、腹が減る、体中が食べ物を、飲み物を欲している。しかし、これ以上は危険だ。リスクがある。何事にもそれはあるのだ。だから頻度を減らさなければ。それでもダメなら眠って気を紛らわせる他ない。

 でもここは一体どこだ? 見知らぬ土地、見知らぬ世界、見知らぬ空、人も全く知らない者ばかりだ。あの日から一体どれほどの時間が過ぎたのだろう? もし戻れるなら戻りたい。あの日の後悔を取り戻したい。

 だから願う、けどそれを叶えてくれる都合のいい存在はこの世にはいない。どこにも神や仏なんてものはいやしないのだ。だから願いは自分で実現するしかない。でも、そんな力、今の自分にはない。ただ誰の温もりもないこの場所で朽ちていくだけ。






「ユウリ、大丈夫ですか? 昨日よりも悪化していますし、顔色が悪いですよ?」


 拠点の自室で俺は布団に横になりながら、ニオンの看病を受けていた。

 めまいに頭痛、少し動くだけですぐに疲れるし、心臓の鼓動が速い。倦怠感もある。どう考えてもなにかの病気かなにかに罹っているとしか思えない。

 最近変わったことといえば、あのロボットと戦ったことくらいだ。アレになにか関係があると考えるのが自然だが、なにが原因なのか、全く想像もつかない。


「だな。気分は最悪だ。この気分の悪さは好きな作品が打ち切りになったり、作者死亡で未完になった時に匹敵する」


 昨日の依頼は結果的に完遂できたし、あと始末や依頼達成の報告はニオンがなんとかしてくれた。

 しかし、俺がこの状態でニオンが単独で受けられる依頼はCランクになってしまう。パーティではなく、1人で受けるわけなので本人の階級しか反映されないからだ。

 それ自体は依頼を受けて、階級を上げれば問題ないのだが、俺が置いてけぼりになるのがよろしくない。さすがにこれ以上差がつくとついていけなくなるからだ。


「なにを言ってるのかよく分からないですが、大丈夫なようですね。とりあえず夕食を持って来ます」


「おう、頼む……」


 その日の夕食はお粥っぽいものになった。やはりこの国に米はないのか。できれば早急に入手したいな。このままだとそろそろ禁断症状が出てしまう。


 俺はその日安静にして、いつもより早く眠った。しかし翌日の朝、よく眠って起きたはずだが、疲れがとれた気がしなかった。






「……昨日よりも悪化してませんか?」


 鏡でも使わないと自分の顔は見えないが、多分顔色が昨日よりも悪くなっているのだろう。


「だよ、な。なんかの、流行り病にでも罹ったか……?」


「見た感じでは異常はないのですが……」


 ニオンは俺がなにかしらの状態異常になっているのでは? と思ったらしく、体を調べると進言してきた。さすがに下半身は……。ということで上半身の服だけ脱いで、見てもらったが、異常はなかった。下半身は自分で調べた。どこにもかぶれや湿疹、傷痕はなかったのでこちらも異常なしだ。


「……とりあえず様子を見よう。ニオンも()()()()()で頼む」


「……! 分かりました。今日は私も休みます。最近は忙しかったですからね」


 どうやら今のアイコンタクトで俺の意図はニオンに伝わったようだ。あとはその時をじっくり、ただひたすら待つだけだ。






 深夜。2人が寝静まる拠点は、草が風で揺れる、池に湧き水が流れ込むといった僅かな音しか存在していない。そして庭から家の中に入り、廊下をひたひたと歩く影の足音もまた存在していない。

 その影の足取りに迷いはなく、歩き慣れた様子で家の中の目的地へと歩みを進めていた。

 できるだけ物音を立てないように障害物を避け、仮に目的地までの近道になるとしても、障子やドアを開けて突っ切るようなことはせずに迂回し、カーテンや窓、時計などが立てた物音で万が一、相手が起きた時にそれが原因で気づかれることがないようにそれらから距離をとり、あらゆるケースを想定し、万全を期して進む。


 そしてとうとう影は、目的地に辿り着く。そこは結理の自室だった。そこに至るための戸は開けられていてすんなりと入ることができた。

 影は眠っている彼の元へ音もなく近づき、仰向けになっている結理の横へ座るとその首元へ手を伸ばし、彼のパジャマのボタンを上から3つを外す。そこから露わになった首筋と鎖骨を見た、影の口から熱い吐息が漏れ始める。

 影は、その位置から彼に覆い被さるようにして、その首に開いた口を近づける。そこからはナイフを思わせるような牙が、月明かりを反射して鈍く光っていた。

 その牙がすっ、とすり抜けるように音もなく彼の首に突き刺さる。皮膚を食い破り、肉を断ち、その温かな血を吸い上げ、渇いた喉を潤し、その豊潤な味わいを噛み締めながら体全体に行き渡らせる。


 ほんの僅かな時間ののち、影は結理の首筋から牙を抜いて口を離す。


「……お前が俺の体調不良の犯人だな」


「ッ!」


 影がまた隠れるべく、その場をあとにしようとしたその瞬間、何者かに腕を掴まれる。その腕を掴んでいたのは結理だった。


 昼間、俺とニオンはアイコンタクトで、今夜は寝ずの番をして犯人探しをしようとしていたのだ。

 最近の体調不良は夜、拠点で眠ることが原因で起こっていた。夜遅くまで依頼で拠点を空けていたり、夜更かししてあまり眠らなかった日の翌日は体調が悪化していなかった。

 しかし、それは分かっても、結局なぜ体調が悪くなるのかは分からなかった。なので、その原因を確かめるために寝ずの番をして、ニオンには隣の部屋でスタンバイしていてもらっていた。

 その結果、予想は大当たり。


「逃しはしません!」


 影が外に逃げようとする方向の横合いからパジャマのままのニオンが現れ、レイピアを振るう。その影は急に飛来したその剣先を躱せずに右腕を斬り飛ばされる。


「ぐッ!」


 影は斬られて出血する右腕を庇いながら、そのまま外に向かって突進し、窓ガラスを砕きながら外へ逃亡する。


「ニオン、お前は先に追ってくれ!」


「分かりました、無理はしないでくださいね!」


 そう言い残すと、ニオンは影と同じように窓ガラスどころか窓枠までもを破壊しながら家を飛び出し、その影を追いかける。

 これ、あとで直せるのだろうか?






「なっ!? なんで先がないの!? これじゃあ……」


「見つけましたよ」


「はぁ、はぁ、はぁ、病人にこの運動はキツいんだが……。まあ、ともかく、お前が俺の体調不良の犯人でいいんだな!」


 その影は山と街の境界線付近で黒いカーテンのような壁を叩いていた。そこに俺たちがちょうどよく追いつく。ニオンは相手から付かず離れずの距離を保って尾行していたが、今の俺にそんな余力はないので影を追うというより、ニオンの向かう方向を追って辿り着いた。


 雲に隠れていた月が顔を出す。その光に照らされた顔には見覚えがあった。


「ニオン、あの吸血鬼。この前、灰になってなかったか?」


「なってましたね」


「……」


 その影、改め吸血鬼はこの前、灰になった彼女と間違いなく同一人物だった。

 金髪でセミロング。肌は白く、以前よりも血色がよくなっているが、しかし不健康そうなことに変わりはなかった。瞳は赤く、瞳孔は縦に長い。奇妙な生命力は眠っていた時よりも増していた。容貌は自然の摂理であるかのように美しく、足はすらっとしていて長く、しなやかで繊細。


「お前はここ最近俺の血を吸ってたな?」


「そうよ。目覚めたばかりの時に灰になっちゃったから体を再生させるのに大量の血が必要だったの。……それで? わ、私をどうするつもり?」


 彼女はキッ! とこちらを睨みながら、左腕で自分の肩を抱いて身を竦ませる。

 今、彼女は俺の部屋のタンスからパクったらしき高校の制服を着ている。なぜ数ある服の中からそれを選んだのか、謎でしかない。


「ニオン、吸血鬼って日光に当たると灰になって死ぬんじゃないのか?」


「一般的には。ですけど、灰になったあと、そこから復活できるなんて吸血鬼、聞いたことありません。あなたは何者ですか?」


「私? 私の名前は高野(こうの)燃香(もえか)。燃えるに香りで燃香。……ってなんで私は自分を殺そうとしてる人に名乗ってるの……」


 彼女は素直かつ得意げに答えたのち、頭を抱えて蹲る。なにがしたいんだ? こいつ。……うん? 高野? それってもしかして……。


「高野って、伝説の吸血鬼……!」


「まさか!? こんな身近に!?」


「なにが?」


 彼女、高野燃香はそれを聞いて立ち上がるも、キョトンとしている。


「お前、本に載るくらいには有名だぞ。主に悪い方向性でだが」


「そうですよ。あなたは有名です。主に悪名高い意味でですけど」


「有名!? えへへ……」


「いや、褒めてないから」


 高野燃香は褒められたと思ったのか、赤くなった頰を両手で押さえている。よくよく見ると、いつのまにか右腕が再生していた。


「しかし、どうする? 討伐するか?」


「ですね。相手は復活したばかり。たとえ相手が伝説の存在であっても、今なら勝てそうですね」


「ちょっと待って。お願いだから、殺さないで……」


 討伐、という単語を聞いた彼女は顔を青くし、地面に頭を擦りつけて這いつくばる。その様子をニオンは怪訝そうに見つめながら俺に問いかける。


「……ユウリ、この吸血鬼はなぜ地面に這いつくばってるんですか?」


「これは日本の伝統芸能の土下座で、相手に誠心誠意込めてお願いする時の姿勢だ。ちなみに、これを大っぴらにやるとプライドがない奴扱いされることがあるから気をつけろよ。上位互換には土下寝がある」


「なにを言ってるのか分かりませんが、彼女が命乞いをしているのは分かりました」


「ねえ? 今、土下座って言った? 日本とも言ったよね! もしかして同郷の人!?」


「うお!? 近い近い! 一旦落ち着け、というか離れろ!」


 それを聞いた途端に、彼女が顔を上げ、しかも目にも止まらぬ速度で俺に掴みかかってくる。さらに言うなら顔が近い。


「ご、ごめん。久しく故郷の話を聞いてなくて……。あとなんでも言うこと聞くから殺さないで! 私には、まだやらないといけないことがあるの。それまでは、死ねない……」


 彼女は俺の肩を掴んだまま、肩を震わせながら至近距離の状態でそこまで言うと、目に涙を溜めて俯く。


「なんでも、って言ったよな?」


「……言ったけど」


 彼女は顔を顰めながら答える。これから俺の口からどんな非道な要求がなされるのか、それに内心は穏やかではないのだろう。


「なら俺たちのパーティメンバーに入ってくれないか?」


「ユウリ!?」


 その唐突なるパーティ勧誘に驚いてこちらをガン見するニオン。驚いてはいるが、別に非難しているわけではないのだろう。というかそんな穴の開くほど見つめなくてもいいと俺は思うが……。


「そんなことでいいの? 『俺の所有物になれ(キリッ)』とかじゃなくていいんだ?」


「あ! しまった、その手があったかッ!」


「え゛っ!?」


 俺が心底残念そうに呟いたのを見て彼女は顔をさらに青くして数歩後退る。


「冗談だ。それにヤベーこと言う奴の気がしれないな。第一、俺はそんな暴君みたいなことは言わない。お前にもなにか事情があるんだろ? なら自分をもっと大事にした方がいい」


 というか、どこにそんなこと思いつく奴がいるんだよ? いるなら逆に見てみたいぞ。


「うん、あ、ありがと……」


「よし、とりあえず帰るか。やべーなー。このままだと明日は寝坊確定だなー」


「明日から体調が悪化しなくて済むだけで、十分ですよ」


 切り替えるのが速い俺とニオンは、雑談をしながら、家を目指して登山を始める。病人にこの山道は辛いぞ、全く……。


「なんか、よく分かんない人たちだなぁ……」



Q なんで停電してるのに時計動いてるんですか?


A 電池式だから。

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