第23話 彼らの成長
『そっちに向かいましたよ!』
『ああ、任せろ!』
ここはヒナツ森林。その森の中を縦横無尽に疾走する影が2つ。その影はさらに前方を駆ける影を追っており、追う2人は息の合ったコンビネーションでその影を追い込んで行く。黒いローブを目深に被り、全身を覆っているせいか、彼らの姿形は判然としなかった。
追跡する1人の、黒いローブに隠れていた片手が露出する。その腕は黒い鱗のような物に覆われていて、さながら竜の足を人間の腕のサイズまで小さくし、その人物の手指に形を合わせたかのようだった。
しかし、それだけではない。その腕の側面からいきなり刃が飛び出す。それはそこに仕舞われていたであろう手首から肘までの長さを明らかに越えており、その腕のどこに格納されていたのか見当もつかない。
その刃は鱗と同じ色だが、刀の部分はまるで水に濡れたかのような光沢があった。それが日光を反射し、輝く。
「はッ!」
その人物が腕を振るうと、前方にて駆ける影は急に姿勢の制御を失い、その勢いを殺せずに倒れて何度も転がりながら数メートル先に止まる。
その影が駆けていた場所の前方、その上空を見ると、日の光を反射する半月状の黒い刃が、竜巻のように高速で回転しながら遠ざかっていくのが見えた。
「マッハラビットの討伐、これで終了だな」
つまりその人物は、腕を振るった瞬間に腕の刃を発射し、駆けるマッハラビットの首を刈ったのだ。それは近接戦闘のための刃なだけでなく、遠距離の投擲武器でもあったのだ。
「ええ。討伐依頼にあった数は5匹、今討伐したこれも含めれば全部で5匹。あとは報告に向かうだけ。……それ、よくこの短期間でうまく使えるようになりましたよね」
「だろ。あのロボットの戦い方を参考にしたんだ。結構、様になってると自分でも思う」
そう言って腕を鱗で覆う人物が片腕を掲げると、どこからかさっきの刃が音もなく飛来して、再び刃が腕に戻る。その刃は折り畳まれるようにして腕の中へ引っ込んだ。
「ユウリ、最近の調子はどうですか?」
「やっぱり貧血気味だな。ニオンに魔術で治してもらったが、血は作れないってことなのか?」
「いえ、治療した本人の私自身が見る限り、問題なく治癒しているはず。なにかあるのなら、やはりユウリの体質が影響しているのかもしれませんね」
1週間前のキメラゴーレム(ロボットバージョン)との戦いで、かなりの重傷を負ったせいか、未だに本調子ではない。最近ずっと貧血気味だ。
「竜のことか? それとも異世界人ってことの方か?」
「どっちもですね」
「誰にも聞けねーっ……。そういえば、この依頼達成でニオンもCランクだな。あっさり追いつかれてしまった」
「確かにあっさり追いつきました。ですけど、そのお陰でパーティのランクはBになったのですよ。つまりこれは私たちの連携が上達した証拠、ユウリも私のスピードについていけているということです」
ニオンはセミの姿でなくなってから結構経つが、寿命云々の問題は既に解消されているらしく、その心配はもう必要ないとのこと。
ただし、セミの姿に戻った際は僅か1日で寿命が尽きて死んでしまうとも言っていた。1日経つ前に人間の姿になればいいようだが、この状態だと能力に制限がついてしまうらしい。
例を上げるなら、キメラゴーレムとの戦いの際が顕著だった。あの時は能力を使わないで戦うのだとばかり思っていたが、制限つきの人間の姿にまだ慣れていなかったから使えなかったとのことだ。今は慣れてきたのか、時折スキルや特性を使っている姿を垣間見ることができる。
「だといいが……。とりあえずギルドに戻ろう。拠点でいろいろ試したいこともあるしな」
「そうですね。あ、この前見つけた店で売ってるお菓子がとても美味しかったので、今日の帰りに寄りましょうよ」
「そうだな、たまには息抜きもいい。問題なのはここ最近ずっと特訓という名の息抜きばかりだってことだ」
「そうですね。そろそろBランクの依頼も受けた方がいいですよね」
「誰も受けてくれずに長期間掲示板に残り続けてる依頼を受けるのは悪いことじゃないと俺は思うけど、次はBランクの依頼を受けよう。じゃないと向上心がなくなりそうだ」
既にローブは脱いでおり、森の中を歩きながら雑談を始める。魔物の気配や視線は無数にあるが、いずれも襲ってこない。彼らは常在戦場の身。生き残るために戦っている。勝ち目のない相手に挑まないだけの知能がなければ絶滅あるのみだ。
この魔物、マッハラビットは戦闘能力自体は皆無だが、Cランクに見合わぬ俊敏さと回避性能を持つ魔物だ。この魔物から取れる素材が貴重で、随時討伐依頼が出る。
その魔物の数それ自体は多いが、奴らは逃げ足が速い上に、気配も消せるその性質も相まってか、1日1匹狩れたらいい方。運が悪いと1週間遭遇できないケースも多々あり、その効率の悪さからこの依頼に手を出す冒険者はあまりいない。なのでギルドが困る依頼のトップ10の常連だ。
「ありがとうございます!! やー、ユウリさんとニオンさんなら受けてくれると思ってました! しかも半日で達成してくれるなんて、さすがですね!」
「いや、大袈裟過ぎませんか? 確かにここ何日かは勧められるままに依頼を受けてますけど、全部が全部そういうタイプの依頼ではない……です、よね?」
もっとも、俺はともかくとして高い察知能力を持ち、俊敏に自信のあるニオンのいるこのパーティにとっては、とても効率のいい美味しい依頼だ。
ギルドに戻って依頼達成の報告とマッハラビットの納品をすると、受け付けの職員はこれでもかと持ち上げてくる。褒められるのは嬉しいが、やめてください。回りの視線が背中に刺さって、しかも居心地が日に日に悪くなっていく。しんどいのでこれ以上は勘弁してください。
「この際ですから、長期に渡って溜まってた依頼を斡旋して正解でした!」
「あれ全部がそうだったんですね……。道理で疲れるわけですよ」
「よし、今日は帰ろう。これ以上変な依頼を受けさせられたら過労死する」
「えっ!? あと半日あるのに依頼を受けないんですか? あっ、ちょっと逃げないでー!」
病み上がりの人にそんな依頼押しつけるなよ。おい、止めろ。ワームの討伐依頼の紙を見せるんじゃない。トラウマ抉られるから止めろぉぉぉ!
ニオンはレイピアを水平に構えていた。目の前にあるのは2メートルはあろうデカい岩。
俺とニオンはロボットとの戦闘のあとから始めた日課の実践訓練をしていた。今いるのは、場所をギルドから拠点に移して、その中でも頂上付近の岩だらけの荒地だ。ここならいくら派手に魔力を暴発させても問題ない。
今はニオンの番だが、その前は俺が《竜変化》を試していた。それで分かったことだが、呼び出す竜は能力を2つだけ持っている。例えばティフォンは、パスュの強制転移を妨害した際に使われた《無常の果実》と適性以上の出力で火属性攻撃(魔術でない)を行える《噴火》の2つの能力を持っている。
《竜変化》を使い始めてそこそこ経つ。しかし、2つあっても実際には片方しか使ってないというケースは結構ザラにあって、ヒュドラなら猛毒や腐食、デバフをもたらす《毒の吐息》しか使っておらず、もう片方の、ヒュドラにとっては本命とも言える、切っても切っても無限に首が生えてくる能力である《多頭化》は未使用だ。
「山脈剣山!」
そう唱えるとニオンの持つレイピアに土色の輝きが現れる。さらに目の前の岩にそれを横薙ぎに振るうと、岩が爆発するようにして砕けた。本来の効果は、チェーンソーのような刃の岩を地面から生やす魔術なのだが、ニオンは自分のレイピアにそれを付与しての斬撃だ。
理由としては、本人いわくMPも魔力もレベルの割にそれほどないため、剣に纏わせることで魔術の範囲と規模を縮小し、集中させることで同じレベルの高位魔術師と同等の威力の魔術を発動させられるとのこと。
俺にはそんな器用な真似できそうもない。
ニオンは山脈剣山を解除し、さらに別の魔術も試そうとしている。
「風圧弾!」
レイピアの刀身に薄い風の膜が張る。見た目は全然バレットじゃないが、効果は魔術のそれと同じだ。
ニオンが刺突を繰り出すと、直線上の別の岩にその刀身の太さと同じくらいの穴が空く。今、ニオンが繰り出した技の効果と、本来の魔術によって起こされる現象に違いがあるとしたら、剣で繰り出される刺突があるかないかということだけ。
「しかし、ヤバいな。全然差が縮まった気がしない」
「年季が違いますからね。これで追い越されたら私ショックですよ」
「俺、魔術できないしな……。けど勇者は魔術使えるって聞いたが、なんで俺にはできないんだろうな?」
ニオンは既に刀身に付与した風圧弾を解除してレイピアを鞘に収めている。
「ユウリの場合は魔術を発動させる力が《竜変化》に取って代わられてるからなんじゃないでしょうか?」
「その可能性が高いな。よし、全然関係ないが買って来たお菓子でも食べに戻るか」
「そうしましょう!」
「はむはむ」
「……だよな、だってセミだし」
ニオンが買ったのは蜂蜜。指で掬って、黄金色のそれを口に運び、じっくりと時間をかけて味わっている。昆虫の味覚は本能的に似た感じのものを求めるのだろうか? 間違いなくニオンは今、幸せを噛み締めているだろう。その満面の笑みは見た目の年齢相応の少女(少年?)にしか見えない。こんなに嬉しそうなら常備しようかな。
「うん、結構いける!」
俺が食べているのはフルーツタルトだ。見た感じこれが1番ハズレじゃなさそうだったから選んだのだが、パイ生地に乗せられた光沢のある果物と匂いでこれを選んで正解だったと悟る。
こうしてその日の大半は、おやつと次はどんな物を買おうかの会議に費やしたのだった。
『ユウリ! そこです!』
翌日はBランクの依頼を受けていた。しかし、それは気づかぬ内に俺の体を蝕んでおり、それがとうとう自覚症状を伴い始めたのだった。
相手はEランクの普通のゴブリン、この依頼は奴らの巣の排除、及び殲滅。1匹も逃さず抹殺することで、人的、農作物的被害を激減させることができる。とはいえ、それはかなりの技術がいる。
まず、最初に俺がティフォンで巣を焼き討ち。予めその回りには堀を作り、ヒュドラの毒(液体)をそこにぶち込んでおく。なお、毒はヒュドラへの命令1つで消すことができ、かかる時間が短ければ毒による環境への被害が少なくてすむので短期決戦だ。外に出てきて火から逃れようと堀へ飛び込む奴らはその毒に沈み、その毒を越えられない奴らは火に焼かれ、それでもそこを突破する奴には、遠距離からティフォンで狙い撃ち、立体型になっている巣が障害物になって狙撃できない場所にはニオンが向かい、斬り捨てる。
プランは完璧、そのはずだったのだが、
『任せ、ろ……?』
終盤、討伐が順調に進み、火から毒から逃げ出す奴がいなくなり始めた頃だ。《心話》でゴブリンがニオンから距離のある場所へ逃げたことを知らされると、すかさずティフォンを使って焼殺しようと狙いを定めるが、なんの前触れもなく、急に意識が遠のく。
そう、それは確かに録画した番組が録れてなかった時の気分、そんな困惑が俺の頭を支配していた。
俺はなんの抵抗もできずに意識を失い、偵察のために登っていた木から落下した。
「ユウリ! ユウリ!」
「……分かった、生きてるからそれ以上俺の肩を揺するな。酔う。吐く。意識失いそうになる」
俺は割と強力な前後の振動で意識を半ば強制的に覚醒させられる。目の前にいたのはひどく動揺した様子のニオンだった。
「よかった、無事でなによりです。ユウリは頭から地面に落ちたのですよ。あなたがいくら頑丈でも、咄嗟にこの竜を呼び出していなかったら重症で済まなかったところでしたよ!」
「ザッハークか……」
俺の両肩から蛇が生えていた。ティフォンは俺の肩で、2匹で1対の竜と会話しているのか、シューシュー言い合っている。
こいつはザッハーク。2匹で1対の黒い蛇のような竜で、その姿は鏡に映したように線対称の見た目になっている。目は赤く、体中にひび割れのような模様がある。能力は高い精密さが売りの《連携》と、対象の実体の有無を問わずに融合と分身ができる《融合邪竜》の2つ。
「俺はこいつを呼び出してない。どういうことだ?」
ザッハークはシューッと言って答えた。
「なるほどな、俺のピンチを察知して自主的に出てきた、だそうだ」
「そうですか……。無事なのはなによりですが、竜を制御できていないように思えますけど……?」
「俺の命の危機を回避したんだ。それに俺が気絶した時に出てくるだけなら普段は無害だと思うぞ」
「まあ、そうですね。討伐はユウリが意識を失っている間に済ませておいたので、今日はもう帰って休みましょう。体の具合が心配ですし」
「……えっと、その、ありがとう」
ニオンにこんなにも心配されるのは、少しくすぐったいし、照れ臭い。俺はもう周囲に行動1つ1つを心配されるような年でもないし、転移する前も含めたここ最近、こんな風に他人に心から心配されてないせいか、どうも反応に困ってしまい、しどろもどろになる。
しかし、俺は気を失っていたのでその瞬間のことは分からないが、ニオンから見れば俺は前触れもなく急に意識を失い、しかも頭から転落したのだ。仲間としてその生死を危ぶみ、心配にならないはずがない。
「気にしないでください。仲間ではないですか」
俺は終始無言で、ニオンに担がれながら拠点に戻るのだった。
 




