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竜の如き異様  作者: 葉月
1章 目覚める者たち
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第22話 ダンジョンからの帰還


「ああ、日の光を浴びれるのがこんなにも感慨深いだなんて……ッ! 俺は生還したぞーっ!」


「そんなことより、説明求む」


 ゴーレムとの激闘を制し、パスュがいた研究室へ向かう方向とは反対側にあった出口から外へ出た俺たちは、入り口からもう1度『魔女の工房』に入り、アイアスたちと合流した。彼らは傷を負っていたものの全員無事で、アイアスに拠れば、戦闘の最中のある瞬間に魔物たちが急に動きを止めてそのまま消滅したとのこと。

 その瞬間というのは、おそらくパスュが死んだ瞬間だろう。この隠しエリアにいた魔物は全てパスュによって作られ、思いのままに動かされていた駒で本来は隠しエリアに魔物はいなかった可能性が高い。


 シルドは、あのゴーレムとの激闘を制し、地上に生還してこの喜びを全身で表現する俺に対して、不満を垂れ流すように説明を求める。

 ちなみに他の冒険者や調査員は、疲労のせいか、ぐったりしている者や、帰って来れたことを俺と同様に喜んでいる者、このダンジョンについての記録をつけている者など、千差万別だ。


「さっき言った通りだ。パスュって奴が、そいつの研究室っぽい場所にいた吸血鬼を復活させて、不老不死になろうとしてた。けどそいつは自分のゴーレムに踏み潰されて死んだ。そのゴーレムは俺たちが倒したし、その場所も案内できるぞ」


「それは聞いた。その吸血鬼はどこ?」


「あー、それか。ちょっと待っててくれ」


 辺りを見渡し、手短にある物陰になりそうな結構太い木を見つけるとそこに移動し、アイアスたちに見えないように気を配りながら拠点から棺桶を取り出して、それを担いでアイアスたちの元へ戻る。


「こいつだ」


 使ってる期間が《硬化》よりも長い能力で、とても便利だ。既に今では倉庫みたいな使い方もできるようになっている。物が増え過ぎると拠点が散らかりそうだな。


「開けてみてもいい?」


「日の光に当てたら灰になるんじゃないのか?」


 というかそれを言う前から、シルドは既に開けていた。中には吸血鬼の少女が拘束された状態で入っているが当然……。


「え?」


「「「あぁ……」」」


 日の光を浴びた箇所から瞬間的に灰になっていき、遂には棺桶の中に残されたのは灰だけになってしまった。

 その様子にシルドは驚き、俺とニオン、アイアスはやっぱり? みたいな反応をする。


「シルド、吸血鬼が日光に弱いのは冒険者として常識だ。この吸血鬼が一体どれほどの存在だったのか、確認せずに灰にしてしまうのはよくない。もしこれが君の好きな伝説にあるような吸血鬼だったら、どんな情報や素材が得られたか。シルドなら分かるはずだ」


「うう……。アイアス、ごめん。反省した。次から気をつける」


 アイアスは頭を抱えながらシルドを叱る。彼女は珍しく反省しているようで、反論というか屁理屈を()ねないで彼の言葉を受け止めている。

 なんとなく、2人の間には今までこんなやり取りが何度かあったように思える。シルドはこれでも一応はSランク冒険者なのだ。反省したり、次に活かそうとしなければ、そこまで辿り着けなかっただろう。


「まあ、こんなこともあると思ってこの吸血鬼に関する資料をパスュの研究室からパクって来たぞ」


「ありがとう、ユウリ。それがあれば、少しはなにか分かるかもしれない。ところで怪我の具合はどうかな?」


「ニオンが治療してくれたお陰で、痕も残らず綺麗になった。か……彼女がいてくれて良かった」


 また()()の部分で詰まってしまった。どうも俺はこのことに対して苦手意識を持っているようだ。要はニオンがその話題が苦手なのを知っている手前、それを分かってて言うことに違和感を感じているのだ。それにこの手のことを誤魔化すのは不得手だし、あまりこういうことはしたくない。


「そんなことはないですよ。ユウリの《献身》の特性で回復効果が上昇していたからよかっただけです」


「そうか、2人に大事がなくてなによりだ」


「ん……?」


「どうした、ユウリ?」


 開かれた棺桶の中の人型に積もっている灰は、依然変わらずにその場にあるが、風で飛ばされたのか、灰の量が若干減っているような気がする。

 しかし風なんて吹いてたか……? 微風すら吹いていなかったと思う。もっとも、吹いていたとしても気づかないほどだとしたら、灰だって微動だにしないはずだ。

 仮に減っていることが事実だとしてもいつ減ったんだ?


「いや、灰の量が減ってるように見えたんだが……。って、シルド、一体全体なにをしているんだ?」


「あ、バレた」


「シルド、さっきの反省は嘘だったのかな? 私は悲しいよ」


 アイアスは、シルドがこっそり風属性の魔術を使って袋に灰を移しているのを見て、やや大袈裟に落胆してみせる。めちゃくちゃ芝居がかってんな。とは思うも、結構様になっていて驚く。俺の故郷の世界にいたら舞台俳優として有名になってそう。


「さ、さっきの反省は嘘じゃない! これはちょっとした興味……じゃなくて、サンプル! そう! これがあればこの吸血鬼のことが分かるはず!」


「灰になってしまっては、ほとんど分かることがない。しかし、それをギルドに報告し、提出するのが冒険者の義務のはずだが、シルド?」


「反省します。だからこれをちょうだい」


「ダメです。これは一応、ギルドに届けるものですから手をつけてはいけません」


「……おのれアイアス」


 子供に言い聞かせるような言い方のアイアスに対し、シルドは灰を詰めた袋を抱き抱えて、せめてもの反抗とばかりに毒を吐くしかない。

 そんな吸血鬼の灰の盗難未遂事件はあったが、無事全員が死地から生還したのだった。中には体の一部を失う者もいたが、俺がその近くにいる状態で調査隊の中の魔術師に治癒魔術をかけてもらうことで、完全に治っていた。通常の魔術では治療できなかったらしく、その冒険者には甚く感謝された。

 《献身》、便利過ぎる。


 その後、ギルドに棺桶の中身と持って来た書類が届けられ、調査のために俺とニオンが使った出口から内部に入る調査隊が派遣された。

 そこで得られた情報に拠れば、棺桶の中身はかなり高位の吸血鬼だということが判明した。肝心の吸血鬼の方は既に灰化しており、そこから分かったことは、もしその吸血鬼が野に放たれていたら国1つは滅んでいたかもしれないということだけだ。

 本来の調査対象であった隠しエリアの方からは複数の希少なアイテムや武具が発見されたらしいが、パスュ絡みの情報は得られなかったとのこと。


 アイアスとシルドは、吸血鬼の灰化の直前に輪郭をちらっとだけしか見ていないので、容姿に関して言えばあの洞窟で発見した俺とニオンしか知らない。


 金髪でセミロング、肌は紙のように白く、そこから生気は感じられなかったが、奇妙なことに生命力に満ち溢れていた。瞳は閉じられているので色は分からない。容貌は当然のように美しく、もし彼女をモデルにした絵や、その姿を写した写真集があれば飛ぶように売れるだろう。肢体はしなやかで繊細。横になっていたので身長は正確には測れなかったが、それでも高身長の部類に入るのは間違いない。

 歯は見えなかったが吸血鬼なのだし、きっと犬歯は長いだろう。






 ダンジョンから帰って来た日、俺は過去最悪に寝苦しい夜を過ごしていた。熱気がこもってるせいか、うちわで扇いでも生暖かい風がくるばかりで、全然涼しくならない。ゆえに全然眠れない。

 俺は自室で1人で寝ている。さすがに同じ部屋で寝るのは、プライバシー的にどうなんだろうということで、ニオンは客間を使ってもらっている。


「……暑っつぅぅぅい。窓、開け放って結構涼しくしてるはずなんだがなぁ。これが熱帯夜か……」


 いつもならエアコンや扇風機の出番なのだが、電力が供給されていない今、拠点の電化製品は皆、例外なく無力だ。

 このままいけば、あまりに使わないものだから次に使う機会が巡ってきたとしても、その頃には使い方を忘れてしまいそうだ。


 あまりにも暑くて眠れないので、気分転換に自室を出てリビングへ、さらにそこから縁側に出る。見上げた星空は相変わらず綺麗だが、街はそこにない。


「当然といえば当然か。これで向こうに帰れるようになってたら驚くな、これは。3ヶ月で進展は皆無。この調子だとどれくらいかかるのやら」


 いつかは帰りたいと思うが、3ヶ月も経つとそれはあまり現実的ではないような気さえしてくる。だが、帰るという目標をなくしたら仮にこの世界で生活基盤を確保して定住できるようになったとしても、いつか生きていけなくなってしまうような予感もあった。今の俺はそうならないために帰るという目標の前段階の目標として、この世界で冒険者として活動することを甘んじて受け入れなければならない。

 それに、帰ってからどうするのか? それも考えておかなければならないことの1つだ。


「しっかし、暑くて全然寝れねぇな。風属性の適性を手に入れたら、ここを涼しくできるような力を身につけたい。これは死活問題だからな! 断じて夏場にダラダラするために身につけようとか、そんな不純な動機じゃない」


 結局その日は、池から取ってきた冷たい水をビニール袋に入れて、それを使って涼を取って寝ることにした。

 涼しくしたい。これが不純な動機なわけがない、と俺はその夜に悟った。






 『魔女の工房』1層の隠しエリアに調査隊が入ってから数日後、その調査報告のために再度評議会が開かれていた。その場には前回と同じように議長と7人の高位冒険者が集っていた。


「えーっ、アイアスたちの調査地点が当たりだったんですか……。羨ましいですね。こっちはただただ遠いだけでしたよ」


「俺も出かけ損だぜ? 収穫って言えばこの『不死鳥の籠手』くらい。俺ももうちょい近場にするんだったな」


「自慢ですか? その程度の装備なら腐るほど持ってますのでその手の申告は必要ありませんよ、ジャドルさん」


「……あぁ?」


「お前こそ、そんな報告必要ないぞ、キリヤ。自慢がしたいなら他所でやれ」


「あー、はいはい。ゴッゾさんは他人を妬んでないでもっと強くなったらどうですか? 人間、嫉妬ばかりじゃ成長できませんよ」


「チッ!」


 今日も今日とで、アイアスを除く男性陣はギスギスしている。そんな風に互いをディスり始める彼らを気にせずに会議は進行する。


「それで、アイアス、この件の首謀者はどこですか?」


「その人物の名はパスュ。ですがこの世にはもういません。発見者に拠れば、彼は自分の配下の魔物によって殺されたそうです。遺体もその魔物の残骸も確認及び回収済みで不審なところはありませんでした」


「発見者が実は嘘をついていて、自らが殺したことを隠蔽しようとした可能性は?」


「それはない。私も確認した。ゴーレムに踏み潰されたという証言に偽りはない」


「ならその発見者の名前と階級は?」


「ユウリ・ハザクラ、彼はCランク。もう1人はニオン、彼女はEランク。2人は最近結成したばかりCランクパーティだが、将来有望だ」


 シャウは早速、見事当たりの地点を引き当てたアイアスとシルドに、ことのあらましを説明を求める。その中で、怪しい2人の冒険者を知った彼女は追及の手は緩めない。


「Cランクパーティで、パスュの配下の魔物を撃破できるその戦力は少々疑わしいですね。パスュはデラリーム連邦の元国家魔術師。彼の口封じのために送り込まれた刺客の可能性があります。議長、その2人をこの場に召喚ののち、尋問を行う許可をいただけますか?」


「ユウリは怪しくない。私とアイアスは、彼らが怪しくないと断言できる!」


「まあまあ、2人とも落ち着いてよ。そんなに気になるならこうしよう。誰かにしばらく彼らを監視させて、その間に怪しい行動をしたり、デラリーム連邦の関係者と連絡をとったりしなければ、彼らはただ将来有望な冒険者ってことになる。でもそうでなければ……。まあその辺は専門分野の人にでも任せようかな」


「時間はかかりますが、確かにその方が確実ですね。私の方法では彼らがこの場に来る前に逃亡する可能性もありますから」


 だが、そこに別の人物、ラトラが割って入り、シャウにとって予想外の展開になる。だが、それでも彼女にとって好ましい展開であることに変わりはなかった。


「上等、受けて立つ。で、誰が監視役?」


「それはこちらで任命しておきます。冒険者の方々は各地で活躍していただけることが望ましいですからな」


「ということは、中立国ポップの評議会直属の『影の部隊』から選出される。そういうことですか?」


「どうでしょうな。これで臨時評議会を終了いたします。皆様、今日はご足労いただきありがとうございました」


 議長は機密事項に触れそうになるシャウの問いを軽くあしらって会議の終了を告げた。彼女は不服そうだったが、国家の運営に関わるような重要情報、相手がいくらSランク冒険者であっても、おいそれと教えることはできないのだ。






「アイアス、どうかした?」


「3ヶ月前、グリンズ山地で亜竜200匹を討伐した時のことを覚えているかな?」


 アイアスとシルドの2人は評議会が終わり、自宅への帰路についていた。差し込む夕暮れが2人を明るく照らし、明日晴れることを告げていたがアイアスの表情は暗い。


「全然。なにか気になることでもあった? あの亜竜はは確かに強力だった。けどなにか記憶に留めるべきことが起こったわけでもない、よね?」


「シルドは興味のないことにはとことん無関心だからね。…………討伐が済んだあの時、既に死んでいるはずの亜竜が一斉にこう言ったんだ」


————われ……の、おう、がかえって…る。じゃあくを、ほろぼすヒ…リとなって。


「どういうこと?」


「……分からない。そもそもあの場所に亜竜は生息していない。それに、思えばあの亜竜たちは普通ではなかったんだ。まるで、どこかからか勝手に発生した……」


「命のない現象のようだ。そういうこと?」


 アイアスは無言で頷いた。


「……その亜竜が言ってたことはどんな意味があると思う?」


「分からない。だが、これはなにかの啓示と考えるべきかもしれない。これから世の中はその『王』によって大きく動く、という」


 アイアスの抽象的な言葉にシルドは興味なさそうに夕日を見つめる。そしてすぐに彼女の興味は別のものに映ったのか、再びアイアスに視線を戻す。


「……師匠になにか関係あるかな?」


「……ない、とは言い切れないが可能性は低いね。師匠は王ではなかったし、竜とも関わりがない。別のなにかだと考えるのが妥当かな」


 2人はその言葉を最後に、帰宅するまで一言も言葉を交わさなかった。


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