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竜の如き異様  作者: 葉月
1章 目覚める者たち
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第20話 血を欲する者


 微睡みの中、つんつん、と頬をつつかれる。ひんやりしたなにかが俺の頬に規則的に、リズムを刻むように触れていた。とても心地よい。このひんやり具合とほどよい弾力、クセになるな。


 ガブッ!


「痛ーーッ!!」


 不意打ちの激痛で心地よい微睡みから現実に帰ってくる。

 寝そべった状態から体を起こして辺りを見回すと、洞窟なことに変わりはなかったが、少し様子が違う。さっきまでの壁や床の質感は土で広間にいたのに対し、今は材質は石がメインで、通路にいる。所々に光を放つ石が埋め込まれていて、地下だというのにかなり明るかった。


 痛みの原因はティフォンが俺の頬に噛みついたことだ。別にこいつが制御できていないわけではない。自我とそこそこの自由さはあれど、《竜変化(へんげ)》で呼び出した竜は基本的には俺に忠実だ。俺や俺の味方に危害を加えたり、全く言うことを聞かないということはない。

 この行動は俺にとって利益のあることだから実行に移したのだ。最初のつんつんは噛みつき目覚ましの執行猶予だったわけだ。


 ティフォンは噛むのを止め、「やっと目が覚めたか?」みたいな表情をしてこちらを見ている。そういえば引っ込め忘れたな。

 こいつの場合は、ただ実体化させてるだけではなにも消耗しないから忘れてたが、呼び出す竜によっては眠っている間に干からびてた可能性もあった。

 今、呼び出せるのは僅か3種類。この中にそのタイプはいないが、今後は要注意だろう。


「ありがとな、ティフォン」


 ティフォンは「シューッ!」と蛇らしく舌を鳴らす。


「ところでお前はずっと起きてたのか?」


 ティフォンはこくこくと頷く。


「なにが起こったか説明してくれ」


 ティフォンによると、あの広間で自分以外が突如として意識を失って倒れたのだそう。無論俺も意識を失っていた。ティフォンに聞かなかったというよりも、生物や真っ当な存在にしか効果がなかったのだろう。

 直後、その場に倒れた調査隊の人々をいくつかの集団に分ける形で、その周囲に5つの魔法陣が展開された。分け方は基本的に近くにいた者同士を同じ魔法陣で囲んでいたらしい。

 ティフォンは俺やニオンを含む、5人ほどの冒険者を囲む魔法陣の中の邪な気配に気づいて、なんとか俺たち2人だけ転移先をズラして相手の思惑から外れるようにできた。とのこと。


「お前、マジで有能だな。下手しなくても主人の俺よりもだぞ。でもどうやったんだ? お前にそんな能力あったっけ?」


 シューッ! と舌を鳴らしながら答える。しかし、その姿からは誇らしげなニュアンスはなく、むしろ絶賛反省中といった感じだ。


「《無常の果実》を使ったのか……。どれ。MPは、っと。……うん、だよな」


 ステータスを開いて確認するとMPは残り1桁になっていた。戦闘のあとの休んでる時に回復させたのにもかかわらずだ。それだけ消耗しやすい能力を使ったのだから仕方ない。

 ティフォンは申し訳なさそうにシューッと言った。

 《無常の果実》とは、ティフォンの持つ能力の1つで、相手の思惑や願いから最も外れた現象を起こすという非常に強力な力だ。使えば相手は超常的な不運でやることなすことうまくいかなくなる。

 欠点は燃費が悪いこと、狙って発動させるのが難しいことが挙げられる。運のいい奴や、謀略を巡らす敵には滅法強いのだが、純粋な偶然の結果起こるようなことには干渉できないという使い勝手の悪さはある。たとえばコイントスを100回中100回裏にするようなことはできない。まあ、強力であることになんら変わりはないが。


「いや、お前のせいじゃないさ。使ってなかったら敵の術中に嵌まってたわけだし、結果オーライだ。とりあえずニオンを起こすか」


 ニオンは壁に寄りかかって眠っていた。やはりこうしてみると、髪形や服装はボーイッシュだが美少女にしか見えないな。

 しかしそんなことを考えていては日が暮れてしまうので、ニオンの肩を揺すってなるべく早く起こすことに努める。


「おい。ニオン、起きろ。ここは結構な危険地帯らしいぞ」


「……ユウ、リ……? 他の、冒険者たちはどこへ?」


 ニオンはゆっくりと目を開く。まだそこまで目が覚めてはいないらしく、やや辿々しい。俺みたいに劇的な目の覚め方じゃなかったからな。


「俺も確認したが、他は誰もいなかった。ティフォンの使った《無常の果実》の性質上、この近辺は俺たちを転移させた相手にとって不都合な場所のはずだ」


「《無常の果実》を、ですか。もしかしたら敵はこのことに既に気づいているかもしれませんね。急ぎましょう」


「そうだな。……ところで、まずどっちに行く?」


 ここは通路だ。右か左か、どちらかに進むしかない。2手に分かれるという手もあるが、戦力の分散はよくない。俺が生還できない。

 なお、使える《竜変化(へんげ)》で呼び出せる竜の力は事前に拠点で試した際にニオンに教えているので、説明の必要がない。


「……右にしましょう。音の具合から察して向こうが本命です。逆方向は出口へ向かっているようですし」


「よし、そうしよう」


 そんなわけで、ニオンの意見にタダ乗りすることにして右へ進む。

 出発前にポーションを飲んでMPを回復させ、すぐに戦闘になってもいいように十分に準備は済ませておく。ティフォンは解除し引っ込めていない。なにもしなければ消耗しないが、再度呼び出す際はMPを消費するのでそのままの方がお得だ。


「……」


 洞窟の中を歩き始めてしばらく経つも、代わり映えしない風景が続く。まるで同じところを延々と歩き回っているような錯覚に陥る。魔物の気配が全くしない分、薄気味悪さは段違いだ。

 しかし、横を歩くニオンに焦りや不安などはなく、ただこのまま歩いて行けば目的地に辿り着けるという確信があるようだった。俺の視聴覚とはできが違うのだろう。


「ニオン、もしかしなくても絶対この先に、さっきのカラフルワーム出現の元凶がいるよな?」


「いますね。引き返しますか?」


 さらに言えば、ワームやカットゴーレム出現の元凶もだ。場合によってはAランク以上の魔物を従えている可能性もある。


 ダンジョンとは思えないほど整備された通路を行きながら辺りを見渡す。《邪眼》で目を凝らして見ても一番奥は見えない。


「まさか。ここまで来て帰るなんて無理だ。それに出口だってどこに続いてるのか分からない。ここに来てそう易々と逃がしてくれるような相手だとは考えにくい。そいつはAランクの魔物を量産できる敵だ。今の俺たちで勝てるか怪しい。仮に《竜変化(へんげ)》をフルに使っても厳しいし、アイアスたちの応援は期待できないが……ニオン、それでも手伝ってくれるか?」


「もちろん。ここで大切なパーティメンバーを失うわけにはいきませんからね」


 ニオンは微笑み、そう返す。


 さらに歩くこと数分、《察知》に反応があった。アイコンタクトでそのことを察しあうと、2人でその場所へ罠や魔物に注意しながら、慎重かつ最大限素早く、息を殺して向かう。

 少しして、視界の端に一際明るい光が漏れている入り口のようなものが現れる。さらに近づいて、顔を少しだけ覗かせてその中を窺ってみると、その場所は洞窟の一部をくり抜いて作ったような部屋で、研究室を彷彿とさせるような内装だった。壁や床はダンジョンのものをそのまま使っていてかなり広い。体育館くらいはある。


『この先、だな。気配がある。それに元凶らしき人影があるな』


 壁の影から覗くのでは後ろ姿しか見えない。白衣を着ていて、長身だ。それにそぐわないほど痩せていて肌艶はあまりよくない。

 彼はなにかよく分からない機材を使って実験(?)をしている。この世界の機械にはあまり詳しくないが、結構上等なものを使っているようだ。


『1人のようです。けどもう息を殺す必要はないようですね』


『なんでだ?』


「もうバレていますから」


「おや? 気づいていましたか。Aランク以上の冒険者の方でしょうかね? もうお一方のその蛇、興味深いですね。私の魔術が効かないとは」


 《心話》を使い、相手の様子を窺っていたが、ニオンは既に相手が自分たちに気づいていることに気づいていたようで、それを解除し、物陰に隠れるのを止めて堂々と研究室のような空間に入る。それに続いて俺もそこに入る。


 振り返ってこちらを観察する男性は眼鏡をかけていて、顔色はあまり良くないが、その瞳からは類稀なる知性の輝きが見てとれた。それに俺たちの気配に気づいたということは、それなりにできる奴ってことになる。

 しかもニオンに向かって高位冒険者かと聞き、ティフォンには魔術が効かないことを興味深そうにしていた。その魔術というのは多分、俺たちの意識を昏倒させたもののことだろう。

 しかし、俺のことはなにも言わなかった。つまり俺自身には興味がないってことか。よしシバこう。


「お前が犯人だな」


「なんの、とは申しません。その通りです。この国で最近現れている強力な魔物を操り、この場所を探していたのはこの私パスュ。以後お見知り置きを」


「なにを探していたのか、詳しく聞かせてもらいましょうか」


 ニオンはレイピアを鞘から抜いてパスュに向け突きつけ、俺も《硬化鎧》を手足に付与し、ティフォンがいつでも攻撃できるようにしておく。もし転移で逃亡しようとした時に捕らえるためだ。場合によっては斬り刻んでしまう可能性もあるが。


「構いませんよ。どうせあなたたちは私の研究材料になるのですからね。私はこの『魔女の工房』のこの隠しエリアに封印されていた、ある生物を復活させようと思っています。ですが困ったことに、その生物を長い眠りから目覚めさせるほどの量を調達するのは難しい。恥ずかしい話、見つけたはいいものの行き詰まってしまってるのですよ」


「量って、なにが必要なんだ?」


「ああ、血ですよ」


「血?」


「それも人間の。試しに魔物の血を与えてみましたが、受けつけませんでした。人間の血を与えればいいだけの話なのですが私は病弱でして、その生物が満足するほど用意できなかった。それに大量の血を集めるのは目立ちますからね」


 パスュは堂々とした態度で、ペラペラと講釈を垂れ始める。

 俺は、今の内に不意打ちできないかと思ったが、ニオンの《心話》からの情報で、彼は俺たちとの間に結界バリアのようなものを張っていて、しかもそれを壊せても転移で逃亡する準備が既にできているようだ。と知らされた。


「しかしある時、厳重に隠蔽していたこの場所がバレてしまい、調査の手が入りました。もしかしたらその内ここが発見されてしまい、私の野望が(つい)えてしまうかもしれない。そう思ったので、……調査隊の方々にはその血の全てを提供してもらいました」


「「なっ!?」」


 要は殺してその血を使ってなにかを目覚めさせようとしたってわけか。さっき言っていた、目立つというのはつまり、バレないのならなにしてもいい。とそういうわけか。

 こいつ、簀巻きにして海にでも沈めるか。


「ですが、それでも足りません。いずれバレてしまうのなら今回も調査隊の方々から血を貰おうと、そう結論づけました。私は大体あと10人分の血があれば復活すると推測しています」


「さっきから復活、復活と言っているみたいですが、なにを復活させるつもりですか?」


「血で眠りから覚ますのです。吸血鬼しかいないと思いませんか?」


 ニオンの問いにパスュは小馬鹿にするように答えた。しかしニオンは気にも留めない。

 吸血鬼、この前シルドが見せてくれた本に出てきたような奴だよな。内容は詳しく知らないし、吸血鬼がどんな能力を持ってるのかは分からないが、本に載るくらいだ。余程強力な存在なのだろう。


「そんなことして一体なんの意味がある? 世界征服でもする気か?」


「まさか、私は究極の生物になりたいのですよ。そう、不老不死、吸血鬼は(まさ)しく究極の生物! それこそが私の悲願! 復活した吸血鬼を利用し、不死身の肉体を得て未来永劫生き続ける。そのためにあなた方には供物になっていただきましょう! 来なさい、キメラゴーレム!」


 彼は両手を掲げ、さも自分が偉大な存在であるかのように、それを誇示するように高らかに宣言する。そののちにそう叫ぶと、背後の壁が崩れて巨大な岩の塊が現れる。それはゴーレムで、随所に別々のゴーレムの特徴が現れていた。

 カットゴーレムとの戦いのあと、ゴーレムや魔物のことを知って今後に役立てようと、大量の魔物の図鑑を読み漁った。そこから得た情報に拠れば、脚部はカットゴーレム、胴体はメタルゴーレム、顔部分はマジックゴーレム、右腕はマグマゴーレム、左腕はアイスゴーレムの特徴があった。

 出来の悪いプラモデルかな? という感想しか思いつかなかったが、強敵なのは間違いない。しかもこれで2対2。数の上での有利はなくなった。


「こいつは私の最高傑作なのですよ。少し凶暴であまり制御が効かないのが玉に(きず)で、ぎゅ!?」


「「ぎゅ?」」


 噛んだのか? まさか、このタイミングで!?


「おい、どうした? パスュ?」


「……」


「反応が、いえ、彼はもう……」


「もうなんだよ?」


 ニオンは鎮痛な面持ちで言葉を濁す。てっきり舌をかなり深く噛んだから、シリアスムードの構築という意味で再起不能になっているのかと思ったが、違ったようだ。

 ゆらり、とパスュがなんの抵抗もなく、うつ伏せに倒れ、その場に血溜まりができる。キメラゴーレムの片腕の先端が赤く染まっていいた。

 つまり、


「……あのキメラゴーレムに殺されています」


「な、なにぃぃぃ!? なにしに出てきたコイツ!?」



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誤字脱字の訂正、「ここちょっとおかしくないか?」と思う矛盾点を見つけたら指摘してくれるともっともっと嬉しいです!

(なお、評価や登録が増えるほど作者がメダル塗れになって味を感じなくなり、さらに視界が白黒になります)


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