第19話 洞窟探検
「どりゃあぁ!」
ダンジョン内に男性の声が響く。その大剣の一撃にCランクの魔物、ニードルアリゲーターが両断される。
『魔女の工房』1層、その隠しエリア。そこでは少し進んだだけでCランクほどの魔物がドンドン湧いてくる。それこそ、縦横無尽だ。壁に空いた僅かな隙間や天井の光る苔、大してスペースのないはずの岩陰から、質量保存の法則を無視してそれらは現れる。本当にどこから出てきているのか、その仕組みも分からないほどだ。
「ニオン! そっちに行ったぞ!」
「任せてください」
ニオンの方にヒートスライム(Cランク)が突進してくる。だが、素早く反応したニオンの持つレイピアの剣捌きによって一瞬で3枚に下ろされてしまった。
「はッ!」
もちろん、魔物は俺の方にも来る。もう1匹いたヒートスライムの放った炎を《硬化鎧》を付与した拳で消し去り、そのまま接近して足を振り下ろし、踏み潰す。
「特例で来たあの2人。Bランクでもいけるんじゃないか?」
「ああ、まだ駆け出しらしいがこれから楽しみだな」
前方、隠しエリアの奥での戦いを終えて一息つく冒険者からそんな声が聞こえた。高評価なのは嬉しいが、そこで雑談してるくらいなら手伝ってくれ。
ニオンもまた俺と同様に軽装だが、こちらは胸当てや籠手といった防具を身につけているし、ソウジから分けて貰ったカットゴーレムの素材と、ワームの素材を使って作られたレイピアを腰に挿している。
素材が良かったせいか、結構品質のいいものを作ってもらえた。
パーティを組むに当たって、俺はニオンが人間の姿でどう戦うのかを知る必要があったので、とりあえずどんな武器が手に馴染むのかいろいろと確かめた。剣や、槍、弓、鈍器など思いつく限りの武器を試した。素手や魔術師という方向性もあったが、それを調べる前にニオンはレイピアに決めた。
理由としてはセミ時代、鋭利な凶器と化した口器での突きや切断で戦っていたから、とのこと。
「やっぱ、すごいな……」
ニオンの繰り出す剣技は、まだ多少は粗いところはあるが、人間の姿にまだ慣れていないだろうに、その動きや技に拙さはなく、この場にいてそれを見ている者の中で俺以外の冒険者は知らないが、とても冒険者になってから2日目の動きには見えない。
ちなみにニオンは今、スピードは俺に合わせてもらっている。ここで俊敏4桁の力を発揮しようものなら、確実に目立つし、体力の消耗が早まるからだ。
入り口から進入して結構経つが、ニオンがなにかしらのスキルや特性を使った気配はないため、やはり相当な実力者なのだ。……俺の回りの冒険者って強い奴ばっかりだな。
「これも日々の研鑽あってのこと。第一、ユウリと私では生きてる時間が違い過ぎますよ」
「そりゃそうだが……。っと、止まったな」
「なにかを見つけたみたいですね」
魔物を殲滅して進み、現れては殲滅しを繰り返してダンジョンの奥へ奥へと進む。その間の隠しエリアには、貴重な武具や鉱石などの品が発見されたり、石板に彫られた過去の記録が発掘されたりした。
この隠しエリアは発見されるまで、地図に載っている既存の通路や部屋に囲まれた、それに載らない空白地帯だったが、今回のここのマッピングが済むことで1層の地図は完成するとのことだ。
今までに進んだ地点までの内部のマッピングもあらかた済み、今いる1層の隠しエリアとその回りのマップと照らし合わせた結果、調査隊のリーダーはこのエリアの半ばまで来たと判断し、より警戒を強めるよう指示を出した。
「そうだな、おい、アレって……」
広間で、他の調査員たちが目の前の重厚そうな扉を調べて、冒険者たちが回りを警戒する中、調査隊の内の1人、若い調査員が壁にあるスイッチのようなものに、なんの気なしに触れてしまう。しかも押し込んでしまう。
それ、押しちゃダメな奴では? そう思い、絶対なにかの罠だと声に出して注意しようとするもそれには至らなかった。
しかもゴゴゴゴゴ! となにか動き始めた音が聞こえる。
「ま、魔物だ! 気をつけろ!」
「なにをやってるんだ!?」
「す、すみません! 押せそうなボタンがあったもので、つい!」
本当になにを言ってんだ、この調査員は?
そうこうしている間に、スイッチがあった場所を中心に扉が現れて開かれ、そこから大量の魔物が俺たちのいる広間になだれ込んで来る。
一番近くにいた調査員が即座に魔物の餌食になると思われたが、アイアスがすんでのところでそこから抱えて救い出すことで彼の命脈は保たれた。
「あ、ありがとうございます! 助かりました!」
「とりあえず今はあの扉の前から離れてください。この数では完全に守り切れるとは言えませんから」
アイアスは冒険者が集まっている場所に彼を下ろす。彼なら簡単に守り切れるだろうと思ったが、扉の中からだけでなく、背後の通路や壁の影などの、魔物の存在はもうないと判断されて通って来た場所からも魔物がドンドン現れているのだ。Sランクでも、いや、Sランクだからこそ絶対確実とは言わないのだろう。
彼らは掻い潜ってきたいくつもの死線で、絶対などないことを嫌というほど味わってきたに違いない。
俺たち冒険者は、自然に、合図もなしで調査員3人を守る形で彼らの回りに円状に武器を構えて立つ。そこから遊撃に出る者、その場で接近してくる魔物から、調査員を守ることに専念する者、魔術でもって積極的に殲滅する者、戦い方は違えど皆、目的は同じだ。
俺とニオンはその場で防衛に当たっている。目的はあくまで調査員を守ること。魔物を殲滅することではないからだ。
「な、なんだ! あれは!?」
状況が変化したのは、扉から現れる魔物の数が次第次第に減り始めて、こちらが優勢になり始めた頃のことだ。最初にそれに気づいたのは扉の方向を向いて、魔物を迎撃している冒険者で、彼は突如としてどこからともなく現れたその魔物に驚愕していた。
「アイアス、あれって」
「ああ、Aランクの魔物。カラフルワームだ。しかし、『魔女の工房』にいるとは聞いたことがない」
なんだ? そのひ弱そうな名前の魔物は。と一瞬思ったが、戦闘の合間にその方向を見て即座にその考えを改めた。
カラフルワームは、『初心者の洞窟』で遭遇したワームとは比較にならない大きさだった。ここは天井が高いのにも関わらず、そのワームの前半身はそこに届きかけており、その部分のサイズだけでも優に10メートルを越していて、あの時遭遇したワームの倍はあった。
迫力があるのはその巨体だけではなく、模様も特徴的で、確かに虹色でカラフルって感じだが、それは綺麗なものではなく、むしろケバケバしい。色も暗く毒々しい風合いのものばかりで、表皮やその広げた首回りのえりのようなものがトゲトゲしている。いかにも凶暴そうで毒がありそうな見た目だ。
「多分偶然じゃない。ここが当たり。私たちは運がいい」
「どうだろうね。この場合、普通は運が悪いと思うところだが、確かにSランク2人のパーティはこの国にはいないからね。そういう意味では運がいい」
余裕そうなシルドだが、彼女のその表情も長続きはしなかった。次第に減少していた魔物の出現数が嫌がらせかと思うほど激増したからだ。しかもそこにカラフルワームが俺たちを囲むようにして4体追加される。これはもう殺意しか感じない。
『ニオン、余力を残してる場合じゃなくなった。もうスピードを俺に合わせなくていいぞ』
方針変更のために《心話》を使用する。Aランク1体なら、アイアスとシルドがどうにかしてくれると思っていたが、カラフルワームが4体も追加されるとセーブしてはいられない。命の危機だ。
この場にBランクを超える実力を持つパーティが何組いるかは分からないが、あんなのと正面切ってやりあうにしてもこの場では分が悪い。
『いいのですか? さすがに悪目立ちしますよ』
『大丈夫だ。俺も派手に《竜変化》を使う。これで悪目立ち具合は分散するはずだ』
『それだと余計に悪目立ちしますよ。主に私たちのパーティが』
『……だよなぁ。でも今の俺の地力じゃ、まだあのワームには勝てない。けどアイアスたちだけに任せるってのはなんか違う気がするんだよな。だからだ』
今の俺は、この場にいる冒険者に比べて圧倒的に経験も場数も実力も足りない。戦うだけで命の危機だろう。だが、元の世界に帰ろうというのなら、ここで逃げるわけには、傍観してるわけにはいかない……そんな気がする。なぜなのかは分からないが。
『ふふふ、良い心がけです』
『だろ。とりあえずは今使えるのでコスト的に一番大人しめなヤツでいくか』
『なら私は物量で攻めて来る魔物を殲滅します』
方針が確定したところで《心話》を終わらせ、行動に移る。ニオンはレイピアを構え、俺は魔力を使い、その身に《竜変化》を使用する。
「ティフォン!」
その声と込めた魔力に呼応し、俺の肩に巻きつく1匹の小さな竜、というか蛇が光の粒子を束ねて実体化し、現れる。そいつはサイズの割に太く、背中側が夜空のような星柄、さらに目までもをキラキラさせていた。
「な、なんだ!? それは!?」
「……放て」
冒険者の1人がそんな反応をするが、俺は気にせずティフォンに命令を下す。するとティフォンはその口を開き、火球を魔物に向かって連続で発射し始め、それらを焼いていく。
その間、近くのカラフルワームに狙われて攻撃を受けていたが、《硬化鎧》をヒビ割れ砕けさせながらもその攻撃を防ぎつつ、ティフォンで反撃した。
一方のニオンは、その機敏さを活かして魔物に斬り込んでいく。こちらも驚かれているが、ニオンは気にせずに雑兵を蹴散らしていく。
途中、カラフルワームの長大な尾の攻撃が、ニオンに向かって放たれるが、なんなく躱してそのついでにその尾の先端を斬り落としていた。
アイアスとシルドはそれを見、アイコンタクトをしたのち、各々がカラフルワームに向かってアイアスは剣を、シルドは杖を構える。
他の冒険者も大量の魔物が掃討されて数が減ったから手が空いたのか、防戦一方だった戦況は徐々に押し返し始めた。彼らの魔力を込めた剣での斬撃や、高威力の魔術攻撃により、カラフルワームはダメージを負っていく。
「はぁッ!」
「氷結乱舞!」
アイアスの剣が放つ白光の斬撃により、カラフルワームの頭部が吹き飛ぶ。シルドが創造した微細な氷の刃でできた竜巻により、別のカラフルワームの全身をズタズタにし、その命の灯火を吹き消す。
他の冒険者も活躍し、(もちろん俺やニオンもだが)辛くも魔物の軍勢から勝利を収めた。中には重傷を負う者もいたが、他の魔術師の治療で一命を取り留めていた。
戦いが終わり、束の間の休息をとる冒険者たち。
「ユウリ、先の戦いで見せたその蛇、以前は見なかったが、一体?」
「それに、そっちの子は超速かった。何者? SSランク並みの素早さだった。説明求む」
他の冒険者たちは、自分や味方の負傷、戦闘での疲労で余裕がないらしく、俺の能力に興味があってもそれを聞こうとするだけの体力はないからか、聞きにこないようだし、調査員も本来の仕事がある。しかし、アイアスとシルドのSランクコンビは違った。
「こいつはティフォン。なんというか……俺の力で呼び出したヤツだ」
「私の方の説明の必要はありません。ただ速いだけです」
俺はティフォンの喉を撫でながら答え、それによりティフォンは嬉しそうに目を細める。
しかし、ニオンは一刀両断だ。相手がSランク冒険者であっても容赦なく問いを斬り捨てる。
「冒険者の方々、この広間の調査が済みましたので奥へ向かいましょう。ですが、この扉の奥と先ほど発見した通路の2つの道がありますので2手に分かれて進みましょう」
調査員のリーダーがこの広間での調査を終えて、集まっている冒険者にそう告げると、当然のことながら不満の意見が老若男女問わずに噴出する。
「おいおい、正気か? さっき出て来た魔物がどんな奴らか分かっててそんなこと言ってんのかよ?」
「そうだぜ、俺たち危うく死にかけたんだ!」
「分かれるってどう決めるんだ、そもそもこんな場所での戦力の分散はよくないはずだ!」
「一旦戻ってさらに増援を呼んでからにしませんか? 私たちだけでは限界がありますよ!」
『ユウリ、妙な音がしませんか?』
そんな彼らの非難の声を聞き流していると、突然ニオンから《心話》が入る。
『妙な音? しないが……。ニオンには聞こえたのか?』
『ええ、確かに聞こえました。これは地響きや魔物の音ではなく、……ッ! 危険です! 今すぐここから離れなければ!』
「! アイアス! 今すぐここ————」
ニオンの焦った声を聞き、すぐさま彼に危険が迫っていることを告げようとするも、既にそれは間近にまで忍び寄っていた。
誰も反応する暇もなく、なにかがひび割れたような音とともに一瞬でその場の全員が意識を失った。




