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竜の如き異様  作者: 葉月
1章 目覚める者たち
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第18話(下) パーティ初依頼


 グリンズ山地の中でも比較的浅い一角、その辺り一体に土煙が立ち上っていた。木々が薙ぎ倒しながらもその発生源がどんどんこちらに近づいて来ているが、私に焦りはない。

 今回の依頼で相手にするのはCランクの魔物。人間のつけた基準はイマイチよく分からないが、確か知性のない通常の魔昆虫がD〜Cランクだった。私にとってCランクの魔物が戦力的に大したことないのは事実だが、敵として現れるのならばそれがなんであれ油断も容赦もしない。ゆえに接近して来る存在がなんなのかは既に看破している。どうやらユウリは討伐対象を無事発見できたようだ。

 一際大きい地響きとともに地面が砕け割れる。その衝撃をまともに食らったらしい彼は吹っ飛ばされ、着地に失敗して地面を転がる。現れたのは巨大なクモの()()、ミュートスパイダーだ。

 なお、アレは魔昆虫ではない。人間は一緒くたにして扱っているが、魔物の王の眷属が魔物なのだ。既にその王が存在していなくても、この先未来永劫現れることがなかったとしても、かつて王が存在し、その眷属だったのなら魔物なのだ。当然魔昆虫にもクモはいるが、王の眷属ではないので魔物ではない。魔昆虫のように魔物以外の魔力を扱う生物は「魔生物」と区別されるが基本的に魔物として一括りになっている。

 ユウリは両手両足に纏わせた《硬化鎧》で応戦しているが決め手に欠けるらしくやや劣勢だ。ミュートスパイダーは魔術を得手とする者の天敵とも言える魔物で、魔術の詠唱や発動を妨害する《弱音》の特性を有している。しかし、その能力も今回の戦いでは宝の持ち腐れとなる。なにせユウリは魔術を使わないし、私もこの戦いには参加しない。そもそも今回の依頼の目的は私が彼の実力を把握することにあるのだから私が参戦してしまっては本末転倒だ。


 私はミュートスパイダーとユウリの戦いの決着を最後まで見守った。その結果、彼の実力が『魔女の工房』再調査の護衛依頼を受けても問題ないものだと判断できた。最初こそ苦戦を強いられていたが、しばらく戦ううちに相手の攻撃を見切って回避できるようになり、さらにはミュートスパイダーの関節を破壊し、まともに動けなくなったところを攻撃するなど、戦い方が様になっていた。






 依頼の達成を報告を終えると、報告と報酬を受け取りに再び訪れたギルドをあとにする。


「ユウリ、再調査の日はいつですか?」


「えーっと、明日だな。とりあえず拠点に帰って今日はもう休むか」


「そうですね。明日に備えて拠点で《竜変化(へんげ)》を試してみましょうよ。まだ使っていないのでしょう?」


「む、それもそうだな」


 裏路地に入ったところで我が家に転移する。相変わらず風景が一点に集まるように歪んだのち、我が家が元あった世界を塗り潰して現れたみたいに見える。だいぶ使い慣れて酔いそうな気分ならなくなったが、やはりこの変化には慣れない。

 この転移が使えるのは今のところ俺だけなのでニオンは俺と手を繋いでの転移だ。この能力はスキルにも特性にも表示されない。謎が深まるばかりだ。


 ニオンがパーティに加わったことで、呼び方を統一することにしたのでここは「拠点」と呼ばれるようになった。ここをずっと我が家と呼んでいたので、変わることには一抹の寂しさを覚えるが、ここを我が家だと思っているのは俺だけなので仕方ないだろう。


「そういえばこの前ここにどうやって入って来たんだ?」


「ああ、それですか。あれはユウリの超近距離に移動し、転移する瞬間に同じように動くことで一緒に入ったのですよ」


「マジか。次から背後には気をつけないとな」


 割と物理的な方法を使ってのゴリ押しだったのか。なんかしらのスキルやら特性やらを使って入って来たわけじゃないようだ。


「まあ、ユウリがそれに対しての対策を講じる必要はありませんよ。なにせ私レベルの俊敏で《超加速》と《超高速》を駆使してギリギリ追いつき、《隠匿》で気配を消して相手の察知能力が低くてやっと成功と失敗の確率が半々のテクニックですから。私がいる時なら問題ありません。私たちの拠点には一歩も近づけさせませんよ」


「頼もしいな。けどニオンは《察知》を持ってなくないか?」


「スキルがなくても相手の気配を探れますよ。ユウリも試してみては?」


「むむ、やり方を教えてくれ」


 頼もしいと言われたことが嬉しかったのか、少し微笑みながらアドバイスをしてくれる。

 うん、とても可愛い。性別不明だからなんだ? という感じだ。


「……その前にまずは《竜変化(へんげ)》にしましょうね」


「そ、そうだな。ニオンの察知方法は、あとで教わるとしてまずはそれだな。ここじゃなくてもっと(ひら)けたところで試そう」


 俺たちは拠点の山の頂上へと向かう。そこで使える竜の力を試してみたが、どれも強力そうだった。ランクが上がったり、まともに使いこなせればの話だが。






 俺が受けようとしてニオンに1度却下された依頼は、『魔女の工房』という人工ダンジョンの第1層の隠しエリアの調査だ。そこは最近まで見つかっておらず、少し前に壁が崩れたことで偶然発見された。そして数日と経たぬうちに調査のための人員が送り込まれた。

 『魔女の工房』第1層のランクはE。当初、調査隊の人員は調査員3人と、万全を期すために適正ランクより1つ上のCランクパーティ3組で構成されていたらしいのだが、帰還予定日から数日経っても帰る者はおらず、結果全滅したと判断された。第1層を相手にするこの調査隊は過剰戦力になるはずが、むしろ足りなかったという結果だった。

 そこで今回は念には念を入れてBランク以上のパーティが募集され、再度調査隊が編成されることになった。


 ちなみに俺はCランクで、当然のことながらニオンはEランク。『集結する者たち(ユニオン)』はCランクパーティ。

 本来ならランクの制限で受けられないのだが、俺がソウジのパーティについていけたことから許可が出たのだ。ニオンも俺のパーティメンバーだから大丈夫だろうとの判断だ。緩すぎない? と若干不安になったが、受けられる以上文句はない。


 パーティ結成後の予期せぬ初依頼をこなした翌日、装備と準備を整えて集合場所まで赴く。そこには3人の調査員とBランク以上と思われる冒険者パーティが4組いた。なんとその中には見知った顔触れもあり、


「アイアスにシルドじゃないか。2人はなんでここに?」


「おや? ユウリか。気が合うね。そちらの方は?」


「彼女?」


「違うわ。か……彼女はニオン。昨日、俺とパーティを組んだばかりだが、信頼できる仲間だ」


 彼か彼女で一瞬迷ったが、ここに来る前のニオンとの会話で、「私のことは便宜上、女性ということにしておきましょう。その方が通りが良さそうですし」というやり取りがあった。やや不本意そうだったが、それで通すことになった。ニオンはその手の話題になると目に見えて不機嫌になる。

 そりゃ、自分でも消化しきれてない問題に他人が土足で踏み込んで来たら不機嫌にもなるか。……気をつけよう。


「初めまして。紹介にあったように私の名はニオンと言います。以後お見知りおきを。あなたがアイアスさんで、あなたがシルドさんですか?」


「ああ」


「そう。正解」


 にこやかに、なんの腹の探り合いもない会話は進むが、ここで俺の《心話》に通信が入る。相手はもちろんニオンだ。


『実は彼らと会うのは初めてではないのですよ』


『そうなのか?』


『はい。私は馬車に乗って移動するあなたをつけて彼、アイアスの自宅まで行ったあと、そこからあなたがこの街に戻るまでずっと尾行していました。この街に戻る前、一旦カントリ林に戻ったことがありまして、その際、彼らと運悪く出会(でくわ)し、戦闘になりました。なんとか逃げ切りましたが、寿命が尽きそうになるのに匹敵するほど生命の危機を感じましたよ……』


 あのあと、ニオンとアイアスたちによる激闘がカントリ林で起こっていたのか……。俺は彼らがどれくらい強いのか分からないが、ニオンはその戦いを通じて、彼らの強さをひしひしと感じ取ったのだろう。《心話》を使っての会話での声は少し緊張しているようだった。


『……ちょっと待て』


『なんでしょう?』


『俺のことをつけて、って言ったよな? なら馬車での移動の時はどこにいたんだよ。全然見当たらなかったぞ』


 あの時は《邪眼》を使い、視力を底上げして空や周囲を警戒したが、点の形ですらその姿を捉えられなかった。ならば一体全体どこから尾行していたというのだろう。


『ああ、それですか。馬車の上空にいました。一目見て、彼らは只者ではないと直感しましたので、感知されても発見できないほどの高度をとっての尾行をしてました』


 マジか。そんな上空からの尾行が可能だとは。


『ヤバいな。道理で見つからなかったわけだ』


『ですけど、ユウリが馬車から顔を出した時は、あの2人に見つけられるのでは、と少し焦りましたよ』


「全員揃ったようですね。出発しましょうか」


 俺たちが到着して、調査隊全員が揃ったことが分かったのか、この調査隊のリーダーと思われる高齢の調査員が号令をかける。

 《心話》でのやり取りはここでも僅か1秒未満のことだ。便利過ぎる。


「そろそろのようだ。続きはあとにしよう」


「うん。私たちには私たちの目的がある」


「この調査隊の護衛じゃないのか?」


「それも兼ねてるけど機密事項。ユウリもSランクになれば分かる」


 めっちゃ、先じゃねぇか。俺がどれだけランクアップすればその話題に触れられるようになるんだよ。


 しかし、2人はいつになく真剣そうだった。口調や表情もどこか固く、緊張しているようにもとれる。

 Sランク冒険者が緊張するのがどういうシチュエーションなのか分からない俺には、ただただこのダンジョンが不気味にしか映らなかった。


『もしかして俺たち、とんでもない貧乏クジ引いたんじゃないか?』


『ユウリの話では彼らは評議会に呼ばれたとか。その直後に受ける依頼が普通の依頼なわけがありませんね。なにかあるのでしょう。《竜変化(へんげ)》の出し惜しみはなしにした方がいいですね』


『そうだな。ニオンも十分に警戒してくれ』


『任せてください』


 《心話》を済ませて、先に冒険者や調査員たちが『魔女の工房』に入るのを見送り、あとから進入する。


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