第18話(上) パーティ初依頼
「さて、まずはこの依頼を受けよう」
受け付け職員から推薦され、受けることにした依頼をニオンに見せながらその説明を始める。
「それはなぜですか?」
「理由は単純。もし時空の石以外の手がかりがあるのならこういう場所しかないと思ったからだ」
「そういうことですか。確かに『魔女の工房』にならありそうですね。ですが、依頼の内容と難易度はどうなってますか?」
昨日、ニオンには俺が異世界(この世界から見た場合だが)から来たのだと伝えた。もちろん帰るつもりがあるということも。ニオンはそれを受け入れ、「もしも帰ることになったら私もついて行きます」と言ってくれた。ちょっと嬉しかったが、なぜかと聞いたら向こうの世界の文化が気になるとのこと。俺のことはスルーされた。会ったばかりだし当然のことなのだが、世知辛い。
時空の石の力の都合上、ニオンと一緒に元の世界に行けるか怪しいが、そもそもその石自体Sランク冒険者になってダンジョンに挑むか、相応のお金を用意しないといけないのでどちらにせよ今は机上の空論でしかない。
「……」
「聞いてますか?」
「……悪い、ちょっと聞いてなかった。もう1回言ってくれないか?」
ぼんやり考え事をしながらガン見したせいでニオンの問いを聞き逃して不審がられてしまった。考え事はともかくとして、ガン見してしまうのはある意味仕方のないことだ。小柄で綺麗な少女(?)の正体が、実は巨大セミだなんて、とてもではないが今でも信じられない。
見かけの年齢はシルドと同じくらいに見えるが、こちらはそれにそぐわない老成した空気感がある。青緑色のベリーショートの髪とそれと同じ色の目はニオンの理知と冷静さ、老練さを表しているかのようだ。
性別それについて聞いたら「ステータスにある通りですよ」の一点張りだった。これから先のことや、増えるかもしれないパーティメンバーのことなど、必要性を挙げて問うと、「自我に目覚めた頃には既にこうなっていた」と渋りながらも答えてくれた。本人もよく分かっていなかったらしい。
「はぁ……依頼の内容と難易度がどういうものかを聞いたんですよ。場合によっては指定されたランク以上の危険がある場合がありますから」
「『魔女の工房』再調査の護衛だ。確かランクはBだったな。受ける人が極端に少なかったから規定数にギリ達してなかったが、俺たちなら大丈夫だろうって職員から頼まれたから受けたんだ」
「私が許可を出しておいて聞くのはおかしいですが、大丈夫ですか?」
「問題ありません。強いていうならこれでSランクの魔物が出てこない限りは大丈夫です」
……なんか、思いっきり自分自身でフラグ立てたような気がしたが気のせいだろう。
「そうですね。ワームに燃やされかけても大丈夫だったみたいですから心配はしていませんが、なにが起こるか分からないのがダンジョンですから気をつけてくださいね」
「もちろ————」
「不可です」
「ニオン?」
「ニオンさん?」
ギルド職員から忠告を受けつつ依頼を受けようとしたその時、横合いから機嫌悪そうなニオンの声に過ぎられた。見ると、声だけでなく表情も不機嫌そうだ。俺、そんなマズいこと言ったか?
「私はユウリの実力がどれほどのものか知りません。ですから、パーティを結成してすぐに高難易度の依頼を受けるのは避けるべきかと。ここはこのCランクの討伐依頼にしましょう」
「……む、確かにその通りだよな。じゃあこの再調査の依頼はニオンのその依頼が終わって、それで俺が大丈夫だと思えたら受けるってことで……いいかな?」
「……そうですね。私としては、ユウリの実力がBランクの依頼を受けても問題ないものだと判断できればいいだけですから、それで特に異存はありません」
確かに計画性という意味では、今回の俺の依頼の受け方は危機管理という意味で穴だらけだった。ジト目で過ぎられても仕方のないことと言える。ニオンは若干渋りながらも納得したように頷いた。
ニオンの冒険者登録、パーティ結成に、急遽別のものになったが依頼を受ける。いずれもそこまで時間がかからなかったお陰か、空はまだそこまで青くない。
俺たちは人通りのほとんどない大通りを歩きながら打ち合わせを始める。往来を行く人は皆無なので小声で話す必要がない。そもそもそういう内容でもない。
「依頼の遂行の前に、とりあえず装備の準備でもするか」
「この服装でもいいと思うのですが?」
今、ニオンが着ているのは、セミから人間に擬態した際、裸だったのでその時に渡してから着用している服だ。あの時は着ていなかったが、今は下着も着ている。とはいえ、俺の家に女性用の下着はないので選ぶことはできず、必然的に俺のを着ることになってしまうわけだが、本人はさして気にしていないようだった。というか性別なかったか。
「目立つから却下だ。その服装だと物珍しいってことで、どこぞの貴族かなにかだと思われるだろう? そして行き着くのはトラブルだ。苗字……いや、ファミリーネームか。それがあるってだけでいい評判ないからな。それにニオンは、その……可愛い。より一層目立つから服装を変えよう」
「褒めてもらえるのはありがたいですが、この場合どんな反応をすれば……」
そりゃそうか。だが男の可能性もあったな。
「そうだな……。ありがとう、とか適当に相槌打っておけばいいんじゃないか? 何事もほどほどがいい」
「善処します」
「とりあえずは、装備を売ってる店が開店するまで拠点で待つか」
「あ、それなら時間まで街を見て回りたいです」
「街を? けどこんな早朝だと、どこも開いてないぞ?」
「構いません。確かに今後のためにも店内がどうなっているのかを知っておきたい気持ちはありますが、今すぐに、というわけではありません。それは次回にして、人間たちの作る「街並み」というものを見るに留めておこうと思います」
「そうか、なら静かでも見栄えのいいところから案内するよ」
そう俺が言うと、ニオンは一際真剣さを感じさせる表情で頷いた。その姿勢からは単なる野次馬じみた興味や好奇心だけでなく、なにかしらの意図があるように思える。この街に馴染むためなのか、あるいはなにか他の理由があるのかはまだ会ったばかりなので分からなかったが、少なくとも俺との関係を良好なものにしようという意思はあると感じられた。
早速、案内のためにニオンを先導しながら歩き始める。ニオンには直接言っていないが、遠回りになったり、引き返すようなことにならないよう、近い場所から順に案内していくことにした。
無音の街を行く。やはり道に人はおらず、俺とニオンの足音だけが響いている。時折、立ち止まってはそこになにがあるのか、普段はどんな様子なのかを事務的に話す。ニオンはそれを、たまに質問を交えて聞いていた。最後に赴いたのは街の景色を一望できる高台だ。時間が早いこともあってか、そこにはやはり誰もおらず、太陽が昇りきる前特有の静けさに包まれている。
その回りには落下防止のための柵が設置され、内側にある道は舗装されている。高台自体が公園のようになっており、柵付近以外にも道はある。俺たちが歩いているのはそんな場所だ。木々が生い茂る中にあることも相まってか、若干暗い。お互いに昨日知り合ったばかりの俺たちの間に特に話が弾むようなことはなく、無言で道を進む。
木々を抜けて見晴らしのいい場所に辿り着く頃には既に朝日が昇り、日の出が訪れていた。明るく、穏やかなその光は街を新しい1日の始まりで染め、俺とニオンの冒険者としての門出を祝福しているようだった。
最後に高台で日の出を見て、ユウリによる街の案内は一通り終わった。彼の案内や説明は丁寧ではあったが、まだこの街に来て日が浅いのか知らないところも多いようで私の問いの全てに答えられてはいなかった。
私たちは装備屋や服屋が開店するまで高台から街を眺め、会話も碌にしないまま終始無言で時間を潰した。空が青くなり、人通りが増え始めた頃合いを見計らって私の普段着や着替え、装備や治療薬などを買いに行く。一通りの用事が済むと一旦拠点に戻って買った荷物を置き、冒険者としての装備に着替え始める。当然、私とユウリはそれぞれ別の部屋でだ。
「(……これからどうなるんでしょうね?)」
買ったばかりの装備を見に纏い、手にした剣の銀色の刀身を少し眺めてから鞘に収めると腰に差す。鏡のように曇りのない刀身に私の青緑色の瞳と目元が映り込む。客観的に見れば、それは本来の姿とはかけ離れた偽りの姿。
そして自分ではこの姿に違和感を覚えていないことに、《人間化》のスキルにはそういう効果があるのだと気づいた時は、ステータスやスキルという存在の底知れなさを、なにか得体の知れない存在の力を感じて戦慄したものだ。
「(いつかまた彼女に会える日が来るのか、それは分からない。けれど、生きてさえいれば可能性は潰えない)」
思い返すのはカントリ林を出て行った親友の彼女のことばかり。この《血書契約》を教えてくれたのは他でもない私の親友なのだが、せめて元のセミの姿でも寿命問題が解決できるようにしてほしかったものだ。いや、もしかしてこの寿命解決法は擬態する生物の寿命に由来するものなのかもしれない。なにせ人間のそれの長さは魔昆虫とは比較にならない。
私はかつて、というほど過去でもないがカントリ林で暮らしていた。そこは大昔は普通の森林だったらしいが、今は魔昆虫と呼ばれる虫型の魔生物の楽園となり半ばダンジョンと化している。
およそ70年前、私はそこで生まれた。魔昆虫のセミ種としていつか地上で羽化し、成虫になるために成長しながら、地中でその時をただひたすら静かに待っていた。当時の私は生まれたばかり、当然のことながら高度な知性などあるはずもなく、それは本能のみに基づいたものだった。しかし、知性を得た今の私からすればその時の記憶は実感がなく、また精彩を欠いた酷く曖昧なものになっており、まるで見ず知らずの他人が体験した人生をダイジェストで見せられているようにしか思えなかった。
ある時、私は唐突に知性を得、自我が芽生えた。それは生まれてから大体10年が経った頃のことだと思う。つまり上位種に進化したのだ。それ以前の記憶が曖昧だからはっきりとは言えないが、おそらくステータスもスキルも軒並み強化された。……まあ、だからといってそれまでの生活に変化が生じるわけでもない。地中でひっそりと木の根から汁と魔力を吸って自身を着実に成長させ、その時をじっと待ち続けるという以前と変わらぬ日々を繰り返すのみ。
自分で思い返してみてもこの頃の私はかなり陰気な性格をしていた。知性があり、会話できる魔昆虫もそれなりにいたことは知っていたのだが、私は自分が住処としている木の根近辺から動こうとはしなかった。当然、そんな私に友達どころか知り合いなんてできるはずもない。そんなわけで1人ぼっち生活がしばらく続き、自我に目覚めてから1年が経った。その頃、のちに互いを親友と呼び合うほど深い関係になる『彼女』と出会った。
『ねえ、そこの地中の木の根に隠れてる君、なにしてるの?』
『ふえっ!? わ、わ、私にな、にゃにか御用です、でしょうか?』
彼女との初対面の時はそれまで誰とも喋ったことがなかったことが災いしてつっかえたり噛んだり、それはもう酷いものだった。けれど、彼女はそれを笑うことはなく真剣に聞いてくれた。
それから私と彼女の交流は始まった。彼女はよく私の元を訪れて一緒に話したり、木の根の下に引きこもっていては勿体ないと言って私を連れてカントリ林の中を見て回った。その過程で他の魔昆虫とも知り合いになったが、彼女に対してとは異なり、まともに話せるようになるのにかなり時間がかかった。
当時の私は生まれて初めてできた親友の彼女がいることにこの上ない充足感を覚えており、カントリ林の外に出るなんて考えが浮かぶはずもなかった。彼女さえいてくれれば他にはなにも要らなかった。出会って数年後、親友が故郷であるカントリ林を出て行くと言う前は。
 




