第14話 御伽噺
コーア遺跡での改造カットゴーレム(仮称)との戦いのことをギルドに報告すると、似たような現象が起こった場所の捜索や調査が本格的に行われることになった。
今までは単なる偶然だと思われていたが、ゴーレムから取り出した核が調べられた結果、間違いなく人為的なものだと判明したからだ。
俺はギルドへのそのことの報告をソウジたちに任せて帰るつもりだったのだが、ソウジの要らん気遣いにより、俺も関係者ってことになってしまった。事実、関係者なので否定のしようがない。
カットゴーレムについてギルド職員に質問されることに詳しく説明すること数時間。アイアスの自宅に着く頃には、いつの間にか夜遅くになっていた。
だいぶ遅くなってしまったせいか、玄関に出迎えに来たのはアイアスではなく、看病を受けて元気になり、完全復活していたシルドだった。
「おかえり。ユウリ」
「ああ。ただいま。……匂いは嗅がないんだな」
「ユウリはヒドい。私をなんだと思ってる?」
匂いフェチ。
「アイアスは?」
「アイアスは今、寝てる。私の看病に疲れたみたい。申し訳ない」
「そっか、ところでその手に持ってる本はなんだ?」
シルドは玄関で出迎えてくれた時から、一冊の古びた結構厚みのある本を手にしていた。本、というより童話集って感じだが。
しかしずっと玄関前で話しているわけにもいかないので、ひとまず屋内に入り、会話を再開する。
「世界各国の童話や伝説を集めた本。この一冊に世界中のロマンが詰め込まれている。ぜひ読むべき」
「ぜひ」なのに「すべき」なのか? とつっこむか迷ったが、スルーして受け取り、読むことにした。
ペラペラとページを捲りながら流し読みしていると、いろいろな物語があることが分かった。そこに記載されている話はほとんどが御伽噺の類いだったが、中には実話のように語られているものもあった。
「あ。でも今から読んでたら夜遅くになる。なので結論から言う」
「うん? 結論? 一体なんの?」
「匂いの正体」
「この本に載っているなにかに関係があるのか?」
シルドのことだ。実は全然関係ありませんでした、ってことも普通にあり得る。しかし、俺にはその童話集がなにか関係あるもののように思えていた。
「なんとも言えない。可能性が高いだけ」
「それでも構わない、教えてくれ。この能力の正体はなんなんだ?」
知りたい。俺に与えられた力がなんなのか、その源泉がなんなのか。この世界に来た理由、元の世界に帰る方法、もしかしたらその存在ならなにか知っているかもしれない。
そんな淡い期待を胸にシルドの言葉を待つ。
「それは……」
「それは?」
彼女は俺の手から本を取り上げ、最初はざっと捲り、本の中盤まで進める。そこから先は目的のページが近いのか、ページを1枚ずつ丁寧に捲っていく。1枚、1枚と捲る度、俺の心臓の鼓動が早まり、緊張が増す。そしてその手がとあるページを開くと、捲る手が止まり、ある一文を指で示した。
「こいつ。ユウリの鱗、《邪眼》と、それと匂いが一致する」
「これは……」
そのページの童話は、『滅ぼしの邪竜』というタイトルの話だった。その内容はというと、
『その昔、繁栄を極めた国があった。その国に行けば誰でも豊かになれるという話があり、それを信じてそこに向かい、定住する者も少なくなかった。
その国にはさらにいろいろな人が集まり、取り引きしようとする人が持ち込む物資や、来る人が得ている技術が集い、国土を拡大させていき、益々豊かになっていった。
あと少しで大陸のほとんどを手中に収めるところまで国家は拡大していた。
しかし、その国ではたった1つ、ルールがあった。それは、強者が絶対の存在で、善。弱者はただ搾取されるだけの悪。
その国に住まう者はなにかしらの罪を抱える悪人ばかりだった。
しかしそんな繁栄の最中、突如として邪竜が天から現れ、一晩でその国と民の大多数を焼き払ったという。
彼らのその目に余るその行いは、多くの不幸な人々を作り出し、彼らの嘆きと無念が集まった結果、生まれたその邪竜によってその国は滅んだ』
という話だ。
「こいつか?」
「こいつ」
俺は竜の挿絵を指差し、シルドに問う。彼女はそれに、俺と同様に竜を指差して答える。
話としては、よくある教訓を示すようなものだったが、シルドの口振りだとまるで実際に起こった話のようだ。
その証拠があるとしたら、ページの端にあるその国がかつてあった位置、邪竜が滅ぼした年月日が書かれているところか。随分と具体的だな。まあ、ここはファンタジー展開ありありの世界だから、そういうのもあるのか。
「いや、でも俺はこんなのと知り合いじゃないぞ」
「本当に? 知り合いになった邪竜から加護とかもらってない?」
邪竜と知り合いってどんな奴だよ。
そういえば、シルドとアイアスには《???の寵愛》のことを伝えてなかったな。言ったら言ったでマズいことが起こるような気がしてたので言っていなかった。
「本当に知り合いじゃないが……。ちなみに加護ってのは?」
「存在として強固な者から与えられる力のこと。有名なところだと《強欲の加護》とか、《聖剣の加護》とか。基本的にデメリットはない。似たような力に契約があって《勇者の契約》とか《嫉妬の契約》とか。加護との違いはその人物の配下になることで与えられるというところ。加護よりも一部強力な効果だけど、契約を与えた人物に対して攻撃できなくなるデメリットがある」
「なるほどな。加護はデメリットなしで契約は裏切り防止を強制か。なら寵愛とかは?」
「寵愛はさらに珍しい。しかも知ってる人も、実際に持ってる人もほとんどいない。ユウリ、知識が偏りすぎ。身近にそれを持ってる人でもいた?」
「いや、いないが。前の2つとはどう違うんだ?」
シルドは時々、異様に鋭い。その鋭さでもって俺の鱗や匂いの正体に迫ったのだから、あまり敵にはしたくない。
その鋭さが恋愛云々に向けば、アイアスは諸手を挙げて大喜びなのだが……。
「加護と契約は両者の同意の下。寵愛は一方的。それに寵愛は絶対数が少な過ぎて情報がほとんどない。しかも出所は同じでも加護とは違って寵愛は忌避される傾向がある」
「なんでだ? 性能が違うからか?」
「加護と違ってその手の力を与えられるような存在は、単独で一国を滅ぼせる力を持っている者がほとんど。そんな奴に無条件で愛される人物の、気に入られる理由なんて碌なものじゃない」
世知辛いな。うん。確かにその理屈でいうと、寵愛持ちは高確率でクレイジーな奴なのは疑いようがないってことになるな。……俺は違うぞ、例外だ。
「じゃあ、ステータスの欄に、ハテナハテナハテナって出る場合はどんなものなんだ?」
「それはさらに珍しい。さっきまでの話、さては実体験?」
「別に実体験ってわけじゃないぞ。あくまで仮の話だ」
「そう? スキルや特性の一部が読めなくなってるのは、本人がそれを正しく認知できていないから。これでもし、ユウリの特性のハテナハテナハテナが消えたら、ユウリは邪竜に見染められてるのは間違いない。ということになる」
「だから仮の話だって言ってるだろ。どれどれ……」
その件はシルドにとってはもう確定事項のようだ。ちょっといろいろ聞き過ぎたか……。だが、それは少し置いといて、ステータスを確認する。
《???の寵愛》
「変わってねぇな」
「なら正式名称じゃないのかも。邪竜は俗称かもしれない」
「じゃあ、その邪竜の本名は?」
「伝わってない。というか、ない、と言われてる」
ない。彼女の返答は俺の予測を軽く上回るもので、一瞬、思考が停止する。あれだけのエピソードを持っているにもかかわらず名前がない、とはどういう意味なのか? そのままの意味だと頭では分かっているのだが、理解が追いつかない。
「…………どういう意味だ? まさか、本当にハテナハテナハテナって名前です。みたいな超展開なのか!?」
「もし伝わってたら名前が出てくる。この前のページの『燃える血の吸血鬼 モエカ・コウノ』みたいに、名前のある魔物が主題の時はタイトルにそういった記述がある。今回の例で言うなら、『滅ぼしの邪竜 ナントカ』って感じで」
今、なんか日本人っぽい名前が聞こえたような気が……。コウノって、河野とか高野だよな? デジャヴか? この前の日本のアレと似たような感じだぞ。いや、そこから来たから日本人っぽいのかもしれない。同郷なんじゃないかと決めつけるのは早いぞ、俺!
「で、でもその邪竜は超強い魔物なんだろ? なら名前を持ってるものじゃないのか?」
「そこは知ってるんだ? 確かに強大な魔物は名前を持つようになる。なぜ持つと強くなるのかは、今の話には関係ないから割愛するけど、でも邪竜はそれなしでそこまできた。もし、こいつが名前を持ったらそれこそ世界を滅ぼす災厄になる」
だから『???』なのかもしれない。名前がないから、特性の欄に名前が表示されないだけ。別に『???』だからといってなにか実害があるわけでも、困るわけでもないが、強いていうならモヤモヤする。
「正しく『滅ぼしの邪竜』になるってわけか……む?」
「どうしたの? やっぱり、邪竜の寵愛受けてた?」
「いや……その……」
なんの気なしにシルドの話を聞く片手間に、ステータスを開いて見ていたら、《?化》が変わっていた。
《竜変化》へと。
「はっきり言う。これ重要」
「わ、分かった! 言う言う! 《?化》って特性が《竜変化》って変わってた。それだけだ」
「やっぱり邪竜の寵愛を受けてた。アイアスにも教えないと。これは大発見」
「どこがだよ」
あとで《竜変化》の説明をじっくり読んでおこう。今後もパーティを組まずに1人、とは限らないが、戦える手段は多いほどいい。
「実際に邪竜の寵愛を受けている人がいるってことは、逆説的に邪竜が実在するってことになる」
「いや、邪竜の滅ぼした国とか載ってただろ? それに竜ってワードに反応しただけって可能性もある」
「ユウリ、夢がない。その程度の証拠、いくらでも捏造できる。それに過去のこと。可能性っていうなら、なにかしらの不祥事を揉み消すために、邪竜のせいにしたということも考えられる。つまり、ユウリのお陰で邪竜の実在は確認されたも同義。発表しよう」
今言ったほとんど全てで、お前の方が夢のないことを言っているが?
「そもそも、どこの邪竜から寵愛を受けてるのか分からないだろ。第一、証拠がない」
次々と持論に反対され、否定され、シルドは不満げに頬を膨らませ、一言。
「…………おのれユウリ」
「なぜ俺!?」
「……ところで、《邪眼》がなんで推測の材料に使われたんだ?」
「邪竜は《邪眼》を使うって、他の文献にあった。それによると、相手の心を読み、敵の全てを理解し、千里を見渡し、見えぬものを見、未来を見る力がその双眸にあったらしい……」
「盛り過ぎだろ……」
シルドは持論を否定されたままでは引き下がれないのか、さらに展開する。しかし、俺はそれらを悉く返り討ちにし、そのディベートは益々ヒートアップし、夜が更けるまで続いた。
お互い、気力と体力が尽きてるせいか、力ない声だ。うう、情けない……。
「でもこれも事実の可能性が出てきた」
「ああ、俺は他人のステータスを見たり、千里眼に透視ができる、だから邪竜はその上位互換が使えてもおかしくないってことだろ?」
「そういうこと」
自分の言いたいことが分かってくれて嬉しい。そういうことだろう。
「1つ聞いていいか?」
「なに?」
「邪竜ってそいつ1体だけか?」
邪竜の話を聞いてからそれがずっと気になっていた。竜自体みたことないし、俺はこの世界に来てから日が浅く、一般常識の話でボロを出しても困るので、知っておいた方がいいだろう。
「そんなわけない。けど、一般的に邪竜と言えば、あなたに寵愛を与えてる竜だけ」
「決定事項かよ。ってことはそいつが有名過ぎるから邪竜の代名詞になってるのか……」
もしかしたら、その代名詞が有名過ぎるから、名前が伝わっていないのかもしれない。とぼんやり思った。




