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竜の如き異様  作者: 葉月
3章 愚かなる者たちの戦争
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第99話 連邦将軍ロウタスの憂鬱


 昼食後、2人は街へ出かけると言って拠点から出たので俺も暇潰しに外へ出ていた。《硬化兵装》や《邪竜回帰》の自主練をしていてもよかったのだが、この街並みや自由な人の往来が未来にあるかどうか分からないのでしっかりと目に焼き付けておこうと思ったのだ。


 行くあてもなく街の景色や、人が慌ただしく動き回る様子を他人事みたいに眺めながら、ふとこの世界ではどこにでもありそうな裏路地が目に留まり立ち止まった。中世と現代がごちゃ混ぜになったよく分からんこの世界でも分かる、これは日向と日陰の狭間だ。一歩でもここに追いやられてしまうと日向に帰るのは難しくなる。

 そんな裏路地から誰かが出てきたと同時に倒れたものだから、気になってつい声をかけてしまう。よく見ると『魔女の工房』の出入り口辺りで偶然会った壺を売る銀髪少女だ。


「助かりました。私の名前はレギ……レオナです。えーっと、あなたの名前は……?」


「俺の名前は葉桜結理。結理が名前だ」


 レギ……レオナ? 訳あって本名は明かせないけど、ガリレオガリレイみたいな感じの名前なのだろうか?

 そんな目の前の彼女はイートイン用に店の屋外に設置された席の椅子に腰掛け、手にした異世界版ハンバーガーに齧り付いている。余程お腹が空いていたのか、飲食店に着くまで歩く間ずっと俺にもたれかかるようにしてこちらの手を握りしめていた。断食でもしていたのだろうか?

 しかも、なぜか俺までやたらお腹が空いてきたので買う予定のなかったハンバーガーを買って食べることになった。


「と、いうことは勇者ですか?」


「そうだな。まあ、一応? 多分? おそらく?」


「はっきりしませんね……」


「そう言われると弱いな……」


 俺だってなんで自分がこんな立場にいるのか、この世界にいるのか、自分が何者なのか、分からないことだらけだ。しかし、この世界の事情に疎い俺でもあの勇者集団は放置してはいけないことは分かる。彼らの掲げる理念がどんなものであれ、こんな戦争という手段をとる集団がまともであるはずがない。

 これを放置できない根拠としたいところだが、この考えの過半数を占めているのはどこから出てきたかも分からない『あの勇者を僭称する集団を生かしてはおけない、今すぐにでも皆殺しにすべき』だという謎の使命感だ。

 この感覚は確かこの前、高沢と邪竜機オープンを製作した際にお互いのステータスを見た時に覚えた感覚と同じものだ。やはりあの時と同じようにこの使命感を忌避する感情が全く湧かない。それどころか、この奇妙な誇らしさは以前にも増して強くなっている。その時はあった危機感はもう既にない。

 俺は一体どうなってしまうのだろう?


「(やはりこいつの生命力は桁違いだ。前回と比べて今回は生命力を5倍も吸い取っているはずなのにピンピンしている。少し空腹になった程度で済むとは……。一体何者だ? 目の前のこいつからは今はそこまでの生命力は感じない。いや、ならヤツの生命力の源はどこにある?)」


 いや、俺は何者なのだろう? 当然生まれたばかりの時の記憶などあるはずもないし、物心ついた頃には親が亡くなっていた俺に過去を聞けるような身内はいない。書斎を漁ればなにか分かるだろうか?


「(……まさか外部にあるのか? ならこいつの正体は……! いや、そんなことあり得ない、はずだ。だがもし、仮に、仮にだ。私の推測があっているのなら、なんでこんな者が勇者などやっている……!?)」


「どうした? 急に俺の顔見つめて黙り込んで。しかもやたら真剣だし、まさか!」


「(! 気づいたか!?)」


「足りないのか? もう1つ頼むか?」


「(いや違うわッ! ————っと、いけない叫ぶところだった。……気づいてない、な。よかった、ただのバカだ)い、いえ、それも美味しそうだと思っただけです。少し食べますか?」


「いいのか! コホン。……そうだな、実は俺も気になってたところなんだ。じゃあ少しずつ交換するか」


 なにかに気づいた様子のレオナだが、聞いたところではぐらかされるのがオチ、と追求せずにハンバーガーに齧り付く。しかしなんでこんな急にお腹空いたんだろうな?






「ねぇ、ロウタスぅ。そんなに眉間に皺寄せてなんか悩み事? よかったら私が相談に乗ろうか?」


 デラリーム連邦で勇者集団の本格的な侵攻が始まってはや数日、この国は東大陸内の他の国よりも早くにそれが始まった。そのため、勇者に対抗するためにAランク冒険者相当の人員の大量確保や対勇者用の軍備の準備、拠点の配置が間に合わずに勇者集団側が優勢となっており、今が国の存亡がかかった正念場だ。

 そんな中でも呑気な空気が漂う空間があった。そこは連邦内の軍事拠点の1つ、その一室には2人の男女がいた。片方は連邦将軍のロウタス、もう1人はこちらも連邦将軍のラアル。ここは将軍用にと用意された部屋であり、堅実さの中にも趣向を凝らした気品さがあった。休憩中なのか2人とも軍服を纏ってはいるが緊張感とは無縁の姿だ。


 休憩時間を謳歌していたロウタスは、ふと思い浮かんだ悩み事に、休んでいる時であるにも関わらず思い浮かべてしまった自分に眉を顰める。その表情を見たラアルは、それまでもたれかかっていたソファーから身を起こし、彼と対面になるように椅子に座る。

 急に接近されたことも含めた二重の意味で顰めっ面のロウタスを気にせず、彼女はぐいっと顔を近づけると猫撫で声でからかうように問いかけた。その言葉に彼はさらに顔を顰める。


「要らん。お前がすぐに解決できるような問題なら俺が悩むわけないだろ」


「相変わらず酷い言いようだよね。ふふん、私の予測だと悩みの種はズバリ勇者絡み!」


「むしろそれ以外になにがある?」


「うーん、彼女が欲しいとか? あ! 私は婚約者欲しいなぁ。私よりもお金持ちで権力持っててイケメンで身長高い人! おまけに誠実で成長性があることも必須ね!」


 ラアルがロウタスに絡むのはいつものことだ。そして絡む内容も大体は同じ、婚活の話だ。なんでもいい人が見つからないのだと彼女は言う。しかしロウタスという他者からすればハードルが高過ぎる。

 ラアル・エルレア、大人の魅力溢れる優れた容姿と、母性の象徴である豊かな胸部が目立つプロポーションを持ちつつも、内面は残念と言わざるを得ない女性。将軍の地位に弱冠15才という若さで上り詰めるほどの才能の持ち主で、得意な魔術は闇属性魔術の応用による精神攻撃、正面切って戦うことの多いロウタスとはいろいろと相性の悪い将軍だ。しかし、彼女は彼のことを気に入ってるのか、結構な頻度で絡んでくる。


「そんな都合のいいヤツこの世にいるわけない。賭けてもいい。というか、お前がこの国有数の金も権力も持ってる地位である将軍の時点で、その条件に合うヤツそうそういないぞ」


「はー……ホント夢がないよね、ロウタスって。もっとさ、運命とかそういうの信じないの?」


「……運命を信じるくらいならその条件緩和しろよ」


「……。ところで勇者のなにに悩んでるの?」


「(無視かよ)……いろいろあるが、一番の問題はそこそこ苦労して捕らえた勇者が口を割らないことだな」


 無論、彼女の手を借りれば自白させることは容易いだろう。しかし、ラアルに借りを作った場合どんな返済を要求されるか分かったものではない。しかも、


「(俺はこいつに既にとんでもなくデカい借りがある、いや弱みを握られている。そんなヤツとこれ以上関わり合いにはなりたくないと当然だろう。……しかし、なんで脅迫してこないんだ? 弱味を握っているのなら当然有効活用するはず、だがラアルはそれをしない。もしそうしたら遠慮なく潰しにいけるものだが……)」


「えっ。じゃあなんでこんなところで優雅に休んでんの?」


「休憩してるだけだ。1週間ずっと働き詰めだったから部下にそろそろ休暇取れと言われたからな。部下には徹底して休みを取らせてるのに自分はぶっ続けなんて示しがつかないって言われて仕方なく」


「『ずっと』って、もしかして寝てない?」


「ああ。ずっとだったからな」


 ロウタスは過去のとある経緯により、ほとんど休眠を必要としない肉体になっていた。その理由こそがラアルが握るロウタスの弱味であり、急所でもあった。もしそれが世間に知られれば彼の将軍の地位は失われると言っても過言ではない。これまでなら揺らいでも代わりはいないからと、また()()の立場も相俟って即刻解任になるようなことはなかったが、今は時期が悪すぎる。最悪処刑も免れられない。

 将軍たちは基本的に、州の代表者のように足の引っ張り合いなどはしないが、良くも悪くも我が強い。相性が悪いからなんて理由で殺し合うことも過去にはあった。自分の州の軍事力を上げるために、別の州の将軍とその配下をなんらかの手段で引き抜くケースも最近は珍しくない。

 そういう意味ではラアルはロウタスの弱味をちらつかせて自分の配下に組み込む動機がある。現に彼女の州は先日発生した『闇』という魔物でないなんらかの生物との戦いでの消耗からまだ復活しきっていない。そのさなかに勇者たちの反乱が起こった、ラアルとしては猫の手も借りたいだろう。

 ロウタスは彼女が自分に配下になれ、とまではいわずとも協力しろと言ってくる可能性は高いと睨んではいたが、実際はその手の話は全くなかった。拍子抜けといえばそうだが、真意が分からないのは不気味だ。


「マジかぁ……社畜のミラーじゃん」


「鑑な。よし、休んだし拷問に戻るか」


「ヨシ! じゃないでしょ。まだ2時間しか休んでないじゃん。せめて仮眠とかしなよ」


「ならお前はサボった2時間分働けよ」


「ヒドい!」


「なにがヒドいんだよ。働け。そして婚約相手は妥協しろ」


「嫌ですぅぅぅ! 私は玉の輿がしたいんですぅぅぅぅ! 妥協なんてしませぇぇぇぇぇん!」


「コイツ……!」


 相も変わらず結婚相手への理想の高さにロウタスは嘆息する。2人の時間はいつもと変わらずに過ぎていったが、彼は自分の抱える秘密がゆえにこの時間がもう長くないと確信していた。






「……無駄って言ってるでしょ? そんなことで私が仲間のことを売るとで————ぐッ!?」


 ラアルとのやりとりから数分後、ロウタスは薄暗い石造りの部屋で無言で耳障りな雑音を吐き散らす女性の腹部を蹴り上げていた。目の前で蹲る勇者は先日、デラリーム連邦を裏切り、挙げ句かつての上司であったロウタスの暗殺にやってきた勇者の1人だ。

 五体満足ではあるものの、それとは裏腹に全身に酷い傷を負っており、身につけている服はあられもないところが見えてしまうほどにボロボロだ。その姿にはある種の色気すらあり扇状的ではあるが、ロウタスは眉ひとつ動かしもしない。

 彼は助手からメスを受け取る外科医のように部下から厳かにやっとこ鋏を受け取ると、それでもって近くにある拷問に使うであろう機械群の中から1つの機械の前に歩みを進める。それは端的に言えばバーナーだ。

 近年の魔術工学の目覚ましい進歩により、さまざまな魔術機械が作られた。中には勇者たちがもたらした知識により作られた物もあり、それがこれだ。ロウタスはそのスイッチを入れて火力を調節すると近くに落ちていた石を摘み上げ、パーティから真っ直ぐ立ち上がる青白い炎にかざした。

 勢いよく炎が噴き出る際の唸るような音が出、そこにかざした石が真っ赤に染まり、そこからだんだんとオレンジ色、黄色、白へと変化していく。その作業と光景を勇者の前でこれ見よがしに淡々と行う。今からなにが起こるのか嫌でも察せたのか蹲る勇者の表情が青くなるも、それも一瞬のことで、すぐに立ち直ると気丈にもロウタスをキッと睨みつける。

 虚勢が崩れてきたのだ。この勇者は元住んでいた世界で拷問を受けたことがないのか、初日で既に心身ともに限界が訪れていた。しかし、彼女の持ち前のプライドがロウタスに屈することを拒んでいたのか、今日まで虚勢を張り続けていた。だがそれは、ほんの少しでも崩れてしまえばあとはドミノ倒しのように連鎖して崩壊してしまう脆いものだとロウタスは分かっていたので焦りはしなかった。


「さて、月並みなセリフだが、このアツアツの石をパクパクしたくなければお前の知ってることを全て話せ」


 彼は仰向けに倒れた勇者の顔に赤熱した石を近づけ、それを見せつけながら問いかけたが、勇者はロウタスへ侮蔑の眼差しを向ける。


「素直に言うとでも? バカじゃないの?」


「そうか、じゃあ()()()な」


 その言葉を聞き、にわかに顔色を変えた勇者は距離を取るように転がって立ち上がろうと、抵抗しようとするが、それよりも速くにロウタスは彼女の腹部を蹴りつけて倒し、仰向けにする。

 無論、彼女も渾身の力を込めて抵抗しようとはした。しかし、負傷により全身を苛む痛みがそれを妨げ、何日間にも及ぶ拷問で疲弊し切った体では満足に動くことはできなかった。結果、口の中に石を強引にねじ込まれ、吐き出そうとするも足で顔を踏みつけられて塞がれてしまう。


「————ッッ!!」


「話す気になったか?」


 熱が口の内部の粘膜を焼く、想像を絶する痛みに声にならない勇者は絶叫をあげ、涙を零す。取り出すこともできない、逃れようのない痛みに彼女の虚勢にヒビが入る。


「2個目」


 無情な宣告とともに、ロウタスが部下に渡したやっとこ鋏が新たに赤熱した石を掴んだ状態で戻ってきた。彼は勇者に再び見せつけるように、彼女の口へゆっくりと運ぶ。にわかに抵抗しようと勇者はもがくも、その抵抗を鼻で笑うロウタスに顔を押さえつけられ2個目が口の中にねじ込まれた。


「3個目」


 数が増えるということは単純に焼ける面積が増えるだけに留まらない。石と石がぶつかった際に出る火花による痛み、石が重力に引かれて下の石を粘膜のより深いところへ押し込まれる痛み。よりさまざまな角度の痛みが増えることに繋がるのだ。

 加えて、あと何個で終わるというカウントダウンでないことが屈するまで終わりがないと示す意味もある。


 側からみればたった3個、しかし当事者からすれば終わりのない地獄の3個目なのだ。その事実だけで彼女の心は折れ、虚勢は限界を超えていた。


「4個目」


 最初こそ絶対に話さないと強く意志を持っていたのに僅か2分と経たずにそれは砕けていた。今の彼女の頭にあるのはどうすればこの地獄から抜け出せるか、それだけしかなかった。


「5個目。……ふむ?」


 5個目にして勇者の様子が変わったことに気づいたロウタスは靴を退ける。彼女からはこれまでにあった反抗的な眼差しはなくなり、代わりにその目には怯えと慈悲を乞う感情、屈辱と怒り、しかしそれでも助かりたいという保身があった。


「ゲホッ、ゴホッ……。分かった、言う、言うからもうやめて……やめてください」


「……いいだろう。今から部下をここに呼ぶ。そいつに着替えと食料を用意させ、治療も施そう。話す前に死なれては困るからな」


「あ、ありがとう、ございます……」


「それと余計な真似はするな。もししたら……分かってるな?」


「は、はい」


「分かったならいい。行くぞ」


「はっ!」


 ロウタスとその部下は拷問部屋を立ち去り、そのドアが閉じる音を聴くと勇者は緊張の糸が切れたのか、力尽きるように目を閉じた。


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