第98話 悪霊再び
※悪の対義語は善、正義の対義語は不義です。
けど、悪と正義が逆なんだよ! って感じの方が使いやすい気がするんですよね……。
「今! 我々以外の誰がこの国の民を、愛する者を守れる者がいるだろうか! 愚かしくも人々から平和を奪い去ろうと、自らの利益のために反旗を翻した偽りの勇者どもに裁きを下せる者が他にいるだろうか? 否! 我々以外になどいるはずがない! 我々こそが————」
……本当に下らない。
壇上では中立国ポップの実質的な支配者である議長が、さも異邦人たちだけが悪であり、それを打倒しようとしている自分たちこそが正義なのだと言わんばかりの言葉で冒険者とやらや騎士を扇動もとい鼓舞している。
私、レギオンはこの少女の肉体にある記憶と、目覚めてから今まで集めた情報を頼りにこの世界の現状を把握しようとしている。それによれば少女の名前はレオナ、どことなく私の名前であるレギオンと似ており、運命すら感じる。
本来ならゆっくりと力を蓄え、情報を集めるのだがどうやら異邦人たち(現代では勇者などと大げさな呼ばれ方をしているらしい)が世界規模で反乱を起こしたのだそうだ。
一国に数人、多ければ数十人はいるらしいが、私が知るかつての異邦人は全世界から集めても5人しかいなかったことを鑑みるととんでもないことだ。しかも今は一国当たりおよそ100人の異邦人が世界中を侵攻をしているのだから驚愕だ。
先日、議長の指令で異邦人たちの侵攻を受けている街へ冒険者(私が封印される前はそんな職業はなかった。無理矢理私の知る概念で言語化するなら日雇い労働者といったところか)たちや騎士と赴いたところ、会話の余地なくいきなり異邦人たちと戦闘になった。それで分かったことだが、あまりにも質が低い。
私の知るあの5人、当時の一国の軍隊を軽く薙ぎ払えるレベルの猛者がわんさか出てくるのかと思ってすわ生命の危機! と緊張したが、練度どころか全てが低レベル過ぎてさっきまでの緊張を返せ、と思ってしまうほどに脱力した。強者と戦いたいなどという変な趣味があるわけではないが期待外れどころの騒ぎではない。正直ガッカリだ。
ああいうのを雑兵というのだろう。
しかし冒険者や騎士たちが懐いた感想は違うらしく、まるで本腰を入れて攻めてきた魔王領の軍勢を辛くも退けたみたいな顔をし、生き残ったことを安堵していた。
彼らを人間の中でも上から数えた方が速い実力者と仮定した場合、さっきまでの戦いぶりを見る限りでは、魔王が本気で人の領域を攻めようものなら人間がそれを打倒するのは力量的に無理だな。ゆえに倒すのではなく追い返す必要がある。しかしそれでも完遂までに国の2つや3つが消滅する、それが魔王だ。そこいらの冒険者や騎士では相手どころか、同じ土俵にすら上がれない。
そういえば封印が解除された時に近くにいた木っ端どもから養分を吸い上げた時に、最後の1人を除いてやけに吸収できた量が少なかった。最初は彼らが特別弱いのかと思ったが、冒険者や騎士の様子を見るに私が封印されている間になにもかもの水準が下がっていると見るべきだろう。この分だと魔王すらも弱くなっているかもしれない。
まあ、いくら弱いとはいえ一国に何人もの即戦力たりえる異邦人を国家の武力として使っているのだ。大方、彼らに頼り切りなせいでまともに自国の戦力が育ってないのだろう。
しかし、それを根拠とするにしてもやはり弱過ぎる。この150年でなにかとんでもないことがこの世界で起こっているのではないだろうか……?
だが彼らの危機感が足りなさ過ぎるのは事実。人間が世界の陸地の大半を支配しているとはいえ、7体の魔王、暴食、色欲、強欲、憤怒、傲慢、怠惰、嫉妬は健在。さらに虚飾と憂鬱までもが目覚めた。
中には人間に友好的な魔王もいるが、このままでなにもしないのであれば未来はないことに変わりはない。
しかし……。
「すごくお腹空いた……」
異邦人集団との戦場へ派遣された際、私は小手調べや様子見などせずに最初から全力の先制攻撃を加えた。私の知る異邦人はあの5人。いずれも油断などできない猛者なのだ。その結果は私の攻撃に耐えきれずに20人ほどいた彼らの大半が爆発四散するというものだったが。20人と聞くと大した人数ではないように思えるが、冒険者や騎士たちの話を聞く限り、国を余裕で陥せる戦力らしい。
そんな異邦人をアッサリ爆散させてしまい、マズい事態になったと判断した私は即座に味方側の冒険者や騎士たちに、私の一部を一時的に憑依させて特定の記憶、この場合『私の先制攻撃で勇者集団の大半が爆散した』を『どこからか善意の第三者が放った魔術攻撃で勇者集団の大半が爆散した』に書き換えた。幸い、憑依への高い抵抗力を持つ者がいなかったので全ての工程を終えるのに2秒とかからなかった。
しかし、全力の先制攻撃に広範囲の記憶改竄と、短期間に力を使いまくったのが原因で生命力が枯渇しかかっており、現在腹ペコになっている。速く食事を摂りたい。
初撃で大量の損害を受けて混乱したり、士気が落ちた異邦人たちに対して、冒険者や騎士たちの損害はなく、また異邦人たちの大半が初撃で死んだことが追い風になったのか士気が鰻登りになり、呆けている彼らに攻撃をしかけ始めた。
しかし当然、異邦人側も黙ってはいない。すぐさまにリーダー格と思しき異邦人が指示を出し形勢を立て直そうとし始めたが、個々の戦闘能力は勝ってはいても私の先制攻撃の時点で既に大勢は決していたのだろう。彼らの奮闘も虚しく、流れを覆すことはできずに勇者たちは討ち取られていった。
今回の戦いの勝利の立役者の私。しかし、だからといってふんぞり返っているわけにはいかなかった。なにせその記憶は私が書き換えたのだから。ゆえに私は善意の第三者の支援に感謝するそぶりを見せつつ、この消化試合に参加しなくてはならなかった。この肉体の本来の持ち主であるレオナの得意分野である後方からの魔術による支援や遠距離攻撃をして、不自然にならない程度の力量と命を奪い合う戦争への恐れを演じる。
その甲斐あってか誰にも怪しまれることなく戦争を切り抜け、議長の陣頭指揮のセリフの大半を聞き流している今に至る。
「めっちゃお腹空いたなぁ……」
言っても解決しないが言わずにはいられない。議長の話がどうでもいいことを差し引いたとしても、空腹のせいで身振り手振りを交えて熱心に語る彼の言葉が頭に話が全く入ってこない。早急に補給をしなければ。この燃費の悪さ、どうにかならないだろうか? などと考えながら、要点を抑えて喋らない政治家の質疑応答みたいな陣頭指揮が終わったことを見計らってそそくさと仮評議会を立ち去った。
「ようお嬢ちゃん、腹空いたのか?」
「よかったら俺たちとお茶しない?」
いい獲物がいないか探しながら大通りを歩いていると、突然背後からガラの悪そうな2人組の男に話しかけられた。絡まれた、と言い換えてもいい。どうやら仮評議会での私の独り言を聞いていたらしい。
「えっと、その……貴方たちは?」
努めて気弱そうに、庇護欲をそそりそうな、あるいは劣情を懐かせるような振る舞いをする。レオナの記憶にある素の行動を頼りにそれっぽく返したのだが正解だろうか? しかし素であざといとか、よく今まで襲われなかったな。
「俺たちはAランクパーティ『英雄の剣』。そのリーダーのヨキル。んでこっちが」
「イーツだ。みたところ1人みたいだが、戦争で荒れてる街中を出歩くのは危ないだろ。よかったら俺たちと来ないか?」
うまくはいったようだ。なにせ、彼らの醜悪な欲望が表情や態度から透けて見えるレベルから、もう口に出してるレベルにまでになったのだから。とはいえ、側からみるとうまく取り繕ってはいるように見える。その上で分かりやすいという矛盾を孕んだ状態ではあるが。
しかし、やはり表面上のものならともかく、彼ら人間の欲望はより深く理解するのは難しい。交尾がしたいのならそういえばいいだろう。いやまて、レオナの記憶から察するに、彼らは繁殖がしたいのではなく交尾そのものがしたいのではないだろうか?
…………??
自分で推測しておいてアレだが意味不明だ。そもそもなぜ繁殖以外で繁殖行為が必要になるのか? 定期的に粘膜を接触させなければ生殖能力が落ちるのだろうか? いや、レオナの記憶にそんな情報はない。
しかし、彼女の記憶には別の情報があった。おそらくこれが答えだ。交尾は快楽をもたらすところから、ある種の娯楽になっている。娼館などというものがあることからそれは明らかだ、というもの。明らかなのだが……やはり人間は分からない。それになんの意味があるのだ……? いや、彼らの不可解な行動の理由なんて考えても意味はないか。ひとまずはそういうものだと覚えておこう。
「(まあ、そんなことはどうでもいいか)ちょうど1人で心細かったんです。あの、お、お願いします!」
本来のレオナなら弱気な態度ながらもしっかりと断りを入れる。そして絶対着いていかない。しかし、私は違う。待ちに待った食事の時間なのだ。断る理由がない。うまく内心の欲望を隠した、気のいい笑みを浮かべる彼らと世間話をしながら最寄りの飲食店へと入った。
本来の私はこのような料理などは食べないし、味も分からないのだが、この肉体に入ってからは味の良し悪しもレオナの価値基準のものだが判別できるようになった。それによると飲食店での食事自体は結構美味しかった。まあ、腹は膨れないが。
少し早い昼食を食べ終え、今はテーブル席で3人で会計の順番待ちをしているところ。私は意を決した少女のフリをして2人に話を切り出した。
では、私本来の食事の準備でも始めるか。
「あ、あの、ヨーツさん、イキルさん」
「おいおい、俺はヨキルだぞ?」
「イーツなんだが……」
しまった、素で間違えた。
「私、勇者との戦闘に派遣されて、そのさなかに仲間と逸れてしまったんです。ギルドに問い合わせてみたのですが、まだ帰って来ていないみたいで……もしかしたら彼らは戦死したのかもしれないと言われました」
「それは……」
「そんな大変なことが……」
無論嘘だ。彼らの記憶は読んだ限りでは私と会うのは初めて。それは異邦人との戦闘の際に冒険者や騎士に使ったのと同じ方法を使って彼らを調べて分かったことだ。
「なのでしばらく一緒に行動しませんか? 1人だとどうしても不安で……」
「勿論だ。俺たちに任せな!」
「おうとも! 嬢ちゃんの仲間に必ずまた会わせてみせる」
なるべく同情を引くために瞳を潤ませ、仲間の無事を願い、戦争に胸を痛ませる無垢な少女を演じる。それを見た2人の冒険者は口実を得たとばかりに私を心配するそぶりを見せつつ私の願いを聞き入れた。チョロくて助かる。
2人は注文する前に奢りだと言って私の分のお金まで支払うと言った。いい顔をしたいのか、あるいは適当な場所に連れ込んでヤリ捨てる前の、私が健全な精神で食べる最後の食事だからせいぜい楽しめ、という意味合いなのか。どちらにしても碌なものではない。
彼らは宣言通り私に昼食を奢ると、私を連れて飲食店を出た。口実は冒険者としての装備を整えるためというものだったが、せっかちなのか元からそのつもりだったのかは分からないが行く先は裏路地だった。人に目撃されず、また逃げられにくい、仮に大声を出してもそこにたむろする最低辺の人間は関わり合いになるのを避ける。正しく絶好のロケーションというヤツだろう。
「あのぅ、こっちで合ってるんですか? 道、間違えてませんか……?」
さすがに演技するのにも飽きたのだが、まだ本性を表すには早い。食事をするにもほんの少しだが周囲に人目がある。大方、また新たな犠牲者が来たと憐れんでいるのだろう。あるいはおこぼれに預かろうとして監視しているのかもしれない。いずれにせよ行動を起こすのにベストなのは屋内だ。口と手足さえ封じれば目撃者はいなくなる。
「いーや、間違えてねぇよ」
「そうそう、この先には男のロマン、秘密基地があるんだ」
「そ、そうなんですか。疑ってすみません」
「気にするなって、おっと、もうそろそろだ」
そう言って彼らが案内した場所は取り壊し間近といった外観の集合住宅の一室だった。他に誰かが住んでいる様子もない。おそらくソレ専用の部屋なのだろう。中は以外にも小綺麗で、普通に住めそう。ただし、部屋の広さに対してベッドが大きい。
「あの、これは……?」
「ん? もしかして分かってなかった?」
「マジかよ、初心ってどころじゃねぇな! ははははは!」
「あ、あの……?」
「うっし、さっさとヤろうぜ。この前はお前が先だったから今日は俺な」
「あ、ズリい! こんな上玉お前みたいな雑なヤツに任せられるかよ!」
「あ゛?」
「やんのかコラ?」
「……はぁ。もういい。黙って」
「「なっ!?」」
「じゃあ、いただきます」
私の口ぶりに凄もうとする男2人を、その周囲に配置した私に組み伏せさせる。なにが起こったのかと目を白黒させる2人を無視して私は食事を始めた。深く息をするようにして生命力を吸い上げ、ものの数秒でそれは終わった。生命力の全てを失いカラカラになった死体を焼いて隠滅したのち、私はその場をあとにする。目撃者を出さないよう行きとは別の道を通る。
これでしばらくは保つだろう。なにせ吸い取ったのは腕の立つらしいAランク冒険者、そこそこ腹は満たせるはずだ。
「…………どうしてこうなった」
「またなにをしてるんだ、お前は」
やっぱり足りなかった。
レギオンだけじゃなくて作者である私までヨーツとイキルの名前間違えてたわ(笑)
正しくはヨーツとイキルで……アレ?




