第97話 離散の足音
「おめでとうございます! これで集結する者たちのパーティメンバーは全員Aランク! いやー!冒険者の頂点が見えてきましたね!! 私も鼻が高いですよ!」
その「おめでとうございます」ってセリフ、なんか久しぶりに聞いたな。などとぼんやりと思いながらギルド職員から視線を外して周囲を見やる。
ギルド内はいつもと同じように騒がしい。しかし、その騒がしさはどこか切羽詰まったものがある。この状況を象徴するかのように、どこからか国外に避難する云々の話も聴こえてきており、それらの語り口は真剣味を帯びている。
2人はバージョンアップされた冒険者証をギルド職員から受け取っており、ニオンは感慨のない表情で、対して燃香は若干自慢げだ。
確か、燃香が封印される前の時代の冒険者は今と違って超一流の存在で、そしてかつての彼女にとっては敵ではあったが、そのありようは自分が当の冒険者になった時に彼らのような正義の味方になれたようで嬉しかったと、冒険者証を初めて受け取った日に彼女は言っていた。
馴染みのギルド職員がさらに2人を褒めちぎると、ニオンは素っ気ない態度でそれをあしらい、燃香はランクアップを素直に喜ぶ。そんな2人の姿を見ながらここに至るまでのことを振り返る。
ヒナツ森林での勇者捜索の依頼達成を報告した翌日。仮評議会で再度行われた陣頭指揮に集められた高位冒険者や騎士(故郷の世界でいう軍人)、2人の勇者と俺の前でニオンと燃香は対勇者戦力としての優秀さを議長に評価され、2人はBランクからAランクへの昇格を果たした。実際、2人の実力は出会った当初からSランク並みではあったので遅すぎるくらいだ。今はそれ以上になっているのは間違いない。Aランク冒険者への昇格は毎回こんなことするのかと思ったが、今回の俺たちのパーティの昇格は特別らしい。要らんわ、そんな配慮。
陣頭指揮が終わって、なぜか正装に身を包んだ俺とニオンと燃香、青葉さんと高沢はパーティー会場のようなところに案内されていた。そしてしばらくの間は中立国内の権力者と思しき人たちと話をすることになった。十中八九、勇者だと祭り上げられたのが原因だ。ちなみにとりあえず全部適当に流して断った。相手にめっちゃ嫌な顔されたが、議長に取り込まれるのは癪だし、この世界に根を下ろす気は毛頭ないのだから多分問題ない。いざとなったら拠点で神聖国レインボーにでも避難すればいい。
その後、俺はなんか美人のどこかの令嬢っぽい(っぽいのではなく実際にそうなのだろうが)人たちに囲まれ、なにかにつけてヨイショされたり、武勇伝を話すようせがまれたり、ボディータッチを仕掛けられたりした。無論こちらも全て全力で躱した。余りにも金! 権力! みたいな目で見てくるので女性、怖い。としかならなかったのだ。正直引いた。強か過ぎるだろ。
ニオンと燃香も案の定俺と同じ目に遭っていたらしく、疲れた表情をしていた。囲んできたらのはイケメンたちだったらしいが、ニオンは全て無視してそのスピードで振り切り、燃香は色気よりも食い気を優先したのかパーティ会場にあった料理という料理を食い尽くしていた。イケメンたちは引いた。
パーティーが終わり、元の格好に着替えて外に出ると、なんとそこで偶然にも久しぶりにソウジと出会った。近況を話し合うとどうやら、彼らは『闇』との戦いで最前線に立ち戦ったこと、強大な魔物や勇者の討伐を行ったことが評価されてパーティの全員がAランクに昇格したらしい。確かに目に見えて機動力が強化されている。やはり全員前衛のパーティだったか。
「(これで全員Aランク。いずれパーティとしてSランクになって時空の石が入手できるダンジョンに行き、入手してそれで帰る。燃香は帰るか残るか選ぶことができる。でもそれだとニオンだけは選択の余地なく置いて帰ることになる。ニオンの故郷は俺の住んでいた世界とは違うのだ。ならどうする? 俺はどうすればいい……?)」
議長による陣頭指揮とパーティーが終わり、冒険者証の更新を受け取った現在に至る。これだけ見ると儀礼的なこととそのおまけみたいなことしかしてないように思えるが、実は違う。
今回集められたのは他に重要な理由があった。小規模ではあるが、遂に勇者集団との武力衝突が始まった。議長はそう言い、勇者集団がいかに残虐で利己的な集団かをこれでもかと主張し、国を民を守るために戦おうと冒険者や騎士たちを扇動もとい鼓舞した。
大体は事実なので否定するのが難しい。しかも議長は弁舌が巧みなせいか、その場にいた人たちは勇気づけられたと錯覚でもしたのか士気がモリモリになっていた。議長を敵にまわしたくないと思ったのはこれで何度目だろうか?
「ところでユウリさん、今のお気持ちは?」
「気持ちって言われても俺がなにかしたわけじゃないからな……」
「またまたご謙遜をー」
「謙遜なんてしてないし、なにもしてないんだが?」
なんかよく分からないが、俺までギルド職員の賞賛の的になっている。リーダーとしての手腕が、とかそんなだろうか? ……ないない。ニオンも燃香も俺の手腕とか全く関係ない。そもそも俺が会う前からめちゃつよだったわけだし。
「いや、変に謙ってますけど、こんな逸材発掘してくるなんてすごいことなんですよ? そもそも、一国に数人しかいないSランク並みの実力者がそこら辺にポンポン生えてるわけないじゃないですか。それにそんな人、仮にいてもまずスカウトに応じてはくれないですよ。なにかしらの理由で姿を隠してる人がほとんどですから。……というか、ユウリさん勇者だったんですね」
「まあ、なんかそういうことになってるな(違うって言いたいけど、言ったら拗れるんだろうなぁ……)」
「なんか納得ですよね。すぐにランク上げるし、強いですし、美形の異性侍らせてますし」
「最後のは勇者あるあるなのか……?」
「勇者なのに知らないんですか? あるあるなんです。まあ、今の勇者たちは国を裏切ったんで、国の認可ありでの一方的な婚約破棄とか離婚が起こりまくってますけど。普通勇者ってモテるんですよ。ほら、権力に近いですし、高収入じゃないですか」
「うわ、ゲスい」
「ゲスいってなんですか! 結婚に安定した生活を求めるのは当然じゃないですか! 女性には妊娠で働かけない期間とか、子育てとか、ママ友とか他にもいろいろあるんですよ!」
男性は自分の遺伝子を残すために多くの女性と交わり、女性は強い子孫を残すために、より厳選をする。というのをどこかで聞いたことがある。
つまり、彼女の言うことは女性の本能の一端なのだから仕方ない、のかもしれない。男性と女性では考えることや感じること、求めることが違うのは往々にして存在する。結婚観がその一つだろう。
しかし、俺はその手の話にどうしても興味が持てない。恋愛する気などない(キリッ)とかそういうのを気取っているのではない。ぶっちゃけると恋愛したい。……したいけど怖いのだ————
『ごめんね、私、葉桜君とは付き合えない。……なんていうか、葉桜君って冷たいんだよね。たまに、本当は誰かと仲良くするつもりなんて端からこれっぽっちもないんじゃないかって、思っちゃうくらいには』
『そっか、なら仕方ないな。時間を取らせて悪かった』
『そういうとこだよ。そもそもなんで葉桜君は私と付き合いたいって思ったの? もしかして私なら断らないだろうって安く見てたとか?』
“じゃあ、なんて、言えば、いいんだよッ?!”
そんな言葉と感情を飲み込み、背を向けて立ち去った。
「……」
……フラッシュバックってこういうものなんだな。嫌な記憶がデッドボールみたいに真正面から突然やってくる。しかも誰に配慮したのか、その場にいるかのような臨場感まで伝えてくる。
ホント、勘弁してほしい。忘れたいことに限って妙に頭に残る。……でも、『彼女』の言ったことは事実。あの頃の俺にごく一部以外の人を気づかうような余力はなかった。だから一世一代の告白でも振られても仕方ない。
「どうしたんですか? 顔色悪いですよ?」
「……いやなんでもない。ま、それはさておき。さっきまでの話を聞いてると、この国の勇者、青葉さんとか久喜さんとか高沢にも婚約者がいたりするように思えてくるんだが?」
「なんかさらっと流された感じが癪ですけど……そうですね。なんでタカサワさんだけ呼び捨てなのか、それはこの際置いておきましょう。アオバさんとタカサワさんにはいませんが、クキさんにはいますね」
「マジかよ、アイツ既婚者だったのか!?」
「まあ、婚約中でした、と言った方が正しいですね。クキさんの婚約相手は議長に目をつけられるのを避けようとしたのか、これ幸いと便乗したのかは分かりませんがクキさんとの婚約を破棄したらしいです」
「……まあ、権力者を敵に回すのは得策じゃないよな」
そんなあっさり諦められるってことは、所詮その程度の感情だった、ということだろう。少し久喜正輝に同情してしまう。だからといって敵にまわっている以上、やることは変わらないが。
「……ユウリさんを狙ってる人、結構いるんですよ?」
「はっはっは、それは冗談だな」
「(いや、冗談ではないんですが。って言っても適当に受け流すんだろうなぁ……。それに狙ってるのってユウリさんが実は勇者なんじゃないかっていう疑惑があったから、なんて言ったらまた『うわ、ゲスい』って言うだけでしょうし、この件は黙っておきますか)」
真面目そうな表情で冗談を言うギルド職員を適当に流しながら振り返り、いつのまにか冒険者の集団の中にいる燃香とニオンを見やる。
「おめでとう、さすがはニオンさん!」
「モエカさん、今度また魔術のこと教えてください!」
「今日は俺たちの奢りだ! じゃんじゃん食って飲んでくれ!」
「うおーっ! ニオンさん、踏んでくれー!」
「こっちには警戒と無関心の眼差しを頼むー!」
最後のヤツの要求、ちょっとヤバすぎない? 上級者すぎるんだが……って、そうではなく!
普段なら嫉妬と怨嗟の集中砲火を受けるはずなのだ。しかし、今日はなぜか冒険者たちの視線が厳しくない。しかもなぜかお祝いムードだ。ホントになにゆえ? とは思ったが、よくよく考えなくてもここにいる冒険者たちはニオンと燃香を祝っているのだ。それなら頷ける。
愛想もクソもない、その上2人も可愛い女の子(他者からはそう見える)を侍らせ、しかも最近勇者の座に勝手に議長が据えたことで印象の悪さに拍車がかかっている俺と違って2人は普段から周囲の人に愛想良く接している。(ここ最近のニオンは男性に対して距離を取っているので、愛想が良いとは言えないが、なぜか別の需要が発生している。怖い)
そもそも、横暴な権力者である議長によって勇者に取り立てられた俺がいい印象を持たれるはずがない。現に2人の元には多くの人が集まってはいるが、俺は1人きりだ。仕方ないことだが。
雑談や自身が体験した冒険の話、冒険者に対してのアドバイスなど、2人を取り巻く冒険者やたまたまギルドに来ていた人たちまでその話に聞き入っている。たまに質問を挟んでは話は続き、祝福ムードもまた続く。本格的に勇者たちとの戦争が始まるのだ。息抜きは重要だろう。
俺はともかくとして、2人にはこんな労いも必要だろう。2人には世界を狭めるようなことはしないでほしい。俺は————いつかは帰る予定なのだ。こちらの世界で交友関係を広くする必要はないし、そんな余裕はない。今も《硬化兵装》のバリエーションや性能の強化、戦闘時に纏う鎧の改良や《邪竜回帰》の実戦レベルに引き上げるための訓練等々やることが多過ぎる。2人みたく俺は強くない。もっと頑張らなければ……。
「(俺、いつかは帰るんだよな? けど帰ったとしてもそこに俺の居場所はあるのか? 元の生活に戻ることなんてできるのか……?)」
2人がこの世界に残るのか、俺とともに世界を渡るのか、それはその時にならないと分からないが仮に『時空の石』を使って帰るのならニオンは置いて行かざるを得ない。もし共にというのなら別の手段を探すしかないが。
冒険者たちのお祝いムードを振り切って拠点に戻ると、空腹を訴えた燃香の提案により少し早めに昼食を摂ることになった。なお、今日はそれぞれが飲食店で買った食べ物を持ち寄って、お互いにどの店がおすすめだとか、新しいメニューの評判などの情報交換も兼ねている。もしかすると、もうすぐ食べられなくなってしまうかもしれないからだ。
そんな中、俺はギルドにいた時の冒険者たちの歓迎ぶりに1つの疑問を覚えていた。
「なんであんなに仲良しなんだ? 俺には正直そんな交流があった覚えがないが……?」
2人が地方都市ランドにいた期間はそれほど長いわけじゃない。しかし、これほどまでの信頼関係を彼らとの間に構築している。どうやったのかが純粋に気になった。
「あぁ……それね。実はレインボーに行く道中とか滞在してる間に拠点を使ってニオンとしょっちゅうこっちに来てたんだよね。それで街の人と交流があったってわけ」
「ったことはハブられてたのか、俺……」
「わ、私はそんなユウリを軽んじるようなことしてませんよっ! ただモエカに無理矢理付き合わされてただけで……!」
それはなんとも単純な事実だった。
燃香にそういう意図がないのは分かってはいるのだが、改めてそういう事実が明るみに出るとなるとさすがに落ち込む。するとニオンは俺が自分を裏切ったと、失望したとでも思い込んだのか、らしくなく動揺し、(よくよく考えてみると『らしくない』期間が『らしい』期間を結構前に超えているのだが……)誤解を解こうと俺にどこか必死さはあるものの真剣な眼差しを向ける。その上でニオンは一方の燃香に対して鋭い視線を送っていた。
俺たちはリビングのテーブルを囲うように畳の床に座っている。俺の正面に燃香、右隣にニオンが座っており、以前高沢と4人で食事した時と似たような状態だ。
「いや、別に責めてるわけじゃ……」
「よかった……分かってくれたんですね、ユウリ……」
思った以上に必死なニオンにこっちが逆に動揺しているうちに当のニオンはいつのまにか身を寄せて、手をさりげなく包み込むように重ねてくる。なにが起こったのか分からず、それが急だったこともあって硬直する俺を尻目にさらに肩が触れる距離にまで間を詰め————
「酷い言いようだけど、私だって結理君を軽んじてたわけじゃないよ? 前から普通に『人』と交流したいとは思ってたけど、すぐに神聖国レインボーに出発することになっちゃったからさ。馬車に乗ってる最中でなら、鎮静化がある今なら昔できなかったこと、できると思ったらつい、ね。それに結理君、道中とか滞在してる時にいろんな風景とか見てるのが人と交流するよりも楽しそうだったし、なんか声かけづらくてさ。それにニオンだって賛同したじゃん」
「それはっ!」
そのタイミングで燃香が不満げにニオン向かって反論し、それに余計なことをと言わんばかりにニオンは恨みがましげな視線を送る。
「2人とも、落ち着け。そのことは俺は気にしないからニオンも燃香も気にしないでほしい。黙ってたことはちょっと気になるが、次からは事前に教えてくれればそれでいいから」
「ユウリ……」
「結理君……」
「まあ、燃香の言う通りではあるな。こっちの世界は俺の故郷にはないものばかりだし、誰かと一緒に遠出することなんてなかった。どうせ自分の元居た世界に帰るわけだし、愛想ふりまくのが無駄なような気がしてな」
そうだ、俺は元の世界へ帰ろうとしている。
しかし、こんなにも気づかってくれる2人をおいて、この世界で起こっていること全部を無視して帰っていいのか……?




