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竜の如き異様  作者: 葉月
1章 目覚める者たち
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第10話 誘引するもの


「今日は実践を行うことにしよう」


「実践? 毎日やってるじゃないか」


 物思いに耽った翌日、一通りの訓練が終わった時アイアスは唐突に今日の方針を打ち出した。


「そうじゃない。確かに私とは毎日、模擬戦をしているが、命をかけた戦いをしているわけじゃないだろう?」


「そりゃそうだが、ってことは魔物が相手になるのか?」


「ああ。これからある依頼を受けに行き、ユウリにはそこについて来てもらう。目的地に着いてから私があるミッションを出すから、それがなにになるかはその時に伝える」


「ちなみに私もついていく。安心したまえ、新人君。危険なことにはならない。なんたって、高位の冒険者である私とアイアスがついている」


 シルドは自信満々だが、そこには敢えて言及しないことにした。


「……で、場所は?」


「カントリ林だ。そこで魔物の討伐を行う。こちらは私たちが受けた依頼だから、君は私の出すミッションを遂行してくれ」


「分かった。さっきの口振りからするに命懸けの戦いになるってことでいいのか?」


「かもしれないが、君次第だ」


 話が終わると用意されていた馬車に3人で乗り込む。アイアスの自宅に来る際に乗ってきた馬車に乗っての移動だ。

 またも景色が高速で流れていくのを眺める。今度は道を進む間、目的地に近づくほど段々と緑が増えていく。林というくらいだから緑が多いところなのだろう。と、そうぼんやり考えている間にカントリ林に到着する。


「じゃあね。私たちは私たちの依頼。ユウリにはユウリのミッション」


 林の中は、外と大して変わらない明るさで、木陰がそこら中にあり、心なしか空気も澄んでいるような感じのする場所だ。だが聞こえるのは鳥の鳴き声ではなく、なにかの羽音だ。


「で、その内容は?」


「ああ、ゴールデンバタフライの討伐。数は1匹だ」


 名前からしてレアそうな魔物だな。安直なネーミングのお陰で容易に姿が想像できた。

 しかし、素材がレアといった特筆すべきなにかしらの理由がなければ、アイアスがミッションとしてその魔物を討伐する対象に選ぶとは考えにくい。

 着いてから言うとのことだったが、怪しいことこの上ない。情報を先に得てから戦闘に臨むという戦略がとれないようにするためかもしれない。


「1つ聞いていいか?」


「なにかな?」


 こんな時でも爽やかなアイアスを見てると、このミッションに悪意なんてない。俺を成長させるための試練なのだとすら思えてくる。


「その魔物、絶対戦闘能力以外で厄介なところとかあるんだろ?」


「残念。その問いには答えられない。自分で体感してくるべし」


 シルド。お前それ、ほとんど答えを言ってるぞ。






 金ピカ蝶を探し始めて既に1時間が経っている。外見的特徴は教えてもらってあるが、一向に発見できるような雰囲気がない。

 さっきから行き当たるのは昆虫をデカくしたような魔物ばかりだ。ここだけ巨大昆虫が跋扈する石炭紀のまま時間が止まったように思えてならない。

 しかし、普通の昆虫ならまだマシだ。その普通の範疇に入らないタイプの虫、蚊がいた。蚊は注射器みたいな細さの口器を持っていて、雌は産卵の際の養分を得るために血を吸う。なので雄は血を吸わずに、その代わりに花の蜜などを吸う。優雅ですね。

 だがこの林に住む虫は普通ではない。体のサイズに比例して注射針みたいな口器は、レイピアのようになっていた。しかもこれで突き刺してフェンシングみたいな攻撃をしてくる。刺されたら痒いでは済まない。これはもうリアル吸血鬼だ。

 幸いなことにゴキや毛虫類には遭遇していない。


「……見つからん」


 狩った巨大カマキリの上から周囲を見渡すが、ゴールデンバタフライと思しき魔物は見当たらない。これでも100メートルくらい先の葉っぱの葉脈がはっきり見えるくらいの視力はある。

 別にこれは、急に俺は視力が良くなったというわけではない。《邪眼》がBランクになったことで千里眼のような効果を得ていたのだ。


「ここら辺の魔物のほとんどがデカいからな。その蝶もさぞかしデカいのだろうな。きっと気品ゼロの派手派手なヤツに違いな————おっと、蟻か」


 しかしこいつらもデカい。大体30センチはある。ちなみにカマキリの方は数メートルはある。その両手の獲物は近くの巨木を容易く両断していた。


 つまり仮に蟻であったとしても侮れないのだ。彼らの戦闘力は個々でDランク、要はスライムと大差ないのだが、こちらは連携を取ってくる。中には魔術を使ってくるものもいた。火や氷、風など個体によって使えるものは違うらしい。

 しかし、いくら連携が上手いといっても、今さらこの程度の強さの連中、俺の敵ではない。俺が最近相手をしていたのはアイアスだ。それに比べたらこいつらなんて力不足も甚だしい。


「意外に賢いんだな。って蝶が見つからないんだが」


 蝶を探す片手間で襲いかかってくる蟻の集団を半数ほどを殲滅すると、残りの蟻は不利になったと気づいたらしく、撤退していった。


 その後も襲いかかって来る虫の軍団。俺は虫が平気だから、デカいな。で済んでいるが、苦手な人なら絶対入りたくない空間だろう。

 小休止ののち、捜索を再開する。今までは道があるところばかり探していたので、今度は木々や草で鬱蒼とした場所を行くことにする。


「っていくらなんでも見つからなさ過ぎだろ? もしかしてデカくないのか? ……うおぁ!?」


 茂みの方に一歩進むといきなりバッタ(巨大)が出現する。至近距離でしかもこのサイズだと、口の部分がよりグロく見える。それをキチキチ鳴らしながらこちらに接近してくるところを見ると、虫が苦手でない人でも思うところがある。


「キモッ!!」


 その言葉が引き金になったのか、バッタは折り畳まれた羽を開き、高速で振動させ、周囲の空気を揺らしながら俺の方に飛びかかってくる。


「こっちに来るんじゃ、ねぇぇぇ!!」


 間合いに入った瞬間、その顔面に《硬化》と《?化》を纏わせた拳で殴り飛ばす。ズドン! という音とともにバッタは空中を竹とんぼみたいに吹っ飛んでいく。


 吹っ飛んでいくバッタの方向を見ていて、あることに気づいた。木々の影や茂みの中、そこかしこから無数の視線を感じることに。しかもそれらは全て巨大昆虫。その巨大を器用に隠していて、その方向を見るまでその存在に全く気づけなかった。

 それだけでも十分、驚愕に値するのだが、空中をふわふわと飛ぶ光の球体に見えるものに一番驚いた。


「なにこれ? 茂みの方からヤバめの気配が伝わって……ん? あの光、もしかして」


 ゴールデンバタフライ? だとしてもそのサイズは一般的な蝶のサイズと大差ない。しかも妙なのは、そんなサイズの蝶がヒラヒラ飛んでいても、こちらを狙う巨大昆虫の魔物は見向きもしないことだ。普通はエサだ! と我先に飛びかかるところだろう。これはもしかしなくても……。


「やっぱり……」


 Bランクになり、やっと役立つようになった《邪眼》を使ってゴールデンバタフライのステータスを確認する。それはレベル50の割に貧弱で、どれも30を越えないものだった。しかし、『特性』に気になるものがあった。

 それは《誘引》という特性だった。効果内容は、近くの魔物を自らが放つ匂いで誘き寄せるというもの。それだけだとただの死に特性だが、効果は他にもあり、誘き寄せた魔物を支配下に置けること。ダメ押しに支配下の魔物の凶暴性を上げ、繁殖力を増し、成長速度の促進の効果があった。

 つまり、こいつが1匹いるだけで凶暴な魔物が増えまくるということに他ならない。


「おのれアイアス。分かっててこんなミッション出しやがって」


 しかもこの調子だとその依頼を受けてここに来ているだろう。

 シルドよ、なにが危険なことにはならないだよ。メチャクチャ危険じゃねぇか! っていや、アイアスは君次第だと言ってたな。でもこんな致死率高めな場所に放り込むだけとは考えたくない。多分どこかで俺を見守っているはずだ。……はずだよね?


「しかしだ。こいつらを突破していくの無理じゃないか? なぜって俺には遠距離や広範囲の攻撃手段がない。ならば上から、ってうう!?」


 そこら中の木にも魔物が潜んでいた。しかも目が合うと皆一様に威嚇してくる。中には蛾や、蜘蛛、蜂もいるし、暴走中だと言わんばかりに目が赤い。

 特にセミなんかは通常の10倍くらいは生きるんじゃないかと思うほどの圧があった。レベルを見てみるとこいつだけ頭一つ抜けた強さを持っていた。

 そりゃ、地中で何年も生きるもんね、レベル高くて当然だな! ……それにしても普段は樹液を吸うことに使われる口器も、あのデカさだと刺突用の武器にしか見えない。


「やっぱり強行突破しかないな」


 とんでもなく頭の悪い作戦だが、それしかない。


 覚悟を決めて準備を整える。まあ、事前にできることといえば、両腕の肘、両足の膝までに《硬化》と《?化》を纏わせることだけだな。


 《?化》は発生させた鱗を纏わせる能力だが、《硬化》は鱗そのものを発生させる能力。あとは防御能力と攻撃能力を飛躍的に上昇させる効果もある。

 つまり、どちらかだけでは機能しない特性なのだ。一番最初に使った時は、《?化》がなかったので体のあちこちに分散させて生やすことしかできなかったようだが、それがあることで今のように鎧のように身に纏うことができるようになった。


 ゆらゆらと飛び回るゴールデンバタフライと平行になるように、直線の最短距離で近づけるように歩く。

 光を放つその蝶が、直線上かつ最大限こちらに近づいた瞬間に駆け出す。


 俺が茂みに足を1歩踏み入れたタイミングで、近くにいた巨大昆虫たちが一斉に襲いかかる。


「ちいッ!」


 正面から来るダンゴムシを拳で粉砕し、上空から飛来する蛾の攻撃を身を低くして躱し、すれ違いざまにその下で低く飛び、空中で身を捻り、回転しながらアッパー気味にその腹を砕く。

 前方の遠距離や既に通り過ぎた後方から、魔術が放たれるが、致命傷になりうるものや、足などに向かって放たれる、くらったら動きが鈍るであろう攻撃だけ最小限の動きで躱し、それ以外は被弾覚悟で無視してただひたすらゴールデンバタフライに接近する。

 さらに前方からカブトムシが高速かつ直進で飛来。その羽音はヘリコプターかと思うほどの音量と風圧があったが、その頭に飛び乗り、踏み砕きながら跳ぶ。そして、倒せるものなら倒してみろというように光を放つ蝶に向かって弾丸のような拳を振るう。


「なっ!?」


 倒した。間違いなく、確信すらあった。

 だが、周囲が暗く感じるほどの巨体が目の前にあった。ムカデが盾になってゴールデンバタフライへの攻撃を防いだのだ。どうやらこの蝶の《誘引》は、かなり融通のきく特性のようだ。


「こんのぉっ!」


 他の昆虫とは異なり、数度、拳を打ち込んでようやく倒れるほどの頑丈さ。こいつはレベル自体は俺よりもずっと低いが、耐久だけは倍以上あった。

 そうこうしている間に蝶は俺から離れ、巨大昆虫たちは接近してくる。だが、標的を見失ったわけではない。

 今度は様子見なしの総力戦になったらしく、今まではなにもしてこなかった巨大昆虫たちも襲いかかってきた。


「くそ、さっさと勝負決めないとこっちが先にガス欠になるな、これは!」


 死を恐れずに向かって来る巨大昆虫に相対して、俺は負傷について考えるのを止めた。ただゴールデンバタフライを倒すために走り、進路を塞ぐ虫を砕き、切り裂き、蹴飛ばし、踏み砕き、昆虫に投げ飛ばし、お互いが衝突するように誘導し、破壊し、肉薄する。


「来た!」


 今度は躱させない、という意思がありありと見てとれるほどの数で、カブトムシやクワガタムシといった昆虫が高速で飛行してくる。

 だが俺はこれを待っていた。手頃な距離にいた昆虫を投げつけ、隙のない隊列を崩し、これまた手頃な距離にいた昆虫を掴んで勢いを殺さずそのまま飛び上がり、空中のクワガタムシに着地し、前方の隊列に向かって昆虫を投擲。この間は、地上を走るのと大差ないスピードで一連の動作をやりきる。

 蝶までのコースと視覚を確保。加速しつつそこから飛び上がる。


「どおぉうりゃぁぁぁぁぁ!!」


 《硬化》と《?化》を施した足で全力の蹴りを放つ。今度は防がれないように最大最速の、空中にいる限り一撃では途切れない蹴りで勝負に出る。


 しかし、蝶も容易くはない。今度はムカデを数えるのも馬鹿らしくなるほどの数を盾に呼び出す。

 だが、それではもう止まらない。蝶は必死で少しでも距離をとろうと逃げ、ムカデはそれを追うように生え続けるが、それらはドミノ倒しのように消し飛んでいく。


 勝負はほんの一瞬で決まった。


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