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第8話 ギルドに行こう 前編

ちょっと長いです。

 週明けの月曜日、学校のホームページ上で校内模試の結果が発表された。優梨たちの結果はほぼ朔夜と玲の予想通りとなり、当然赤点は1人もいない。晴れて待ちに待った(ゴールデン)(ウィーク)だ。水曜日までは部活がある人もいるが、木曜から日曜日までの4日間は全員が終日休みとなる。


 休みの日に一番早く起きるのは匡利と玲だ。

 匡利は起きるとスポーツウェアに着替え、庭を軽くジョギングしている。優梨たちが暮らす家は元々広大な庭のある豪邸だったが、数年前に優梨たち全員で色々な魔法をかけたことにより、敷地を囲う塀の中が実物の数倍も広くなった。そのため、庭を走るだけでそれなりの運動量になっている。

 玲は匡利のように走らずに庭を散歩している。綺麗に整えられた庭は、季節ごとに違う花が咲き誇り見た目にも美しく、目を楽しませてくれる。


 2人の後に起きてくるのは慶人、誠史、朔夜だ。

 慶人は匡利と同じように庭を軽く走った後に庭の一角にあるテニスコートで壁打ちやサーブ練習をしている。

 誠史は庭の植物の水やりや手入れをした後、屋敷の裏手の畑と温室に向かう。畑と温室では観賞用の花や植物以外に野菜や果物、ハーブ、薬草が育てられている。特に温室は目的別に分けられているので、ガラス張りの温室がいくつも並んでいる。それらの管理は魔道具や魔法を使っているが、誠史はこうして時間がある時は自分の手で世話をしている。収穫が出来そうな野菜やハーブがあれば収穫し、その日の食事に出ることもある。

 朔夜は地下のトレーニングルームで軽く体を動かした後、調合・彫金用の実験室で作業をしていることが多い。


 慶人たちの後は朝食当番の人が起きるが、普段3人の次に早いのが佳穂だ。

 佳穂は身支度を整えると、しばらくはゆっくりと自室でお茶を飲んでいる。そのあと地下に移動し、トレーニングルームで軽いストレッチやランニングマシンで走っている。


 佳穂のすぐ後が葵と咲緒理だ。

 葵は自室で紅茶を一杯飲んだ後、誠史のもとに向かって誠史の手伝いをする。2人きりになる口実でよく手伝っているが、おかげで葵は仲間内で誠史の次に植物の世話の仕方に詳しくなり、今では誠史にも頼りにされている。

 咲緒理は朝食当番ではない時は、そのまま朝食の時間まで自室で本を読みながら紅茶を飲んでいる。


 優梨は当番じゃない時、葵たちの次に起きる。起きるとしばらくはベッドの中で寝転がり、その後は自室のリビングでお茶を飲みながら本を読んだり、パソコンを開いたりしていることが多い。時にはスポーツドリンクとタオルを手に匡利のもとに向かい、休憩中の匡利と過ごすこともある。


 当番じゃない限り、最後に起きてくるのは雅樹だ。雅樹は基本的に誰かに起こされるまで寝ているのが殆どで、自分で起きてもベッドから出ずに布団にくるまっている。誰かに起こされたあと、1階のリビングルームで優梨たち女子の誰かに寝癖交じりの髪を整えてもらうことが多い。


 こうして朝の時間を過ごし、優梨たちは朝食当番に呼ばれるとダイニングルームに集まる。ところが週末の金曜日は少し違っていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 金曜日の朝、目を覚まして着替えを済ませた優梨は1階のダイニングルームに向かっていた。




 ――ピンポーン ピンポーン




 ちょうど1階に着いた時、玄関ホールにインターホンの音が響いた。


「(誰だろう……)」


 優梨たちの家に客人が来ることは滅多にない。住み始めたころは色々と勧誘系の来客があったが、あまりにもしつこかったので勧誘除けの結界を張ってからは全く来なくなった。たまに龍一が来ることはあるが、事前に来る知らせはもらっていない。

 とりあえず玄関扉の横にあるインターホンを出た。


「はい」

『その声は優梨か?』

「……えっ、もしかして俊哉さんですか?」


 インターホンから聞こえてきたのは優梨たちがよく知り、なおかつとても珍しい人物の声だった。


『そうだ。急で悪いが、門を開けてもらえるか?』

「はい」


 優梨はインターホンを切り、すぐ側にある門の鍵を開けるスイッチを押した。そこへ匡利と慶人がやってきた。


「優、誰か来たのか?」

「うん。慶人、俊哉さんが来たよ」

「俊哉さん? 珍しいな」


 慶人は急いで室内履きから靴に履き替えて外へ向かった。その後に続くようにして優梨と匡利も外へ向かった。

 急な客人は、門から屋敷まで数百メートルある道の半ばにある噴水のところまで来ていた。先に彼のもとにたどり着いた慶人と親しげに話している。2人に近寄る優梨と匡利に気付くと、優し気な笑みを浮かべた。


「久しぶりだな。優梨、匡利」

「お久しぶりです、俊哉さん」


 彼の名前は藤宮俊哉(ふじのみやとしや)。慶人の遠い親戚であり、慶人を始めとした優梨たちの後見人だ。


 優梨が転生したこの世界の日本には「貴族」や「爵位」が存在する。とは言っても法的に教育や仕事、婚姻に身分の差はなく、その感覚は優梨にとって元の世界と何ら変わりはない。その特徴は爵位を持ち、代々優秀な能力者が生まれ、国に対して様々な貢献をもたらしている。当然、その財産も一般人とは比べ物にならないほどだ。

 その貴族の中で最も大きな力と財力を持っているのが通称「宮一族」と呼ばれる一族だ。宮一族は本家の神宮かみや公爵家を筆頭にいくつもの家名が連なる。分家の中でも高い地位にいる家は侯爵の位を持ち、末端の分家でも伯爵の位を持っている。


 俊哉はその宮一族の中でも高い地位の分家の1つである藤宮侯爵家の生まれだ。実は慶人も宮一族の天宮伯爵家の人間であり、優梨たちが暮らす家も元々天宮家の屋敷だった。ただ、諸事情により天宮家は慶人以外におらず、慶人は未成年のため俊哉がその後見人を務めている。そして、慶人の家族となった優梨たちの後見人も俊哉が務めている。

 当然、俊哉は優梨たちの秘密を知った上での数少ない理解者だ。普段は仕事が多忙なため滅多に会えないが、たまに時間が取れるとこうして家にやってきていた。


 ひとまず俊哉を家の中へと案内し、一緒にダイニングルームに向かった。ダイニングルームでは他の皆がすでに集まり、俊哉を目にすると全員嬉しそうにしていた。

 そのまま一緒に朝食をとることになり、俊哉はダイニングテーブルの真ん中の位置に座った。食事を食べながらそれぞれが近況を俊哉に話した。その話の1つ1つを俊哉は相槌を打ちながら真剣に聞いていた。


「――ところで、お前たちは今日何か予定はあるのか?」


 朝食を食べ終わり、一通りの話が終わると俊哉はそう聞いてきた。


「特にはありませんが……」

「では、私と一緒に出掛けないか? ちょうどギルドに行こうと思っていたんだ」

「それでしたら、ちょうど俺たちも用事があります」


 慶人が答えを聞き、俊哉は他の皆に確認をして出掛けることに決めた。出掛ける支度をするため、それぞれ自室に戻る。優梨は自室に戻ると、着替えのために衣裳部屋へ向かった。


 優梨たちが住む屋敷は元々2階建てなのだが、数年前に庭の敷地を変えたのと同様に屋敷の内部も色々と変えた。2階より上を増やし、各階の東西のフロアを丸々それぞれの自室とした。共同生活の中でもしっかりとプライベート空間を持つのが目的で、話し合った結果この形となった。設備や間取りは各々の好みに合わせられ、キッチンやお風呂やトイレはもちろんのこと、寝室以外に趣味の部屋がある人もいる。そして、全員が必要となった部屋の1つが衣裳部屋という名のウォークイン・クローゼットだ。


 優梨の衣裳部屋は寝室のすぐ隣にあり、廊下からも寝室からも入ることが出来る。部屋の中はとても広々としていて壁際にいくつも棚が並び、全身が映る大きな姿見と豪華なドレッサーまである。部屋の中央には大きな円形のソファがあり、天井の豪華なシャンデリアが部屋の中を照らしている。

 棚には服が種類ごとに並ぶほか、様々な種類の靴に帽子やベルトなどの小物類、鞄、アクセサリーなどがそれぞれ専用の棚や引き出しに並んでいる。ドレッサーの引き出しにはヘアメイクの道具がいくつも入っている。


「(いつ見ても、まるで王侯貴族の部屋みたい……)」


 この家に住むようになって何かと豪華で贅沢な気分を味わうことが多いが、この部屋は特にそんな気分にさせ、優梨は慣れないながらもいつも高揚していた。

 衣裳部屋にある物の一部は優梨が自分で買い揃えたものだが、大半は俊哉が買ってくれた。最初のうちは恐縮して断っていたが、そのたびに悲しい顔をされるので今ではありがたく受け取ることにしている。


「(さて、何を着ようかな……せっかくだから俊哉さんがくれたものが良いよね……)」


 優梨が選んだ服は袖のない水色のワンピースで裾に花の刺繍が施されている。他に白のカーディガンとワンピースに合わせた靴と鞄も用意した。

 簡単に髪もセットし、薄く化粧もする。最後は姿見の前で全身を確認すると《瞬間移動(テレポート)》で玄関ホールに移動した。


「では、行こうか」


 全員が揃うのを待つと、俊哉を先頭にして家を出た。門の外に出ると、そこには一台の高級車が止まっていた。後部座席の扉の側には運転手の男性が立っている。


「さぁ、乗りなさい」


 俊哉の声を合図に運転手が後部座席の扉を開いた。車に乗り込むと外から見る以上に中は広々としていて、優梨たちが全員乗ってもまだまだ余裕がある。窓際に沿ってソファの様に座り心地の良い座席があり、中央にはガラス製の長いローテーブルがある。

 全員が乗ると入口の扉が閉まり、一瞬間をおいて動き出した。車特有の揺れやエンジン音はほとんどせず、車内はとても静かだ。


「魔道リムジンって何度乗っても驚くね」


 優梨は思わず側にいる葵と咲緒理に声をかけた。2人も無言のまま頷いている。


 この世界には科学技術によって発明・製造された通称「科学製品」と、魔法の付与や魔石類が組み込まれている「魔道具」が存在する。さらにはその2つの良いところをあわせ持った「ハイブリッド製品」がある。

 そのハイブリッド製品の代表格が「魔道車」だ。元々科学製品として「自動車」が存在し、一般に普及している。近年、環境保護の一環でガソリンではなく魔石類をエネルギーとした魔道車が誕生した。その後、エンジンや内装にも魔法付与がされたり魔石類を使用したりした魔道車が次々と開発されているが、まだまだ高級車のため一般普及はしていない。

 俊哉の車は、その魔道車の中でもさらに高級とされている「魔道リムジン」と呼ばれるものだ。


「ギルドに行くのって久しぶりだね」


 窓からの景色を眺めていると、葵が声をかけてきた。


「そうだね。前回は春休み中に1回行っただけだしね。アオは今日どうするの?」

「簡単な依頼があれば受けるけど、一番の目的はクィーンビーの蜂蜜なの」

「お菓子用?」

「うん。ちょっと高いけど、やっぱりあの蜂蜜が一番お菓子に合うんだ。前回買った分が無くなりそうだったからちょうど来られて良かった」


 お菓子作りが趣味の葵は、魔物から取れる素材のうちお菓子に使えるものをよく買っていた。種類はいくつかあるが、葵が好んで買うクィーンビーの蜂蜜は少々高いが確かにおいしいと優梨も思っている。


 家を出発してから大分時間がたった。それぞれが思い思いに過ごす車内で、優梨は相変わらず窓の外を眺めていた。眺めながら、もう遠い記憶となった“前世の地球”を思い出していた。


「(完全な異世界と違って並行世界(パラレルワールド)だから、やっぱり同じものが多いんだよね……)」


 たとえば地名であったり物の名前であったり、歴史の流れや人物、有名人に漫画や本まで前世で見たものとほとんど変わらず存在する。完結まで読めずにいた小説をこちらの世界で見つけた時、優梨は密かに感動していた。前世で読んだ本や漫画を揃えられるだけ集め、今ではかなりの蔵書数を誇る。


「(でも、違うことの方が多いような気もする……)」


 前世には存在しなかった島や地名、動物や植物、食材はもちろんのこと、考え方や価値観、常識にも多少の差異がある。そもそも発展の仕方が違うのだから当たり前なのだと理解しつつも、優梨はその“違い”に戸惑うことも多かった。


「(でも、違って良いことの1つはやっぱり自然が多くて、綺麗なことかな)」


 優梨はこちらの世界の方が前世に比べて自然が多いように感じていた。アスファルトの道路やビルばかりの印象だった前世の東京と比べ、こちらの東京はあちこちに公園があり、道路脇や店先に植物を見かけることが多い。よく知る名前の河川も綺麗なところばかりだ。


「(あと面白いのが、街中を走るのが車とかだけじゃないってことだね)」


 優梨の視界の端には馬や狼に似た大型の動物に跨る人や、馬車を引く小型の竜のような動物が映っている。

 数あるスキルの中に「召喚魔法」と「従魔法(テイム)」がある。そのスキルを持つ人が何かしらの動物や魔物と契約を交わし、騎獣として使役していることが多い。そのため、ギルドの周辺ではこうして見かけることが多いのだ。


「そろそろギルドが近いのかな? 色々な騎獣の子がいるよ」

「もうすぐだと思うよ」


 いつの間にか自分と一緒に外を眺めていた葵の声で物思いに耽っていた優梨は我に返った。葵の問いに答えたのは誠史だ。


「どうした、優」


 声がする方に振り返ると、匡利がこちらを見ていた。


「ちょっと考え事していただけだよ」


 頬が赤くなりそうなのを誤魔化すように笑いながら答えると、匡利は首を傾げた。


「何か悩みか?」

「ううん。えっと……依頼で良いのがなかったら何買おうかなって思って……せっかくだからちょっと珍しい魔物のお肉でも買っちゃおうかなって」


 あながち嘘じゃない。前世のことを考える前は葵とその話をしていた。


「……サーペント類ならあるんじゃないか」

「サーペントって大型の蛇だよね? レッドとかブルーは高すぎるけど、普通のなら買えるかな……」

「あとはダンジョン産なら普通より高品質じゃなかったか?」

「確かに少し高くなるけど、普通に狩ったのより美味しいのが多いよね。それなら、オークとかボア類とか? あっ、でもダンジョン産の普通の豚肉とか牛肉も美味しいよね」


 それで納得したのか、匡利はスーパーでは売っていなくて、手に入りそうな魔物の名前を提案してきた。幸いに話を逸らす口実になると、優梨はそのまま匡利の話に合わせた。


「(さすがに前世のこととかは言えないからなぁ……)」


 気にかけてくれた匡利には悪いと思いつつ、優梨は誤魔化せたことに胸を撫で下ろしていた。


 それから間もなくしてギルド街に通じる門に着いた。ギルド街は、ギルドを中心に広がる街を総称してそう呼んでいる。主にギルドの職員や利用者向けの宿泊施設や店舗が並び、訓練場もいくつかある。中には召喚士や従魔師(テイマー)向けの魔物を扱った店や預かり所があるため、逃げ出してもギルド街の外に出られないように結界魔法を施した高いフェンスがギルド街の周りに設けられ、東西南北に門がある。

 優梨たちは一番大きな南門から街に入った。門を抜ける時、結界を通り抜ける時の独特の感覚がした。


 南門からギルドまでの道の両脇には様々な店舗が並んでいる。食料品を扱う店、魔道具の店、武具や防具の店、魔法薬の店、オーダーメイドの洋装店など多岐に渡る。大半がギルドに登録している店であり、腕も確かなところが多い。街の雰囲気はどこか異国の地に来たように優梨は感じられた。


「(ギルドを含めて、本当にここは“異世界”っぽいよね)」


 窓の外を眺めながら優梨はそう思っていた。普段の生活では多少の部分は除いて殆どが「前世の地球」となんら変わりはない。一方でこのギルド街はその違いを感じずにはいられなかった。初めて来た時に驚きつつも色々なことに感動してばかりだったのを思い出し、優梨は笑みを浮かべた。


 門を抜けてからそれほど時間がかからないうちに街の中心部に着いた。優梨たちは車から降り、俊哉と運転手は何か言葉を交わすと車はどこかへ行ってしまった。

 ギルドの前は大きな広場になっていて、屋台やキッチンカーが並んでいる。その間を通り抜けて建物に辿り着くと、優梨は無意識に仰ぎ見た。

 白い壁の建物は異国の神殿や教会を思い起こさせ、この街で一際目立っていた。外観は2階建てだが、優梨たちの暮らす家と同じでこの中がずっと広いことを優梨は知っている。

 しばらく見つめた後、葵に呼ばれた優梨は視線を戻し、他の皆のもとへと駆け寄っていった。


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