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第5話 やってきた、校内模試

 朝の服装・頭髪検査を潜り抜けて一安心するのも束の間、朝のSHRで桜先生の口から毎年恒例のあることが告げられた。


「来週の金曜日と土曜日ですが、校内模試があります。2年生の試験範囲は1年生の内容よ。なお赤点の人は、その後の連休は補習になります。だから、皆しっかりと復習して赤点にならないようにね」


 そう、校内模試だ。

 藤永高等学校は、他の高校に比べて模試が多い。優梨たちが所属する特進クラスは特に多く、2~3か月に一度は校外または校内の模試がある。今回の4月末の模試は全クラスで行うもので、主に前年の復習問題となる。

 優梨たちにとって厄介なのは、試験範囲が広い上にまんべんなく出題されるため、必要な勉強量が膨大になりがちなことである。さらに定期試験と違っていわゆる“テスト期間”が設けられない。つまり、通常通り授業もあれば部活もあるため、試験勉強はその合間にする必要がある。

 ただし、この模試の存在は春休み前から告げられている上に春休みの宿題はないのだ。そのため、春休み中からきちんとコツコツと勉強をしていればそれほど苦にならないはずでもある。しかし、そこが落とし穴となっていた。結局大半の生徒が、テスト前の約2週間を必死に勉強をして過ごす羽目になっている。

 つまり、この模試は春休みを含めて普段どれくらいちゃんと勉強をしているのかを見るためのテストなのだ。赤点を取った場合、その後の(ゴールデン)(ウィーク)の半分が補習で潰れてしまうため、生徒たちはそれこそ死ぬ気で頑張っていた。


 1限の数学までの間、優梨は教室の後ろの方で朔夜と玲と話していた。


「――それで、2人は今回の模試はどう予想しているの?」

「そうだな……。まず優梨は、数学はいつも通りの成績だ」

「でも、地理は若干落ちるだろうな」


 優梨の質問に交互に答える朔夜と玲。情報集めと分析に長けるスキルを持っている2人が得意げに言う内容に優梨は苦笑した。


「鋭いね、相変わらず。正直、今回は自信がないんだ」

「ただし、国語はいつもより上がるだろうな」

「春休みの間、ちょくちょく匡利に教わっていただろう?」


 どこか含みのある笑みを浮かべながら言われ、優梨は少し頬を染めた。


「うん、まぁね。その通りだといいんだけれど……。他の皆は?」

「慶人と匡利は相変わらずだろうな」

「誠史と雅樹は英語と数学の成績が上がるはずだ」

「なるほど……」

「葵は数学が若干落ちるだろうけれど、英語は上がると思うぞ」

「咲緒理は国語が上がるだろうな。佳穂も相変わらずだろう」

「ふーん。ちなみに自分たちは?」


 そう聞くと、2人は互いの顔を見合った。


「玲は相変わらずじゃないか?」

「そうだな。春休み前から勉強はきちんとしていたからな。朔夜もだろう?」

「あぁ。まずは落とさないことが目標だからな」

「総合的に見て、基本的に皆いつも通りってところかな?」

「「そうとも言える」」


 朔夜は少しもずれていない眼鏡を上げながら、玲は口元に笑みを浮かべながらそう言った。

 確かに優梨は春休みの時から全員が少しずつ勉強をしている姿を見かけていた。決して手を抜かず全力で挑もうとするその姿勢は相変わらずだな、と優梨はしみじみと思っていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 昼休み、優梨たちはお弁当を持って屋上にいた。本来屋上への立ち入りは許可が必要だが、生徒会長である慶人のおかげで毎日のように来ている。他に生徒が来ないこの場所は周りを気にせずゆっくりと食事をとるのに最適で、優梨たちのお気に入りだった。

 本日の話題は専ら模試に関してのことだった。優梨は朔夜と玲から聞いたことを他の皆にも話していた。


「――そういえば、来週って運動部のほとんどが次の大会のレギュラーを決めるんじゃなかった?」


 藤永高等学校は生徒数も多く、人気の高い部活は人数も多い。そのため、大会ごとに出場するレギュラーを各々のやり方で決めている。もっとも、実力で決めているので前年と大きく変わることはほとんどなかったりする。それでもこの時期は部活か模試のどちらかが疎かになる部員が少なからず存在した。


「大丈夫なの? 模試」

「どうってことねぇよ。だいいち、模試は事前に知らされているものだ。レギュラー決めだって同じことだろう。どちらかがダメになっても、それはそいつの自業自得だ」


 テニス部の部長である慶人はハッキリとそう言った。それに同調するようにバレー部部長の誠史とサッカー部副部長の匡利が頷いた。


「慶人、厳しい~。でもまぁ、その通りだよね……。で、今年のレギュラーは変わりそうなの?」


 慶人、誠史、匡利がレギュラーなのはもちろんのこと、雅樹はバスケ部、朔夜はサッカー部、玲はバレー部のレギュラーだった。


「その可能性は極めて低いだろうな。俺たちもしっかりと実力をつけてレベルアップをしているからな」


 玲の言葉に慶人たちも自信たっぷりに頷く。


「皆、凄いよね」

「うん、本当に」


 葵と咲緒理がしみじみと言っていると、雅樹が若干呆れたように2人を見ていた。


「なに他人事みたいに言っているんだ。お前らだって十分凄いだろう」

「「「「えっ?」」」」


 優梨たち4人は雅樹の言葉に互いを見合った。一方で慶人たちは同調するように頷いている。


「確かにな。佳穂は1年の頃から女子バスケ部のレギュラーだろう?」

「そうだけれど……」


 慶人の言葉に曖昧に答える佳穂。


「優は、1年生ながら前部長を差し置いて春の大会以降ずっと出場していた」

「うん、まぁ……。おかげで前部長の嫌がらせが酷かったよ……」


 匡利の言葉で思い出したのか、優梨は遠い目をする。


「葵は、1年生で唯一の大会出場メンバーだし、ソロも担当していたよね」

「……あの頃のエリカの顔が忘れられない」


 にこやかな誠史とは反対に葵の顔は青ざめている。


「咲緒理は、1年生で初の科学コンクールの化学の部で出場していたな」

「うん……あの時は、3年の先輩たちが怖かった」


 穏やかに玲は言うが、昨年のことを思い出す咲緒理は怯えている。 

 慶人たちだけでなく優梨たちも1年生の頃からそれぞれの部活で活躍をしていた。その分、当時の3年生からの嫌がらせや鋭い視線に少々怖い思いもしていたが……。


「「「「「「ほら、十分凄い」」」」」」


 自覚のない優梨たちの態度に思わず慶人たちの声が揃う。その揃いっぷりに優梨たちは苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「――1年生から凄いって言ったら、紗奈ちゃんもだよね」


 葵がポツリと呟いた。


「そうだな。紗奈は確か陸上部だったか?」

「そうだ。去年の大会の中距離・長距離で好成績をおさめている」


 慶人の問いに朔夜が答えた。


「……紗奈ちゃんって、どこか私たちに似ているよね。普通の能力者だけれど」

「うん……時々、紗奈ちゃんが私たちの仲間だったらなって思うんだ」


 葵がそう言うと、全員の箸が止まった。


 元々優梨たちがこうして出逢って家族になれたこと自体が奇跡みたいなものだった。

 異能者は多少なりとも存在する一方で、同じような人間を探すのは至難だ。現に仲間の存在を聞かされていた優梨以外の皆は、お互いと出逢うまでは自分のような異能者はこの世で自分独りだと思っていた。優梨自身も出会うことは叶わないんじゃないかと何度も思っていた。それが出逢い、家族という名の仲間になり、今の日常がある。


 それはとても幸福なことだった。


 もし、まだ自分たちと同じような“仲間”が存在するのならば“家族”に迎え入れたいと思っている。そして、それが紗奈だったらとどんなに嬉しいか……


 紗奈は優梨たちにとって特別だった。能力者と偽っていてもその異質な雰囲気と見た目は隠し切れず、周りからは遠巻きにされていた。優梨たち自身も異能者であることを知られたくない上に、それぞれが持つ“過去”のせいで優梨たちは仲間以外の友達を作る勇気がなかった。そんな中で紗奈だけが臆することなく声をかけてきた。そして、友達を作る勇気を出すきっかけをくれた。そのおかげか、現在では龍一や治士といった友達もできた。


「……まだ俺らの仲間が存在するのかどうか、それ自体が定かじゃないからな」

「うん、分かってる。でも、思わずにはいられないんだよね」

「そうだね」


 しんみりとした空気に包まれる中、昼休み終了5分前の予冷が鳴った。

 優梨たちは慌ててお弁当と食べ終え、屋上を後にした。そして、紗奈が仲間だったらという話はしばらくの間、優梨たちの中で交わされることはなかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 模試までの期間は、学校中がいつもと違う空気に包まれる。普段、勉強をする姿を見かけない人も休み時間に参考書を読む姿を見かける。部活も延長せず、下校時刻に合わせて終わり、自主練で残る人もいなかった。

 優梨たちも普段は夕食当番以外の人は自主練をしていることが多いが、今は勉強の時間にあてている。


 勉強をする時、優梨たちは大抵自分たちの部屋でやっているが、屋敷の中でも奥にある図書室でやることもある。その名の通り、かなりの数の本が多岐に渡ってあり、1階だけじゃなく2階にもある。2階の一部は吹き抜けになっていて、1階のその部分にはその場で読んだり勉強したりできるように大きなテーブルと人数分の椅子がある。1階と2階の行き来は螺旋階段がある。さらに大きな窓がいくつかあり、窓際には座り心地の良いソファが並んでいる。部屋全体がわりと静かな空間で集中もしやすいので、本が好きな匡利や玲、静かな場所が好きな雅樹はこの部屋にいることが多い。


 模試の知らせから2日後の夜。

 優梨は夕飯までの間は図書室で勉強しようと勉強道具を持って向かった。中に入ると、匡利と慶人が向かい合わせに座っていた。テーブルにはノートや教科書が広がっている。


「あれ、匡利と慶人だ」

「ん? 優梨もここで勉強か?」


 優梨の声に振り返った慶人が声をかけてきた。


「うん。えっと、隣いいかな?」

「あぁ」


 一応確認を取ってから優梨は2人と同じテーブルに着いた。ちゃっかりと匡利の隣に座る優梨に慶人は若干顔がにやけている。幸いなことに匡利はそんな慶人に気付いていない。


「2人は何を?」

「俺は英語だ。匡利は化学か?」

「あぁ」

「優梨は……地理か、それは」

「うん、まぁ……」


 優梨は社会と国語が苦手だ。その中でも一番苦手な地理を今日は重点的にやるつもりだった。図書室には地理関係の本も少しあり、自分の部屋でやるよりもやりやすいと思っていた。


「お前、地理の成績が一番悪いよな。80点以上は取っているけど」

「うっ……だって何故か中々覚えられなくて……同じような単語が脳内をこう、グルグルと……」


 指先をクルクルと回しながらそう言うと、慶人は呆れたような表情を浮かべた。

 とりあえず優梨は本棚から「猿でも分かる 地理のあれやこれ」という本を取ってきた。参考書は他にもあるが、この本が一番分かりやすく説明も丁寧だからだ。

 テーブルに戻ると、また図書室の扉が開いた。入ってきたのは葵と誠史だ。


「あれ、優に匡利くんと慶人くんだ。ここにいたんだね」

「あぁ、お前らもここでか?」

「うん。葵が数学を教えてほしいって言うからね。俺の復習がてら教えてあげようと思って」


 慶人の返事をしつつ誠史と葵は優梨たちの隣のテーブルに着いた。誠史に教えてもらえるからか、葵の表情はどことなく嬉しそうだった。


 その後、優梨も匡利と慶人から地理を教えてもらうことになった。優しく褒めながら葵のペースに合わせて教える誠史と違い、2人の教え方はスパルタで優梨は思わず葵たちに助けを求める声を上げていた。



少し続きます。

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