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第47話 嫉妬と涙と後悔

少しシリアスな話になります。

 侑哉はテニス部の担当を終えると、1人で校内を回っていた。時々、一緒に回らないかと声を掛けられたが、誰とも回る気になれず、断り続けていた。


「(クラス発表はあらかた回っとるし……どこ行こ……)」


 そう思いながら案内図を見て、部活発表を中心に見ようと近くの所から回ることに決めた。校舎内で行われている発表を中心にしばらくの間回った。


「(……この学校、よぉ分からん同好会が多かったんやな。何やねん“三月ウサギのお茶の会”って……。申請通したの誰やろ。天宮やないのは確かやけど)」


 慶人は基本的に合理主義なのを知っている侑哉は、こんな訳の分からない同好会の申請を通すはずがないと思っていた。もし、申請をされたら速攻で却下しそうだと、思わずその場面を想像して笑った。


「(さてと、次は……ん?)」


 気を取り直して次の回る場所を探そうとした侑哉の目に「化学部」の文字が入った。


「(化学部って……確か姫さんの部やったな。最初聞いた時は意外過ぎてメッチャ驚いたな……)」


 初めて咲緒理の部を知った時のことを思い出し、いつの間にか侑哉の口元に笑みが浮かんだ。


『……ありがとう』


 不意に咲緒理と初めて会った時のことを思い出した。侑哉は、あの時の照れたように顔を赤くしながら、笑って嬉しそうにそう言った咲緒理の顔が、未だに忘れられなかった。


「(思えば、何の下心もない笑顔を向けられたんはアレが初めてやったな……。姫さんはあん時の事、覚えてるんかな……)」


 侑哉は覚えていてほしいと思いつつ、特別でも何でもないあの日のことを咲緒理が覚えているとは思えなかった。あまり自分らしくない考えに侑哉は自嘲気味に笑っていた。

 いつの間にか化学部の方に向かっていたようで、気付けば侑哉は化学部の部室である第2実験室の前まで来ていた。中から色々と歓声が聞こえてくるのが、入る前からよく分かった。


「(何やろ、いったい……)」


 不思議に思った侑哉は中には入らず、入口から覗き込んだ。

 歓声の中心には咲緒理がおり、皆は珍しそうに咲緒理のやっている実験を見ていた。前の方には子どもが多くいたが、それ以外の客の多くは男ばかりで、純粋に化学部の実験を見に来たのは一部のように侑哉には見えた。


「(客のほとんどは姫さん目的やな。あの子、自覚あらへんけどメッチャ人気あるからな……。化学部の顧問、ダシに使(つこ)たな……)」


 顧問の魂胆が見え見えで、侑哉は呆れのため息が出た。少し客が減ったら入ろうかと思っていると、歓声とは別の声が聞こえてきた。


「日向さんの実験、やっぱりすごいな」

「ありがとう。でも、部長だってすごいじゃない」

「いや、そんな……」


 少し離れた場所でされているはずの会話が、侑哉にはやけに鮮明に聞こえてきた。声のする方に目を向けると、実験をする人を交代して集団から少し離れた咲緒理と、部長の裕秋が楽しそうに会話するのが見えた。

 咲緒理の笑顔が裕秋に向けられているのを見た瞬間、侑哉は自分の心に黒い感情が沸き起こるのを感じた。その感情が何なのか、侑哉には説明がつかなかった。


 一方で咲緒理は何やら視線を感じ、実験室の入り口の方を見た。


「(沖田君!)」


 入口の所に立っているのが侑哉だと分かると、咲緒理は急に心が躍るのを感じた。入って来ないのかと思っていると、侑哉と目が合ったような気がした。しかし侑哉は視線を逸らし、そのまま中には入らずにどこかへ行ってしまった。


「(えっ……?)」


 視線を逸らされたことに、咲緒理は胸がズキッと痛むのを感じた。


「(今……目、合ったよね……?)」


 今まで一度もなかった侑哉の行動に咲緒理は動揺し、頭が白くなっていくのを感じた。無意識のうちに咲緒理は手を握りしめていた。追いかけなければと、気付けばそう思っていた。


「っ、部長、ごめんなさい。私、ちょっと抜けるね」

「えっ、日向さん!?」


 裕秋が驚いて声を掛けるが、咲緒理はあっという間に実験室を出て行った。何かあったのかと裕秋は不思議に思った。


「(ずっと出ずっぱりだし、体調でも悪くなったかな……?)」


 よほどじゃなければそのうち戻るだろうと考え、裕秋は今後のスケジュールを思い出しながら目の前の客の方に視線を向けた。




 その頃、実験室を出た咲緒理はそのまま走って侑哉を探した。こんな風に必死になって誰かを探すのは初めてのことだ。今までにない自分の行動に、咲緒理は周りを見渡しながら困惑していた。

 ふと、廊下の窓から侑哉が中庭にいるのが見えると、咲緒理は走る速度を上げて中庭へと急いだ。侑哉は中庭のベンチの側に立って、何かを考えているようだった。


「沖田君!」

「……っ!? 姫さん……」


 咲緒理が呼びかけると、侑哉は驚いたように振り向いた。侑哉が見つかったことに安堵した咲緒理は、荒くなった呼吸を整えようと大きく息を吸った。


「……大丈夫なん?」

「う、うん。沖田君、歩くの速いね……」

「……で、どないしたん?」


 咲緒理の息が整ってくると、侑哉がそう聞いてきた。咲緒理はキョトンとして侑哉の質問の答えを考えた。そして、追いかける事ばかりに夢中になり、それ以降のことを全く考えていなかった事に気付いた。


「(し、しまった……! この場合って何て言えば……)」


 しどろもどろとして視線が泳ぎ、なかなか話し出せずにいると、そんな咲緒理を侑哉は不思議そうに見つめながら首を傾げた。見つめられた事に恥ずかしさが沸き、咲緒理は視線を逸らした。


「あ、の……さ、さっき……」


 何とか声を絞り出し、やっとの思いで話し出した。


「さっき……沖田君、実験室に来たじゃない? でも、入らないで行っちゃったから……折角だから、実験もぜひ見てもらいたくて、それで……」


 何とか理由らしい理由を話せて咲緒理はホッとした。一方で、侑哉は言われたことに驚いたように目を丸くした。


「(実験って……あの光景を、また……?)」


 侑哉は、先ほどの咲緒理が裕秋と笑顔で話していた時の光景を思い出した。すると、消えかかっていた感情がさらにどす黒く染まって蘇ってきた。途端、侑哉の心に冷たいモノが広がり、同時に頭が冷静さを失っていくのを侑哉は感じた。

 一方で咲緒理は、なかなか侑哉からの反応がないことに、変なことを言ってしまったのかと不安になった。逸らしていた視線を戻し、恐る恐る侑哉のことを見上げた。


 侑哉は、咲緒理が今まで見たことがないような冷たい目で、咲緒理を見ていた。初めて見る侑哉の表情に、咲緒理の心は凍りついた。


「(私……何か、間違った……?)」


 動揺が隠せず、咲緒理は冷や汗が流れるのを感じた。すると、侑哉は小さくため息を吐いた。


「……それだけなん?」


 侑哉から発せられた声も、聞いたこともないくらい冷たかった。


「う、うん……」


 喉がカラカラに乾き、うまく言葉が出なかった。侑哉は咲緒理から視線を外し、さらに大きくため息を吐いた。


「せやったら、自分は実験室に(はよ)う戻った方がええんと(ちゃ)う? 部長も困ってはるんやないの?」


 侑哉は咲緒理の方を一切見ないでそう言った。咲緒理は急に冷たくなった侑哉にたまらなく不安になった。鼻の奥がツンと痛くなり、目頭が熱くなるのを感じた。


「来て、くれないの……?」

「……興味あらへん。あそこにおったんは偶々や」


 吐き捨てるような言葉だった。咲緒理はますます唇が震えた。どうしたらいつもの侑哉に戻ってくれるのかと考えた。


「っ、でも……!」


 いつもの優しい侑哉の面影が離れて行くのを感じて、それを引き留めようと必死に声を絞り出した。


「ええから、自分は早う戻り。……俺も、自分に構っとる暇なんかないんやぞ……」


 一瞬で頭が真っ白になった。何も考えられず、ただ呆然と侑哉を見上げた。視界が段々と滲み、頬に何かが伝うのを感じた。今の咲緒理にはそれが何なのか分からなかった。


 しばらくの間、沈黙が走った。侑哉は何も話さなくなり、動こうともしない咲緒理を不思議に思った。何の気なしに逸らしていた視線を咲緒理に向けた。

 そこには、無表情のまま静かに涙を流す咲緒理の姿があった……


 咲緒理を見た途端、侑哉は失っていた冷静さが急に戻るのを感じた。


「(俺は……今、何を言うた……?)」


 己が口走った心無い言葉を思い出し、激しい後悔と罪悪感を覚えた。


「(俺はなんちゅうことを……っ!)」


 全身が震え、また冷静さを失いそうになる頭を必死に動かした。謝らなければ、そう思うのに口がうまく動かなかった。


「ひ、姫さ――」

「ごめんね……」


 何とか呼びかけようとするのと同時に咲緒理が口を開いた。急なことに驚いた侑哉は、思わず言葉に詰まった。咲緒理の方はそのまま言葉を続けた。


「私なんかが、沖田君みたいな人に、声を掛けちゃってごめんね……」


 侑哉は頭を鈍器で殴られたような衝撃を感じた。冷静さを失っていたとはいえ、考えなしに発した言葉の重さを痛感した。


「姫さん……っ! ち、(ちゃ)うねん! 俺は……っ」

「私、戻らなきゃ……」


 侑哉が必死に何か言おうとしても今の咲緒理には全く届かなかった。侑哉の声に応えず、咲緒理はふらりと踵を返してその場を立ち去ろうとした。


「……っ、咲緒理ちゃん!!」


 必死に手を掴み、咲緒理を引き留めた。その反動で振り返った咲緒理は、涙を流しながら悲しみに顔を歪めていた。その表情を見た侑哉は全身が固まり、掴んでいた手の力が緩んだ。その隙に咲緒理は侑哉の手を振り払い、その場を駆け出した。

 侑哉はその場に縫い付けられたように立ち尽くし、追いかけることができなかった。咲緒理の姿が見えなくなると、よろよろと側にあったベンチに座った。そして大きく息を吐き、項垂れた。


「(……やって、もうた……何トチ狂ってんねん、俺は……っ!)」


 後悔と自分への怒りで侑哉は顔を歪ませた。


「(傷つけた……有り得へんくらい傷つけた……あないな事、言う気あらへんかったのに……もっと、別の……っ)」


 ノロノロとした動きで、侑哉は制服のズボンのポケットに手を入れた。ゆっくりと引き出された手に握られて出てきたのは、最近話題になっている劇団の舞台チケットだった。それも2枚ある。


「(学園祭の後、渡すつもりやったのに……あの子やったら一緒に行ってもええって、そう思うて……せやのに……っ!)」


 ギュッと手の中にあるチケットを握りしめた。その拳を額に当て、侑哉は固く目を閉じた。瞼の裏に涙を流す咲緒理の姿が浮かぶ。いつも自分に向けられていた、あのあどけない笑顔をもう二度と見られないような気さえした。


「すまん、咲緒理ちゃん……ホンマ、すまん……っ!」


 後悔でいっぱいの侑哉の謝罪は咲緒理に届く筈もなく、誰かに聞かれることもないまま、ただ中庭に虚しく響いていた。




 侑哉の元を走り去った咲緒理は当てもなく進み、人気のない校舎裏まで来ていた。足を止め、側にある壁に寄りかかって項垂れた。いくつもの涙が流れ落ち、地面を濡らした。


『俺も、自分に構っとる暇なんかないんやぞ……』


 先ほどの侑哉の言葉が何度も蘇った。


「(……っ、そうだよね。実行委員のリーダーだし、人気のある人だし、後輩からも慕われているんだもん。色々と誘われたり、やることもあったり、忙しいんだよね……)」


 頭ではそう納得しようとした。しかし心がうまくついて行けず、零れる涙が止まらなかった。


『姫さん』


 最初、侑哉にそう呼ばれるのを咲緒理は少し恥ずかしく思っていた。それがいつの間にかくすぐったく感じるだけで、そう呼ばれる事を嬉しく思っていた。

 それが、いつも少し低くて穏やかな声で呼んでくれていたのに、先ほどの侑哉は呼んでくれなかった。いつも優しい笑顔を向けてくれていた侑哉が、あんなに冷たい目で自分を見てきた。その事実が信じられない咲緒理の胸は、ずっとズキズキと痛んでいた。

 冷たい言葉を掛けられるのも、冷たい視線を向けられるのも、とうの昔に慣れた筈だった。


「どうして……っ」


 侑哉の言葉でこんなにも胸が張り裂けそうになるのか。止めようと思うのに、いつまでも涙が流れ続けるのか。その訳を何度も自分に問うた。


「ふっ……うぅ……っ」


 咲緒理は激しく嗚咽が漏れそうになる口を必死に抑えた。その場に座り込み、膝に顔を埋めた。


「(私、どうしちゃったんだろう……)」


 どうしてこんなにも胸が痛いのか、どうして涙が止まらないのか。どうして、こんなにも悲しいのか……。その理由が、咲緒理にはいつまでも分からなかった。


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