第45話 学園祭デート ~ 紗奈編 ~
「松川さん。連続の指名、お疲れ様! あとは私たちに任せて!」
陸上部の賞金レースの担当を終え、紗奈は他の部員にそう言われた。紗奈は担当になってから、ほぼ休みなく連続で指名されていた。それでも何とか上位をキープしたまま担当を終えることができた。次の担当の人と交代し、着替えを終えた紗奈は、この後の時間をどうしようかと思いながら部室を出た。
その部室を出たすぐの所で、雅樹が手をズボンのポケットに入れて立っていた。
「雅樹くん?」
紗奈が声を掛けると、雅樹も気付いたのか笑みを浮かべて近づいてきた。
「担当、終わったのか?」
「うん。あの、どうしたの? こんな所で」
戸惑いながら聞くと、雅樹は少し考えるように首を傾げた。
「紗奈、この後の時間、何か予定とか約束はあるか?」
「えっ? ううん、ないよ」
「そうか……なら、俺と一緒に学園祭、回らないか?」
思いがけない誘いに紗奈は目を丸くした。同時に、そのためにこうして自分を待ってくれていたのかと、嬉しい気持ちが膨らんだ。
「うん、もちろん良いよ」
「なら、行こうか」
雅樹はそう言い、パッと紗奈の手を取って歩き出した。それに驚いていると、雅樹は首だけ振り返ってニッと口元に笑みを浮かべた。
「今日は一段と人が多いからな。はぐれるなよ」
「う、うん」
顔を赤くしながら返事をすると、雅樹は満足そうに笑って前を向いた。紗奈の手を引くようにしてい歩いているが、その歩調はどこか紗奈に合わせているようだった。しっかりと握りしめられた手と雅樹の背中を見つめているうちに、紗奈は少しずつ口元が笑みを浮かべているのを感じていた。
雅樹がそのまま向かったのは、多目的室でやっている2-Bの甘味処だった。
「最初、ここでも良いか? 腹、空いてる?」
「うん。大丈夫だよ」
「なら良かった」
紗奈の手を繋いだまま雅樹は中に入った。あちこちから「いらっしゃいませ」という言葉と同時に、雅樹たちが来たことによって店内がざわついた。さらに繋がれている2人の手に店内中の視線が集まった。それに気付いた紗奈は手を離そうかと思ったが、思いの外しっかりと握られた手は離れそうにない。
雅樹は集まる視線を気にしていないのか、誰かを探すようにあたりを見回した。そして、目的の人物を見つけると、声を掛けた。
「ナオ」
「雅樹くん、来てくれたんだ。紗奈さんも一緒なんだね。いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」
治士は濃い緑がベースの浴衣をスッキリと着こなし、そつのない動きで2人を案内した。比較的周りに人の少ない橋の席に2人を案内した。
「どうぞ、こちらがメニューです」
治士はそう言って手にしていたメニューを紗奈と雅樹にそれぞれ渡した。
「わぁ。美味しそう……」
「なんだ、洋菓子っぽいのもあるんだな」
「うん。うちのクラスの女子の勧めで加えたんだけれど、結構評判だよ。ゆっくり選んでね」
治士はそう言うと、裏の方へ向かった。紗奈はじっくりと1つ1つの説明を見ながらメニューのページを捲った。ふと、正面を見ると雅樹はすでにメニューを閉じていた。
「雅樹くん、決まったの」
「ん? あぁ、俺はみたらしにするつもり。紗奈はゆっくり選んでて良いよ」
「うん、ありがとう」
気持ち先ほどよりもペースを上げてメニューを見終わると、最終ページにあった抹茶ワッフルの盛り合わせに決まった。そこへ丁度治士が冷たい水とおしぼりを持ってきた。
「決まったかな?」
「あぁ。俺はみたらしとほうじ茶のセットにする」
「みたらし団子と冷たいほうじ茶のセットだね。紗奈さんはどうする?」
「私は抹茶ワッフルの盛り合わせのセットを。飲み物はホットのほうじ茶で」
「かしこまりました。トッピングのアイスはどうする?」
「ん……バニラとチョコでお願い」
「かしこまりました」
2人の注文をメモすると、治士は一礼して裏の方へ向かった。途中で他の客に呼ばれると、そちらの方へ行っていた。
「ここに来たのって、治士君がいるから?」
治士が離れてから紗奈は雅樹にそう聞いた。雅樹は飲んでいた水のコップを置くと、軽く頭を掻いた。
「学園祭前にナオに一度来いって誘われていたんだ」
「へぇ、そうだったんだ」
「それに……」
「うん?」
「……美味いって評判だから、紗奈と来たかったんだ」
そう言う雅樹の頬はほんのりと赤かった。紗奈はそれを聞いて、同じ様に顔が赤くなるのと同時に頬が緩んだ。
「ありがとう、雅樹くん」
「ん……」
照れているのか、それを隠すように雅樹は目の前のコップの水を一気に飲み干していた。その後、治士が2人の注文したものを運んできて、紗奈と雅樹は談笑しながらそれを食べていた。
食べ終わって治士に見送られながら甘味処を出た後、紗奈と雅樹の2人は校舎の中を歩いていた。先ほどと変わらず雅樹は紗奈の手をしっかりと握りしめている。紗奈は周りからの視線が多少痛かったが、できるだけ気にしないようにしていた。
「次はどこに行こうか」
「そうだね」
「……紗奈はさ、優と葵が入ったらしいお化け屋敷には行く?」
「あ~……や、やめておこうかな」
「紗奈がそう言うならやめておくか……。ん?」
雅樹は急に立ち止まり、すぐ側の教室の中を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「……なぁ、ここ入っても良いか?」
「えっ、うん」
雅樹が入ろうと言ったのは、クイズやおもちゃの釣りのような様々なゲームをやっているクラスだった。その中で雅樹が向かったのは、コルクボードで作られたダーツだ。点数ごとに景品があり、1等賞は可愛らしいテディ・ベアだ。
「ダーツ?」
「あぁ。紗奈もやる?」
「うん」
ダーツの矢は5本セットで300円だ。雅樹はそれを2人分払うと、1つを紗奈に渡した。
「紗奈はダーツやったことある?」
「ううん」
「じゃあ、やり方を教えるな」
雅樹はどこか嬉しそうに、床にラインが引かれた場所に紗奈を立たせた。
「投げるのはここからな。初めてなら、的に対して斜めに立つのが良い。紗奈は右利きだから右足を前に出して……そう。ラインは越えたらダメだ」
後ろに立ってそう話す雅樹の声がすぐ近くに聞こえて、紗奈はくすぐったいのと同時に耳が熱くなりそうだった。すると、不意に雅樹が紗奈の右手を取った。驚いていると、雅樹は紗奈の手にダーツの矢を持たせた。
「矢は人差し指を親指で挟んで持ってな。不安定なら中指を添えて……」
まさに手取り足取り教える雅樹の姿に、教室にいる人たちが注目しているのが紗奈には分かった。女子の中には羨望と妬みが入り混じった視線を向けてくる人もいる。この視線の中でよく雅樹は平然としていられると、恥ずかしさで沸騰しそうな頭で紗奈は思った。その間も雅樹の説明は続いた。
「――それで、投げる時はまずリラックスな」
「リラックス……」
「力んでも当たらないモノは当たらないからな。顔は正面で、目はしっかりと的を見るんだ」
雅樹の言葉につられるように紗奈は正面の的を見据えた。
「的と矢、視線が一直線になるようにして。構えたら肘は固定する」
紗奈の右手を包むようにして握った雅樹はそのままダーツを投げる時の構えをさせた。左手は紗奈の左肩を支えるように添えている。
「ダーツを引き寄せて、手のひらが上を向くように……腕を伸ばしながら、前に押し出すようにしてダーツを投げる」
雅樹の言葉につられるようにして紗奈の手からダーツの矢が離れた。矢は的へ飛び、真ん中より少しずれた位置に刺さった。
「あとは何度か投げてコツとタイミングを掴むんだ。肘は動かさないように、腕を伸ばすのとほぼ同時に離す。これが最初のコツだな」
的の方を見ながらそう言う雅樹の顔を、紗奈は無意識のうちに遠慮がちに見上げた。紗奈が下から見ていることに気付いた雅樹は、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。我に返った紗奈は顔を赤くし、そっぽを向いた。その反応に楽しそうにしながら雅樹は紗奈から離れた。
「残りは紗奈が投げてみて」
「う、うん」
紗奈は深呼吸を1つすると、先ほどの雅樹の説明を1つずつ思い出した。
「(ラインは越えないように立って、的と矢と視線が一直線になるように……肘は動かさないように……リラックスして、引き寄せてから前に押し出すように、腕を伸ばすのとほぼ同時に……離す)」
初めて一人で投げたダーツはさっきよりもずれた位置になったが、ちゃんと的に刺さった。
「わぁ、できた!」
「初めてにしては上出来だ。上手いな」
「雅樹くんの教え方が上手だからだよ」
初めてでちゃんとできた喜びの勢いでそう言うと、雅樹は一瞬目を丸くし、そのあと嬉しそうに笑っていた。
その後残りの3本を投げ、1本は的から外れてしまったが、あとの2本はなかなかの点数になった。結果、紗奈は見事4等の「リラックス効果抜群! アロマ入浴剤セット」を手に入れることができた。
紗奈が投げ終わってから雅樹もダーツを投げた。ダーツの矢は全て的の真ん中に当たり、文句なしの最高得点で1等賞だった。注目していた教室中の人から拍手が送られる中、雅樹は係から1等の景品のテディ・ベアを受け取った。受け取ると、雅樹は紗奈の手を取ってすぐに教室から出た。
「すごかったね、雅樹くん。テディ・ベアも可愛いね」
雅樹の手にある茶色い毛に真っ黒の瞳のテディ・ベアは本当に愛らしく、紗奈は目を細めてそう言った。雅樹はチラッとテディ・ベアを一瞥すると、紗奈の方を見た。
「紗奈はこういうの好きか?」
「うん、好きだよ」
「それなら、あげる」
「えっ!?」
驚く紗奈をよそに、雅樹は紗奈の手に持たせた。紗奈は慌てて受け取り、雅樹を見上げた。
「良いの……?」
「俺はダーツがしたかっただけ。それは紗奈が持つ方が良い」
微笑みながら雅樹はそう言った。紗奈はしばらく呆然と雅樹を見上げていたが、そのうちギュッとテディ・ベアを抱きしめた。
「……ありがとう」
「うん」
紗奈が喜んでいるのが分かったのか、雅樹も嬉しそうに笑っていた。
その後、紗奈と雅樹は後夜祭が始まるまでの間、さらに他のクラスや部活発表を見に行った。その間、2人はお互いの手をしっかりと握りしめて離すことは決してなかった。
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