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第4話 秘密を知る者と知らぬ者

 新学期が始まってからしばらく経ち、4月半ばの月曜日となった。この間に新入生の入部や委員会の集まりなどが増え、学校生活らしくなってきていた。

 優梨たちはよほどのことがなければ、仲間全員で登校をしている。しかし、この日の登校は珍しく女子4人だけだ。


「今朝、どうして慶人君たち《瞬間移動(テレポート)》で登校したんだろうね」

「んー、朝練があるって言っていたけど、一応この時間でも十分間に合うはずだよね」

「むしろ私は行きがけに言われた『大変だろうが、頑張れ』っていう玲の言葉が気になる……」

「…………」


 中々ない出来事に優梨たちは首を傾げる。

 朝練がない優梨たちは話しながらゆっくりと歩いた。学校の近くまで来たところで急に佳穂が立ち止まった。


「佳穂、どうしたの?」

「あれ紗奈よね? 何しているのかしら」

「えっ?」


 優梨たちは佳穂の視線の先に目を向けた。確かに紗奈が正門から少し離れたところで立ち止まっている。どうしたのかと疑問に思いながら4人は紗奈に近づいた。


「紗奈ちゃーん」

「優、アオちゃん、さーちゃん、佳穂」

「おはよう。どうしたの? そんなところで」


 紗奈はそう聞かれると、困ったようにちらっと正門の方を向いた。優梨たち4人もそちらを見て次の瞬間には顔をしかめた。


「うわぁ……」

「今日って、風紀委員会の抜き打ち検査の日だったのね……」


 正門の前には“風紀委員会”と書かれた腕章をした生徒が数人立っていた。彼らは正門を通る生徒の服装と頭髪の検査をしている。すでに何人かの生徒が止められ、何かしらの注意と対処をされている。


「だから慶人たち、今日は瞬間移動で(さっさと)行っちゃったんだ!」

「匡利くんと朔夜くんと玲くんは通してもらえそうだけれど、慶人くんと誠史くんと雅樹くんは確実に止められるもんね」

「でも、私達だって確実に止められちゃうよ……」


 咲緒理の一言で5人は大きくため息をついた。優梨は金色、葵は真紅、咲緒理は紺色、佳穂は雀茶色、紗奈は金茶色の髪だ。全員地毛なのだが、それを信じる人は少ない。

 ふと、あることを思い出した葵が首を傾げた。


「でも、確か風紀委員会の先生って田原先生でしょ? 田原先生なら、私たちの髪のこと許してくれているはずじゃ……」

「それが田原先生、今日はいないみたいで……。しかもね、あの手前ですごく頑張っている人がいるでしょう?」

「うん」

「よく見てごらん」


 ため息交じりの紗奈の言葉に、優梨たちは再度正門の方に目を向ける。さっきよりもよく目を凝らし、手前で張り切っている男子生徒に集中した。それが誰か分かると、ますます優梨たちは顔を歪めた。


「……最悪」と優梨。

「えー、あの人、今年は風紀委員になっちゃったの?」と葵。

「余計にどうしよう……」と咲緒理。

「困ったわね……」と佳穂が言う。


 更なる優梨たちの頭痛の種となったのは武部実たけべみのる。成績は優秀で優梨たちとクラスは違うが、彼も特進クラスに所属している。ただ、優梨たちのことをライバル視しているのか何かと突っかかってくるため、優梨たちは大変苦手な人物だった。


「……とりあえず、行くだけ行くしかないわね。いつまでもこうしている訳にはいかないし」


 佳穂の言葉で残りの4人は観念したように頷く。優梨たちはなるべく離れないように、なおかつ人に紛れるようにして歩いた。正門では意外と止められている生徒が多いので5人は「もしかして大丈夫かな?」と思った。

 しかし、現実はそう甘くなかった。


「そこの5人! 待てぇっ!」


 少し離れたところから叫ぶ声がした。チラッと見ると、武部が肩を怒らせてこちらに向かってくる。5人は拳をグッと握りしめ、武部の方を向いた。


「おはよう、武部くん。何かご用?」

「『何かご用?』ではない! その髪でこの俺の前を素通りしようとはいい度胸だな!」


 ビシッと指をさしながら叫ぶ武部に5人はげんなりとした表情をした。その表情に気づかない武部は延々と何かを怒鳴り続けている。


「――って、聞いているのか!?」

「はいはい。聞いてます、聞いてます」

「嘘をつけぇぇええ!!」

「「「「「ハァ……」」」」」


 いつまでも解放してくれそうにない気配に思わずため息が出た。周りを見回すと、他の風紀委員も生徒たちも同情の眼差しで5人を見ていた。何か言わなければずっと怒鳴り続けそうな雰囲気に優梨は重い口を開いた。


「――あのね、武部くん。何度も言うようだけれど、この髪はこれでも地毛なの」

「地毛だと!? ハンッ! 地毛でそんな色があるものか! 非常識極まりない。つくならもっとましな嘘をつけ!」

「嘘じゃないです。第一、どっちにしても学校側からはちゃんと許可をもらっています」

「学校が許そうが教師が許そうが、この俺は許さん!」

「(ら、埒が明かない……!)」


 あまりに理不尽な言い様に優梨は頭が痛くなった。同時にいつまで経っても終わる気配のない不毛なやり取りに苛立ちを感じた。何よりも自分の価値観を押し付けるばかりか、八つ当たりに近い言動が5人をさらに不快にさせていた。


「――いったい何の騒ぎだ」


 この場をどう乗り切るか頭を悩ませていると、後ろから聞き慣れた声がした。振り返ると、一際厳しそうな面立ちをした男子生徒が立っていた。


「龍一!」

「龍一くん!」

「澤田……」


 彼の名を呼び、優梨たちは安堵の表情を浮かべる。一方の武部は少々苦々しげだ。


 彼の名は澤田龍一さわだりゅういち。優梨たちと同じ特進クラスに所属し、組は隣だ。雅樹と同じバスケ部の部長であり、誠史とは親友といえる間柄だ。優梨たちとも面識があり、仲良くしている。


 それだけでなく、龍一は優梨たちが普通の能力者ではなく異能者(ミュータント)であることを知っている。全て知った上で受け入れ、こうして仲良くしている。

 龍一が知ったきっかけは至極簡単で、もう1つの姿を見られたからだ。そして、優梨たちは自分たちが異能者であること、人間以外にもう1つの姿があることを包み隠さず全て話した。もしも龍一が拒絶すようであれば、そのことに関する記憶をすべて消す覚悟だった。

 しかし、龍一は2~3日考えた末に誰にもそのことを話さず、なおかつそれまでの関係のままでいることに決めた。さらには秘密を知ったことで、龍一と優梨たちとの仲は以前よりも深まったとも言える。


「ん? 優梨たちじゃないか」


 武部と揉めている相手が優梨たちと分かると、龍一は眉を顰めた。一方の優梨たちは自分たちの味方といえる龍一の登場に安堵する反面驚いていた。


「龍一くんはどうしてここに?」

「どうしてって風紀委員だからだ。お前たちこそ一体どうしたんだ」

「それが……」


 5人は同時に武部の方を横目で見た。武部の方は龍一に早くいなくなって欲しそうに苛立っていた。


「……なるほどな」


 小さく呟くと、龍一は武部の方に向き直った。武部は思わずビクッと肩を揺らした。


「武部」

「っ、な、なんだよ」

「この5人の処理は俺がする。お前はあちらの方を手伝え」

「だ、だけど!」

「早く行け!」


 反論しようとする武部の声を遮るように声を上げた。武部は渋々とその場を離れた。離れ際に小さく舌打ちをしていたのは優梨たちの耳にもしっかりと届いたが、聞こえないフリをしていた。


「ハァ……。助かったよ、龍一。ありがとう」


 武部が他の生徒に声をかけるのを見届け、優梨は龍一に向き直って言った。


「ありがとう、龍一くん」

「礼には及ばない」


 そう言いつつも龍一はどこか得意げな表情をしていた。

 龍一と一緒に正門を通ると、もう1人よく知った人物が立っていた。


「皆、大変だったね」

「あれ、ナオじゃない。どうしたの?」

「僕も風紀委員なんだ」


 優梨が聞くと、その男子生徒はにこりと笑みを浮かべた。


 彼は矢尾板治士やおいたなおし。龍一と同じクラスであり、雅樹と龍一と同じバスケ部だ。物腰が柔らかく人当たりが良いため女子からの人気は高く、優梨たちも知り合ってすぐに好印象を持てた。

 龍一とは違い優梨たちの“秘密”は知らないが、優梨たちが親しくしている数少ない人物で、雅樹にとっては親友といえる間柄だった。


「ナオ君も風紀委員? えっ、龍一くんも風紀委員だよね?」

「B組、風紀員が3人もいるの?」

「ううん、正式な風紀委員は僕と澤田くんだよ」

「……じゃあなんであの人、風紀委員の腕章をつけてあそこに?」


 怪訝な表情で優梨が聞くと、龍一と治士は顔を見合わせた。そして龍一は眉間にしわを寄せ、治士は苦笑いを浮かべた。


「それがね、先週の委員会の集まりの後に彼が澤田くんのところに来たんだ」

「龍一のところに? なんで?」

「委員長だからだね。それで、澤田くんと田原先生に今日の服装・頭髪検査を手伝わせてくれって言ってきたんだ」


 優梨たちは思わず絶句した。その様子に龍一も肩を竦めた。


「服装・頭髪検査は毎回人手が足らないくらいだからな。田原先生も俺も丁度良いと思って、頼んだんだが……」

「目的は皆だったようだね」

「な、なんて迷惑な……っ!」


 絞り出すような優梨の言葉に他の4人も同意するように頷く。優梨たちの気持ちが伝わったのか、龍一は大きなため息をついた。


「こんな事をしでかすとは思わなかったんだ。だが、次からはさせないから安心しろ」

「うん、そうしてくれると助かります……」


 脱力したように優梨がそう言い、龍一は再度大きく頷いていた。


「そろそろ予鈴が鳴るね。皆、教室に行った方がいいよ」


 腕時計を見た治士がそう声をかけた。


「そうだね。ありがとう、龍一君、ナオ君。またね」


 葵がそう言うと、龍一と治士は頷いた。


「あぁ」

「うん、またね」


 優梨たち5人は手を振ってその場を駆け足で離れていった。その背が小さくなるのを見届け、龍一と治士は残りの検査へと戻った。



 その後、武部実が風紀委員の手伝いと称して服装・頭髪検査をすることは、もう二度となかった。




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