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第20話 闇夜の天使

 海に行った日の夜、優梨たちの部屋では早々に電気を消して3人はベッドに入っていた。ただし、3人はすぐに寝たわけではない。


「――それでね、音がする方にゆっくりと振り向くと……」

「ひぇええ~」

「ひやぁあ~」


 3人は怪談話をしていた。順番に1話ずつ話し、すでに2話ずつ話している。どのくらいやるのか決まっていないが、とりあえず誰かが眠くなるまで続けられる予定で、優梨たちは1人5話分くらいを話すだろうと思っていた。しかし……


「スー……スー……」


 3話目に入って数分後、咲緒理は静かな寝息を立てて寝ている。


「むにゃ……スー、スー……」


 葵も時々小さな声を出しつつもすっかり熟睡している。


「…………」


 ただ1人、優梨だけが未だに起きていた。残された優梨は暗い天井を見上げながら、時々両脇のベッドに眠る葵と咲緒理をチラチラと見ていた。


「(ね、眠れない……2人とも寝るの早いよ~……)」


 優梨が眠れない理由はただ1つ、つい先ほどまで続けられていた怪談だ。優梨は怪談話を聞くのも話すのも好きだが、一方でかなりの怖がりだった。3人でほぼ同時に寝れば問題ないと思っていたが、実際には1人残されてしまった。


「(まさか2人がこんなにあっさり寝ちゃうなんて計算外だった……うぅ~、このままどうしよう……)」


 眠りたいのに眠れない状況に半泣きになりながら、何度目か分からない寝返りを打った。


「(……羊でも数えてみようかな)」


 効果があるかどうかは分からないが多少気は紛れるだろうし、あわよくば寝られるかもしれないと、優梨はゆっくりと羊を数え始めた。



 優梨が羊を数え始めてから数分が経過した。


「(――羊が100匹、羊が101匹……って、全っ然眠れなーい!)」


 眠くなることを期待して数え続けたが、結果は全くの逆効果となった。優梨は再び寝返りを打って天井を見上げた。


「(羊は飽きたし、むしろ完全に目が覚めちゃったし……もう、どうしよう、この状況……)」


 悶々と考えること数秒、優梨は両脇のベッドにいる葵と咲緒理を起こさないようにそっとベッドから出た。手早く簡単に着替え、上着を鞄から出した。


「(海に行こう……結界を張れば、魔物も平気だし……)」


 上着を羽織ると、もう一度2人が起きていないことを確認した。2人は優梨の動きに気付かず、ぐっすりと眠っている。それを見た優梨は《瞬間移動(テレポート)》で海へと向かった。



 優梨が移動したのは、海ダンジョンの入り口がある浜辺だ。ダンジョンの入り口近くには夜間もギルドの職員がいると聞いていたので、念のため離れた場所に《瞬間移動》で現れた。一応周りを確認してから、優梨はゆっくりと波打ち際まで歩いた。


「……綺麗」


 少し肌寒いくらいだが、上着を着ているから多少和らいだ。月や星が海面に映り、月の光がキラキラと輝きながら反射している。とても静かで、聞こえる音と言えば波の音くらいだった。

 優梨は打ち寄せる波が当たるか当たらないかのギリギリの場所に腰を下ろした。膝を抱え、ジッと海の方を見つめた。


「(こういう時、匡利が一緒にいればなぁ……)」


 誰かと一緒に過ごす最高のシチュエーションに、優梨は自然と匡利のことを思い浮かべた。こんな所にいるはずがないと思いつつ、そう考えずにはいられなかった。

 抱えた膝に頭を乗せ、瞳を閉じて波の音に耳を澄ませた。静かな波の音がとても耳心地が良かった。この数日間、色々と考え事でいっぱいだったのが少し落ち着いてきたような気がした。何なら、このまま眠ってしまえるんじゃないかとも思った。


「――ん?」


 不意に波の音以外の小さな音が背後からした。とても小さくて聞き逃してしまいそうなその音は《瞬間移動》で移動してきた時の独特な音だ。その後、砂浜を踏みしめる音も聞こえる。その音は段々と大きくなっている。

 慌てて優梨は閉じていた目を開け、近づいてくる誰かが来る前にその場から離れようと立ち上がった。次の瞬間、その誰かに肩を掴まれた。


「っ、いやぁああああっ!!」


 悲鳴を上げ、その手を思い切り振り払った。相手が誰なのか分からないが、とにかくその場から離れようと駆け出した。


「待てっ、優梨!」


 その相手は優梨を呼び止め、同時に手を掴んだ。聞き覚えのあるその声に優梨は立ち止まり、恐る恐る振り返った。


「あ、匡利……?」


 思ってもみない相手だった。匡利はその顔に珍しく焦りの色を浮かべている。

 相手が匡利だと分かると、優梨は力が抜けたかのようにその場にペタンと座り込んだ。目からは涙がボロボロと零れ出した。匡利は優梨の手を握りしめたまま、優梨の前にしゃがんだ。


「すまない。立ち上がったから、俺だと気付いたのかと……」


 申し訳なさそうに匡利が言うと、優梨は首を横に振った。


「良かった……匡利で、良かった……」


 消え入るような声で呟いた。なかなか涙が止まらずにいると、匡利が手を握っているのとは反対の手でゆっくり頭を撫でてきた。しばらくしてから漸く優梨の涙が止まり、気持ちも落ち着いてきた。匡利はゆっくりと両方の手を離した。


「大丈夫か?」

「うん」

「すまなかった」

「ううん、大丈夫」

「……少し歩くか?」


 匡利からの誘いを優梨は喜んで受けた。それからしばらくはお互いに何も話さず、海岸沿いに歩いていた。少し気まずい気持ちになった優梨は自分から話しかけることにした。


「ところで、匡利はどうしてここに?」

「なんとなくだが、眠れなくてな……少し気分を変えようと出てきたんだ」

「そっかぁ」

「お前は?」

「えーっと……似たような理由、かな?」


 特に理由はないが、何故か怪談話のことが言いづらかった。匡利は不思議そうにしつつも、ただ「そうか」と返事するだけでそれ以上は聞いてこなかった。そんな匡利の様子にホッとした。他に何を話そうかと、優梨は無意識に周りに視線を向けた。


「(……あれ?)」


 優梨は立ち止まり、改めて周りをじっくりと見た。急に立ち止まった優梨を匡利は振り返った。


「どうした?」

「……この辺りって、私たち来てないよね?」

「そうだな。あっちに海ダンジョンの入り口はあるが、この辺りは来ていない。……何故だ?」

「……おかしいな。初めてのはずなのに、なんか見覚えがあるの」


 一体いつ()()のか……。考えを巡らせていると、1つだけ思い当たるものがあった。


「(でも、まさか……そんな……)」


 その思い当たるものがあっているのか、優梨は確かめようと少し足早に歩きだした。急に動いた優梨を匡利は何も言わず追いかけた。

 しばらく歩き続け、優梨は立ち止まった。


「……そんな」

「優梨?」


 ある一点を見つめ、優梨は立ち尽くした。匡利は優梨の見ている先に視線を向けた。

 そこには、紗奈がいた。薄着で裸足のまま波打ち際に立っている。それなりに距離があるので、優梨と匡利には気付いていない。


「あれは紗奈か? 何をしているんだ」

「……ごめん、匡利。ちょっとそこの岩陰に隠れて」


 できるだけ小さな声で話し、優梨は匡利を側にあった岩陰へと押した。


「何なんだ?」

「シーッ……静かに……」


 こそこそと話しながら優梨は紗奈の方を指さした。匡利は怪訝そうにしつつ紗奈の方に目を向け、優梨もそちらを見た。その瞬間、紗奈に変化が起こり始めた。

 背中の肩甲骨のあたりから何かがスルスルと現れ始めた。遠目で分かりにくいが、こげ茶色の瞳は青色へと変わっている。背中から出ていたものがパンッと軽い音を立てて広がった。辺りに真っ白な羽が飛び交う。


 紗奈の背には、美しい大きな純白の翼があった……。


「紗奈、ちゃ……」


 驚きのあまりうまく声が出なかった。匡利も言葉を失くし、ただ紗奈をジッと見つめていた。


「あれは……ただの夢じゃ、なかったんだ……」

「どういうことだ?」


 優梨の呟きに匡利は訝しそうに聞いてきた。優梨は話して良いのかと一瞬迷ったが、ここまで来たら説明すべきだと考えた。


「実は……この島に来た最初の夜に、夢を見たの」

「夢?」


 優梨は無言で頷き、話を続けた。


「どこかの浜辺だった。私はその浜辺に立つ女の子を見ているの。その女の子は最初、何ともなかったんだけれど、ちょっとしたら背中から真っ白な翼が生えたの。顔はよく分からなかったけど、その子の目が青いことは分かった。それで、声をかけようとしたんだけれど、そこで目が覚めちゃってそれ以上は何も分からなかった……」


 優梨の話を聞き、匡利は考え始めた。しばらくして、俯いていた顔を上げた。


「優梨、その話は誰かにしたのか? 例えば、葵や咲緒理に」

「ううん。話そうかと思ったけど、タイミングがなくて……。その子が誰かも分からないし、夢を見たのも結局その1回だけだったから、ただの夢なんだろうって……。でも……」

「でも?」

「……さっき気付いたの。この浜辺、夢に見た浜辺と同じだって。初めて来るはずなのに見覚えがあって変だと思って……。まさかとは思ったけど、紗奈ちゃんのことも同じだった……」


 ふと、紗奈がいた方を見てみた。いつの間にか紗奈はいなくなり、静かに波が揺れているだけだった。


「……予知夢を見たということか」


 不意に匡利が言った。優梨は驚いたように匡利の方を振り向いた。


「予知夢? でも、私そんなスキル持ってないよ?」

「……これは朔夜と玲が話していたことなんだが、確かに予知夢のスキルは会得がかなり難しい。それこそAランクに分類されるほどだ。ただし、()()()()()は割と見る人間が多いらしいぞ」

「そうなの?」

「あぁ。何のスキルかまでは解明されていないが、何かしらのスキルを持っているか魔力が強いと見ることがある、と言うことまでは分かっているようだ。ただ生まれつき持っていない限り、経験で予知夢のスキルを会得できるほどの回数を見ないから、予知夢のスキルは会得が難しいとされているんだ」

「そう、なんだ……」

「だから、お前が見た夢が予知夢であってもおかしくはない」

「……これから、どうしよう」


 優梨がそう言うと、匡利はスッと立ち上がって紗奈がいた場所を見つめた。それにつられるように優梨も立ち上がる。


「何にせよ、確かめる必要はあるだろうな」

「うん」

「4日後にはこの島を出る。猶予は3日しかない。その間に他の皆にも伝え、紗奈にも話を聞かなければならない」

「……できれば皆に伝えてから紗奈ちゃんと話したい」

「そうなると、昼間は無理だな。慶人たちのパーティーは紗奈もいる上に蒔田がいる。俺らのパーティーには話せなくはないが、蒔田の兄がいつ現れるか分からない」

「それに、皆に話すなら一緒の時がいいし……。そうすると、夜しかないね」


 2人は考えを巡らせ、意見を交わす。


「……じゃあ、明日の夜に皆に話して、明後日の夜に紗奈ちゃんに話を聞くっていうのはどう?」

「そうだな……。それが一番スムーズに進められるだろうな。その方法でいこう」


 2人は話がまとまると皆をどう集めるか簡単に話し合い、宿泊施設に戻ることにした。《瞬間移動(テレポート)》で部屋に戻ると、葵と咲緒理が目を覚ますことなく気持ちよさそうに眠っていた。

 2人を起こさないようにそっとベッドに入り、優梨は目を閉じた。あれだけ眠れなかったのが嘘のように、今度はすんなりと眠ることができた。それでも、様々な思いや考えが頭の片隅で複雑に入り混じっているのを優梨は感じていた。


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