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第9話 ギルドに行こう 後編

少し説明が多いです

 建物の中に入ると、そこはたいそう賑わっていた。入口の観音開きの扉の左右の壁には各ギルドの掲示板があり、依頼や連絡事項が書かれた紙がいくつも張られている。入口から少し進むと広く吹き抜けになっており、見上げると天窓から日の光が入ってきていた。1階は役所や銀行のように窓口が並び、カウンターの向こうではギルドの職員が忙しなく動いているのが見える。


 ギルドは国を超えた組織であり、本部はヨーロッパにあるらしい。各国の首都に中央支部が存在し、優梨たちがいるギルドはその日本中央支部だ。ギルドは日本に何か所もあるが、それぞれにギルドマスターがいて各々のギルドをまとめ、そのギルドマスターたちをまとめているのが支部長である。

 そして、この世界のギルドは7種類もある。


 まず1つ目は「商業ギルド」だ。主に商売をしている人が登録し、ギルドはそれらを取り仕切っている。他にも品物の仕入れ・買い付け・販売、仕事や求人の仲介、不動産の紹介など色々と行っている。また、商売においての困りごとや町をあげてのイベントなども商業ギルドに相談することができる。


 2つ目は「職人ギルド」だ。主に職人・技術系のスキルを持った人が登録している。このギルドに登録すると、修行先や働き先の工房や店の紹介をしてもらえる。他に個人で作った物や素材の買い取り・販売もしている。腕の良い職人を探している時はこのギルドに聞くと間違いがない。また、ギルド周辺の店や工房にはこのギルドに登録している人が大多数だ。


 3つ目が「魔道具ギルド」だ。このギルドは同じ職人でも魔道具職人に特化したギルドだ。できることは職人ギルドとほとんど変わらないが、他に新たな魔道具の特許申請もこのギルドでできる。


 4つ目は「魔法ギルド」だ。主に魔法系のスキルを持った人が登録している。このギルドは他と少々違い、主に魔法の研究機関となっている。魔法の効率的な発動・使用方法、魔法陣、2つ以上の魔法を同時発動する「複合魔法」、2つ以上の魔法を混ぜて発動する「融合魔法」が主な研究となっている。登録者は自分が新たに発見したそれらをギルドに報告することにより、発見者登録が可能になり、内容によっては報酬を得ることもできる。また、魔法の修行や図書館にすら置いていないような魔法書の閲覧もこのギルドでできる。


 5つ目が「召喚・従魔ギルド」だ。このギルドは召喚士・従魔師(テイマー)に特化したギルドだ。召喚魔・従魔を登録すると、それぞれに合った依頼や仕事を紹介してもらえる。他に召喚魔・従魔の扱い・世話の仕方のレクチャー、餌や世話のための道具の販売、召喚魔・従魔と一緒に過ごせる物件や宿泊施設の紹介、召喚魔・従魔の預かり所の紹介なども行っている。召喚魔法・従魔法(テイム)のスキルを持っていてまだ契約をしていない人には、適性検査も行っている。また、場所によっては召喚魔・従魔の預かり所も担っており、日本中央支部も預けることができる。


 6つ目が「医療ギルド」だ。属性魔法の1つである「治癒属性魔法」、薬や魔法薬の調合ができる《調合》または《錬金術》のいずれかのスキルを持った人が登録できる。主に治癒魔法使いの派遣と紹介、魔法薬を含めた薬類とその素材の仕入れ・買い付け・販売を行っている。災害時やウィルスが蔓延した時などは、ギルドを通して治癒魔法使いが派遣されたり魔法薬が配布されたりしていた。

 この世界の医療技術は、優梨の前世の地球の技術とほとんど変わらない。元々、治癒属性魔法はレベル上げが難しい上に属性魔法の中でも魔力の消費量が多く、上級・超上級の治癒属性魔法となると使い手が数えるほどしかいないので、治療を依頼すると相当な額になる。魔法薬も初級と中級の一部は普通の薬より少し高いくらいだが、残りの中級と上級・超上級・特化型の魔法薬は材料の希少性と調合できる人が限られることから、かなり高額となる。なので、治癒属性魔法と魔法薬だけでは治る病気や怪我も治らないということから、魔法や魔法薬に頼らない医療技術や医薬品などが発展した。優梨の感覚では、前世の地球の医療に治癒属性魔法と魔法薬が加わったように感じている。


 そして最後が最もポピュラーである「冒険者ギルド」だ。各種魔法スキルか戦闘系スキルを所有していれば登録が可能だ。依頼は雑務を含めて多岐に渡るが、主に採取・討伐・護衛が殆どだ。冒険者にはランクがあり、G・F・E・D・C・B・A・Sの7段階になる。受けられる依頼は自分のランクとその1つ上のランクのみで、ランク上げには各種条件がある。ギルドとしては登録者の教育指導、各種素材の買い取り・販売、魔物の解体などを請け負っている。


 ギルドによって登録条件や規則は異なるが、全ギルドに共通した条件が「能力者または特定のスキル持ち」か「“特殊認定品”を1つでも取り扱うこと」である。

 この世界ではあらゆる分野において、生息地、採取、製造・加工方法、効果・効能、攻撃性、希少性、魔力の有無などによって“特殊”と判断されたものを「特殊認定品」と呼んでいる。当然、魔物そのものや魔物から取れる素材、ダンジョン産の物はいずれも特殊認定品だ。通常ならば特殊認定されていない、通称「非認定品」もダンジョンで採取したら特殊認定品扱いとなる。

 元々、特殊認定品の採取や魔物の討伐、ダンジョン踏破を生業としていた人たちを「冒険者」として「冒険者ギルド」がまとめ、そこからあらゆる分野においてギルドが誕生・発展し、今の形となった。冒険者にランクができると、それに合わせて特殊認定品もランク分けされるようになった。ちなみに「非認定品」は便宜上Hランクに分類されている。

 現在も特殊認定品の採取は魔物を相手にしたり、危険な地域やダンジョンに行ったりしなければならないことから冒険者のみが許可されている。また魔物が多く生息したり、通常と環境が違ったりして危険とされている「一般立ち入り禁止区域」やダンジョンへは冒険者または冒険者の護衛がいる人以外は、立ち入りが禁止されている。ギルドの複数登録は可能なので、中には冒険者ギルドにも登録している職人などもいる。


 優梨たちは全員何かしらのギルドに登録しているが、共通して冒険者ギルドに登録している。冒険者ギルドは15歳以上から登録から可能で、優梨たちも15歳になるのと同時に登録した。


「(未成年のうちは危険性の高い依頼は受けられないし、学生のうちは『副業扱い』で強制依頼も指定依頼も受けられないしね)」


 冒険者ギルドでは怪我を負ったり、万が一死亡したりした場合もすべてが自己責任となる。それでも未成年の冒険者への配慮で危険性が高い依頼や討伐依頼は受けられない。また、学生や別途で本業がある人はいくつかの書類と一緒に「副業申請書」を提出することで、国やギルドから出される依頼(いわゆる強制依頼)や指名依頼を受けなくても良くなる。それでも自分たちで危険区域に行ったりダンジョンに入ったりした場合は、完全に自己責任として扱われる。

 最も報酬の高い依頼は討伐依頼だが、それ以外も決して低い報酬というわけではない。数を受ければそれなりの額になり、一種のアルバイトのようになる。未成年のうちはそうして冒険者としての基本を学んでいくのだ。


 ギルドについてから優梨たちは別行動になった。優梨は依頼用の掲示板を見た後、総合窓口の近くにいくつか並んでいる機械のところへ向かった。銀行のATMの機械だ。

 優梨がこの世界のギルドに来て面白いと思ったことの1つが、いずれかのギルドに登録すれば口座が作れる「ギルド銀行」の存在だ。依頼を受けた報酬を直接振り込んだり、一部のギルドで発生する年会費や税金の引き落としができたり、海外に行った時に両替がスムーズに済むなどのメリットがある。もちろんギルド関係以外での入金や引き落とし、振り込みも可能だし、コンビニなどにあるATMの機械を利用することもできる。


「(匡利に魔物の肉買うって言っちゃったから何か買わないとなぁ……サーペント類なんていくらになるんだろう)」


 考えつつ多少多めに下ろした後、画面に表示された残高を見てギョッとした。


「えっ、なんか思ってたより多い……また俊哉さんかなぁ」


 毎月優梨たちは後見人である俊哉から生活費としていくらかまとまった金額を口座に振り込んでもらっている。それだけでも十分すぎるくらいの金額なのに、気付くと“お小遣い”としてさらに振り込まれていることがある。それも結構な額が……


「(藤宮侯爵家の当主だからどうってことないんだろうけど……やっぱり申し訳ない……)」


 それでも断るとやっぱり悲しい顔をされるので、ありがたく受け取ることにしている。少し考え、追加でもう少しだけお金を下ろした。


「これならちょっと良い肉でもそれなりに買えるよね」


 財布の中身を見て優梨は思わず笑みがこぼれた。ホクホクとした気持ちでギルドの2階へと向かった。

 ギルドの1階は総合窓口を始めとした各ギルドの窓口が並び、そこでは依頼受注や簡単な手続き、少量の買い取りなんかが行われている。1階の奥から外にかけては召喚・従魔ギルドと冒険者ギルドの大型買い取り用の倉庫や訓練場などがある。2階から上は各ギルドのエリアとなり、2階は冒険者ギルドのエリアだ。ギルドマスターの執務室やいくつかの応接室があり、食材や素材の販売所もここにある。

 優梨は販売所の食材コーナーへと向かった。一般のスーパーでは出回らないような珍しい木の実やキノコが色々と売られている。そのどれもが結構高い。


「ダンジョン産のシイタケとシメジだ。普通のキノコの5倍くらいの値段だけど、美味しいんだよね……ちょっと買おうかな」


 量り売りなので、近くにいたギルドの職員に声をかけた。人数分より気持ち多めに伝えたら、ギルド職員はホクホクとした顔でキノコを量り始めた。中々こんなにたくさん買う人がいないのか、少し安く売ってもらえた。

 肉の売り場に行くと、色々な種類が売っていた。優梨が思っていた通り、少し高めの値段だ。


「(オークキングとかもある……ブランド豚みたいに美味しいんだよねぇ。でもやっぱり高い)」


 魔物の肉は、畜産のように安定して入るわけじゃないのでそれなりに値段が高い。特に高ランクの魔物の肉はなおさら高かった。


「(珍しくブルーサーペントの肉がある。レッドやブラックよりは安いけど、100グラムで数千円はちょっとなぁ)」


 ランクの高い魔物肉は高額な上に大抵は貴族がすべて買ってしまい、こうして店頭に並んでいることはあまりない。たとえ並んでもさすがに手は出せないほどの金額だ。


「あっ、普通のキラーサーペントが売っている」


 ショーケースの中を順に見ていると目的の肉も売っていた。


「100グラム1000円ちょっとか……高級和牛を買うと思えば、同じくらいかな」


 財布の中身に余裕があるので優梨はさっそくキラーサーペントの肉を注文した。それと一緒にもう少し安価なレッドボアとブラックホーンブルの肉も買った。

 肉の包みを受け取ると、アイテムバックに見立てた鞄から《無限収納(インベントリ)》にしまった。その後は他の販売コーナーを少し眺めることにした。


「――もしかして、優梨ちゃんか?」


 声がして振り返ると、沖田侑哉が立っていた。


「沖田くん、偶然だね」

「こないな所で会うとは思わんかったな。1人なん?」

「ううん。他の皆も一緒なんだけれど、今は別行動」

「ほなら、天宮や姫さんもおるんか」


 何か考えている様子の侑哉に優梨は首を傾げた。


「慶人とサオに用事?」

「いや、せっかくやから会おうかと思うただけや」

「ふーん。それなら慶人は商業ギルドか冒険者ギルドだろうし、サオは医療ギルドか職人ギルドにいると思うよ」

「ちょっと行ってみるわ、おおきに。ほなな、お嬢さん」

「うん、またね」


 侑哉は手を振ってその場を離れていった。優梨も手を振ってその背中が見えなくなるのを見送った。


「……慶人は分かるけど、何でサオもなんだろう?」


 思い当たる節がどうもない優梨は首をかしげるばかりだが、そのうち「まぁいいか」と考えるのをやめた。


 優梨はその後、ハーブ・薬草のコーナーで何種類かのハーブとスパイスを購入して移動した。自分の買い物が終わったので他の皆と合流しようかと建物内を見つつ移動することにした。

 1階に下りて皆を探していると、職人ギルドの買い取り窓口で良く見知った人物を見つけた。


「紗奈ちゃん」

「あっ、優! 偶然だね」


 紗奈だ。側に寄ると、ちょうど何かの報酬を受け取っている所だった。


「紗奈ちゃんって職人ギルドに登録してたんだ」

「うん。冒険者ギルドも登録しているけどね。今日は納品だったんだ」

「納品?」

「うん。冒険者とか寒冷地に向かう人向けの手袋の納品。職人ギルドに依頼があったから、ちょうど良いと思って受けていたの」

「そういえば、紗奈ちゃんって編み物のスキルが結構高いんだっけ」

「うん。結構良くできたから、追加で帽子とネックウォーマーも作ることになったよ」

「すごいね!」


 紗奈は優梨と同じ高校生だが、ある意味ギルドは実力主義なので腕が認められれば、高校生でもそれなりに仕事が見つかる。


「(確か、紗奈ちゃんも寮で一人暮らしだっけ。アルバイトもしているってちょっと聞いたけど、ギルドの依頼までやっているんだ……)」


 この世界では前世の時は考えられないような苦労をする子供が意外と多い。それは優梨たちも例外ではない。人にはそれぞれ事情があるので深く聞きはしないが、紗奈にも優梨の知らないような苦労があるのかと思った。


「じゃあ優、また学校でね」

「うん。またね」


 紗奈を見送り、優梨は再度他の皆を探し始めた。医療ギルドのところで侑哉と話す咲緒理を見かけたが、あえて2人に声をかけるのはやめておいた。葵と誠史が2人一緒にいるのも見かけたが、やっぱり声をかけるのはやめた。

 そのままギルド内を歩いていると、匡利が入り口近くのラウンジのソファにいるのを見つけた。


「匡利」

「優か。どうした」

「皆を探していたの。座って良い?」

「あぁ」


 匡利に断りを入れてから、優梨は少し間を開けて匡利の隣に座った。するとすぐにギルド職員が声をかけてきたので、アイスティーを頼んだ。職員がいなくなると、一息ついた。


「予定は済んだのか?」

「うん。依頼はすぐに受けられそうなのがなかったんだけど、買い物は結構良いのが買えたよ。ダンジョン産のキノコとか売ってたの。あとキラーサーペントも」

「そうか」

「オークキングとかブルーサーペントとかもあったけど、さすがに無理だった。ちょっと欲しかったけど」

「ブルーは珍しいな。ほとんど貴族が買うから出回りは少ないはずだ」

「そうなの。その分、びっくりするくらい高くて皆の分含めたらとんでもない金額になりそうで……」

「……俊哉さんが見つけたら買っていそうだな」

「確かに……」


 家に帰ったらブルーサーペントの肉をドンっと渡してくる姿が想像でき、優梨は苦笑いを浮かべた。匡利も笑いそうな口元を押さえるように手で隠している。


「(あっ、匡利が笑いそうだなんて珍しいな)」


 普段、匡利は表情を変えることが全くと言って良いほどない。変わるとすれば怒った時ぐらいで、それもとても少ない。特に笑いそうになる時は何故かこうして表情を押さえてしまう。思えば優梨は匡利が笑う姿を見たことがない。


「(いつかちゃんと笑うところを見せてくれるのかな……)」


 無表情なままでも彼の感情の動きは読み取れるようになった。それでも匡利が心から笑うのをいつか見せてほしいと優梨は願っていた。


 それからすぐに他の皆が順に合流した。最後に慶人と俊哉が合流すると優梨たちは家に帰ることになり、ギルドを後にした。

 家に帰るとそれぞれが買ったものなどを見せていたのだが、優梨と匡利が想像した通り俊哉がブルーサーペントの肉を買い占めていた。あまりに予想通りなその行動に優梨は笑いが止まらなかった。



 その晩、俊哉を交えた夕飯にはブルーサーペントの肉をたっぷりと使った豪勢な料理がたくさんテーブルに並んでいた。




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