3.臨時休業の文字
少し昔の話をしよう。
俺が彼女と出会ったのは学生の頃、ボードゲーム研究会でのことだ。あの頃は今ほどボードゲームも流行ってなくて、純粋にゲームを楽しみたい連中で集まっているような感じだった。皆気のいい奴ばかりで、同期で飲み会なんかもよく行った。彼女は、そんな同期の一人だ。
彼女…玲子は髪型も雰囲気もフワリとしていて癒し系といった感じだが、言うべきことはハッキリ言う所が初対面の頃から好感が持てた。そんな感じだから、何度も遊ぶうちにどんどん玲子に惹かれていったのは必然と言えるかもしれない。
「なぁ、今度二人で出掛けないか?面白そうな店見つけたんだ」
俺は思い切って彼女をデートに誘ってみた。グループで遊んだことは何度もあるが二人で…は初めてだ。受け入れてくれるだろうか?返事を待つ数分が、数時間にも思えた。
「いいよー!でも貴治くん大丈夫?この間みたいな失敗はイヤだよ?」
玲子がニッコリ笑って言う。
この間の失敗というのは…皆で飲みに行った時のことだ。2軒目に俺のお勧めの店に行こうと誘ったんだけど、いざ行ってみたら定休日だったのだ。仕方ないからそこから店を探し直して入ったんだが…あれはなかなかに恥ずかしかった。もちろん、それからは行く前に定休日はしっかり確認している。
「大丈夫、ちゃんと木曜日定休日って確認したから」
「それなら大丈夫ね!楽しみにしてるよー」
デート当日。待ち合わせ場所に現れた玲子は、特にいつもと違う格好をしていたわけじゃないのに、いつもより可愛く見えた。
「初めてだね、二人でなんて!デートだね?」
ニコニコと嬉しそうな玲子。この反応は…彼女も脈ありってことか?ニヤつきそうになる顔を必死で抑えつつ、早速見つけておいた店へと向かう。
今日のために見つけておいた、とっておきのカフェ。こぢんまりとしているがキレイで暖かい雰囲気。客もそれほど多くはなくゆったりできそうで…デートには最適だ。
定休日も確認済み、何も問題は…。
「…え、臨時休業…!?」
入口のガラスに貼られた、無情な一枚の貼り紙。そこには、店主葬儀参列のため臨時休業とのお知らせだった。
嘘、だろ…
サーっと血の気が引いていく気がする。定休日は確認したけど…臨時休業だなんて予測つくはずがない。終わった。今から店を探すなんてカッコ悪すぎる…。
「あーららぁ…臨時休業、かぁ。ツイてないね」
「あの…ごめん、せっかくついて来てくれたのに…」
だから言ったのに!どうすんのこれから!?…なんて怒られても仕方ない。しかし。
「心配しないでー!こーゆうこともあろうかと、この辺で私もお勧めのお店チェックしといたんだ!そっち行こう?」
玲子は明るく笑って、俺の肩をポンと叩いた。
「玲子…」
「このカフェは、また改めて、ね?」
また改めて…。つまりもう一度デートしてくれるってことか…。初っ端でつまづいてしまった、この俺と。
いや「こーゆうこともあろうかと」ということは、最初から俺が何か失敗するかもしれないと予想していたのだろう。その上で、俺をフォローしてくれているんだ。
フワフワしているように見えて…玲子…。
「どうしたの?ニヤニヤしちゃってー。早く行こ?」
俺たちが正式に付き合ったのは、これからひと月後のことだった。