その花、危険
夕方、犬の散歩をしていると、公園や丹精した庭のきれいな花が目にとまる。
そんなある日、公園沿いの道で真っ白な大輪の花が咲いているのを見つけた。薄闇の中に浮かぶ純白の花はどこか妖しく美しい。
今日も咲いているだろうか、そう思いながら同じ道を歩いていると、昨日あれほど美しく咲いていた花が、無残にも球根ごと引き抜かれて道路脇にうち捨てられている。
見事に咲いていた花を、誰だか知らないけれど、どうしてこんなひどい事をするんだろう。
足を止めて、うちしおれた姿を見ているとなんだか可哀想に思えてきた。もしかしたら雑草魂を発揮するかも知れない。そう思うと、拾うという行為に若干の後ろめたさも感じながら球根を手に取った。右手に犬のリード、左手に萎れた球根という間抜けな風情で家に帰ると、早速ベランダの空いていたプランターに植えてみた。抜かれてからどのくらい経っているのかわからないが、もうすっかり乾いてしまってる。多分、だめだろうな、無駄なことをしてると思いながら。
けれど、翌日、葉がもとの張りを取り戻していた。その生命力に感心しながら、ベランダの新しい仲間となった花の名前を調べてみた。
特徴を表す簡単なキーワードを入力する。「白」「大きい」「アサガオみたい」
ヒットした。園芸名:ダチュラ、別名、朝鮮あさがお。そして猛毒……。
毒性は球根だけにとどまらず、花、葉すべて。間違って口にでもしたら、覚醒剤並の幻覚を見るらしい。それも楽しい幻覚ではなく、強烈な悪夢のような幻覚を。他に嘔吐、震えなどの中毒症状。触ったらよく手を洗うことと記載してあるのも不気味だ。
花を抜いた人の意図がようやくわかった気がした。猛毒だと知っていた誰かは、公園で遊ぶ子どもたちがうっかり手にしたりしては危険だと思ったのだろう。それをわざわざ拾ってベランダに植えた私は、どうやら無防備な子ども並、いや、子どもでも抜かれて萎れた球根など拾わないだろう。
家族に危険が及ばないように、早々に自分の間抜けさを白状すると、案の定捨ててこいと珍しく家族全員の意見が一致した。はい……。
けれど、花に罪はあるのか。
あれからも何度か見かけた道端のダチュラは、まだ葉も揃わないうちに早熟な花をつけては誰かに抜かれていたが、ベランダのダチュラは、死の淵から蘇り、どうやらここは安全と判断したらしく、花を咲かせることよりもひたすら葉を茂らせて、球根を太らせる事に専念している。
そんな姿を見ると、一度でも希望を与えておいてそれを無慈悲に奪うのは忍びない。幸い、マンションのベランダなら他人に害を及ぼす心配はない。種は飛ぶ前に処分すればいい。ペットの猫も犬も有毒だとわかるのか見向きもしない。センサーでもついているのだろうか。そんなセンサーが私にもついていれば、拾ったりはしなかった……と思いたい。
ベランダの片隅のプランターで冬を迎えようとしている猛毒の花。来年、白い大きな花が咲いても家族はそれが何なのかとっくに忘れているだろう。
その花、危険。でも今のところ、その命を奪うつもりはない。




