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7

彼は頭をばりばり掻いていた。

すでに顔に『くそ~』と書いてあるようなものだったが、実際に口にも出した。

「ホントに知らない?

心当たりもない?」

少し口調が柔らかくなった。

と言うより、むしろ不安げになったのだろう。

箒のこと。

それは私も少し気になることだった。

だからホントのこと、言おう。

「心当たりはあるんだけ…あっと…あるんですけど…」

「いいよ、敬語じゃなくって。

めんどいし。

で、それは?」

「前、ここに隠し部屋があって、その部屋に元々置いてあったの。

で、前の家庭教師が隠し部屋を見つけて、私が家庭教師を隠し部屋に案内したときにはもうなかったっていうか」

なぜか言い訳がましい。

本当のことなのに。

「ああ、あのときか」

ん? あのとき?

「知ってるの?」

今度はこっちが尋ねる番。

「あっれぇ?

気付いてないの?

君、勘良さそうなのにね。

ほらほら。僕の顔よ~く見て」

じ~っ。

でもやっぱりわからない。

「降参」

「だめだなぁ、君は」

仕方ないではないか。

分からないんだから。

「正解聞きたい?」

「…うん」

「素直でよろしい。

聞きたければ、そうだな~う~ん何してもらおうかな。

あ、そうだ。この本、次までに読んどいて。

今日はそれでいいや」

カバンから適当に本を取り出す。

それは薄いけれど一応学術書というやつだった。

私は小説しか読んだことがないし、そもそも本は好きじゃない。

そしてもっと大事なことがある。

「ちょっと、教えてくれないの?」

折角この私がものすごく勇気を出して妥協して正解を請うていたというのに。

「だって、つまらないでしょ。教えちゃったら。

それに僕の知りたいこと、君は知らないみたいだしね」

家庭教師ドルと私の上下関係がこの時確立してしまった。

私は情報を持たないが、欲している。

彼は情報を持っているし、欲している。

持たざるものが下。

当然の成り行きだった。

くそぅ…

「へぇ…」

「? 何よ」

ドルは私の顔を見て、さっきとは何かが違う笑みをこぼした。

「今、いい顔してる。さっきまで死んでたよ、君」

何なんだこいつは。

宇宙人のような奴だ。

きっとモップ星からやってきたモップ人で毎日ワックスがけをするのが生きがいなんだ、と思うことにした。

「光栄に思いなよ。この僕が家庭教師なんだから」

その日ドルは言いたいだけ言い散らした。

もちろん勉強など全くしていない。

お裁縫もなし。読書もなし。数字もなし。

おやつの時間にいなくなり、戻ってきたときには紅茶に文句をつけていた。

「ここの紅茶はまずいね。

葉っぱだけはいいけど、入れ方がなってない。

そもそも何? あの激ぬるいの」

「…私が猫舌だから」

「にしてもさ。

だったら入れるときは熱いお湯で入れて、カップに注いでから冷まして出すものだろ。

初めっからぬるいので入れてるんだもの。

じゃなかったらありえないはずだよ、ポットから注いですぐの紅茶がぬるいなんてさ」

なんてあつかましいのだろう。

「あなた何しにここに来たの?」

ドルははーっとため息をついた。

「言ったろ?

箒だよ、箒。

あれのおかげで大迷惑だって」

「何がどう迷惑なの?」

「ナイショ」

「けち」

ドルがこういう奴だから私も遠慮はしない方針だ。

遠慮していたら何も分からない。

それに何より言い返さないとむかつく。

奴は帰り際にこう言った。

「じゃ、次回までにその本、読んどいてね」

部屋を出るときドルはやっぱり笑顔だった。

ネクタイはいつのまにか締めなおしていた。

そのときようやく、はっとなった。

―――――結局私が聞きたいこと、何にも喋ってない、あいつ。

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