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絶対に、おかしい。

箒がなくなってから三日経っても、デイジーの脳裏であの衝撃が薄まることはなかった。

秘密の部屋への入り口は今や完全に塞がれていた。

壁のように見えていた隠し扉は、本当に壁になった。

ドアの形に真新しい漆喰が塗られ、以前よりも”入り口らしく見える”のが痛々しい。

逃げ場がなくなったせいもあり、デイジー嫌々ながらも勉強をしていた。

箒のせいで上の空ではあったが。

家庭教師のほうはデイジーのそんな様子に気付きもしていなかった。

勉強をさせる事に関しては超一級の腕なのかもしれないが、教育者としての才能は皆無のようで、とりあえずデイジーがその場にいて命じられたことをこなしていれば速度や出来具合には無関心だった。

「では、一旦休憩しましょう。三十分後にまたこの続きから」

「はい」

三時の休憩。つまり、おやつタイムである。

とはいってもデイジーは食が細く、紅茶とクッキー一枚がせいぜいだ。

それでもメイドはいつも小皿に山と積んだお菓子を持ってくるのが不思議である。

おやつのために少し机の上を片付け、視線を窓の外に向ける。

曇天は雨雲ではなく、妙に軽い灰色をまとっていた。

丁度、壁の薄汚れた漆喰の色と似ているだろうか。

メイドが運んできたお茶を手にとった。

メイドはというと、お茶を置いて、一瞬壁を見て、そのままいなくなってしまった。

いつもよりも紅茶が美味しく感じられた。

ベッドにばふっと音を立てながら倒れこむ。

―――――らしくないな、私。疲れてるのかしら。

体調はよいのだがなんだか何もやる気にならない。

それほどデイジーにとって秘密の部屋は大事なものだった。

だから余計に、あの箒に執着してしまった。

きっと箒は逃げ出したんだ。

分かってたんだ。

そう考えてしまうほど、部屋と箒という二つの友を失った悲しみは深かった。




********************************




話は少し、そう、ほんの二十分程前にさかのぼる。

「最近、お嬢様が元気ないのよね」

「病弱なくせしておてんばだったから、超やっかいだったけど、静かになると変なもんね」

「ホント」

「旦那様は今度何時帰っていらっしゃるの?」

「さー。あの人のことだし」

「奥様は?」

「また社交パーティー。そんなに若いツバメがいいかしら」

「旦那様が留守がちだからさ。気持ちは分からないでもない」

「あ、あなた、ちょっとそこの。そうそう」

「はい、何でしたでしょう?」

「今日のお茶、よろしく」

「はい」

頼まれたメイドは、デイジーのところに持っていくお茶を用意し出した。

しかし、周りの者たちは少々違和感を覚えていた。

「あの…」

一人がついに切り出した。

「名前、何ていったっけ?」

「あの、ちょっと恥ずかしいです…」

女にしてはほんの少し低めの声が、女にしてはほんの少し高い位置からかすかに響いた。

「何時から来てるんだっけ?」

「三日ほど前から、です」

また別の者が再び尋ねた。

「で、名前は?」

少し目を伏せた姿がなんとも照れくさそうで、召使たちの一部に少し見とれた者もいたとかいないとか。

「で、デイジーです…」

「あら、お嬢様と同じ名前なのね」

「お恥ずかしい…」

でも、そっちのデイジーよりもよっぽどらしく見える。

「じゃあ、あの…」

デイジーは用意できたお茶をお盆にのせ、さぁっと行ってしまった。

足が長いらしく、ゆっくり歩いているのにとても速かった。

「あんな子いたっけ?」

「さあ?」

「ああ、あの子は私が入れたの。

三日前にね、働かせてくれないかって来て」

「メイド長。

そうだったなら挨拶ぐらい…」

「三日前よ、三日前。

出来るわけないでしょうが」

「あ、そうか。

家庭教師がヒス起こしてたな、そういやあ」

「あれについて隠し部屋に行ったの、あの子なんだから。

敬意を払いなさいよ」

「へえ、そりゃすごいや。

あのヒス女とあのお嬢についていったとは」

「綺麗な子だし、真面目そうだし、いいじゃん」

「そっか。

いっか」

「そうそう」




********************************




三十分の休憩が終わり、家庭教師とともにメイドが入ってきた。

先ほどのメイドとは別人だった。

「では、続きにしましょう」

デイジーにしては珍しくメイドに『紅茶美味しかったわ、ありがと』などと声を掛けたので、メイドのほうが少し驚いていた。

「新入りの子が入れたんですよ。

次からあの子に入れさせましょうか?」

「いえ、いいわ。あのメイドに負担がかかっちゃうし」

あまり要領のいいほうではなさそうに見えたし、というのは付け加えないでおいた。

「デイジーっていうんです」

「え?」

「あの子。

では、失礼します」

結局その後の勉強もはかどらなかった。

箒のこと、そしてちょっぴり”デイジー”のことを考えていたから。

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